ドヴォルザーク / 交響曲第9番《新世界より》(続き)

*紹介ディスク一覧

94年 レヴァイン/シュターツカペレ・ドレスデン

97年 アバド/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団  

98年 アシュケナージ/チェコ・フィルハーモニー管弦楽団

99年 アーノンクール/ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団

02年 マゼール/チューリッヒ・トーンハレ管弦楽団  

03年 ヤンソンス/ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団

05年 P・ヤルヴィ/シンシナティ交響楽団   

05年 マッケラス/プラハ交響楽団   

08年 西本智実/ブダペスト・フィルハーモニー管弦楽団

08年 佐渡裕/ベルリン・ドイツ交響楽団

10年 ネルソンス/バイエルン放送交響楽団

19年 ノセダ/ナショナル交響楽団  7/27 追加!

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“ユニークな演奏を展開しながらも、過剰な残響音が細部をマスキング”

ジェイムズ・レヴァイン指揮 シュターツカペレ・ドレスデン

(録音:1994年  レーベル:ドイツ・グラモフォン)

 当コンビの録音は非常に少なく、他にはチャイコフスキーの歌劇《エフゲニー・オネーギン》があるだけ。カップリングの8番から実に4年後の録音で、こちらだけ当時のグラモフォンが新技術4Dオーディオ・レコーディングだが、音の状態は8番の方が良く感じる。こちらは残響がやや過剰で飽和状態になる傾向があり、同オケ特有の音色も奥に引っ込んだ感じ。一方で、響きの柔らかさは増したように聴こえる。

 第1楽章は序奏部の管のハーモニーで、高音部よりも内声が目立つ不思議なバランス。主部はテンポが速く、リズム処理がモダン。表情が変化に富み、しなやかなカンタービレと音色の美しさにオケの本領を発揮する。第2楽章は淡白な性格ながら、管弦の魅力的な響きが聴きもの。強音部も抑制された表現で、弱音部とあまり極端に対比しない設計。スケール感もあまり出そうとしていない。

 第3楽章は速いテンポで、切れ味の鋭いエッジの効いた造形がユニーク。都会的に洗練された性格だが、多めの残響がシャープさを阻害する傾向もある。フィナーレは古典的な造形で、入念なディティール処理が音楽から清新な魅力を引き出す一方、やはり細部をマスキングしがちなホールトーンがマイナスに働く面もある。特にリズムの効果が前に出ないのはもどかしい。暖かみのあるソノリティは、作品に合致していて好印象。

“真面目でシンフォニック、フォルム優先で面白味が不足”

クラウディオ・アバド指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1997年  レーベル:ドイツ・グラモフォン)

 序曲《オテロ》とカップリングしたライヴ盤。当コンビはソニーに第8番も録音しています。カラヤンが80年代の録音にウィーン・フィルを起用したため、DGレーベルでのベルリン・フィルによる同曲録音は久しぶりとなりました。第1楽章は提示部をリピート。

 手堅くまとめた真面目な演奏で、良くも悪くもあまり面白味はない感じ。アバドはチャイコフスキーでもそうですが、旋律美や民族情緒が前面に出た曲になると、フォルム重視のシンフォニックな造形に向かう傾向があります。充実した響きで緻密に仕上げている点はいいですが、抑制が効きすぎてあまりに地味に聴こえてしまうのは残念。

 その分、柔らかなニュアンスをよく生かし、弱音部など密やかな美しさはよく出ています。後半2楽章では鋭利なアタックも駆使しますが、さらなる激烈さも欲しい所。第4楽章の主題提示は、アーティキュレーションやフレージングにこだわりがあるのがアバドらしいです。内的感興の高め方もさすがで、後半の楽章に移るほど高揚してゆく演奏設計。逆に言うと、第1楽章のインパクトが弱すぎるかもしれません。

“生彩に溢れるオケ、小気味良く大らかに音楽を展開する指揮”

ウラディーミル・アシュケナージ指揮 チェコ・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1998年  レーベル:キャニオン・クラシックス)

 序曲《自然の王国で》《謝肉祭》《オセロ》とカップリングした、2枚組のディスクより。当コンビは7&8番の交響曲もレコーディングしていますが、共演盤は少なく、他には諏訪内をソリストに迎えたメンデルスゾーンとチャイコフスキーの協奏曲があります。

 第1楽章序奏部は、ホルンも木管もヴィブラートを効かせていて、ティンパニの粒立ちも抜群。リズムが鋭利で、管弦のバランスも整っています。主部は速めのテンポで、肩をいからせない、軽快で小気味良い演奏。金管も突出せず、引き締まった造形で心地良いサウンドを聴かせます。艶やかで気の効いた節回しも魅力的で、演奏し慣れた曲でもニュアンス豊かに生気溢れるパフォーマンスを展開するチェコ・フィルの姿勢には、好感が持てます。コーダも格調高い表現。

 第2楽章は冒頭の深々としたハーモニーが、コラールのようで印象的。残響の多い録音のせいもあって、スケールの大きさがよく出ています。奇を衒わない自然体の表現ですが、暖かみのあるソノリティと素朴なカンタービレは魅力的。

 第3楽章はきびきびとしていますが、強い緊張感を醸すタイプではなく、たっぷりしたフレージングが大らかな性格を表します。しかしリズムはシャープで、最後の一打などパンチが効いています。第4楽章は冒頭から実に豊麗なサウンド。細部まで丁寧に彫琢した演奏で、歯切れの良いスタッカートが随所で効果を発揮しています。オケも楽器間の受け渡しなどアンサンブルが見事で、共感をもってよく歌います。

“斬新なアイデアが随所に溢れる、手垢を洗い落とした新釈《新世界より》”

ニコラウス・アーノンクール指揮 ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団

(録音:1999年  レーベル:テルデック)

 後期三大交響曲録音の一枚で、《水の精》をカップリング。アーノンクールのドヴォルザークは他に、スラヴ舞曲集やスターバト・マーテル、協奏曲の録音もあります。アーティキュレーションにこだわり、即座に減衰するノン・ヴィブラートの白玉音符を盛り込んだ演奏。響きが清澄で、音楽の構造が透けて見える趣があります。特に対位法の効果が随所で新鮮な響きを作りだし、メロディ・メーカーのイメージが強いドヴォルザークも、意外に凝った管弦楽法を用いる作曲家である事が如実に示されています。

 提示部リピートを実行した第1楽章は、序奏部でティンパニに続く木管の合いの手が逐一早めに減衰、主部は速めのテンポで始め、爽快なサウンドで突っ走るなど、なかなか聴かせる演奏。第2主題も余情を加えず淡々とした風情で、速めのイン・テンポで流すのがユニーク。聴いているとこの旋律が、まるでフォスターの歌曲みたいにアメリカ民謡風の型で出来ている事がよく分かります。

 第2楽章も極めて清潔な表現。あまりに淡白すぎると感じるリスナーも多いかもしれません。トゥッティをさほどスケール大きく盛り上げないのもアーノンクールらしい所です。スケルツォは意外に仕掛けの少ない演奏ですが、コンセルトヘボウ管の美しい響きと画然たるアンサンブルが魅力的。鋭いアクセントと歯切れ良く軽妙に弾むリズムも、舞曲の性格を強く表しています。

 フィナーレは、ストレートな音をサクサクと勢い良く打ち込んでくるような表現。いわゆる情緒的なタメがほとんどないので、まるで作品に付いた手垢を洗い流したような清々しい印象が残ります。速めのテンポにも関わらず、一糸乱れぬ合奏を繰り広げるオケの機動力も、聴いていて胸のすくよう。私のような、アンチ《新世界》の音楽ファンには強くアピールするディスクです。

“マゼール流の変幻自在な指揮ぶりを。オケの温厚なキャラクターが中和”

ロリン・マゼール指揮 チューリッヒ・トーンハレ管弦楽団

(録音:2002年  レーベル:ソニー・クラシカル)

 ライヴの放送音源を集成した、オーケストラの創立150年記念ボックスに収録。当顔合わせのレコーディングはメジャーレーベルでは実現しなかったので貴重。マゼールの同曲はウィーン・フィルとの旧盤もあります。

 演奏は老境のマゼールらしく変幻自在の指揮ぶりで、正にやりたい放題。特にアーティキュレーションの誇張や恣意的なテンポの演出が随所に聴かれます。第1楽章は、序奏部のティンパニに応答するホルンの和音をクレッシェンドさせ、主部でいきなりテンポ・アップ。各主題にくどいほど明瞭な造形を施しながら、フレーズごとにテンポを変えてゆく独特の表現です。

 それでもストコフスキーのような濃厚なアクが感じられないのは、オケの温和な響きゆえでしょうか。エッジこそ効かせるものの、威圧的なフォルティッシモやアクセントが避けられているせいかもしれません。セッション録音とは違い、提示部のリピートは割愛。第2楽章も随所に独自の解釈を施し、緻密に描写してゆきますが、推進力の強いテンポと相まって意外に淡麗な味わい。鮮やかながら潤いが保たれたオケの音彩も美しいです。

 第3楽章は主部が中庸のテンポで、トリオでもあまり速度を落とさないので、端正な造形に感じられます。コーダは句読点を強調しますが、ほぼアタッカで突入する第4楽章は、マゼールらしい大仰な緩急をオケの佇まいが自然体へと中和する感じ。それでも、コーダの壮大なテンポ感や最後のフェルマータの引き延ばしはユニークです。

“オケの美麗な響きにうっとり。あの手この手でアイデアを繰り出すヤンソンス”

マリス・ヤンソンス指揮 ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団

(録音:2003年  レーベル:RCO LIVE)

 同オケ自主レーベルから出た、最初期のディスク。後の来日公演でも、この曲は取り上げられていました。当コンビのドヴォルザーク録音は他に8番とレクイエムがある他、彼はバイエルン放送響とも同じ8番、スターバト・マーテルを録音。ヤンソンスの同曲録音には、オスロ・フィルとの旧盤もあります。ライヴ収録ながら残響音が豊かで、豊麗なコンセルトヘボウ・サウンドを堪能できる録音。

 第1楽章は、序奏部の弦とティンパニの掛け合いからリズムが鋭利で、響きがタイトに引き締まっています。主部は正攻法ながら、鋭敏なリズムとみずみずしい音感でシンフォニックな美しさを追求。各主題も濃厚ではありませんが、爽やかな叙情味があってリリカルです。第2主題もルバートを掛けて歌い込む感じ。きびきびとした進行の中にも、スコアにはないクレッシェンド、ディミヌエンドを盛り込んで(展開部やコーダなど)旺盛な表現意欲を示します。

 第2楽章は速めのテンポで淡白。音色の美しさで聴かせる方向です。対照的に、中間部はテンポを思い切り揺らして、情感たっぷり。強奏部も素晴らしいソノリティで、ただただ聴き惚れてしまいます。コーダ前のヴァイオリン群のモノローグには、装飾音を加えているのが旧盤同様でヤンソンス流。

 第3楽章は、リズムのエッジを立たせて、シャープかつモダンな造形が胸のすくような小気味良さです。トリオはテンポ・ルバートで、たっぷりと濃厚に歌う表現。第2トリオはやはり、リズムの際立たせ方が峻厳です。第4楽章もアインザッツの切っ先がすこぶる尖鋭。スタッカートの切れが良く、きびきびとまとめたオーソドックスな解釈ながら、各部の表情が豊かで、音楽が生き生きと躍動しています。ぐっとテンポを落とした、壮大なコーダも印象的。

“遅めのテンポを採択し、フレーズや管弦バランスを解釈し直した新鮮な演奏”

パーヴォ・ヤルヴィ指揮 シンシナティ交響楽団

(録音:2005年  レーベル:テラーク)

 マルティヌーの交響曲第2番をカップリング。パーヴォのドヴォルザーク録音は珍しく、他にはカピュソン、フランクフルト放送響とのチェロ協奏曲があるくらいではないかと思います。

 第1楽章は序奏部のホルンとティンパニが激烈。その後の木管のフレーズをテヌートで吹かせるのも面白いですが、主部直前のティンパニも再び雷鳴のような轟音を響かせます。主部は遅めのテンポで、一音ずつ噛んで含めるような表現。やはりテヌートの味付けを施す箇所があるのと、第2主題で思い切りテンポを落とすなど、ロマン的な自由さがある演奏です。ただ、強音部ではストレートな力感を示すものの、感情面に耽溺するタイプではありません。オケの響きはやや奥行きが浅く、豊麗さや美感に乏しいのが残念。

 第2楽章も地を這うようなスロー・テンポ。主部はオケの性能もあってやや地味ですが、中間部への移行とテンポの設定が見事で、指揮者の才気を感じさせます。柔らかなタッチの強音部も独特。第3楽章は中庸のテンポながら、細部まで丁寧な表現。克明に刻まれる精確なリズムとティンパニの猛打が、音楽を鮮烈に彩ります。トリオではやはりソステヌートが目立ち、主部との対比が明確。拍節の感じ方にも独特のセンスを窺わせます。

 第4楽章も落ち着いたテンポで、勢いや推進力よりも細部を掘り起こしてゆくような趣。特にリズムを画然と刻む箇所が目立ち、そこに裏拍やシンコペーションのアクセントを置いて通常とは異なる拍節感を付与しているのが面白い解釈です。特定のフレーズの強調や、管弦のバランスを工夫している箇所もあり、聴き慣れた通俗的名曲を新鮮に解釈しなおそうという意欲が感じられます。コーダも一転して急速なテンポで駆け込むのがユニーク。

“端正にして滋味豊か。通俗の手垢をさっぱり洗い流したような爽快感”

チャールズ・マッケラス指揮 プラハ交響楽団

(録音:2005年  レーベル:スプラフォン)

 同時に第8番、《自然の王国で》も収録されたライヴ盤。マッケラスのドヴォルザーク録音は、同レーベルにチェコ・フィルとの交響曲第6番や管弦楽曲各種、デッカにパメラ・フランクとのヴァイオリン協奏曲とロマンス、歌劇《ルサルカ》全曲もあります。スメタナ・ホールでの録音ですが、残響が豊富でオケの音色も美しく、滋味豊かで有機的な響きはチェコ・フィルとも共通する資質。

 第1楽章は自然体で端正な造形の中に、豊かなニュアンスと感興を盛り込んだ演奏。序奏部は淡々とした表情ながら、決して薄味ではなく、ティンパニの音色も素晴らしいです。提示部はライヴながらリピート実行。大袈裟な身振りはどこにも無いのに、緻密な表情とリリカルな歌が溢れるこの演奏には、通俗の手あかをさっぱりと洗い流したような爽快感があります。リズム感が鋭敏で、細部まで解像度の高いシャープな合奏を展開しているのも見事。

 第2楽章は実に清潔な表現で、情に溺れる所がないにも関わらず、オケの自発的な歌を生かして聴き手の琴線に触れるパフォーマンス。速めのテンポで流麗なフォルムを形成しますが、それだけに繊細なアゴーギクが心に染みます。第3楽章はやはりティンパニのリズム感と打音が見事で、トリオの木管アンサンブルも本物の手応え。全体がいちぶの隙もないほど完璧に設計されているのは、さすがチェコ音楽のスペシャリストたちの仕事です。

 第4楽章も過剰さや演出臭さがなく、小気味好いフットワークで流れるように歌われる、極めて好ましい表現。それでいてディティールは生き生きと躍動し、どのフレーズにもみずみずしい生命が与えられています。各部の造形も美しいですが、スムーズ&スマートな語り口ながら愛情を持って盛り上げた後半部も素敵。聴衆も沸いています。

“作品の良さを真摯に打ち出す指揮と、共感溢れるオケの熱演がうまくマッチ”

西本智実指揮 ブダペスト・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:2008年  レーベル:キングレコード)

 《シェエラザード》に続く当コンビのレコーディング第2弾。国立歌劇場で行われたライヴのDVDも出ているが、こちらはその数ヶ月前にハンガリー放送のスタジオ22で収録されたもの。プッチーニの《マノン・レスコー》間奏曲をカップリング。

 この曲は、演奏する側に作品への共感が乏しいとひどく退屈に聴こえる事もあるが、東欧の人たちは近隣諸国の音楽であっても格別のシンパシーを込めて演奏するケースが多く、当盤も例外ではない。指揮者の性質がリリカルな音楽に向いているせいもあるが、全編みずみずしい歌心とノスタルジックな情感に溢れた好演となった。

 テンポは基本的に遅めで、奇を衒わず、旋律美とドラマ性で真摯に聴かせる。カンタービレが美しく印象的で、第2楽章中間部で木管がコラール風の旋律を歌う箇所の呼吸など、実に素晴らしい。フィナーレも、自然に高揚する表現。オケは美しい弦のアンサンブルを基調に、伸びやかに抜けるブラスを伴ったトゥッティなど、耳に心地よい響き。時折思わぬ所で不器用なイントネーションを感じる事もあるが、全体としては非常に優秀なオーケストラ。第1楽章は提示部リピートを実行。

“見事なスコア解釈とライヴらしい情動の開放。驚異的クオリティによる超名演”

佐渡裕指揮 ベルリン・ドイツ交響楽団

(録音:2008年  レーベル:エイベックス・クラシックス)

 セッション収録によるチャイコフスキーの5番、ピアノ協奏曲に続く当コンビ第3弾で、今回はフィルハーモニー・ホールでのライヴ。ライナーノートによると、現地でも評判を呼んだ演奏会のようで、「今日は嬉しくって家に帰りたくない」と楽員が語るほど、オケも満足の様子だったとのこと。佐渡裕のライヴ録音は出来不出来のムラを感じるが、当盤は素晴らしい内容で、客演とは思えない抜群の相性にもびっくり。技術的にもライヴらしからぬ完成度で、録音も優秀。

 第1楽章は提示部リピートを実行。序奏から集中力が高く、オケが完全に統率されている。ティンパニの打ち込みも、リズム、音色共に引き締まって効果的。主部はブラスのアクセントがシャープで、ホルンの第1主題も抜けが良く鮮烈。画然として鋭利なリズムは、切れ味爽快。経過主題は実にリリカルで、テンポをぐっと落とし、ルバートで情感たっぷりに歌う第2主題も優美。見事に引き締まったコーダも、筋肉質の響きが精悍。

 第2楽章は、ベルリン・フィルとも共通する精緻で艶やかなソノリティと、透明な響きが印象的。メロディ・ラインに対する反応は日本人特有の感性ゆえか、琴線に触れる情緒表現と感じられる。中間部も思い切りテンポを落として、嫋々と歌う。オケは木管群のソロをはじめコンディション良好で、共感もたっぷり。

 第3楽章は遅めのテンポで。民族舞曲的なグルーヴを明確に打ち出した表現。特に弦は切っ先が鋭く、エッジの効いたアンサンブルを展開する。トリオの歌心と、強弱やフレージングの敏感さは特筆もので、オケを完璧にコントロールしていると感じられる表現の徹底ぶり。

 第4楽章は、遅めのテンポで通した前3楽章とは対照的に熱っぽさをあらわにし、速いテンポで勢いよく進めるのがエキサイティング。クラリネット・ソロと伴奏のトレモロの最弱音も効果満点。この楽章に限らず、フレーズの要所にほんのひと呼吸、間を入れる手法が絶妙で、ここではそれが絶大な効果を生んでいる。思わず惹き付けられるようなスコア解釈が頻発。超スロー・テンポの壮大なコーダも凄い迫力。

“熱っぽいパッションを発露する一方、独自の解釈を展開する意欲的なネルソンス”

アンドリス・ネルソンス指揮 バイエルン放送交響楽団

(録音:2010年  レーベル:BRクラシック)

 ガスタイク・ホールで収録の交響詩《英雄の歌》をカップリング。交響曲はヘルクレス・ザールでの収録で、共にライヴ録音。当コンビには同じ曲の映像ソフトもあり。彼の美点である、直截で若々しいパッションと、独自のアイデアを盛り込んだスコア解釈の両方が聴かれる好演。

 第1楽章は強弱を細かく設定した上、スタッカートを意図的に歯切れ良く処理。アーティキュレーションの描き分けが徹底しており、リズムもよく弾む。第2主題でぐっと腰を落とし、情感たっぷりに歌い込むのも美しい表現。トゥッティのソリッドな金管の吹奏は鮮烈で、コーダにおいて、トランペットに楽譜にはないフォルテピアノとクレッシェンドを適用するのは、師匠のヤンソンス譲りか。

 第2楽章は中間部における、木管の即興的な歌わせ方が印象的。ネルソンスの指揮は、シンフォニーでもオペラでも、概して叙情的なカンタービレのセンスに特徴がある。オケの繊細な音色も、美しい効果を発揮。第3楽章は速めのテンポで勢いがあり、リズムの切っ先がすこぶる鋭利。語気の強いアタックと音圧の高さによって、全強奏は迫力満点。トリオも、フレージングや伴奏形の強弱など芸が細かい。

 第4楽章は溌剌として活力に溢れ、細部も生き生きと描写。リズム感が良く、ライヴらしい感興や熱気もある。アゴーギクも効果的で、コーダ直前の弱音部も、やりすぎの一歩手前までテンポを落とす勇気がある。図抜けた統率力を発揮してオケに渾身の熱演をさせている所に、指揮者の実力を如実に感じさせる。

 7/27 追加!

“正攻法で硬派の語り口。情緒的な耽溺は極力避ける傾向”

ジャナンドレア・ノセダ指揮 ナショナル交響楽団

(録音:2019年  レーベル:ナショナル交響楽団)

 楽団自主レーベルのライヴ盤で、コープランドの《ビリー・ザ・キッド》とカップリング。残響は豊富に取り入れられているが、ホールの響き自体は特に美しい方でもない。オケのソノリティは柔らかく、温度感や艶もある。

 第1楽章は提示部をリピート。この指揮者らしい硬派な語り口で、大きなルバートを用いずストレートに進行。几帳面に整えられた鋭利なリズムは耳を惹くが、個性的な造型とは言えない。響きに艶があり、旋律線がみずみずしく歌うのは美点だが、競合盤があまりに多い作品だけに主張が乏しいのは残念。アーティキュレーションや強弱は緻密にコントロールされている。

 第2楽章も抑制が効き、情緒的な耽溺は避ける傾向。導入部は和声感、ソノリティともに素晴らしい。表情は豊かだが流れが淡々としているし、中間部も速めのテンポで、濃厚には歌い込まない。強奏部は、ソフトなアタックと豊麗なトーンで優しく盛り上げる。第3楽章は速めのテンポで、荒々しいアインザッツには感情的な激しさも垣間見える。トリオはイン・テンポでやや淡白。

 第4楽章は、やはりシンフォニックなまとまりを重視したのか、正攻法で面白味に欠ける。細部までよく統率されてはいるが、練達のオペラ指揮者だけに、ドラマティックな構成力も期待してしまう。剛毅な力感はさすがで、後半に向けて熱っぽく高揚する点は救い。

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