ファリャ / バレエ音楽《三角帽子》

概観

 スペインは有名な作曲家をあまり輩出していないが、そんな中、近唯一気を吐いているファリャの代表的な作品。といっても、音楽史的にあまり重要な作品としては扱われておらず、レパートリーの広い指揮者、例えばカラヤンなども録音していない。

 当時ヨーロッパを席巻していたロシア・バレエ団の主宰者、セルゲイ・ディアギレフの依頼で作曲され、彼は当時「私は全部スペイン風にしたいんだ!」などと叫んでいたそう。この稀代の興行師がいなかったら、近代ロシアやフランスのバレエ名曲の数々は存在しなかったわけだが、ファリャの場合も代表作がディアギレフの依頼で生まれているわけだから大したものである。

 ロンドンで1919年に行われた初演は、振付がレオニード・マシーン、舞台美術と衣装がパブロ・ピカソという、大変豪華な顔ぶれ。こういう人材の集め方は、いかにも敏腕プロデューサーという感じがする。この曲の序奏部は非常にインパクトの強いが、これは作曲者が、眼もくらむようなピカソの緞帳に注目させるため急遽付け足した音楽だそう。

 私が初めてきいたのは、デュトワ/モントリオール響のレコード。当時はもう管弦楽曲のメジャーなレパートリーは大方知っているつもりだったが、「こんなに面白い曲がまだあったのか」と驚いた覚えがある。組曲盤や抜粋盤にも面白いディスクが出ているが、お薦めはやはり全曲盤。デュトワ盤以降、しばらくお薦めできるディスクがなかったが、ゼロ年代を境に山田盤、大野盤、そして極めつけのエラス=カサド盤と、一気に復調の兆しが見えてきた。

*紹介ディスク一覧

[抜粋&組曲版]

65年 マゼール/ベルリン放送交響楽団

76年 マータ/ロンドン交響楽団

79年 ムーティ/フィラデルフィア管弦楽団

94年 マータ/シモン・ボリヴァル交響楽団

94年 大野和士/東京フィルハーモニー交響楽団

[全曲版]

75年 ブーレーズ/ニューヨーク・フィルハーモニック

76年 小澤征爾/ボストン交響楽団    

81年 デュトワ/モントリオール交響楽団

81年 プレヴィン/ピッツバーグ交響楽団

91年 マータ/ダラス交響楽団  

97年 バレンボイム/シカゴ交響楽団

16年 山田和樹/スイス・ロマンド管弦楽団  

16年 大野和士/バルセロナ交響楽団 

19年 エラス=カサド/マーラー室内管弦楽団  

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[抜粋&組曲版]

“鋭利で峻烈な表現だが、ユーモアやラテン的興奮とは無縁”

ロリン・マゼール指揮 ベルリン放送交響楽団

(録音:1965年  レーベル:ドイツ・グラモフォン)

 若き日のマゼールの個性が明瞭に刻印された60年代のベルリン録音の一つで、オリジナルのカップリングは《恋は魔術師》。抜粋盤という形で、第2組曲の全3曲にプラスして、第1組曲からファンダンゴが演奏されています。

 音のエッジは鋭いのですが、ティンパニなど低音部にパンチがなく弱腰に聴こえるのと、表情がギスギスしていて、ユーモアのセンスが感じられないのが特色。セギディーリャの冒頭で音をだらっとつなげてスラー気味に演奏させ、ファルーカでは弦をザクザクと切っ先鋭く刻みつけて激烈な表現を採るなど、意欲的な解釈は随所にみられます。ホタもアイデア満載ですが、不思議とラテン的興奮には結びつかず、沸き立つような楽しさとは無縁。むしろ線的な鋭さ、色彩のどぎつさが際立っています。

“マータ流の意欲的な表現の一方、不自然な録音が残念”

エドゥアルド・マータ指揮 ロンドン交響楽団

(録音:1976年  レーベル:RCA)

 LPは全曲盤で出ていた筈なのに、CD化(それも海外のみ)されたのは第2組曲と、オリジナル・カップリングの《恋は魔術師》、ホアキン・アキューカロのソロで《スペインの庭の夜》。マータにはシモン・ボリヴァル響との同曲再録音、ダラス響との全曲録音もある。

 マータの本邦デビュー盤として発売され、メキシコ演奏旅行中のロンドン響をマータが振って、メキシコ・シティの芸術センター、パラシオ・デ・ベリャス・アルテスで録音された、異色のアルバム。マルチ・チャンネル的にミックスされた70年代らしいアナログ録音だが、時にチャンネルの定位が不安定になったり、全体のブレンド感を欠く箇所もある。

 遅めのテンポを採り、シャープなリズム処理で細部を描写してゆく語り口は正にマータ流。ファルーカも佇まいこそゆったりしているが、アインザッツの切っ先が鋭い上に時に重みが加わるアゴーギクなど、内に秘めた力感の強靭さを垣間見せる。段階的に加速するコーダの表現もスリリング。

 ホタも落ち着いたテンポに鋭利なセンスを盛り込んだ好演。千変万化する曲想を巧みに描き分け、各部のテンポを適切に設定する指揮ぶりは卓抜だが、歪みが強く、フォルティッシモで響きが飽和しがちな録音は不備。セギディーリャでもそうだが、ヴァイオリン群など単体だとモノラルで録られたものをミックスしたように聴こえる。

“オケの卓越した技術を背景に、アドレナリン大放出のムーティ”

リッカルド・ムーティ指揮 フィラデルフィア管弦楽団

(録音:1979年  レーベル:EMIクラシックス)

 第1組曲及び第2組曲を収録。カップリングはシャブリエの《スペイン》とラヴェルのスペイン狂詩曲で、ずばりスペインをテーマにしたアルバム。録音はややドライだがダイナミックな力感に溢れ、このコンビらしい音圧の高さと、凄絶でカラフルな響きをうまく捉えている。

 ムーティはオケの卓越した演奏能力をフルに生かし、エネルギッシュで豪快なパフォーマンスを繰り広げる。セギディーリャなど、情緒面で物足りなく感じられる部分もあるが、弱音の扱いなどデリカシーは充分。意外に郷土色もあるし、ファルーカの彫りの深い表現は彼らしい。

 色彩感も豊かで、旋律線が艶やかに歌うのはムーティの美点。舞曲らしいリズムの活力も熱っぽく打ち出されているが、ホタは音楽の運びが余りに性急で、舞曲の味わいが吹き飛んでしまった印象も受ける。しかし私などは、もしデュトワ盤を聴いていなかったら、こういう演奏をベストに推していたかもしれない。オケも優秀で、聴き応えあり。

“天性のリズム感と斬新な解釈、マータの類いまれな才気が迸る演奏”

エドゥアルド・マータ指揮 シモン・ボリヴァル交響楽団

 マルタ・セン(Ms)

(録音:1994年  レーベル:ドリアン・レコーディングス)

 当コンビはファリャ作品のアルバムを3枚録音していて、その1つに収録の音源。マータは過去にロンドン響、ダラス響と同曲全曲盤を録音している。残響は適度だが、意外に潤いのある鮮明な音で、同じレーベルではダラス響の録音よりもずっと実体感があっていい。

 シモン・ボリヴァル響は南米の新進オケながら、音色的にも技術的にも非常に優秀。各パート共、美しく鮮やかな音色で好演している。何よりも、同レーベルのダラス録音ではあまり感じられない、響きの弾力と温かみのあるソノリティが備わっているのがいい。RCA時代のダラス響の音には、むしろこちらの方が近いと言える。

 セギディーリャでは天性のリズム感と音感が光り、ファルーカも独特のフレージング。特に音の切り方やスラーが聴き慣れないフィーリングで処理されるが、それらがことごとくスペイン風に響く要因となっているのはさすが。後半、クレッシェンドとアッチェレランドで徐々に盛り上がってゆく箇所は、リズムの取り方と段階的なテンポ加速に斬新な表現が聴かれ、旧盤を踏襲。

 ホタはかなり速いが、流れがスムーズでぎこちなさは皆無。マータはバレエ団で指揮をした経験ゆえか、テンポの移行や呼吸が見事なまでに決まっている。振り子が大きく揺れるような、テンポが自由な曲線を描く局面では、感情的な熱量も伴った大胆な音楽の振幅が素晴らしい。改めて、早すぎる死が悔やまれる。

“一聴、並外れた表現力と燃え上がるような烈しさ”

大野和士指揮 東京フィルハーモニー交響楽団

(録音:1994年  レーベル:ライヴノーツ)

 第2組曲のみの録音。東京フィルのヨーロッパ・ツアーをCD化した2枚のライヴ盤に収録された音源で、特に熱狂的な反応を巻き起こしたというミュンヘンでの演奏会から採られている。会場はガスタイク・ホール。大野和士は後にバルセロナ響と、全曲盤を録音している。

 ドラマティックかつ緻密な音楽作りに定評がある指揮者だが、冒頭のセギディーリャから豊かな情感を醸成しつつ、巧みなアゴーギクで変化に富む起伏を生成させており、この部分を聴いただけでも並外れた才能が窺い知れる。

 ファルーカは間の取り方がすこぶる劇的で、いかにもオペラ指揮者らしい豊かなイマジネーションを感じるが、ホタに入ると、燃え上がるような烈しい情熱の中に、精密な計算で千変万化する曲想を捉える知的さも垣間見せる。弦の刻みに生命力が漲り、適格なフレージングで表情を息づかせながら感興を徐々に白熱させてゆく所など、オケ共々ものすごい表現力。ミュンヘンの聴衆・マスコミの興奮もうなずける。

[全曲版]

“他のディスクとは表現のベクトルを異にする注目盤”

ピエール・ブーレーズ指揮 ニューヨーク・フィルハーモニック

 ジャン・デ・ガエターニ(S)

(録音:1975年  レーベル:ソニー・クラシカル)

 自分が価値を認めた作品しか指揮しないブーレーズですが、時折《運命》とか《水上の音楽》とか、およそイメージに合わない作品を突然レコーディングする事があり、このファリャも意外な一枚。カップリングには同じファリャのハープシコード協奏曲という、超マイナーな曲を持ってきています。

 果たして、冒頭から異様に遅いテンポで開始されるこの演奏は、ファリャの音楽を時間軸と音量の増減と色彩に分解し、独自の視点で再構築してゆくのですが、そもそも表現のベクトルが他の指揮者と全く違うので、同じ観点で語るのは至難の技です。少なくとも民族色とか、バレエの雰囲気とか、ユーモラスな語り口とか、そういう物をこの演奏に期待する事は無意味でしょう。

 主部に入るとその印象は若干弱まりますが、それでも私の知る限りファリャらしく響かない唯一の演奏です。何しろ、これだけ鋭いリズムと豊かな色彩を表しながら、沸き立つような興奮とは無縁。やたらと溜めの多いファンダンゴもひどく新奇に聴こえますが、全体的な傾向として、各楽器がブレンドするよりも一部の楽器がしばしば突出する音作りで、同じオケで録音された《火の鳥》と似たアプローチと言えます。もっともテンポ・ルバートは多用され、旋律線も表情豊かなので、淡々と進む訳でもありません。

 ファルーカ辺りを聴いていると、ファリャの音楽の中にもドビュッシーやラヴェル、ストラヴィンスキーと通じる要素が、そこここに発見されます。見方によっては、この曲の演奏スタイルが一方向に偏りすぎているのかもしれません。《市長の踊り》後半の精緻を極めた音楽作りなど、正にストラヴィンスキー的というのか、作品の評価を一変させかねない力があります。ラストも、ちょっと聴いた事のないような終わり方。

“ドラマ性やローカル色に捉われず、スコアの鮮やかな再現を目指す小澤”

小澤征爾指揮 ボストン交響楽団

 テレサ・ベルガンサ(Ms)

(録音::1976年  レーベル:ドイツ・グラモフォン)

 当コンビの珍しいファリャ録音。スペイン的なムードやバレエ音楽の味わいより、スコアの緻密な再現に重点を置いたアプローチで、明快なリズムと色彩でコンサート・ピースとしての魅力を追求。舞曲のリズムにも揺らぎや溜めがなく、常に整然と杓子定規に聴こえるのはこの指揮者の特質と言えるでしょう。

 序奏は、ティンパニが3拍子の拍節感をきっちり打ち出しているのが当コンビらしい所。独唱のベルガンサが実に素晴らしく、情緒たっぷりの節回しに魅了されます。きびきびと鮮やかな棒さばきはさすがで、オケの技術力も高く、終始生き生きとした活力に溢れます。セギディーリャのように、ぐっと腰を落としてしみじみとした情感を出す場面もあり、みずみずしい感性による上品で楽しい演奏という感じ。デュトワ盤と並んで、全曲版ではお薦めのディスクです。

“作品の魅力をあまさず捉えた理想的演奏”

シャルル・デュトワ指揮 モントリオール交響楽団

 コレット・ボーキー(S)

(録音:1981年  レーベル:デッカ)

 《恋は魔術師》とカップリング。両曲共に優れた演奏にはなかなか恵まれない作品なので、こういった名盤は稀少です。語り口のうまさに指揮者の資質を遺憾なく示し、オケのキャラクターもすこぶる魅力的。管楽器を始め各パートの音彩や歌いっぷりになまめかしい香気が漂い、まるで聴き手を誘惑するような箇所すらあります。カラフルでありながら潤いを保ち、どぎつくなりすぎない色彩感もさすが。

 第1部で活躍するファゴットは即興的なフィーリングで演奏され、イマジネーションの豊かさを感じますし、セギディーリャでの叙情的な中に鋭い感応力を忍ばせたリズム処理は絶妙で、この曲がバレエ音楽である事を改めて思い起こさせます。落ち着いたテンポで悠々と迫るホタは、そのわくわくするような愉悦感に忘れ難い味わいあり。

 録音面では、部分的に編集の繋ぎ目(?)がおかしく聴こえるのが残念。ソプラノはかなり遠目の距離感で録られていますが、歌唱そのものが的確なせいか違和感はありません。作品が孕む熱気やユーモアもあます所なく捉えていて、全曲盤では最右翼に置きたいディスク。

“意外に覇気のあるプレヴィンと、柔らかい音色のオケに注目”

アンドレ・プレヴィン指揮 ピッツバーグ交響楽団

 フレデリカ・フォン・シュターデ(S)

(録音:1981年  レーベル:フィリップス)

 《恋は魔術師》から《火祭りの踊り》をカップリング。ソロをシュターデが歌っているのが、レコーディングならではの豪華キャスティングです。

 民族的なリズムの強烈さや色彩感よりも、より普遍的なスタイルを目指した節度のある演奏ですが、プレヴィンにしては意外に覇気があるし、サウンドにも力と勢いが感じられ、好ましく聴きました。オケも意外なほど柔らかく温かい音で演奏しています。シュターデもオペラ歌唱でスペイン情緒を逃してしまう事なく、気っぷのいい口調で小気味よく歌っているので、演奏全体が俄然生き生きとしてきます。ただ、プレヴィンの表現は終幕に至って、激烈さと情熱の点で物足りなくなってくる感は否めません。

“手兵ダラス響を振った、マータ唯一の全曲録音”

エドゥアルド・マータ指揮 ダラス交響楽団

 ルーデス・アンブリズ(S)

(録音:1991年  レーベル:プロ・アルテ)

 マータは同曲を3度も録音していながら、全曲盤はこれが唯一。アルベニスのイベリア組曲とカップリングされ、“stereo surround”と銘打たれたディスクで、録音日時はおろか製作年すらも記載されていませんが、某大手サイトのレビューを信じれば録音・発売共に91年のようです。

 ゆったりと構えた冒頭から独特の凄みがあってマータらしい表現ですが、第1部は総じて腰が弱く、部分的にテンポが速すぎたり表情が淡白だったり生気を欠きます。これを聴くと彼がこの部分に興味がないか、あるいは不得意なのか、ともかく第2組曲ばかり録音しているのも何となく分かる気がします。実際、第2部以降は俄然活気を帯びて力が漲ってきます。

 解釈は後の再録音盤に近いものですが、オケはさすがに手の内に入ったダラス響だけあって、表情豊かなパフォーマンスで聴かせます。ラストの打楽器のフェルマータを思い切り長く伸ばし、最後の一音を鋭いスタッカートで軽く打ち込んで終わるのもユニーク。

“苛烈なシカゴ・サウンドの背後に、バレンボイムの醒めた意識も露呈”

ダニエル・バレンボイム指揮 シカゴ交響楽団

 ジェニファー・ラーモア(Ms)

(録音:1997年  レーベル:テルデック)

 ドビュッシーからピアソラまで、ラテン系の音楽も得意とするバレンボイムですが、ファリャは意外にも初録音。カップリングの《スペインの庭の夜》ではピアノ・ソロに回り、指揮はプラシド・ドミンゴが担当。ファリャの没後50周年の記念コンサートのライヴ録音で、メゾをジェニファー・ラーモアが歌って花を添えています。かつて英デッカが使っていたメディナ・テンプルでの収録で、ライヴながら響きの豊かな、聴きやすい音です。

 バレンボイムは冒頭からトランペットに特異な強弱を付け、主部以降もテンポの採り方やそれに付随する表情に、常套的なものとはかなり違ったニュアンスを付与しています。それでいて誇張は感じさせず、むしろ表現としては淡泊な印象を与えるのも不思議ですが、演奏の背後にあるバレンボイムの意識にも、どことなく醒めたものが感じられ、オケのサウンドも時に無機的に響きます。

 ただ、リズムには生気があって力感も十分ですし、ブラス・セクションなど、相当刺々しいアクセントで強奏しています。ホタともなると、さすがにシカゴらしいエネルギッシュなパフォーマンスが展開しますが、もう少し飄々とした、ユーモラスな風情があってもいいように思います。

“録音はあと一歩ながら、生気溢れる熱っぽい演奏で久しぶりのお薦め盤”

山田和樹指揮 スイス・ロマンド管弦楽団

 ソフィー・ハームセン(Ms)

(録音:2016年  レーベル:ペンタトーン・クラシックス)

 児玉麻里との《スペインの庭の夜》、歌劇《はかなき人生》〜間奏曲とスペイン舞曲(名演!)、《恋は魔術師》〜《火祭りの踊り》を収録したファリャ・アルバムより。コンサート仕立てのようなプログラミングですが、セッション録音です。冒頭はティンパニなど、やや遠目の距離感ですが、各パートは鮮明に捉えられ、生き生きとしたパフォーマンスを窺わせます。唯一、トゥッティの際にもう少し中身が詰まった、和声感の豊かなボディが欲しい所。

 メゾの歌唱は妖艶で、雰囲気も豊か。オケも生気に溢れ、弦のしなやかな歌い口には色っぽさも感じさせる箇所があったり、木管ソロなども自発性を感じさせます。又、自在なアゴーギクと卓抜なリズム感も熱量と雄弁さを感じさせ、舞曲を盛り上げる際の加速なども堂に入っています。各部のテンポ設定と表情の付与も適切そのもの。オーケストラ・ドライヴの腕が確かで、色彩も豊かです。優れた全曲録音が少ない作品ですが、当盤は久々に自信をもってお薦めできるディスク。

“精緻さと活力を兼ね備え、エッジの効いた指揮ぶりで旧盤より若返った大野”

大野和士指揮 バルセロナ交響楽団

 マリーナ・ロドリゲス・クシ(Ms)

(録音:2016年  レーベル:トリトー)

 大野はこの22年前、東京フィルと第2組曲のみライヴ録音(ヨーロッパ・ツアー)しています。今回は「ピカソとバレエ」というテーマのコンセプト・アルバムで、ストラヴィンスキーの《プルチネルラ》組曲、サティの《バラード》組曲、メルキュール、ミヨーの《青列車》をカップリングした2枚組。残響と直接音のバランスが良く、生き生きとした空気感もある好録音で、演奏の良さもヴィヴィッドに伝わります。オケは技術的にすこぶる優秀で、原色の鮮やかな色彩感も魅力。

 演奏はエッジが効いて、生彩に富んだもの。このコンビのサウンドは輪郭がシャープで、骨太さやソリッドな感触もありますが、旋律線はしなやかに歌われます。造形面では端正で、奇を衒った解釈はないのですが、リズム感が良く、アタックに覇気が漲るので、常に音楽が鮮烈に響きます。スペインのオケではありますが、殊更にローカル色を強調せず、清新な感覚で都会的に仕上げた印象。ダイナミクスやアーティキュレーションの描写が徹底していて、ディティールも雄弁に語りかけてきます。

 さすがにエラス=カサド盤の斬新なアプローチを聴いてしまうと、当盤はあくまで旧世代の地平に属する正攻法に聴こえますが、この曲でこういう、活力があって彫りの深い演奏は稀なので、強くお薦めできる一枚。《ファルーカ》の導入部はドラマティックな語り口で、管楽器のソロも情緒たっぷり。壮烈なホルンの響きに圧倒されるし、弦楽合奏の強靭なエッジも迫力満点です。最後まで熱っぽく躍動的な表現を繰り広げ、22年前の大野よりもむしろ若返った印象。

 メゾのクシはバレンシア出身で、声楽の前にオーボエを専攻したという変わり種。クリスティとレザール・フロリサンの録音にも参加しています。ルバートを用いて情感豊かに歌うスタイルで、冒頭部分から演奏の雰囲気に大きく貢献。

“圧倒的な鮮烈さ。目の覚めるように新鮮な感覚で再構築された、新世代の決定盤”

パブロ・エラス=カサド指揮 マーラー室内管弦楽団

 カルメン・ロメウ(Ms) 

(録音:2019年  レーベル:ハルモニア・ムンディ)

 俊英エラス=カサドの話題盤。優秀な室内オケを起用し、大野盤と同じバルセロナ、ラウディトリの会場で録音しています。カップリングは《恋は魔術師》で、そちらはフラメンコのカンタオーラに歌わせながら、同曲にはクラシックの歌手を起用する対比もユニーク。しかしお上品な歌唱には終始せず、濃密な情感を漂わせたエモーショナルな歌い回しです。

 冒頭は凄いスピードで勢い良く開始。男声のかけ声と手拍子にも活気がありますが、途中で妙に元気のない「オレッ」を挟むのが笑えます。オケは獰猛な野生動物のような俊敏さと攻撃性に溢れ、今にも飛びかかってきそうな肉食パフォーマンスを展開していて痛快。色彩にも原色の鮮やかさを用い、目の覚めるように峻烈な表現が連続しますが、それでいて仕上げの粗さがなく、むしろ近代音楽らしい緻密さが全面に出ているのも斬新。

 テンポは振幅が大きく、感覚的に自在な伸縮をする即興的センスが、風通しの良さに繋がっています。とにかく集中力が高く、これだけテンポ・ルバートを多用しても合奏の精度と一体感は失われません。相当に機動力の高い演奏と言えるでしょう。バレエ音楽として踊りの感覚に沿っているかどうかは分かりませんが、雄弁で生彩に富む語り口。各パートの発色の良さ、自発性に富んだ表現が愉しいです。

 《ファルーカ》冒頭は、ソステヌートのホルンが壮烈な吹奏を聴かせ、弱音器付きの弦がアグレッシヴに切り込んできます。その後も速めのテンポでテンションが高く、精妙な音彩と熱っぽい勢いを維持したまま《ホタ》に突入するのも面白い解釈。できれば固定メンバーのオケをという気持ちは常にありますが、この素晴らしい演奏を聴けばマーラー室内管の起用は大成功と認めざるを得ません。

 沸き立つような活気と熱量、情感、繊細さと腰の強さを欠かす事なく、終始圧倒的なパフォーマンスを貫徹。この曲は本場スペインの指揮者が振っても、なぜか弱腰で活力に乏しい演奏になったりするので、全ての要素を完備した上で、さらにその満足度を超えてくる当盤は、大いに歓迎されます。

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