チャイコフスキー/交響曲第2番《ウクライナ(小ロシア)》

概観

 チャイコフスキーの初期交響曲の中では、1番に次いで人気(私は3番の方が好き)の曲。個人的には民謡臭が強すぎて鼻につくのと、チャイコ特有の大仰な楽想が多いので、4番と共に少々苦手な部類に入れている。政治情勢を考えれば、タイトルは《ウクライナ》を採用すべきかもしれない。ちなみに下記リストでは、サイモン盤だけが1872年オリジナル版での演奏。

 どういう訳かこの曲だけ録音している指揮者(ジュリーニやジンマン、サイモン)、2度も録音している指揮者(ジュリーニ、マゼール、アバド)もいるので、私には分からない魅力があるのだろう。演奏も優れたものが多く、マルケヴィッチ盤、メータ盤、ジュリーニ盤、アバド/シカゴ盤、ヤンソンス盤、フェドセーエフ盤、ビシュコフ盤、P・ヤルヴィ盤など、どれも強く推したい素晴らしいディスク。

*紹介ディスク一覧

64年 マゼール/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

65年 ドラティ/ロンドン交響楽団

65年 マルケヴィッチ/ロンドン交響楽団   

77年 メータ/ロスアンジェルス・フィルハーモニック

77年 ハイティンク/アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団

78年 ムーティ/フィルハーモニア管弦楽団

79年 カラヤン/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

82年 サイモン/ロンドン交響楽団  *1872年オリジナル版

84年 アバド//シカゴ交響楽団

85年 ヤンソンス/オスロ・フィルハーモニー管弦楽団

86年 フェドセーエフ/モスクワ放送交響楽団

86年 マゼール/ピッツバーグ交響楽団

93年 ジュリーニ/フィレンツェ五月音楽祭管弦楽団

03年 ジンマン/バーデン・バーデン南西ドイツ放送交響楽団

19年 ビシュコフ/チェコ・フィルハーモニー管弦楽団  

20年 P・ヤルヴィ指揮 チューリッヒ・トーンハレ管弦楽団  

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“オケの魅力を生かしつつ、エッジーな棒さばきで疾走する若きマゼール”

ロリン・マゼール指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1964年  レーベル:デッカ)

 マンフレッドも含めた全集録音の一枚。マゼールは同曲をピッツバーグ響とも再録音しています。第1楽章は序奏部から速めで、スタッカートを盛り込んだホルンのイントネーションが独特。主部もきびきびとしたスピード感と推進力に溢れ、弦のアインザッツをはじめ切っ先の鋭さが目立ちます。テンポ自体より、音の立ち上がりの速さと、それに伴う熱っぽい勢いが鮮烈。しなやかなカンタービレとの対比も引き立ちます。オケの集中力の高いアンサンブルも緊張感あり。

 第2楽章も速めのテンポ運びで、弾みの強いリズムと歯切れの良いスタッカートで造形された第1テーマは、行進曲の性格全開で元気いっぱい。実にユニークな解釈です。オケも美しい音彩と、細やかなニュアンスで応えます。

 第3楽章は、あらゆる音をクリアに捉えた録音と相まって、すみずみまで鮮やか。各パートの連携とテクニックの冴えには目を見張るものがあり、このオケには珍しくヴィルトオーゾ風のパフォーマンスを展開します。中間部も、敏感に強弱を付けた卓抜なリズム処理が耳を惹き、この曲としては異色の手に汗握るスリリングな表現。フィナーレも、驚異的なまでに緊密にコントロールされた合奏を構築し、テンポこそ中庸ですが、シャープかつダイナミックな演奏を繰り広げる様は圧巻です。

“くっきりと明瞭な語調、凄いほどに鋭利な切り口”

アンタル・ドラティ指揮 ロンドン交響楽団

(録音:1965年  レーベル:マーキュリー)

 全集録音の1枚。60年前後よりも音の状態は良く、響きも雑味が減った印象はありますが、オケの音色に今一つ魅力が欲しい所。残響も適度で、鮮明な直接音とバランスが取れています。あらゆるパートが明快に発色し、立ち上がりにスピード感があるのはドラティらしい音作り。

 第1楽章は、序奏部からスタッカートを盛り込んで語調が明確ですが、音色が多彩で、バレエ音楽のようにカラフルな世界に思わず引き込まれます。主部は急速なテンポで非常な勢いがあり、切れ味鋭い棒でぐいぐいと牽引してゆく、パワフルな表現。ニュアンスは細やかで、緩急巧みな音楽作りです。感情面はドライではなく、精悍な凛々しさとリリカルな叙情の対比が鮮烈。

 第2楽章は、明るく艶やかな音でくっきりと造形した爽快な演奏。旋律線も流麗です。第3楽章は刃物のように鋭利な切り口でザックリ描いた凄い表現。テンポも速く、その勢いには殺気すら感じます。第4楽章もすこぶるダイナミックで、エッジの効いたブラスと打楽器が随所で効果を挙げますが、録音にある程度の潤いがあるのが救い。それにしてもスタッカートの切れは抜群で、各パートの音圧も高いです。ドラティの雄弁な棒さばきはさすがで、凄絶なクライマックスを形成。

“すこぶる鋭利で弛緩を許さぬマルケヴィッチの棒。知性派ながら気迫も漲る”

イーゴリ・マルケヴィッチ指揮 ロンドン交響楽団

(録音:1965年  レーベル:フィリップス)

 マンフレッドも含む全集録音から。フィリップスのロンドン収録にしては直接音が明瞭で、長めの残響も取り入れて珍しく音響的快感のある録音。この全集に共通して言える事として、シャープな造形とリリカルな歌のバランスが見事で、歯切れの良いリズム処理とのびやかなカンタービレを両立させた好演です。

 第1楽章は冒頭の一撃がすこぶる鋭利。続く第1主題は遅めのテンポで、明快にフォルムを切り出しつつも情感豊かに歌わせていて、コントラストが効いています。管弦楽法の色彩感が鮮やかに打ち出されるのもさすが。主部はおそろしく歯切れの良いリズムを駆使し、切っ先の鋭い合奏を展開しますが、アーティキュレーションやフレージングが見事で、スコア解釈の説得力の強さでは他盤の群を抜きます。

 第2楽章も、スコアが完璧に咀嚼されたと感じるような演奏。各部の表情がこれ以上ないほどに適切で、オケも生彩に富んだパフォーマンスを繰り広げます。第3楽章も鋭利なアタックに覇気が漲り、凝集度の高い表現。一瞬たりとも弛緩を許さない厳しさを感じます。オケは大変だと思うのですが、真剣勝負の気迫と集中力で応えていて圧巻。

 第4楽章も散漫になりがちな楽想を手堅くまとめ、有機的に構築していてさすが。華麗なオーケストレーションの妙を掌中に収めながら、様々な要素を空虚にならないように配置してゆく様は、作曲家でもあるマルケヴィッチならではの天才的手腕と言えます。伸びやかな抜けの良さや雄大なスケールもロシア風ですが、威力一辺倒で押さない所がいかにも知性派。

“鮮やかで雄弁な語り口が素晴らしい、隠れた名盤”

ズービン・メータ指揮 ロスアンジェルス・フィルハーモニック

(録音:1977年  レーベル:デッカ)

 メータ唯一の全集録音から。チャイコフスキーのシンフォニーは滅多に取り上げないメータですが、意外や意外、隠れた名盤と言える全集です。シンフォニックな様式感で明快な造形を打ち出している点では、ジュリーニやアバドを遥かに越える成功を収めているのではないでしょうか。録音も鮮烈。

 第1楽章は、ティンパニを強調した冒頭の一撃が痛快。粘りのあるフレージングと軽快なスタッカートの使い分けが巧く、機動力に優れます。肩の力が抜けた軽妙なタッチながら、アーティキュレーションの描写は徹底し、細部まで仔細にコントロールされた緻密な合奏に驚かされます。ロシア的な性格ではなく、シャープで躍動的、スポーティな身体感覚が優先する表現です。

 第2楽章は、ものすごく速いテンポ。しかし意外にせかせかした調子はなく、弛緩しない音楽の流れが心地良いです。チャイコフスキーらしい色彩的な管弦楽法も、余すところなく活写。第3楽章は、スピーディなテンポ運びで俊敏。その上でさらに音の隙間を詰めてくるような、加速の気配が常に控えているのもスリリングです。合奏もよく統率され、胸のすくようにサクサクと整ったアインザッツは壮観。

 第4楽章は、ティンパニのアクセントが際立つオープニングから鮮烈。主部はさほど速い訳ではありませんが、きびきびとした佇まいで機能主義的。楽想転換の際の気分の切り替えや、各パートのクローズアップのしかたなど実に演出巧者で、エネルギーを保持して疾走するコーダまで実にテンション高し。

“激烈な力感と丹念なフレージングで、スコアから最大限の美しさを抽出”

ベルナルト・ハイティンク指揮 アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団

(録音:1977年  レーベル:フィリップス)

 マンフレッドも含めた全集録音の一枚。第1楽章は序奏部からひたすら素晴らしく、たっぷりと豊麗な響きで旋律を丹念に歌わせながら、実に優美な音楽世界を現前させます。主部も遅めですが、フレージングがおそろしく丁寧で、その緻密さがスコアの美しさを最大限に引き出す様は圧巻。しなやかにうねる甘美なカンタービレも素敵な一方、歯切れの良いアクセントに激烈な力感が漲ります。切っ先の鋭いアインザッツも迫力満点。

 第2楽章も落ち着いた足取りに安定感があり、洗練された西欧風の感覚で各フレーズを歌わせています。色彩感は豊かで、遅めのテンポながら音楽が弛緩しないのはさすが。ふくよかで流麗な響きも魅力です。第3楽章はテンポも合奏もシャープに引き締まり、適度な緊張感を維持。表情も雄弁で、鋭敏なリズムが効果的です。

 第4楽章はオケを恰幅良く鳴らした、壮大な序奏が見事。主部はやはり克明な表現で、よく弾む軽快なリズムや生気に溢れたフレージングが、音楽を生き生きと躍動させています。エネルギッシュな活力が全編に漲り、最後まで気力の充実したパフォーマンスを展開。オケも典雅な音色と緊密な合奏で応えていて、集中力の高さを感じさせます。卓抜なリズム処理で、決して鈍重にならないコーダも迫力満点。

“激烈な表現で突き進む、手に汗握るスリリングなパフォーマンス”

リッカルド・ムーティ指揮 フィルハーモニア管弦楽団

(録音:1978年  レーベル:EMIクラシックス)

 マンフレッドを含む全集録音から。アナログ後期で、皮の質感も生々しいティンパニの打音に迫力があり、バスドラムの重低音にもエネルギー感が漲る。アビー・ロード・スタジオでの収録だが、コンサートホール並の広い音場感と適度な残響もあり。

 第1楽章はパンチの効いた歯切れの良い一撃で開始。ムーティらしい元気溌剌とした表現だが、響きは硬直せず、意外に柔軟性があって聴やすい。主部もテンポが速く、きびきびとした合奏でスピーディに展開。アーティキュレーションの工夫によって流れるような調子で各部が推移し、張りのあるアタックと発音の切迫感も、演奏全体の勢いを強めている。

 イン・テンポが基調だが、瞬間的なルバートでぐっと流れが湾曲する箇所などものすごい迫力。鮮烈なティンパニを核に、フォルテの瞬発力も凄絶だが、しなやかにうねるカンタービレは艶っぽく、イタリア・オペラ的なメリハリが効いているのもユニーク。

 第2楽章も速めのテンポで、明快な造形。語調に曖昧さが一切ないのはムーティの指揮の特徴で、ソロもユニゾンも旋律線がくっきりと隈取られている。ピアニッシモの弱さを維持しているのも彼らしい。第3楽章も焦燥感の強いテンポで、密度の高い合奏を展開。シャープな棒で緊張の糸を途切らせない、ムーティの強靭な集中力に驚く。造形の彫りの深さもさすが。

 第4楽章は、序奏部で大活躍するティンパニの強打が激烈。ドラマティックな語り口が素晴らしく、前のめりの棒でぐいぐいとオケを牽引する様を、聴き手は固唾を飲んで見守る他ない。バスドラムの重低音が大砲のように打ち込まれる一方、弦が美麗な音色でしなやかに歌い、ピッコロの高音も炸裂。爆発したような銅鑼の一撃の後、ティンパニの猛打が連続して過剰なまでの激しい大団円を迎える、恐るべき演奏。

“構えが大きく派手な表現ながら、ミスが多く音色に問題も”

ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1978/79年  レーベル:ドイツ・グラモフォン)

 全集録音から。後期3大シンフォニーは何度も録音しているカラヤンだが、前期3曲は一度きり。カタログ作りのためという感じで、カラヤンはステージでもこれら3曲を取り上げた記録がないそう。ベルリン・フィルの同曲録音も大変稀少。

 第1楽章は序奏部からたっぷりとメロディを歌わせるが、主部はかなり速めのテンポできびきびと進行し、強い推進力と勢いがある。ポルタメントも盛り込んで、フレージングは流麗。合奏はダイナミックだが、各パートにミスらしきものも所々に聴かれる。第2楽章はさりげなく開始しながらも、緩急巧みで聴かせ上手。表現のレンジが広いのは、このコンビならでは。

 第3楽章は、弦を中心にアンサンブルが力強く緊密。音圧が高いのもこのオケらしく、バレエ音楽のような華やかさもある。第4楽章は序奏部から構えが大きく、壮大で迫力の強い表現。主部も外向的な性格で、派手に盛り上げている。オケの技術力は圧倒的だが、響きが艶消ししたようにくすんで聴こえるのは、ロシア的な色彩を意識したせいなのか。これは、初期交響曲録音に共通の傾向。

“鮮烈な表現で聴ける、珍しいオリジナル・ヴァージョン”

ジェフリー・サイモン指揮 ロンドン交響楽団

(録音:1982年  レーベル:シャンドス)  *1872年オリジナル版

 《ハムレット》の各曲など、チャイコフスキーのレア曲をたくさん録音しているサイモンの1枚。CD化の際には、《マゼッパ》からの舞曲など珍しい小品が4曲カップリングされています。シャンドスらしい、長い残響音を伴う空間の広い録音。

 第1楽章は全体で5分ほど長く、構成に大きな相違がありますが、序奏部は現行版と同じ。サイモンは学究肌ではなく実に鮮烈な演奏をする人で、冒頭の一撃から音の飛沫が弾けるようです。主部に入る前に、聴いた事のない経過部が登場。テンポの速いスケルツォ風の曲想で、歯切れが良く、無類にシャープなサイモンの棒も光ります。

 序奏部の旋律に戻るので、いよいよ主部に入るかと思っていると、いつまで立っても経過部が終らず、要するにそれがオリジナル版の主部なのでした。現行版で聴ける主部は、最後まで出てきません。こちらは序奏部の動機を展開したものですが、第1主題を使った展開に現行版の主部と一部共通する箇所があります。コーダもほぼ現行版そのまま。

 第2楽章は現行版と同じ。演奏時間が短いのは、サイモンがかなり速めのテンポを採っているせいです。第3楽章はオーケストレーションが少し違って聴こえますが、構成は現行版を少し短縮しただけの感じ。第4楽章もあまり差異はなく、少なくとも、聴いた事のない音楽が出て来てびっくりするような箇所はありません。サイモンの指揮はやや刺々しさもありますが、細部まで鋭敏で、生気に溢れていて痛快。

“驚くほど自然なアゴーギク。おそろしく巧いオケの合奏力に脱帽”

クラウディオ・アバド指揮 シカゴ交響楽団

(録音:1984年  レーベル:ソニー・クラシカル)

 全集録音の第1弾で、交響幻想曲《テンペスト》をカップリング。当コンビのソニーへの本格的録音はこれが最初で、グラモフォンとは違った潤いと柔らかさのある自然なサウンドが、当時新鮮に感じられた事を覚えています。アバドは、過去にニュー・フィルハーモニア管と同曲を録音しています。

 第1楽章は、やや芝居がかった開始。深々としたホルンの歌に続き、叙情を湛えた弦のハーモニーが素敵です。徐々にテンポを上げ、きびきびと躍動的なリズムも盛り込みながら、スコアの若々しい勢いも表現。鋭利なリズムや豊かな色彩感、卓越した合奏力で聴かせる、美しくもパワフルな演奏です。テンポの設定も見事で、これほどに自然な楽章全体のアゴーギク設計は、かつて誰もなしえていないかもしれません。

 第2楽章は間髪おかずに突入し、軽快なテンポでマーチの性格を強調。各パートの艶やかな音色も聴き所です。細部の処理は緻密そのもの、感興も豊かで、造形美を維持しながらもしなやかな歌が横溢する、魅力的なパフォーマンスです。第3楽章も前のめりのテンポで、音楽を落ち着かせず、焦燥感を煽るような側面もあって緊張感の強い表現になっています。細部の処理は繊細。

 第4楽章は冒頭からリッチでゴージャスなトーン。合奏力が物を言う曲想なので、オケに不足はなく、舌を巻くほど巧いです。音圧の高さ、特に強靭な弦のアインザッツはこのオケらしい所。ただ、録音のせいもあって威圧感はなく、出力を開放する局面でも響きに柔らかさを残しているのは美点。構成にドラマティックな緩急があるのは、イタリア人指揮者らしい感性でしょうか。難所を軽々と突っ切ってしまうコーダも凄いです。

“細部にこだわり抜いた結果、ベートーヴェン作品のような偉容に到達した驚きの演奏”

マリス・ヤンソンス指揮 オスロ・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1985年  レーベル:シャンドス)

 マンフレッド交響曲を含む全集録音より。第1楽章は冒頭からたっぷりとした響きで、悠々たる歩み。まろやかで美しいホルンも聴きものです。叙情性が豊かで音色が美麗なのは、比較的マイナーな作品においては有り難い所。主部は落ち着いたテンポで画然とリズムを刻みつつ、無類に歯切れの良いスタッカートと、優美を極めたカンタービレを鮮やかに対比させています。

 ヤンソンスの凄さは、アーティキュレーションの描き分けとダイナミクスの設計に徹底してこだわり抜いている所。それによって、まるでベートーヴェン作品に匹敵するかのような格調の高さに到達しているのは全く驚きです。合奏の敏感なレスポンスと一体感も非凡。

 第2楽章は、速めのテンポで行進曲の性格を強調。強弱の交替を頻繁に際立たせるのはヤンソンスならではです。楽想の切り替えを鮮明に対比させる手法も表現の明快さ、多様さに繋がり、鋭敏なリズムがディティールに生彩を与えているのも魅力。集中力が高く、ホットな感興も維持しています。

 第3楽章は落ち着いたテンポながら、緊張感のある峻厳なリズムが、きりりと引き締まったフォルムを構築。ざっくりとした切り口のみならず、音の刻み方に独特の弾みがあって、それが躍動感と推進力を生んでいます。響きの立体感やカラー・パレットの豊富さも充分。

 第4楽章はたっぷりとした序奏から、主部へ入るティンパニのトレモロにバスドラムとシンバルをプラス(元々?)。主部はエッジが効いて鋭利な一方、足取りが軽く、スポーティな身体性があります。金管のソリッドなロングトーンも、輝かしさと豊麗さを保ちながら威圧的にならず、技術面の優秀さを示します。一部、金管にティンパニ追加(元々?)。ライヴ的な白熱も効果的。

“当コンビの最良の部分が発揮された、特に魅力的な一枚”

ウラディーミル・フェドセーエフ指揮 モスクワ放送交響楽団

(録音:1986年  レーベル:メロディア)

 全集録音の一枚。ビクターとメロディアの共同製作シリーズに含まれていた5、6番と違い、1から4番まではメロディア単独の制作。エンジニアもロシア人で、同じモスクワ放送局の大ホールで収録されているにも関わらず、残響音をたっぷりと取り入れた、ウェットで柔らかなサウンドです。順番としては81年収録の5、6番、84年収録の1、3、4番があり、当盤が完結編。演奏も最も優れています。

 第1楽章は、ホルンのソロがヴィブラートと柔らかい音色ですこぶる魅力的。続く弦のカンタービレや木管のロングトーンも、ややテヌートが過剰とはいえ叙情性豊かで美麗です。主部は凄味のある遅めのテンポで、克明にリズムを刻んでゆくアプローチ。どっしりした足取りとふくよかなロマンの香りが例えようもなくロシア的ですが、みずみずしい歌心は全編に横溢します。シャープなリズムと歯切れの良いスタッカートも効果的で、アゴーギクも非常に巧み。逞しい力感もさすがです。

 第2楽章は速めのテンポで軽快。ニュアンスが豊かで、作品を手中に収めた印象を受けます。弦が優美なフレーズを歌い始めると得も言われぬ情感が溢れ出し、当コンビの魅力全開。同じロシア勢でも、ムラヴィンスキーやコンドラシンなどひたすら剛毅な人達とは違い、フェドセーエフにはかなりロマンティストの傾向があります。

 第3楽章も、すこぶる鋭敏で色彩的なパフォーマンス。このコンビの録音には仕上げが粗いものや、あまりにソステヌートでフォルムに問題のあるものもありますが、鮮やかな筆致で音楽を隈取った当盤は最良の出来映え。オケも意外にフレキシブルで、繊細な音色も聴かせています。

 第4楽章も覇気が漲り、主部へのティンパニもアクセントが鮮烈。主部はややテヌートが目立ちますが、曲想の変化やアーティキュレーションが敏感に描写され、このコンビの演奏としては特に明快な部類に属します。それでいて大陸的な情感や、大地に根ざした底力も感じさせ、ブラスの強奏も凄絶そのもの。悠々たるテンポで気宇壮大に盛り上げるコーダも迫力があります。競合盤の中でも特に魅力的な1枚。

“マゼールらしい表現を随所に聴かせるも、オケが非力”

ロリン・マゼール指揮 ピッツバーグ交響楽団

(録音:1986年  レーベル:テラーク)

 マゼールはウィーン・フィルと全集録音を行っており、当盤は再録音。R・コルサコフの交響曲第2番《アンタール》というマニアックなカップリングもユニークですが、当コンビのテラークへの録音もこれが唯一。オケの本拠地ハインツ・ホールではなく、教会で録音されています。

 第1楽章は、冒頭のホルンからスラーとスタッカートを独自に用いて、明確で個性的なアーティキュレーションを提示。主部は適度な推進力でてきぱきと展開。整然とまとまった合奏や、まろやかなブレンドを指向する響きはどことなくクリーヴランド管との類似性も感じますが、音の輝きと機能性は比べ物になりません。切れの良いリズム処理もさることながら、スラーで繋いだ音符の後を必ず短く切るイントネーションがマゼール印。アゴーギクはごく控えめに操作しています。

 第2楽章は、柔らかな風合いながら細部まで明瞭に造形。テンポとダイナミクスを正確にコンロトールしようという強い意思が感じられます。第3楽章も、自然なプレゼンスで録音されているせいか、マゼール特有の角はあまり立ちませんが、必要な鋭敏さと色彩感を備えた明快な演奏。オケのアンサンブルはフォーカスが甘く、さらに解像度の高さを求めたいです。

 第4楽章は豊麗なサウンドがアメリカのオケらしく、溌剌としたリズムを駆使して生彩に富みますが、やはり合奏にさらなる精度の高さがあれば、マゼールが狙ったシャープな効果が出たのではないかと思います。しなやかな歌心も魅力的。情緒よりもフォルム重視で造形しているのは、この指揮者のチャイコフスキー演奏に共通の特徴。フットワークが重くなりがちな楽章で、常に軽快さを維持しているのはさすがです。コーダも軽妙なリズムを駆使して、すこぶるスポーティな表現。

“スロー・テンポで腰が重いものの、ジュリーニの個性も発揮されたライヴ盤”

カルロ・マリア・ジュリーニ指揮 フィレンツェ五月音楽祭管弦楽団

(録音:1993年  レーベル:Maggio Live)

 楽団自主レーベルから出たライヴ盤で、ムソルグスキーの《展覧会の絵》とカップリング。ジュリーニのチャイコフスキーは少ないですが、フィルハーモニア管との同曲旧盤と6番、《ロメオとジュリエット》《フランチェスカ・ダ・リミニ》、さらに6番にはロス・フィルとの再録音もあります。各パートが明瞭に独立して聴こえる録音ですが、残響はデッド。歪みは少なく、ある程度の奥行き感もあって、音自体は聴きやすいです。

 第1楽章は序奏部こそ比較的普通ですが、主部は相当なスロー・テンポで、峻厳なアクセントとたっぷりしたカンタービレがジュリーニらしいです。常に尾を引くようなテヌート奏法のせいもあって、かなり腰が重く感じられる一方、細部の処理は克明そのもの。第2楽章は平均的なテンポ設定で、明朗な音彩が軽快で、管弦楽法の変化に富むスコアにうまくマッチしています。旋律線も美しく磨かれ、ニュアンス豊か。

 第3楽章はスロー・テンポで克明。噛んで含めるように丹念な語り口で、オーケストレーションの妙を緻密に再現。その分、スケルツォの性格は後退しています。第4楽章はスケールが大きく、ダイナミック。主部は遅めながら許容範囲のテンポで、最低限の運動性は確保しています。第2主題はぐっと速度が落ち、優美に歌い込みますが、ベタつく感傷性はなく情感的にはドライ。金管がソリッドで木管パートも好演、オペラ以外ではあまり聴けない団体ですが、シンフォニー・オーケストラとしても優秀なようです。

“細部にこだわりを聴かせながらも、感情的な耽溺を自らに禁じるジンマン”

デヴィッド・ジンマン指揮 バーデン・バーデン南西ドイツ放送交響楽団

(録音:2003年頃  レーベル:アレグリア)

 同じオケをブロムシュテットが指揮した第1番とカップリング。南西ドイツ放送の音源なのか、他にもサロネンなどのディスクが出ていますが、録音データの記載がなく、いつ頃の収録なのか、ライヴなのかスタジオ録音なのか何も分かりません。仕方がないのでディスクの製作年を採用しました。ややこもりがちに聴こえる音質ですが、ブラスの抜けは良いし、大太鼓など低音域も豊か。ジンマンのチャイコフスキー録音は意外に少なく、ボルティモア響との4番しかないようです。

 第1楽章は序奏部からスタッカートを盛り込み、意識的にアーティキュレーションにこだわる辺りジンマンらしい所。主部も強弱の交替やメリハリが明瞭で、生気と躍動感に溢れますが、この指揮者の演奏が毎回そうであるように、感情的な耽溺を自らに禁じる冷静さが窺われます。第2楽章は速めのテンポながら、ニュアンスが豊富で、非常に細やかなフレージング。残響の多い録音のせいで、響きの立体感があまり出ないのは残念です。

 第3楽章も速めで、音の立ち上がりにスピード感があり、3連音符の中抜きリズムに独特の勢いと鋭いエッジを付与しています。整然と統率された合奏も、一体感が抜群。第4楽章は、緻密に描写された強弱とアーティキュレーションが聴き所。必要以上に派手な表現は行わず、シンフォニックな造形感覚を主としますが、生き生きとした動感は表出されています。ただ、コーダに入っても決して熱くならないのはいかにもジンマン。

“近年屈指の傑出したチャイコフスキー解釈”

セミヨン・ビシュコフ指揮 チェコ・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:2019年  レーベル:デッカ)

 マンフレッドや管弦楽曲、3曲のピアノ協奏曲も含めた全集録音から。ビシュコフはかつてコンセルトヘボウ管と《悲愴》、ベルリン・フィルと弦楽セレナード及び《くるみ割り人形》全曲、パリ管と《エフゲニー・オネーギン》全曲をフィリップスに録音しています。残響を豊富に取り込みながら、直接音を鮮明に捉えた録音が素晴らしく、デッカの録音技術の健在ぶりに脱帽。

 第1楽章序奏部は主題提示のホルン、ファゴット共に音色、ニュアンスが抜群のセンス。ただただ陶然とさせられます。あらゆるフレーズを丹念に紡いでゆく姿勢はこの全集に共通で、一音一音を慈しむような美しい表現が絶美。主部は歯切れの良いリズムと画然たる合奏、冴え冴えとした明瞭な筆遣いを徹底。それでいて、たおやかな叙情や幻想味に欠けていない所が素晴らしいです。柔らかく透明な響きと、峻烈なアクセントの対比も効果的。

 第2楽章はさりげない調子ながらフレージングの解釈が理想的で、どのフレーズも最高に美しいフォルムで耳に飛び込んできます。それでいて演奏全体は表面的に感じられず、常に真情のこもった音楽が流れてゆくのは、正に至芸と呼ぶ他ありません。第3楽章は落ちついたテンポを採るものの、合奏の精度が非常に高く、音の立ち上がりのスピード感に集中力の高さを窺わせます。

 第4楽章は、序奏部のティンパニの強打が鮮烈。主部のテンポは遅く、推進力よりは細部の彫琢を重視した恰好ですが、合奏が緊密にまとまってアタックは鋭く、鈍重さは全くありません。チャイコフスキーの大仰な部分が鼻につく曲ですが、格調高い演奏のせいで決して安っぽく聴こえないのは凄い所。コーダも、ティンパニの激烈なアクセントが演奏をきりりと引き締めています。

“斬新な発想で再解釈した、すこぶる精緻で熱っぽい小ロシア”

パーヴォ・ヤルヴィ指揮 チューリッヒ・トーンハレ管弦楽団 

(録音:2020年  レーベル:アルファ・クラシックス)

 管弦楽曲作品もカップリングした全集録音から。同オケによるチャイコフスキーの交響曲全集はこれが初で、19年から21年にかけて長いスパンで録音されています。P・ヤルヴィによるチャイコフスキー録音は、シンシナティ響との《悲愴》《ロメオとジュリエット》もあり。音響効果の良いホールらしいですが、アナログな温もりや柔らかさがある一方、やや響きのこもりや飽和もある印象。直接音はクリアですが、いわゆる鮮烈な印象のサウンドではありません。

 第1楽章は冒頭が早くも聴き物で、スリリングな加速を随所に盛り込んだ熱っぽい表現。序奏部としては緩急がありすぎますが、ドラマティックで説得力も強いです。主部も強弱のコントラストを極端に付けた、前傾姿勢のアグレッシヴな表現。すこぶる変化に富んだ雄弁な語り口で、作品の新たな魅力を抽出した斬新な解釈です。アーティキュレーションやフレージングにも、聴き慣れないユニークなアイデアが頻出。

 第2楽章は、違う曲に聴こえるほど速いテンポ。とはいえせかせかした感じでなく、曲想の捉え方の相違という範疇です。従来よりリズミカルな側面が前に出た感じで、この曲に熱っぽい推進力があるのが新鮮。第3楽章も疾走感が尋常ではなく、烈しく切り込んでくるアインザッツ、合奏に溢れる勢いと切迫感が、音楽を見違えるほど清新に生まれ変わらせています。鋭敏に描写されたアーティキュレーションとダイナミクスも見事。

 第4楽章はこれまでと対照的に、壮大なスケールで開始。ティンパニの強打が豪放に打ち込まれた後、やはり疾走するテンポと精度の高い合奏で主部を展開します。アタックの荒々しさは演奏全体にどう猛な性格を与えていて、特に弦の切っ先は鋭く、野性味満点。曲想の転換も前のめりで、独特のスリルと迫力があります。後半部も筋肉質の響きで峻烈に造形。こんな演奏なら後期の交響曲に劣らぬ人気を獲得しそうです。

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