サン=サーンス/《動物の謝肉祭》

概観

 チェロの名曲《白鳥》で有名な、一種の組曲。1分から2分の小品ばかりだし、小編成の上に全員で演奏する場面も少ないので、室内楽版とオーケストラ版の音響的な落差はさほどない。オケ版でも2台のピアノは大活躍。

 全体も20分ほどと短いので、聴き応えには欠けるが、オケが上手で、指揮者が繊細に構築すれば面白い演奏になる。お薦めは、オケならプレートル盤かメータ盤。ピリオド楽器のロト盤もユニーク。室内楽版は下記のディスクそれぞれに素晴らしい。

*紹介ディスク一覧

[室内楽版]

85年 アルゲリッチ、フレイレ、クレーメル他

03年 ブラレー、ダルベルト、カピュソン他

16年 ユッセン兄弟、ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団・室内楽ソロイスツ 9/22 追加!

16年 パッパーノ、アルゲリッチ、パラゾッリ他

[オーケストラ版]

65年 プレートル/パリ音楽院管弦楽団

74年 ベーム/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

80年 プレヴィン/ピッツバーグ交響楽団

83年 メータ/イスラエル・フィルハーモニー管弦楽団

92年 小澤征爾/ボストン交響楽団

15年 N・ヤルヴィ/ベルゲン・フィルハーモニー管弦楽団

21年 ロト/レ・シエクル   9/22 追加!

●   ●   ●   ●   ●   ●   ●   ●   ●   ●   ●   ●   ●

[室内楽版]

“アルゲリッチ一派による、名曲の風格と驚きに満ちた名演”

マルタ・アルゲリッチ、ネルソン・フレイレ(P)

ギドン・クレーメル、イザベル・ヴァン・クーレン(Vn)

タベラ・ツィマーマン(Va)、ミッシャ・マイスキー(Vc)

ゲオルグ・ヘルトナゲル(Db)

イレアナ・グラフナウアー(Fl)、エドゥアルド・ブルンナー(Cl)

マルクス・ステッケラー、エディス・サルメン=ウェバー(Perc)

(録音:1985年  レーベル:フィリップス)

 豪華メンバーの室内楽を企画するのが大好きなアルゲリッチらしいアルバム。動物をテーマにした、マイナーな作品とカップリングされている。

 《序曲》は、グリッサンドを盛り込んでユーモラス。《ライオンの行進》もリズムの取り方に舞曲のようなグルーヴがあって独特。《雄鶏と雌鳥》《耳の長い登場人物》はグリッサンドや不協和音を強調して、前衛的な音楽に聴こえるのが面白い所。《ろば》のテクニカルな速弾きや、《亀》《水族館》のため息が出るほどにデリケートな詩情の発露など、随所に驚きを演出している辺りは、アルゲリッチのチームならでは。

 《化石》や《白鳥》では、思いがけずシューマンやシューベルトの室内楽を思わせる芳醇な感興が横溢し、作品の真価を発見するような新鮮さがある。《終曲》の自由闊達なアンサンブルと名技性、全曲のフィナーレとしての高揚感と充実感の表出も、まったく見事という他ない。

“フランス音楽らしい品格と香気を全面に立てる、豪華面子の若きフランス勢”

フランク・ブラレー、ミシェル・ダルベルト(P)

ルノー・カピュソン、エスター・ホッペ(Vn)

ベアトリス・ミュトレ(Va)、ゴーティエ・カピュソン(Vc)

ヤンネ・ザクザラ(Db)、エマニュエル・パユ(Fl)

ポール・メイエ(Cl)、フローラン・ジョドレ(Perc)

(録音:2003年  レーベル:ヴァージン・クラシックス)

 カピュソン兄弟率いるフランス系メンバーが集結し、目もくらむような豪華メンバーで収録されたサン=サーンスの室内楽アルバムから。《幻想曲》(ヴァイオリンとハープ)、《ロマンス》《祈り》《あなたの声に心は開く》(チェロとピアノ)、七重奏曲とカップリング。ちなみに《幻想曲》のハープも、ベルリン・フィルの首席奏者マリー=ピエール・ラングラメが弾いている。参加メンバーの若さも眩しいが、ルックス面でも映画俳優級の美男美女ばかりというのが、どこかフランスらしい。

 録音の傾向は分析的なスタイルではなく、全体が柔らかく包み込まれるようなサウンドで心地良い。《序曲とライオンの行進》も、名技性やユーモアの強調より室内楽としてのまとまりや一体感が強い印象。色彩的にも華やかに弾ける感じではなく、パステル調にソフィスティケイトされたタッチ。勿論、名手の集まりだからテクニックは折り紙付きだが、技巧を前面に出さない所が大人のたしなみという感じか。

 《化石》の軽妙なタッチや《白鳥》の艶美なロマンティシズムに、どこかサロン音楽風の洒脱さが漂うのはさすがお国物。奇を衒った解釈はないものの、全体に漂う品格と香気はフランス人のアンサンブルならではといった所。アルゲリッチ一派の刺激的な演奏とは、好対照を成すディスク。

 9/22 追加!

“コンセルトヘボウ管の個性を縮小したように典雅でまろやか、濃密な演奏”

ルーカス・ユッセン、アーサー・ユッセン(P)

(ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団・室内楽ソロイスツ)

ヴェスコ・エシュケナージ、ヘンク・ルビング(Vn)

オグマ・サエコ(Va)、グレゴール・ホルシュ(Vc)

ピエール=エマニュエル・デ・メストレ(Db)

エミリー・バイノン(Fl)、オリヴィエ・パテイ(Cl)

ベンス・メジャー(Perc)

(録音:2016年  レーベル:ドイツ・グラモフォン)

 ユッセン兄弟のアルバムで、ドゥネーヴ/コンセルトヘボウ管とのプーランク/2台のピアノとティンパニのための協奏曲、ユッセン兄弟のために書かれたファジル・サイの小品《夜》とカップリング。

 コンセルトヘボウ管の個性をそのまま縮小したような、実に典雅でまろやかな演奏。テンポが総じて遅めなのもその印象を強めるが、タッチが柔らかく丁寧で、鋭い音感やエッジは追求しない。響きも、個々のプレイヤーが際立つより、全体のブレンド感を大切にしている。

 こういう表現だと、メリハリが無くなって緩慢な演奏になるかと思いきや、各ナンバーの濃密なニュアンスと優美な色彩感が引き出されて絶妙。《水族館》の耽美的なファンタジーの世界など、思わずうっとりと聴き惚れてしまう。《鳥たち》も名手バイノンの抑制が効いたチャーミングなフルートと、ピアノとの色彩の混合も浮世離れした美しさが圧巻。

 《ピアニスト》で全くデフォルメをせず、普通に息の合った連弾で上品に引き続ける姿勢に、当盤のコンセプトはよく出ている。《化石》や《白鳥》もそうだが、前者のシロフォンや後者のチェロが突出して目立つ事がなく、暖かみのあるソフトな音色でどこまでも丹念。

“鮮やかな色彩と明瞭なメリハリ。イタリア勢によるモダンで刺激的な一枚”

アントニオ・パッパーノ、マルタ・アルゲリッチ(P)

カルロ・マリア・パラゾッリ、アルベルト・ミーナ(Vn)

ラファエッレ・マロッツィ(Va)、ガブリエレ・ジェミアーニ(Vc)

リブロ・ランツィロッタ(Db)

カルロ・タンポーニ(Fl)、ステファノ・ノヴェッリ(Cl)

マルコ・ブガリーニ、エドアルド・アルビーノ・ジャキーノ(Perc)

(録音:2016年  レーベル:ワーバー・クラシックス)

 ライヴ収録の《オルガン》交響曲とカップリング。出来ればディスクの少ないオーケストラ版を録音して欲しかった所だが、過去にも録音があるアルゲリッチとの共演は豪華だし、アンサンブルもサンタ・チェチーリア音楽院管のメンバーが務めている。ちなみにパッパーノとチェチーリア管のワーナーへの新録音は、これが3年振りだった。

 《序曲》から表情が実に豊か。色彩が鮮やかで、柔軟で潤いのある響きはオケの特性そのまま。全体に表現の振幅が大きく、ニュアンスの変化や対比を大きく付けているのは、パッパーノとアルゲリッチの相乗効果か。合奏のメンバーも闊達で、音色、技術共に、ソリスト中心の録音に一歩も劣らない。

 特に、《雄鶏と雌鳥》のデフォルメされた諧謔味、《亀》の足取りが相当に粘るスロー・テンポと弱音のデリカシー、《ろば》のヴィルトオーゾ風に派手なパフォーマンス、《鳥たち》の弾けるようにきらめく音彩、《水族館》の緻密な音響構築、《森の奥のカッコウ》の巧みな遠近法、《ピアニスト》の極端なメリハリ、《終曲》の溌剌としたアンサンブルは出色。

[オーケストラ版]

“演出巧者な指揮とカラフルなオケ。音の欠片が飛び散る、鮮やかな音世界”

ジョルジュ・プレートル指揮 パリ音楽院管弦楽団

 アルド・チッコリーニ、アレクスシス・ワイセンベルク(P)

(録音:1965年  レーベル:EMIクラシックス)

 プーランクの組曲《模範的動物》とカップリング。プレートルのサン=サーンス録音は、同オケとのオルガン交響曲、ウィーン響との交響曲全集、パリ・オペラ座との歌劇《サムソンとデリラ》もある。

 《序曲》は冒頭のグリッサンドをねっとりと強調した後、その後の一撃とピアノのリズムを無類に歯切れの良いスタッカートで切り上げる対比が見事。続くライオンの行進も、重心を後ろに置いて腰の重さを演出しながら、鋭敏なリズムを駆使するメリハリが効果的。豪華ソリストを配したピアノは音の粒立ちが明瞭で美しく、やはり切れ味の鋭さが前面に出る印象。《ろば》の速弾きもさすが。

 《雄鶏と雌鳥》《耳の長い登場人物》はオケの音色をよく生かしていて、《水族館》《鳥たち》の色彩感も圧倒的(フルートはミシェル・デボスト)。硬質なピアノのタッチもオケと相性が良く、冴え冴えとした音のかけらが飛び散るような、鮮烈な音世界が展開する。《象》のソロは、まるで子供が弾いているようなぎこちない生硬さがユニーク。《化石》の機敏なアンサンブルや、《終曲》の生き生きと弾むリズムも魅力的。

“丁寧な指揮ぶりで充実した音楽的表現を目指す、ベーム老の異色盤”

カール・ベーム指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

 アルフォンス&アロイス・コンタルスキー(P)

(録音:1974年  レーベル:ドイツ・グラモフォン)

 プロコフィエフの《ピーターと狼》とカップリング。ベームには意外すぎるレパートリーだし、ウィーン・フィルの両曲録音も唯一と思われるので、珍盤奇盤の類に入れていいアルバムかもしれない(75年のクリスマス・シーズンに発売)。英国の名女優ハーマイオニー・ギンゴールドのナレーションが入っていて、挿入の可否と共に、癖の強い声質も好みを分つ所。デュオで活躍するコンタルスキー兄弟がピアノを受け持っている。

 《序曲とライオンの行進》は速めのテンポできびきびしているが、よく弾む歯切れの良いリズムとやや重厚で和声感の強い響きに、さすがベームと妙に感心してしまう。ピアノは高域寄りで硬質なタッチだが、あまり前に出過ぎないバランス。各曲は丁寧に描写され、優美な語り口に味わいがある。奇を衒った演出はないが、《水族館》《鳥たち》における音色面の配慮と豊かな情感、《ピアニスト》(普通に上手に弾いている)や《化石》《終曲》の充実した音楽的表現はさすが。

“覇気がなく、淡彩で無表情な演奏によって、作品の魅力が消失”

アンドレ・プレヴィン指揮 ピッツバーグ交響楽団

(録音:1980年  レーベル:フィリップス)

 ラヴェルの《マ・メール・ロワ》全曲とカップリング。全体が柔らかくブレンドするフィリップスらしい録音で、ピアノをはじめソロ楽器を必要以上にクローズアップしない。指揮も際立ったメリハリは付けず、どこまでもソフィスティケイトされたタッチ。

 曲想や楽器編成を考えると、これほど淡々とさりげなく過ぎ去ってしまうとあまりに聴き応えがなく、オケ版の場合、何かしら指揮者のディレクションが必要な気はする。色彩的にも淡彩で、今一つの鮮やかさが欲しい所。《水族館》や《鳥たち》も高音域のきらびやかさが全く出ず、これでは作品の魅力を殺してしまってはいないか。リズムやアタックにも、覇気があまり感じられない。《終曲》でやっと活気が出てくるが、時すでに遅し。

“卓抜な描写力と雄弁な語り口で、スコアの魅力を何倍にも膨らませるメータ”

ズービン・メータ指揮 イスラエル・フィルハーモニー管弦楽団

 カティア&マリエル・ラベック(P)

(録音:1983年  レーベル:EMIクラシックス)

 ラベック姉妹をピアノに迎えた豪華盤で、プロコフィエフの《ピーターと狼》とカップリング。イツァーク・パールマンのナレーション入り。メータのサン=サーンスは、ロス・フィル、ベルリン・フィルと2度のオルガン交響曲の録音がある他、ヴァイオリン、ピアノ協奏曲や小品の伴奏録音が幾つもある。

 《序曲》は弾けるようなピアノの音色が痛快で、誇張気味のスロー・テンポで開始する《ライオンの行進》もユーモアと音楽的充実の共存が見事。《雄鶏と雌鳥》や《耳の長い登場人物》《化石》など、短い曲も卓越した描写力と明晰かつ雄弁な語り口で聴かせ、《ろば》では惜しみなくラベック姉妹の腕前を披露。《鳥たち》では猛スピードで、フルート・セクションの超絶技巧を聴かせたりする。《白鳥》の室内楽らしいインティメイトなムードも素敵。《終曲》の鋭利で語気の強い表現もスリリング。

“やや真面目すぎる傾向はあるものの、手を抜かない本気の演奏が好印象”

小澤征爾指揮、ナレーション ボストン交響楽団 

 ギャリック・オールソン、ジョン・ブラウニング(P)

(録音:1992年  レーベル:ファンハウス)

 指揮者自身がナレーションを務め、《ピーターと狼》《青少年のための管弦楽入門》を組み合わせた好企画。契約レーベルでなく、東急文化村の企画だが、ボストン・シンフォニーホールで収録され、小澤と気心の知れたジョン・ニュートンが録音を担当。関係者のメッセージも載った写真入りライナーの他、全セリフを文字に起こして影絵の絵本にした別冊ブックレットも付属するが、子供向け商品としても、後者が必要かどうかは微妙な所。

 台本、脚色は弟の小澤幹雄、演出を映画監督の実相寺昭雄が担当。小澤本人はイントネーションのせいか、どこか棒読みにも聴こえるアマチュアっぽさもある。ただ、カップリング曲に較べると自然な語りで、オケやピアニストについて触れたり、《水族館》のハーモニカの音を真似したり、生き生きとした口ぶり。元々ナレーションが入る曲ではないので、自由にやれるのかもしれない。ゾウの鳴き声など効果音も入り、台本も現代的だが、解説が曲に重なる箇所もあり、純粋に演奏を聴きたい人にとっては邪魔。

 演奏はきびきびとしたテンポで開始。勢いのあるアタックとスタッカート、鋭いリズムが目の覚めるような生気を感じさせる。精緻を極めた《鳥たち》の表現や、《水族館》のデリケートな音色作りなど、各曲の性格もうまく描き分け、旋律線も流麗。細部まで手を抜かない、本気の演奏が心地良い。悪く言えば、真面目すぎる取組み方で、ユーモアには欠けるかも。

“精緻でモダンな表現を繰り広げる、新世代を象徴する録音”

ネーメ・ヤルヴィ指揮 ベルゲン・フィルハーモニー管弦楽団

 ルイス・ロルティ、エレーヌ・メルシエ(P)、トゥルルス・モルク(Vc)

(録音:2015年  レーベル:シャンドス)

 モルクを独奏に迎えた2曲のチェロ協奏曲と、ロルティのピアノをフィーチャーした《ウェディング・ケーキ》《アフリカ》をカップリングした、サン=サーンス・アルバムから。当曲でもモルクが《白鳥》のソロを弾いており、聴き所となっている。

 オケの編成はあまり大きくないようで、《序曲》からして小気味好いリズムできびきび造形。《雄鶏と雌鳥》《耳の長い登場人物》《鳥たち》《化石》など、鮮やかな音色センスと機敏なアンサンブルでモダンに聴かせる。《ピアニスト》は、途中でマイナー・コードの音階になる即興的な解釈がユニーク。アゴーギクの具合も絶妙で、加速してそのまま次の《化石》に飛び込む呼吸が見事。《終曲》も鋭敏なパフォーマンスが痛快。全体に弱音を基調にしたダイナミクス設計で、デリケートなタッチが支配的。

 9/22 追加!

“スコア自体がアヴァンギャルドに聴こえてくる、ピリオド楽器による斬新な響き”

フランソワ=グザヴィエ・ロト指揮 レ・シエクル

 ジャン・スギタニ、ミヒャエル・エルツシャイド(P)

(録音:2021年  レーベル:ハルモニア・ムンディ)

 交響詩《ファエトン》《ヘラクレスの青年時代》《オンファールの糸車》《死の舞踏》、歌劇《サムソンとデリラ》〜バッカナール、映画音楽《ギース公暗殺》とカップリングした2枚組から。このコンビのサン=サーンス録音は、交響曲第3番とピアノ協奏曲第4番のアルバムもある。恐らく、ピリオド楽器による初の同曲録音である。

 スコアの解釈がどうこうというより、まず響きが斬新。特にノン・ヴィブラートの弦がユニークで、旋律線だけでなく、ちょっとした合いの手のフレーズも妙に耳に入ってくる。この演奏で聴くと、サン=サーンスのスコア自体がアヴァンギャルドな発想に聴こえてくるのが不思議。ピッチの効果か、《白鳥》のほの明るい和声感はなんとも言えず素敵だし、《終曲》も騒々しいほどに鮮やかで楽しい。

 1928年プレイエル製のダブル・ピアノを使用しているが、これは1台のピアノの両端にそれぞれ鍵盤が付いているもの。《水族館》ではアンサンブル全体の響きと相まって、ピアノの柔らかいタッチと音色が幻想的。

Home  Top