マーラー/交響曲第2番《復活》 |
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概観 |
人気はあるのに、大作すぎてあまり演奏されない作品。合唱や独唱も必要だし、この曲だけでプログラムを独占してしまう。高揚感があるので熱狂的なブラヴォーは来やすいが、指揮者に高度な設計力が求められるし、オケもスタミナ勝負。録音で聴いても圧倒的な高揚感を得る事は稀で、そもそも全曲を一気に聴くには時間と体力が必要。第1楽章には初稿の《葬礼》というヴァージョンもあり、ブーレーズやP・ヤルヴィが録音している。 |
私はバーンスタインが苦手なので、リストに入っていない。カラヤンはマーラーを取り上げているものの、1〜3、7、8番は録音しなかった。ほぼ全曲を録音したレヴァインも、この曲はライヴ盤しか残していないのが面白い。意外な伏兵では大野和士のライヴ盤、ブロムシュテット盤が驚くべき名演。一般的な所だとアバド/シカゴ響、マゼール盤、ラトル/バーミンガム盤、デ・ワールト盤、シャイー盤がお薦め。 |
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*紹介ディスク一覧 |
69年 クーベリック/バイエルン放送交響楽団 |
76年 アバド/シカゴ交響楽団 |
83年 マゼール/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 |
86年 小澤征爾/ボストン交響楽団 |
86年 ラトル/バーミンガム市交響楽団 |
87年 朝比奈隆/大阪フィルハーモニー交響楽団 |
89年 マータ/ダラス交響楽団 |
89年 レヴァイン/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 |
91年 レヴァイン/イスラエル・フィルハーモニー管弦楽団 |
92年 アバド/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 |
92年 ブロムシュテット/サンフランシスコ交響楽団 |
93年 デ・ワールト/オランダ放送フィルハーモニー管弦楽団 |
98年 ドホナーニ/クリーヴランド管弦楽団 |
01年 シャイー/ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団 |
02年 大野和士/ベルギー王立劇場管弦楽団 |
04年 T・トーマス/サンフランシスコ交響楽団 |
05年 ブーレーズ/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 |
08年 マーツァル/チェコ・フィルハーモニー管弦楽団 |
09年 ヤンソンス/ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団 |
09年 P・ヤルヴィ/フランクフルト放送交響楽団 |
10年 ラトル/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 |
10年 金聖響/神奈川フィルハーモニー管弦楽団 |
15年 ゲルギエフ/ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団 |
17年 ガッティ/ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団 |
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“自然体で端正な造形ながら、硬質な筆致で随所に烈しさを示す” |
ラファエル・クーベリック指揮 バイエルン放送交響楽団・合唱団 |
エディット・マティス(S)、ノーマ・プロクター(Ms) |
(録音:1969年 レーベル:ドイツ・グラモフォン) |
全集録音より。クーベリックのマーラーは総じてテンポが速く、淡々とした調子でまとめられているのが特色で、端正な造形に豊かな音楽的ニュアンスを盛るのが彼らしい所。人工的な味付けや大仰な身振りがなく、古典音楽の延長として自然体でマーラーを捉えている辺りが、後の小澤やブーレーズの姿勢と重なります。ただ、この時期のバイエルン録音は響きがやや薄手で、低域も軽く感じられるのが難点。 |
第1楽章はさりげない調子でさらさらと進行しますが、冒頭の低弦の動機や、展開部のティンパニやブラスなど、随所に峻烈なメリハリを付けていて、決して淡白な演奏ではありません。客観性を保ちつつ、旋律線も艶っぽく歌っています。アゴーギク、デュナーミクも工夫されて熱っぽい劇性があり、加速で煽る際の迫力はなかなか。 |
第2楽章も朴訥とした語り口ながら、激した調子で迫り来る強音部に息を呑みます。主部はオケの自発性と、みずみずしい息吹に溢れたロマンティックな歌心が聴き所。第3楽章は峻厳なティンパニから、提示部の歌い出しに繋ぐ呼吸が見事。エッジの効いたシャープな筆致で、緩急を明快に付けながらも、随所に美しい表情を盛り込むのはクーベリックらしい所。集中力が高い合奏は、一体感が強いです。 |
第4楽章のソロは、歌唱自体は悪くないですが、バランス的にやや大きいように思います。後半部はオケと共にルバート気味に粘る傾向。第5楽章も、大袈裟な感情表現はありませんが、アクセントが強く、鋭いので、硬質なタッチと高い筆圧が烈しさを示します。テンポが速く、構成の見通しが良いのも美点。ソロ、合唱も好演で、マティスが殊のほか美しい歌唱。コーダへの高揚感も自然です。 |
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“アバド最初のマーラー録音で、シリーズ随一の成功例” |
クラウディオ・アバド指揮 シカゴ交響楽団・合唱団 |
キャロル・ネブレット(S)、マリリン・ホーン(Ms) |
(録音:1976年 レーベル:ドイツ・グラモフォン) |
複数オケによるマーラー・ツィクルス最初の一枚。アバドは後にベルリン・フィルと同曲を再録音しています。残響の豊かなメディナ・テンプルでの収録で、響きがデッドなオーケストラ・ホールで録音された1、5、6、7番と比べると、演奏にもどこか柔軟性があり、ソリッドなサウンドもある種の美しさとして受け入れられます。直接音は鮮明で、左右チャンネルの分離を生かす傾向。 |
第1楽章は徹底したリアリズムで描写し、曖昧なニュアンスやファジーな表現を極力排除したアプローチ。ムードを醸成する事を頑に拒むような態度で、テンポ・ルバートも控え、大きなブレーキを掛ける箇所はまずありません。 |
当コンビの演奏には、メゾピアノからメゾフォルテくらいの音量で推移する箇所で、特に無気力というか、表情に乏しく感じられる傾向があり、当盤においても、あまりに素っ気なく流れてしまう所が散見されます。トゥッティによる不協和音連打の呼吸とダイナミクス設計、コーダの盛り上げ方などは見事。 |
第2楽章は場面ごとに細かくテンポを変動させていて、フレージングもしなやか。ニュアンスも雄弁ですが、こういう静かな楽章でも常に音圧が高いのはシカゴ響らしいです。第3楽章も硬質ながら鮮やかな色彩、精緻なアンサンブルが聴きもの。こういう曲では、非の打ち所のない技術力を発揮するオケと言えます。レントラーもトランペットなど意外に柔軟性があり、高弦のカンタービレもみずみずしい音。 |
第4楽章は、発音やフレーズの解釈以前に、中低音の癖が強いマリリン・ホーンの声を受け入れられるかどうかが鍵。アンサンブルは繊細で、解像度の高さに耳をそばだてられます。 |
第5楽章は、強音部でも発色が明るいのがユニーク。コラールの箇所など、内声まで高い音圧で吹奏する金管群にものすごい迫力があります。ティンパニのアクセントや弦のアタックも、パンチが効いていて豪胆。バンダの箇所はその遠近感より、弦の艶やかなカンタービレに魅せられます。コーラスもよく統率されて優秀。巧みなアゴーギクで息切れさせず、スタミナを持続させてクライマックスを形成するアバドの手腕は非凡です。 |
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“思わず総毛立つ迫力。本気モードに入ったマゼールの凄味に脱帽” |
ロリン・マゼール指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 |
ウィーン国立歌劇場合唱団 |
エヴァ・マルトン(S)、ジェシー・ノーマン(S) |
(録音:1983年 レーベル:ソニー・クラシカル) |
全集録音の1枚。スロー・テンポで細部を練り上げる芸風は一貫していますが、後年のスケール拡大、粘液質路線と、70年代の軽快で機能的なスタイルの双方が聴こえて来る演奏で、その意味では最適な時期に制作された全集と言えます。指揮者と作曲家の相性も抜群で、スコア各部における説得力の強さは当全集最大の魅力。ダイナミック・レンジを広く取った録音は音場感も広く、スケールが大きいです。 |
第1楽章はさりげなく開始。リズムは鋭利ながらアタックに激烈さがなく、むしろソフトな感触。テンポのコントロールが見事で、随所に印象的な瞬間を作り出しているし、経過的な楽句にも鮮烈な効果を与えています。構成力が確かで、展開部のクライマックスも独特の迫力で頂点を形成。緻密な音作りも印象的です。艶やかな光沢を放つ弦のカンタービレのみならず、オーボエを筆頭に木管群も素晴らしいパフォーマンス。 |
第2楽章はすこぶる遅いテンポで、ゆったりと歌い込む表現。デリカシー満点の弦楽合奏と、立体的な音響構築、巧妙を極めたアゴーギクに魅せられます。この楽章で、これほどドラマティックな起伏に富む演奏も稀かもしれません。第3楽章も遅めのテンポで、ディティールを逐一掘り起こしてゆく行き方。設計が秀逸で、大きなスパンでダイナミズムを確保しつつ、スコアに内在する効果を知り尽くしたような表現です。音色のセンスも鋭敏で、オケも精緻で室内楽的なアンサンブルを展開。 |
第4楽章は、ソロの歌い出しに続くトランペットのハーモニーが絶妙。ノーマンは独特の声質と、明瞭な発音によるクリアな歌唱スタイルで、短い楽章の存在感もきっちり確保しています。後半部に入る所の木管の導入、オブリガートのヴァイオリン・ソロも耽美的と言えるほどの典雅さ。これほど色彩豊かな音楽だったかと、改めて驚かされます。 |
第5楽章は冒頭から底力があり、パワフル。各部の表情は、まるで魔法が掛かったかのように魅力的で、オケも神がかり的。どのパートも息を飲むばかりのパフォーマンスを繰り広げます。舞台裏から響くホルンですら魔術的な魅力で耳を惹き、本気を出した時の当コンビの凄さにたじろぐばかり。 |
金管のコラールが壮大な音の伽藍を築く前半のクライマックスは、粘っこいルバートと悠々たるテンポ、息の長いクレッシェンドが絶大な効果を挙げていて、思わず総毛立つような有機的迫力に圧倒されます。舞台裏のバンダに猛烈なアッチェレランドを掛けるのも、何とも言えぬ凄味を帯びた表現。最後の山場もメリハリが強く、一本調子に陥りません。 |
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“スコアのメリハリや振幅を平らにならし、スマートな語り口へと変換” |
小澤征爾指揮 ボストン交響楽団、タングルウッド祝祭合唱団 |
キリ・テ・カナワ(S)、マリリン・ホーン(Ms) |
(録音:1986年 レーベル:フィリップス) |
全集録音中の一枚。テ・カナワ、ホーンと豪華独唱陣を贅沢に起用しています。ちなみに、この年の小澤征爾とボストン響の活動、とりわけ同曲のリハーサルはカール・A・ヴィーゲランド著の『コンサートは始まる』(音楽之友社刊)に詳しく描写されています。フィリップス時代のこのコンビには、音色的にも造形的にも独特のスタイルがありましたが、当盤はその典型といえる、マイルドな語り口で聴かせる演奏。 |
第1楽章は、細かい音符まで克明に音にしてゆく明快さが持ち味で、速めのテンポでサクサクと進行。明るい音色でクリアな響きを作り上げる一方、威圧的な音響は徹底して排除しています。オケが爆発して巨大な音が鳴り響いたり、アゴーギクが感情的に揺れ動いたりという事が頻発する楽章ですが、小澤はそういう音量的、速度的落差を極力平らにならし、耳に優しい穏便な音楽として再構築。 |
小編成に聴こえるほど見事に統率されたヴァイオリン群の美しさや、強音でもヴィブラートで艶やかに歌うトランペットはユニークですが、マーラーらしい演奏とはとても言えません。常に柔らかい弾力を失わない響きは潤いもたっぷりで心地よく、音響的快感にには事欠かない印象。時折さりげなく挟まれる、何とも軽妙で歯切れの良いリズムも快適です。 |
第2楽章は、柔らかなタッチとおだやかな表情が作品にふさわしく、弦のしなやかなフレージングも魅力です。ただ、テンポや曲想の変化は対比が不明瞭で、一貫してスムーズな流れの良さを追求。同じ事は第3楽章にも言え、音楽のデモーニッシュな性格や感情的なメリハリを後退させた分、非常にスマートで風通しの良い、流麗な演奏に仕上げています。まあマーラーというだけで全て極端にコントラストを付けなくてはならない訳でもないし、こういう表現もあっていいのでしょう。 |
第4楽章はホーンの暗めの声質、発音が独特ですが、音程も揺れず美しい歌唱です。オケのまろやかな響きにもマッチ。第5楽章も速めのテンポで、コンパクトにまとめた感じ。特に最後のクライマックスは牽引力の強いテンポでぐいぐいと引っ張り、この指揮者としては意外なほど剛毅な表現。ここでもトランペット(チャーリー・シュレイター)とティンパニ(エヴェレット・ファース)の好演は際立っています。 |
アカペラで合唱が入ってくる箇所は、消え入りそうなピアニッシモが圧巻。前述の本には、リハーサルで小澤が「小さな声で歌える自信のない人は歌わなくていいい」と指示するくだりがあります。後半、オケが長大なクレッシェンドを2度繰り返す箇所がありますが、ここも小澤はあっさりと短く切り上げます。 |
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“若きラトルとバーミンガムの地方オケの実力を知らしめた、伝説的ライヴ盤” |
サイモン・ラトル指揮 バーミンガム市交響楽団・合唱団 |
アーリン・オージェ(S)、デイム・ジャネット・ベイカー(Ms) |
(録音:1986年 レーベル:EMIクラシックス) |
全集中の一枚で、シリーズ最初の一枚。若手指揮者とローカル・オケがユニークな視点を打ち出した演奏で、新しいマーラー像として新鮮なインパクトを与えたディスクでした。ライヴながら音も聴きやすく、フィナーレをはじめ、壮麗で抜けの良い響きが爽快。残響音も豊かで、奥行き感も十分。ベテラン2人を揃えた歌唱陣は、距離感がやや遠目ですが、解像度は保たれています。拍手は入りません。 |
第1楽章が特に個性的で、ふわっと雪崩れ込むように入ってくる冒頭のトレモロから、続く低弦のパッセージも、ゆったりめのテンポを基調にルバートを加えて自由に歌うパフォーマンス。リズムは鋭敏で、響きもクリアですが、どちらかというと音価を長めに採り、ソステヌートで旋律を歌わせた流線型のしなやかな表現です。 |
特に粘性の強いカンタービレは当コンビのマーラーに共通する特徴ですが、それが濃い口になりすぎないのは、弦楽セクションの美しくみずみずしいサウンド故でしょうか。後半部にある、トゥッティの執拗な和音連打は、この粘性のせいで何とも言えない凄みが加わってきます。 |
第2楽章は、パステルカラーのような淡く柔らかいタッチ。色彩的にどぎつくならないのは英国のオケらしく、かなり濃密な表情を付けている割に、さらっとした手触りが印象に残るのは当コンビの面白い所です。テンポに切迫感を加えて緊張度を高めたり、その後にふわっと力を抜いて旋律線を背伸びさせたり、とにかく振幅の大きな造形。強弱もメリハリが効いていて、フェルマータの大胆な間合いもユニークです。管楽器のユニゾンなど、音色のブレンドもセンス満点。 |
第3楽章もメリハリが効いた鮮やかな棒さばきですが、トゥッティは風通しが良く、威圧感がありません。表情付けも上品で、マーラーらしいデモーニッシュなスケルツォという感じではないです。オケも、各パートがみな技術的に達者。 |
第4、5楽章は、規模の大きな音楽をまとめあげるラトルの才が発揮された好演。音量やテンポの構成がよく考えられている事もありますが、艶やかな音色でよく歌うため、旋律線を追いやすいせいもあるかもしれません。コーラスが入る前の木管群のソロも、自由な間合いで即興的。テンポはゆったりしていますが、音量が上がってブラスが入ってくると、テンポも引き締まって牽引力が強まり、様式感には周到に配慮されています。クライマックスは壮麗でかつ開放的なサウンドをスケール大きく展開。 |
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“悠々たる表現は独特だが、管楽器とメゾソプラノのピッチにがっかり” |
朝比奈隆指揮 大阪フィルハーモニー交響楽団 |
武庫川女子大学音楽学部、関西学院大学グリークラブ |
豊田喜代美(S)、伊原直子(Ms) |
(録音:1987年 レーベル:ファイヤーバード) |
大阪ザ・シンフォニー・ホールでの、楽団創設40周年ライヴ録音。マーラーは限られた作品しか録音していない朝比奈ですが、同曲の他に3番、6番、8番、9番、《大地の歌》のディスクが数種類あります。大阪フィルの響きには素朴な暖かみがあり、管楽器のヴィブラートや、柔らかく入ってクレッシェンドをかけるイントネーションには、どこかロシアのオケを思わせる雰囲気もあります。 |
第1楽章は冒頭から意志の力が漲り、克明な弦の合奏がみしみしと音を立てて迫力満点。遅めのテンポで着実に歩を進めるのはこのコンビらしく、ヴァイオリン群の艶やかなカンタービレも魅力的です。ただ、管楽器はピッチに問題があり、和音が濁りがち。弱音部に繊細な合奏がたくさんある曲ですが、その辺りは各パート健闘しています。緩急や起伏の作り方はさすがで、ティンパニも呼吸が見事。 |
トゥッティの同音連打はピッチが悪く問題ですが、その前のルバートは気宇が大きく迫力満点。アゴーギクはよく練られていて、推進力の強いテンポが音楽を引き締めている部分も多いです。構成のしっかりした演奏という感じ。 |
第2楽章もゆったりと歌わせながら表情豊か。木管のカンタービレは抑制が効き、洗練こそされていないものの音色の配合も美しいです。第3楽章は冒頭のティンパニが重量級。テンポが遅く、語り口に独特の凄味があります。細部を律儀なほど丹念に処理しているのも面白いですが、フォルティッシモの立ち上がりは遅く、かなり腰の重い印象。粘っこく歌いながら、どんどん遅くなるトランペットもユニークです。 |
第4楽章は表現の云々以前に、メゾの音程がヴィブラートでほとんど聴き取れません。カルメンを当たり役にしている人だそうですが、これはいかがなものでしょうか。第5楽章は全くの正攻法で真摯な表現ですが、オケも調子が上がってきて聴き応えあり。遅めのテンポで神経質なメリハリや極端な表情を避け、悠々と構えているのはこの指揮者らしいです。 |
合唱は学生さんですが、意外に健闘(関西人には馴染み深い団体名が並んでいます)。トランペットやソプラノのソロも、やや音量が大きい事を除けば、音程も良く好演です。しかし、そこへメゾが入ってきてがっかり(高音域は大丈夫そう)。息が長く、底力のある最後の盛り上げ方はさすがです。 |
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“基本的には正攻法ながら、テンポの設定やイントネーションに個性を発揮” |
エドゥアルド・マータ指揮 ダラス交響楽団・合唱団 |
シルヴィア・マクネアー(S)、ヤルド・ヴァン・ネス(A) |
(録音:1989年 レーベル:Intersound) |
マータ唯一のマーラー録音。ダラス響の新しい本拠地、モートン・H・マイヤーソン・シンフォニー・センターのこけら落としガラ・オープニング・ライヴで、ベートーヴェンの序曲《献堂式》をカップリングしています。ソリストも豪華。ドリアン・レーベルの録音で聴くと細身の響きに聴こえる会場ですが、当盤ではRCA時代の録音と同様、暖色系のぽってりとしたサウンドも感じられます。複数の公演からテイクが採られているせいか、ミスや不揃い、客席ノイズは目立ちません。 |
第1楽章は、速めのテンポで小気味好く開始。小編成に聴こえるほど機動力のある弦楽合奏が、きびきびと動いて躍動的です。続く主題提示も、沸き立つようなリズム感が独特。威圧的なフォルティッシモや重々しい足取りがなく、非常に軽快です。しかし旋律線は艶っぽく歌い、しなやかなラインを描く上、マスの響きもふくよかでリッチ。マーラーとしては異色のアプローチですが、表情付けはむしろオーソドックスで、引き締まったアゴーギクも自然に推移して、座りの悪さは感じさせません。 |
第2楽章はゆったりとした佇まいで、各フレーズに細かなニュアンスを付与してじっくり歌い上げた好演。オケの響きも暖かみがあってよく練られ、高い集中力でマータの棒に応えています。第3楽章は冒頭のティンパニこそ控えめですが、繊細なタッチで色彩豊かに細部を活写し、なかなかの好演。スコアの解釈はやはり正攻法で、テンポや楽想の切り替えにも作為や誇張は聴かれません。感興は豊かで、生彩に富んだアンサンブルも魅力的。 |
第4楽章は歌手の距離感が遠目で、細部がもどかしい録音。ネスの歌唱は低音域も音程が良く、発音も明瞭に聴こえます。途中で音量が上がる箇所で音像も大きくなるので、発声自体がダイナミクスを大きく取っているのかもしれません。 |
第5楽章は余裕を持った響きで、恰幅良く開始。せかせかと先を急ぐ事もあれば、のんびりした懐の深さを聴かせる事もあるのが面白いコンビですが、どんな曲でもヒステリックに叫ぶ事がない点は共通。ダイナミクスやアーティキュレーションには敏感に反応していますが、マーラー的な神経質さを感じさせないのは当コンビのキャラクターゆえでしょうか。強音部もスケールが大きく、たっぷりとした響きで描写しています。 |
弦楽器が行進曲風に勇ましく前進する箇所は、平均よりかなり速めのテンポを採って、前のめりの勢いを強調。楽器が増えてきてもタッチは絶妙に軽く、マータの卓越したリズム感がよく出ています。オケも各パート優秀で、強奏部でも響きが硬直しないのは美点。合唱は見事な最弱音で、そこにマクネアーの美声がすうっと入ってくる所は素晴らしい聴き所です。オケも柔和なタッチでそれを受け継ぎますが、ネスは力んで音程を外す箇所あり。 |
後半部もコーラスは好印象で、強弱の対比も明瞭。最後のクライマックスも見事なアゴーギクで壮大に盛り上げていて、マータの意外な一面を聴く思いです。こういうタイプの曲を録音していないせいもありますが、テンポの遅い、雄大な音楽にも向いているようです。オルガンの重低音がはっきり聴き取れるのも、この曲のディスクでは珍しい感じ。最後の一撃が短くて歯切れが良いのはマータ流。拍手は入りません。 |
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“卓越した設計力が光る、後に語り草となったザルツブルグ音楽祭ライヴ盤” |
ジェイムズ・レヴァイン指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 |
ウィーン国立歌劇場合唱団 |
キャスリーン・バトル(S)、クリスタ・ルートヴィヒ(Ms) |
(録音:1989年 レーベル:オルフェオ) |
レヴァインはフィラ管、シカゴ響、ロンドン響と未完のマーラー・シリーズを残していますが、2番と8番は録音されませんでした。当盤は2011年に発売されたライヴ盤で、後々まで語り草となったザルツブルグ音楽祭における公演の記録。レヴァインの同曲には、イスラエル・フィルの自主レーベルから発売された91年のライヴ盤もあります。当盤は評判を呼んだパフォーマンスだけあって、レヴァインらしい自然体の中に、高いクオリティでスコアを昇華させた名演。 |
第1楽章は気負いがなく、威圧的な所がありません。風通しがよく、スコアをすっきりと鳴らす一方、弦のパッセージの勢いとエネルギーなど、音楽がはらむ力感を十二分に解放。アゴーギクが巧みで、緩急の呼吸が実にドラマティックです。コーダに向かって大きくテンポを落とすのも効果的。ダイナミクスのコントロールや対比も見事で、リズムのエッジが鋭く、フレーズの隈取りがくっきりと明快です。細部は緻密に描写され、弱音部のアンサンブルなどライヴとは思えぬ完成度。オケの音色もよく生かしています。 |
次の楽章までは5分間のブレイクを設けたそうで、CD1枚目の余白にその雰囲気を伝えるチューニングの音が入っています。第2楽章は、ウィーン・フィルの面目躍如たる演奏。カンタービレにロマンティックな溜めがあるのが嬉しい所です。指揮者もディティールを丹念に処理。デリケートなピアニッシモを演出する一方、豪放な盛り上がりもあり、中間部でも鋭利なアクセントを聴かせます。 |
第3楽章は、バスドラムなど低域の浅い録音がやや気になりますが、明晰でダイナミックな音楽作りはさすが。虚飾を排し、素直にスコアと向き合った表現で、みずみずしく明朗な音感も魅力。第4楽章は、ルートヴィヒの歌唱がとにかく素晴らしい聴き所。特に、スラーで高音域に上がる所などは絶品です。それで伴奏がウィーン・フィルですから、もう言う事なし。後半部を速めのテンポできびきびと進めるのも、オペラを得意とするレヴァインらしいテンポ運びです。 |
フィナーレは、細部を克明に描き込みながら大局を見失わず、末端を肥大させない見事な構成力が光る演奏。この指揮者には非常な集中力とスタミナがあり、大曲をまとめあげるのは本当に上手いです。周到に計算されているにも関わらず、人工臭がしないのがレヴァインの良い所で、山場を的確に設計しながら、大袈裟な身振りがなく常に自然体。よく弾むリズムには活力が漲り、表情が若々しいです。 |
ライヴ収録ながら、舞台裏のバンダやラッパの遠近感も絶妙。超スロー・テンポでアカペラの合唱が入ってくる所は、息を飲む精妙さです。最終場面に入る前の、オケの繊細を極めた高音部のピアニッシモも聴きもの。バトルの美声も魅力的です。二重唱からコーダに向かって僅かにテンポを煽り、熱っぽくクライマックスを盛り上げるなど、最後までレヴァインの卓越した棒さばきが光る名演。 |
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“レヴァインの才気が随所に光る、ザルツブルグ盤にも肩を並べる名演ライヴ” |
ジェイムズ・レヴァイン指揮 イスラエル・フィルハーモニー管弦楽団 |
国立合唱団“リナト”、テル・アヴィヴ・フィルハーモニー合唱団、イフッド合唱団 |
バーバラ・キルダフ(S)、クリスタ・ルートヴィヒ(Ms) |
(録音:1991年 レーベル:ヘリコン・クラシックス) |
楽団自主レーベルから出たライヴ盤。レヴァインの同曲正規盤は、この2年前のザルツブルグ・ライヴしかありません。いずれも優れた演奏内容だし、彼は80年代にラヴィニア音楽祭でもシカゴ響とこの曲を取り上げていて、RCAの録音計画が予算を理由に頓挫したのは、レコード業界にとって大きな損失でしょう。当コンビの共演盤は珍しく、当録音が唯一。 |
第1楽章は全編に強靭な力が漲る、パワフルなパフォーマンス。テンポに推進力があり、弾みの強いリズムとストレートな力感がレヴァインらしいです。全体の見通しが良く、ディティールが明晰なのもさすが。旋律線の表情が優美で、各パートは艶っぽく歌っています。バス・トロンボーンのソリッドな吹奏が随所で効果を挙げ、打楽器が激烈なアクセントを打ち込んでくるのも迫力満点。ソノリティが非常に洗練され、明朗で透明感もあって美麗な響きです。コーダへの緩急の描き方も見事。 |
第2楽章は流れの良いテンポと豊麗な響きで、親しみやすい語り口。あらゆるフレーズがくっきりと隈取られるのも明快ですが、旋律線が総じて屈託なく、伸びやかに歌われるのが、マーラー演奏としては健全な性格に感じられます。弦に定評のあるオケの特質を生かしたカンタービレは素敵。 |
第3楽章は、鮮烈なティンパニの打撃がレヴァイン印。中庸のテンポながら、活力に溢れた表現を展開します。オケもライヴとは思えないほど緊密な合奏を聴かせ、色彩もカラフル。アゴーギクは艶美なタッチで操作され、起伏の作り方が巧妙です。 |
第4楽章は、ザルツブルグ盤と同様ルートヴィヒの歌唱。第一声からもの凄いインパクトがあり、実力を痛感させられます。指揮者は後半からテンポを煽り、次のパートでまたぐっと腰を落としますが、歌手もそこでややドラマティックな語調が前に出る印象。第5楽章は冒頭からパンチが効いてダイナミック。山場の形成はスケールが大きく、凄いほどの底力を感じさせます。 |
行進曲のパートも、メリハリの効いた鋭敏なリズム処理が痛快。精細な描写力は随所に光りますが、とりわけ歌唱陣との絡みは緻密。コーラスはマイク・セッティングのせいもあるのかタッチが柔らかく、音量の落差もさほど付けられていません。最後の山場も、ティンパニが明瞭な句読点を打ち込んでいいて、輪郭のはっきりした造形。響きの透明度が高く、音色の変化がきっちり表出されます。コーダの前に間合いを挿入するのも効果的。 |
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“オケの美質を前面に出した、正にウィーン・フィルの《復活》。声楽陣も見事” |
クラウディオ・アバド指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 |
アーノルト・シェーンベルク合唱団 |
チェリル・スチューダー(S)、ヴァルトラウト・マイヤー(A) |
(録音:1992年 レーベル:ドイツ・グラモフォン) |
ベルリン・フィルとマーラー再録音を続けてきたアバドが、同曲だけなぜかウィーン・フィルを起用。旧盤はシカゴ響でオケは重複しませんが、全集として統一感を欠くきらいはあります。しかし、演奏はオケの特質を最大限に生かした、正にウィーン・フィルの《復活》。同オケにはマゼール盤やブーレーズ盤もありますが、ウィーン・フィルらしさでは断然この盤に軍配が上がります。やや歪みもあるライヴ収録ながら、楽友協会ホールの音響特性を余す所なく捉えた録音も好印象。 |
第1楽章は、冒頭から細かい音符に至るまで全ての音を艶やかに歌わせた、究極の歌謡的アプローチ。この傾向は当楽章に限らず、最後まで続きます。ここでのウィーン・フィルは、リズムの刻みや断片的な経過句まで、全てのパッセージを“旋律”として捉えているようで、音楽全体に何とも言えないウェットな感覚と潤いが充溢。それが柔軟なアゴーギクでしなやかなフレージングを形成するアバドの棒と相まって、独特の艶美な音楽世界が現前します。 |
第2楽章にこういう手法が適切な事は言うまでもありませんが、第3楽章も独特のリリカルな造形で、トリオにおけるトランペットなど、これぞウィーン情緒といった嫋々たる歌いっぷり。ホールのアコースティックも独特で、ティンパニや大太鼓など皮質打楽器の音色や、その定位の奥行きとサウンドなど、一聴してすぐにウィーン・フィルと分かる唯一無二の個性を感じさせます。アバドの棒は奇を衒った所がなく、自然体のコントロールながら、テンポの動きは絶妙。 |
第4楽章のマイヤーは圧倒的な存在感。オペラでは声の威力に傾くあまり、時にヴィブラートが強すぎて音程感が欠如する人ですが、ここでは美しい声と考え抜かれた歌唱で、見事な表現力を発揮。この短い楽章をこれほど印象的に歌える人は稀だと思います。 |
第5楽章も、アバドらしく緻密でしなやかな演奏。大音響で強引に盛り上げる道はとりませんが、内的感興を高めつつ、あくまで有機的なクライマックスを構築してゆく真摯な姿勢は、旧盤より遥かに成功していると感じられます。ソロもいたずらに配役の豪華さを追求した印象は残さず、スチューダーとマイヤーの声の親和性ありきで実に美しい二重唱。コーラスも決して前には出ませんが、独唱も含めて声楽の扱いの巧みさを如実に示します。 |
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“作品云々を越えて現代オーケストラ演奏の一つの頂点を示す、巨匠の至芸” |
ヘルベルト・ブロムシュテット指揮 サンフランシスコ交響楽団・合唱団 |
ルート・ツィーザク(S)、シャルロッテ・ヘレカント(Ms) |
(録音:1992年 レーベル:デッカ) |
ブロムシュテットの数少ないマーラー録音の一つ。作品の魅力に最大限食い下がった演奏で、どの局面をとっても自信に満ちあふれたパフォーマンス。この指揮者のディスクを聴くといつもそうですが、なんという間口の広い、器用な音楽家なのだろうと思います。晩年に差し掛かっても、世界中の名門オケから引っ張りだこなのは当然の成り行きでしょう。 |
第1楽章は、冒頭からアンサンブルが克明。弦が小編成に聴こえるくらい緊密な合奏で、スピーディなテンポできびきびと進めてゆきます。しかし強弱は詳細に渡って変化を付けられ、スムーズな流れの中にも妥協を許さぬ厳しさを感じさせるのが、ブロムシュテットらしい所。アーティキュレーションやフレージングにも、曖昧な所が一切ありません。堅固なフォルムを維持しながら、たっぷりとした歌謡性を豊かに盛り込むのもこの指揮者ならでは。 |
鋭敏なリズムがモダンな性格を表し、シャープな造形を志向しつつも、響きは潤いがあって柔らかく、温かい音色で聴き手を魅了します。ホットな感興が充溢し、常に覇気が漲っているのもこのコンビの美質。情緒の濃いマーラーではないですが、味わいは薄口ではなく、濃密な聴き応えがあります。弱音部のニュアンスは雄弁で、展開部のエネルギーの開放も豪快。振幅の大きい、ダイナミックな表現が聴けます。 |
第2楽章は、徹底したスコアへの忠誠が大きな効果を発揮した例で、どこにも作為は感じさせないのに、音楽がたおやかに息づき、暖かな情感を伴って幸福に歌います。あらゆる瞬間が有機的で、無駄な音符が一つもないように聴こえるのが凄い所。艶っぽくみずみずしい弦のカンタービレも、すこぶる魅力的です。 |
第3楽章も、必要な峻厳さや鋭さは備えながら柔らかなタッチやしなやかな歌心に溢れ、こうなるともうマーラーに限らず、どんな曲だってこういう演奏が理想だろうとすら思ってしまいます。楽曲のスタイルやスコアの解釈がどうというのも、ここまでくればほとんど関係ないほど。当コンビは正に、現代オーケストラ演奏の一つの頂点だったのではないでしょうか。第4楽章は停滞しないテンポで流れが良いですが、ソロがややヴィブラート過剰。 |
第5楽章も大曲だからと身構える所がなく、自然体で作品と向き合った誠実な表現。明朗でふくよかな響きで、複雑なスコアも恰幅良く鳴らしてゆきます。マーラー特有の極端なデュナーミクやアーティキュレーションをきっちり音にしているにも関わらず、神経質な雰囲気を感じさせないのは人徳。しかし山場の盛り上げ方はパワフルで凄味があり、加速で音楽を煽る手際も絶妙です。緊張感の強い、きりりと引き締まった強音部はスリリングで、気宇も壮大。 |
ツィーザクは個人的に好みの歌手ですが、この曲はメゾがメインで残念。ヘレカントは声は良いものの、微妙に音程が危うい所もあり、ヴィブラートの短い波長が耳に付きます。ツィーザクは高音の伸びがきれいで、正確な美しい歌唱。コーラスは適度なバランスで収録されていますが、オケがルバートする箇所でアインザッツが少しずれるのは残念。それにしても、最後まで巧みなアゴーギクで流れを弛緩させないブロムシュテットの棒さばきは、正に至芸という他ありません。 |
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“オケの美しい響き、気宇の大きさと鋭敏で緻密なディティールを両立” |
エド・デ・ワールト指揮 オランダ放送フィルハーモニー管弦楽団 |
オランダ放送合唱団 |
シャルロッテ・マルジョーノ(S)、ビルギット・レンメルト(Ct) |
(録音:1993年 レーベル:RCA) |
ライヴ収録による全集録音中の一枚。第1楽章は、重々しく克明に音を刻む低弦の主題提示が斬新。デ・ワールトのテンポも遅く、響きに重みを加えたような趣があります。ただしリズム感は鋭敏で音感も研ぎ澄まされ、鈍重な感じは全くありません。テンポが上がる箇所も巧みに動感を表出し、変化に富んだニュアンスで全体を設計。潤いを帯びた優美なカンタービレを駆使し、格調高く造形しています。逞しい力感もあり、深々とした音響も作品にふさわしいもの。 |
第2楽章は、柔らかなタッチとしなやかな歌心が美しく、ゆったりとした呼吸で緩急を付けています。流麗な中にも、鋭さはきっちり確保。スタッカートの歯切れ良さも、弛緩しがちな音楽をきりりと引き締めます。 |
第3楽章はデモーニッシュな性格ではありませんが、落ち着いたテンポで細部が緻密。シャープなエッジも効いていて、作品が要求する要素はほぼ備えた演奏です。峻厳に刻まれる正確なリズムとたおやかな叙情が漂う旋律線による、緊張と緩和の交替も見事。第4楽章はレンメルトの歌唱が美しく、オケも含めて終始自然な呼吸で描写されています。 |
第5楽章も充実した有機的な響きを元に、無理のない棒さばきで恰幅良く造形。長丁場で緊張の糸が緩む事はなく、凝集度の高い表現を貫徹しています。また弦も管も、音色とフレージングの美しさが絶品。オケのパワーを伸びやかに解放しながら、気宇の大きな音楽を作り上げるデ・ワールトの指揮は称賛に値します。無類に切れ味の鋭いスタッカートも痛快で、剛毅な力感を伴って凄絶な迫力。コーダへ向けての高揚感も凄いです。唯一、合唱が遠目の距離感でぼんやりとした音像なのは、好みを分つ所かも。 |
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“オケ自主制作セットのライヴ録音ながら、瞠目すべき名演” |
クリストフ・フォン・ドホナーニ指揮 クリーヴランド管弦楽団・合唱団 |
ルート・ツィーザク(S)、ナンシー・モールツビー(Ms) |
(録音:1998年 レーベル:クリーヴランド管弦楽団) |
オーケストラ自主制作による10枚組ライヴ・セット中の音源。デッカにまとまった数のマーラー録音を残している当コンビですが、2番、3番、8番と合唱入りのナンバーは録音しないまま契約を解消したので、当セットへの収録は歓迎されます(単品では購入できませんけど)。音質も、残響がややデッドで奥行き感が浅い他は、ダイナミクス、音域共に広く、直接音も鮮明で聴きやすいです。 |
第1楽章は遅めのテンポを基調に、細かくアゴーギクを演出した巧妙な棒さばき。冒頭の低弦から即興的なルバートを多用して表現主義的ですが、弦のフレージングには独特の艶っぽさがあります。提示部が終わり、冒頭のトレモロが回帰する直前のピアニッシモの効果は、大胆なテンポの落とし方と共に、何とも言えぬ凄味あり。ライヴとは思えぬ完成度のアンサンブルで、デュナーミクと連動してテンポをよく動かすドホナーニの棒にも、ぴたりと付けています。 |
第2楽章は精緻なサウンド作り、デリケートな色彩感とみずみずしい歌が素晴らしい聴きもの。非常に遅いテンポが採られた第3楽章も、やはり弱音部のデリカシーが印象に残ります。一方で、トゥッティ部の力感の解放、スケールの大きさも充分表現。第4楽章は独唱がやや非力。声質も独特ですが、ヴィブラートによる音程の揺れも心地よくありません。 |
第5楽章は、引き締まった造形と牽引力のあるテンポが絶妙。この楽章は遅すぎると間延びしがちですが、ドホナーニは推進力の強い棒でグイグイと音楽を引っ張ってゆきます。響きもクリアで、抜けの良いブラスを始め、胸のすくように爽快なサウンド。最後の山場に至る音楽設計は殊の他うまく、圧倒的なクライマックスをパワフルに形成。ツィーザクの美しい歌唱も絶品です。セッション録音にもよく起用される歌手ですが、この人のパフォーマンスにはハズレがないように思います。 |
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“感情的にならず、怜悧な視点とオケの音色美でモダンな音楽世界を造形” |
リッカルド・シャイー指揮 ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団 |
プラハ・フィルハーモニー合唱団 |
メラニー・ディーナー(S)、ペトラ・ラング(Ms) |
(録音:2001年 レーベル:デッカ) |
全集録音中の一枚。当コンビのマーラーはどれも屈指の名演ですが、当盤も例外ではありません。深々としたホールトーンと共に収録されたコンセルトヘボウ・サウンドは、明晰ながらコクと陰影に富み、優美なフレージングで歌うソロ共々、同団体の魅力の健在ぶりを示します。 |
第1楽章は冒頭部分の低弦のパッセージから解像度が高く、精密を極めたパフォーマンスが展開される事を予感させます。シャイーは感情を爆発させたり、巨大な音響で耳を圧する路線は採りませんが、リズムが鋭くレスポンスが敏感で、遅めのテンポを採ってアーティキュレーションとダイナミクスのコントロールを細部まで徹底。響きもクリアで、対位法的な書法やポリフォニックなテクスチュアも立体的に構築されています。それでいて旋律線はしなやかに歌わせている所、さすがという他ありません。 |
第2楽章も抑制を効かせ、淡々と進行させながら、ベトつかない清澄な叙情性を表出。オケの典雅なサウンドやニュアンス豊かな音楽性がよく生かされています。第3楽章も鋭敏な感覚とディティールの精緻な処理が耳を惹きますが、通常テンポを上げて煽るような箇所もほぼイン・テンポで進行し、速度的なコントラストはあまり付けない表現です。 |
第4楽章は精妙なピアニッシモの中、独唱の音量も抑制。独唱のペトラも、癖のない美しい声の持ち主です。第5楽章は、大規模な管弦楽と合唱の扱いを得意とするシャイーの面目躍如たる演奏。長大な構成を持て余す事がないのは、オペラ指揮者としての長所と言えるでしょうか。マーラー作品では不可欠な遠近法も、見事にコントロールされています。オペラで活躍しているディーナーは、ペトラと同様に声質が美しく、重唱でも聴き応えあり。 |
大音響や激しい緊張感で圧倒するような凄味はなく、それでいて自然体の素朴な演奏でもない所がシャイーらしい所。終始怜悧な視点でスコアと対峙しつつ、響きの美しさにも配慮しながら、音楽に感興を乗せてゆくバランス感覚は絶妙です。まろやかなサウンドに合唱をブレンドさせ、有機的に充実した響きで雄大なクライマックスを形成する手腕はさすが。 |
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“恐るべき描写力! あらゆる音符に強靭な意志が漲る、驚愕の名演” |
大野和士指揮 ベルギー王立劇場管弦楽団・合唱団 |
スーザン・シルコット(S)、ヴィオレッタ・ウルマーナ(A) |
(録音:2002年 レーベル:ワーナー・ミュージック・ジャパン) |
通称モネ劇場の音楽監督、大野和士の就任披露演奏会ライヴ。彼は同じ9月に歌劇場の幕開け公演で《エレクトラ》も振り、「ベルギーの奇跡」と呼ばれるほどのセンセーションを巻き起こしています。当盤は大野の天才ぶりとパッションが縦横無尽に発揮されたものすごい名演なので、マーラー好きの方には是非とも聴いて欲しいです。 |
第1楽章は冒頭から驚くほど克明な表現で、弦の一音一音がすこぶる強靭。スタッカートを効果的に多用し、歯切れの良い語調で音楽をきりりと引き締めています。強弱とテンポのメリハリもはっきりそれと分かるように強調され、非常に意志の強い印象。オケも優秀で、特に艶やかな光沢を放つ弦楽セクションには、蠱惑的な魅力があります。各パートが優秀で合奏の一体感も強く、まるで高解像度のハイビジョン映像を観るよう。 |
オペラ指揮者だけあってドラマティックな演出には事欠かず、巧妙を極めた流れるようなアゴーギクで、長い楽章を一気に聴かせる構成力も非凡。スコアを細大漏らさず音にしてゆく手腕は驚異的で、その中に豪放な力感を開放するダイナミズムは迫力満点。とにかく各場面の精細な描写力が尋常ではないので、冒頭からコーダまで凄まじい緊張感が維持され、聴き手は固唾を飲んで音楽の行方を見守るしかありません。 |
第2楽章は優美な音の流れの中に、エッジの効いたリズムをザクザクと刻み付けた明晰極まる表現。歌謡的で艶っぽいカンタービレを濃厚に繰り広げるにも関わらず、指揮者が頻繁に手綱を締め直すので、全体を異様な緊張感が支配しています。アゴーギクは目まぐるしく変転し、マーラー演奏としてはかなり神経質な部類に入る筈ですが、全てが熱っぽい感興でパワフルに牽引されるため、むしろそれが求心力の強さに繋がっています。 |
第3楽章も粒立ちの良い音響で、全てが鮮烈。テンポとダイナミクスの設計に非常な説得力があるのは、全楽章に共通の特徴です。特にアゴーギクはデフォルメ気味に動かす箇所が多く、それが音楽的な緊張に繋がっています。加速はともかく、減速しても音楽の流れが一切弛緩しないのは凄い所。一流の指揮者でも、そこまで徹底している人は多くありません。 |
第4楽章は、ウルマーナの起用が豪華。オペラではヴィブラート過剰が気になる人ですが、ここでは美しく丁寧な歌唱。オケも、柔らかく繊細なタッチで支えています。第5楽章は、冒頭から激烈な音響が爆発。それでいて、チェロの細かいオスティナートまで精細に彫琢しているのが圧巻です。やはりテンポを煽って音楽を引き締める箇所が目立ち、早めに仕掛けてゆくアグレッシヴさが持ち味。切れ味の鋭いスタッカートも、随所で効果を挙げています。 |
アタックには独特の勢いがあり、弾みの強いリズムで行進曲に突入する呼吸も見事。マーラー特有の詳細なアーティキュレーション、楽想指示にも、むしろ過剰なほどに反応している印象です。それでいて落ち着きのない感じを与えないのは、スコアを自分の物として吸収し、その過剰さを緊張感へと昇華させているからでしょう。シルコットもオペラで活躍する歌手で、美しい2重唱を披露。コーラスも優秀で、最後まで集中力の高いパワフルな棒の下、白熱のクライマックスを盛り上げます。会場も熱狂。 |
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“あくまでさっぱりとした性格ながら、巧みな棒さばきに指揮者の才覚を発揮” |
マイケル・ティルソン・トーマス指揮 サンフランシスコ交響楽団・合唱団 |
イザベル・バイラクダリアン(S)、ロレイン・ハント・リーバーソン(Ms) |
(録音:2004年 レーベル:サンフランシスコ交響楽団) |
楽団自主レーベル、ライヴによる全集録音から。さっぱりとした響きと歌い回しによる、べとつかない情感を湛えた清潔な演奏。第1楽章は冒頭からフレージングが明快そのもので、細かい音符の精度の高さもこの指揮者らしい。そこに開放的な力感、朗々たるフォルティッシモが加わって、独自のダイナミックな表現が展開される。テンポは快適で推進力が強く、部分的な加速が凄味のある山場を形成。オケも整然たるアンサンブルを聴かせる。 |
第2楽章はたおやかな叙情が魅力的。みずみずしく歌う弦楽セクションが美しいが、旋律線は粘性が低く、実に爽やかでこざっぱりとしたカンタービレ。楽想の変転の多い第3楽章はT・トーマスの独壇場で、細部に至るまで生き生きと描写されているのも美質だが、コーダ前の脱力で極端にテンポが落ちるなど、アゴーギクも胸のすくように大胆。 |
第5楽章はダイナミック・レンジが大きく、大曲でも巧みにクライマックスを形成するT・トーマスの手腕と構成力が如実に発揮された好演。最初の山場から、豪放な力感と気宇の大きさを示す。ブリリアントなブラスの響きも印象的。独唱陣はこの全集のコンセプトなのか、アメリカ人の若手と思しき人達を起用しているが、このような入魂の企画に登用されるだけあって、皆なかなかの実力者のよう。 |
アカペラの合唱が入ってくる所はかなりのスロー・テンポで開始、独唱が入ってくる直前の、弱音部における緻密を極めた響きの作り込みもさすがという他ない。たっぷりと間をとったコーダもスケールが大きく、ドラマティックな表現が迫力満点。 |
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“あくまで冷静に正確な演奏を貫徹するも、オケのおかげか作品との相性良し” |
ピエール・ブーレーズ指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 |
ウィーン楽友協会合唱団 |
クリスティーネ・シェーファー(S)、ミシェル・デヤング(Ms) |
(録音:2005年 レーベル:ドイツ・グラモフォン) |
様々なオケを使った全集録音から。ウィーン・フィルとは他に3番、5番、6番、大地の歌、歌曲集を録音している。残響をたっぷり収録した空間の広い録音で、オケの美しい響きを堪能できるが、速めのテンポでタイトにまとめた正確無比な演奏スタイルは独特。ブーレーズのマーラーは余りに素っ気ないものもあるが、当盤は説得力の強い演奏になっている。 |
第1楽章は冒頭から肩の力が抜け、まるでモーツァルトでも振り始めたのかのよう。テンポが速く、感情的な溜めを排除しているが、タイミングが正確なため駆け足にはならない。水分をたっぷり含んだ美音で艶っぽく歌う弦楽群など、総じて旋律線はしなやかに歌っていて、自在な呼吸感もある。大袈裟なメリハリや振幅は注意深く避けながら、葬送行進曲風の楽想には合致していて物足りなさは感じない。 |
第2楽章もテンポに停滞感がなく、細かくアーティキュレーションを描き分けた弦のリズムを軸にすいすいと進行。旋律線もスムーズに流れるため、流線型の優美なラインがより印象付けられる。金管やティンパニが入ってくる箇所も音の立ち上がりが速く、アタックに勢いがあって緊張度を高めている。 |
第3楽章もかなり速めだが、先を急ぐというよりは、単に夾雑物がない感じ。何と言うか、無駄がないので結果的に速くなっているような趣である。細部が精緻なため、耳に入って来る音の情報量は多く、無駄がないからといってデータが減っている訳ではない。カラー・パレットも多彩。 |
第4楽章はデヤングのヴィブラートの波長が個人的に合わず、絶妙に気持ちが悪いが、声質自体は悪くない。残響が多いのでオケに溶け込む一方、発音はやや不明瞭に感じられる。美しい音色で正確な3連符を繰り返すクラリネットなど、精緻なオケが見事。 |
第5楽章は十分な力感を示しながらも、明快な滑り出し。フレーズの合間がスカスカしたり、実際以上にテンポが遅く感じられる箇所が多いのはブーレーズの演奏の特色で、これは経験や感覚で音のタイミングを調整せず、徹底して正確に演奏させているからだろう。それでもオケの潤いたっぷりの響きが素晴らしく、奥行きと情感は失われない。 |
アカペラのコーラスはふっくらとして、必要以上に弱くしない。独唱とオケを伴う箇所も、音符がジャスト・タイミングできっちり進行してゆく感触が無類に心地良い。シェーファーはさすがの歌唱だが、この曲でソプラノに実力者を持ってくるのはもったいない気もする。合唱の突然のフォルテも、これほどソフトで強調感のない表現は稀。描写の精度こそ驚異的だが、コーダに至ってもあくまで自然体のブーレーズである。 |
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“自然体の暖かみと精確な合奏で聴かせる、チェコ・スタイルのマーラー” |
ズデニェク・マーツァル指揮 チェコ・フィルハーモニー管弦楽団 |
ブルノ・チェコ・フィルハーモニー合唱団 |
ダニエレ・ハルプヴァクス(S)、ルネ・モロク(A) |
(録音:2008年 レーベル:エクストン・クラシックス) |
マーラー・シリーズの1枚で、ライヴ音源とセッション録音を編集で繋ぎ合わせたスタイル。ソリストはチェコの歌手なのか、私は全く耳にした事のない人達。ハイブリッド盤のCD層を聴いて執筆しているが、強音部に僅かながらリミッターが掛かったような歪みが感じられ、ダイナミクスはあまり大きく取らない録音。 |
第1楽章は、ゆったりとしたテンポで細かい音符を克明に処理。低弦のパッセージも、よく揃ったアインザッツで正確に弾かれているのが好印象。マスの響きや打楽器のアクセントなど力強さも充分だが、張りつめた緊張感や大音響で聴き手を圧する傾向は無く、チェコの音楽家らしい自然体のマーラーといった風情。旋律線が美しく、みずみずしい弦の響きは魅力。 |
第2楽章もテンポのコントラストはあまり付けないが、艶やかな歌が横溢する優美なスタイル。対位法に留意して響きも立体的で、第1ヴァイオリンとチェロが左右チャンネルに分かれ、しなやかなカンタービレで歌い交わす箇所は聴きもの。第3楽章もまろやかな音色と柔らかなタッチで描かれ、マーラーのスケルツォらしい悪魔的な冷笑やシニックは影を潜めている。淡々として誇張のないテンポ設計もマーツァルらしい。 |
第4楽章も間合いや響きに必要以上の深度を求めず、スコアに素直に対峙した表現。テンポもあまり引っ張らない。ソノリティにヒューマンな温もりと潤いがあり、耳に優しく、心地よい音が鳴っている。歌手は、柔らかな手触りで美しい歌唱。 |
第5楽章は、冒頭の弦の急速なパッセージを精密かつ明瞭に弾ききっているのが見事。しかし全体としては分析的な演奏ではなく、肩の力が抜けた良さがある。テンポの増減は最小限で、速めのイン・テンポでほぼ一貫。 |
アカペラのコーラスは、暖かみのある声質と和声感が魅力的。ソロはいずれも虚飾を排した素直な歌い口で声も美しく、合唱共々その清澄な歌唱に惹き付けられる。長大な構成を明快に聴かせる指揮者の手腕は確かで、自然体で盛り上げるクライマックスも迫力十分。唯一、CD層で聴く限りでは、最後のロングトーンで鐘の音がやや目立ち過ぎる印象を受けた。 |
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“大きなメリハリは避けつつ、細部に多彩なニュアンスを盛り込むのがヤンソンス流” |
マリス・ヤンソンス指揮 ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団 |
オランダ放送合唱団 |
リカルダ・メルベス(S)、ベルナルダ・フィンク(Ms) |
(録音:2009年 レーベル:RCO LIVE) |
マーラーの録音を継続的に行っている当コンビの一枚。DVDも付属し、複数の指揮者による全集ボックスにはブルーレイも収録されていますが、映像が12月3日のコンサートなのに対し、ハイブリッド盤の音源は4、6日の演奏も含めて編集されています。ブルーレイでも強音部にはやや圧縮感があり、CD/SACDの方が音質は良い印象。下記のコメントは、映像ソフトと音盤の両方を元に書いています。 |
第1楽章は輪郭が明瞭で、弦のパッセージもくっきりと造形。豊かな歌心に溢れ、旋律線のしなやかさ、ニュアンスの多彩さが耳に残ります。特に繊細な弱音を生かした、艶やかな弦のカンタービレは絶美。アクセントはきっちり打ち込まれ、力強さにも欠けていません。 |
合奏は俊敏で、フレージングやダイナミクスにも随所に細かな工夫がありますが、凄みのある迫力やメリハリは不足。映像で観ても、ヤンソンスの指揮はリズムやアクセントよりあくまで旋律中心という感じです。フレーズの合間にちょっとした間合いを挟む箇所が幾つかありますが、これはたっぷり吹かせるのが目的というか、楽譜の解釈というより直感的な措置のようです。 |
第2楽章は、ヤンソンスの得意とする艶美な曲想。マーラーの場合それだけでいいのかという視点もありますが、このコンビの美質は十二分に発揮されています。マルカートやアクセントの鋭さなど、集中力の高さも感じさせ、細心の注意を払った丁寧な演奏を展開。映像を観ると、ピツィカートの箇所でオケに向かって「どうぞ」という感じで指揮をやめている部分もあります。熱い感興の高まりもあり。 |
第3楽章は表現の精度が高く、デリケート。大仕掛けで迫る事がない代わり、ディティールに鋭敏で精細なニュアンスを施すのは、彼の演奏に共通する特色です。自然なアゴーギクで大きな起伏を作るのが巧く、作為を感じさせない棒さばきは見事。第4楽章、フィンクの歌唱はややヴィブラートが気になりますが、発音はきれいで表情豊か、歌曲のようにドラマティックに歌うスタイルです。オケはオーボエ、ヴァイオリン・ソロと、美音の饗宴。 |
第5楽章は大音響で威圧せず、途中にある打楽器の長大なクレッシェンドもあっさりやり過ごします。しかしソフトな語り口ながら、表現は精密。バンダやファンファーレ隊はホールのロビーで演奏していて、映像ではインサート・カットで挿入されるのが親切です。独唱はやや癖があるように感じますが、合唱はよく統率されている印象。テンポと強弱の設計はよく練られ、最後まで美麗な響きを維持しながら、雄大なクライマックスを築き上げます。 |
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“表現が深化と円熟を示す一方、活力や鮮烈さがやや後退した再録音盤” |
サイモン・ラトル指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 |
ベルリン放送合唱団 |
ケイト・ロイヤル(S)、マグダレーナ・コジェナー(Ms) |
(録音:2010年 レーベル:EMIクラシックス) |
バーミンガム響とのライヴ盤以来24年ぶりの再録音で、再びライヴ収録。現地では交響曲全曲演奏の一環として取り上げられたプログラムでした。日本盤ライナーで詳しく比較されている通り、テンポ設定が驚くほど旧盤と一致しているのも特徴。 |
第1楽章は、遅いテンポで雄弁に歌うスタイルをそのまま踏襲。表現の彫りが深くなったと同時に、力みが取れた余裕も感じさせます。硬質なティンパニを軸とする筋肉質の響きはベルリン・フイルらしく、オケの優秀な技術を生かして、より描写の解像度が増した印象。その分、鮮烈なタッチや若々しい活力、勢いなどは後退したよう感じます。展開部の不協和音連打や楽章最後の下降音型はぐっとテンポを落としてデフォルメしますが、感触としては洗練されていて、アクの強さがありません。 |
第2楽章は粘液質のカンタービレがラトルらしい一方、情感がさほど濃くないのは旧盤同様。オケがうまいので、細やかなニュアンスで聴かせます。第3楽章は冒頭のティンパニが激烈ですが、主部は遅めのテンポで落ちついた風情。各部の表情は明晰で、メリハリが効いています。テンポの振幅は大きく、スコアの指示にも敏感に反応しますが、全体的には肩の力が抜けた自然体のパフォーマンス。 |
第4楽章は、コジェナーのソロが歌唱も音像もクローズアップされて聴こえますが、ここではハープとホルンの間に立ち、次の楽章では合唱隊の前でソプラノと並んで歌ったそうで、音を近接させようという意図が明確にあったようです。感情が込められた雄弁な歌い回しも、その一環なのでしょう。 |
第5楽章は冒頭の大音響に続き、低弦のパッセージが雄弁な語り口で意志的。提示部は各パートの美しい音彩が魅力的で、思わず聴き惚れてしまいます。金管コラールの前の、弦と管が切迫した調子で掛け合いを聴かせる箇所は、オケの表現力と指揮者の強靭なコントローが聴き所。壮大なスケールと豪放な力感の表出、気宇の大きさにもラトルの円熟が示されています。 |
テンポの伸縮が大きく、パワフルな棒でテンポを煽る際の迫力は実にスリリング。合唱の導入部は、マーラーが小さな音符で書き加えたオケのパートで支えるのが一般的ですが、ここでは完全なアカペラで歌っています。ラトルと気心の知れたサイモン・ハルジー率いる合唱団も、透明度の高いハーモニーと機敏なレスポンスが見事。独唱の2人も美しい声で好演していて、ライヴらしい高揚感に溢れた壮大なクライマックスを形成します。 |
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“クールに洗練された音響で一貫しながら、テンポの伸縮を大胆に表現” |
パーヴォ・ヤルヴィ指揮 フランクフルト放送交響楽団 |
オルフェオン・ドノスティアラ |
ナタリー・デッセイ(S)、アリス・クート(Ms) |
(録音:2009年 レーベル:ヴァージン・クラシックス) |
フランクフルト放送響のマーラーというとインバルとの全集が有名ですが、ワンポイント・マイクを使用したデンオンの録音と違い、当盤は芯のある筋肉質のサウンド。同じオケでも印象がかなり異なります。パーヴォの音作りはいかにも彼らしく、細部まで徹底的に音を磨き上げた洗練度の高いもの。弦は編成も少なく聴こえるほどで、すっきりとした音場に、室内楽的な機動力を生かしたオケが軽妙に動き回るイメージです。 |
第1楽章は演奏時間が24分近くと長めですが、テンポの振幅が大きく、さほど遅い印象は受けません。冒頭はきびきびとして音の立ち上がりが速く、低弦のパッセージもアーティキュレーションの徹底した描き分けと、緊密なアンサンブルでフットワークの軽さが際立ちます。アゴーギクはデュナーミクと密接に関連していて、音量が下がる局面でははっきりとテンポが落ちます。 |
主題提示が終わって冒頭のトレモロが戻ってくる直前、ヴァイオリン群がピアニッシモからエモーショナルな旋律を盛り上げてくる所は、超スローなテンポ共々、思わずため息が出てしまう美しさ。トゥッティでは、固めのバチを使っているティンパニがパンチの効いたアクセントを打ち込み、オケ全体にスポーティな躍動感が付与されています。 |
第2楽章も弱音部のデリカシーと繊細なニュアンスが聴きもの。第3楽章もそうですが、弱音部でテンポがぐっと落ちるアゴーギクは共通で、逆にクレッシェンド局面では加速を伴うため、感情の起伏も大きくなります。ディティールの彫琢は精緻そのもので、この指揮者らしいクリアで精妙な音響が保たれる一方、旋律線はしなやかに歌わせています。 |
第4楽章の静寂の表現は、パーヴォの得意とする所。クートはやや癖のある鋭い声質ですが、当盤のサウンド・コンセプトには合っています。長めの間を挟んで突入する第5楽章は、冒頭の低弦のパッセージから解像度が高く、機動性に秀でた印象。ここでもやはり響きの透明度は高く、高度にリファインされたサウンドが耳に心地良いです。 |
合唱は非常に弱いピアニッシモで導入。まったき静寂の世界に、デッセイの美声が浮かび上がる様は圧巻です。出番の少ないソプラノにデッセイを起用するとは贅沢なディスク。クライマックスは、もう少し熱く煽り立てる表現も可能かと思いますが、混濁しないクールな音響で山場を築き上げる手腕は見事。 |
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“うまく行っている箇所もあるものの、音色や合奏力など、オケが根本的に非力” |
金聖響指揮 神奈川フィルハーモニー管弦楽団・合唱団 |
澤畑恵美(S)、竹本節子(Ms) |
(録音:2010年 レーベル:神奈川フィルハーモニー管弦楽団) |
神奈川フィルの自主制作ライヴ盤ですが、発売はオクタヴィア・レコードが担当しています。当コンビのマーラー録音にはデリック・クック補筆による第10番全曲もあり。神奈川県民ホールでの収録で、ホール・トーンがデッドな上、中低音域に厚みが乏しいのは残念。 |
第1楽章はさりげなく開始。表情付けがきびきびとして明確で、強弱も細かく付けています。音楽の進め方に安定感があるし、細部のニュアンスも多彩ですが、根源的な迫力と表現の凝集度は不足気味。オケもやや非力で、響きが痩せていて音色の魅力に乏しいし、アンサンブルにも粗い所があります。ティンパニや打楽器は鮮烈に打ち込みますが、録音のせいかメリハリは欠如。コーダにかけての展開にも、さらなる緊張感が欲しいです。 |
第2楽章は、ヴァイオリン群のアーティキュレーションもよく練られ、息の長いフレーズを作るセンスも見事。合奏は緻密で音色にもまろやかさが出てきますが、日本のオケにありがちな問題なのか、集中力が続かず、音楽の流れに連続性が見出せなくなる箇所が頻出。全休止の空白にも意味深さが感じられず、お座なりに聴こえます。 |
第3楽章はパンチの効いたティンパニがうまく決まり、音色も多彩で、各フレーズの表情に説得力があります。山場の盛り上げ方もダイナミックで豪放だし、オケも鮮やかなパフォーマンスを生き生きと繰り広げて、全曲中では最も成功した楽章と感じられます。第4楽章は、オーボエと弦の和声感が好印象。ただ、ソロは発音が不明瞭で、ヴィブラートも過剰な上にワンパターンなのが残念。 |
第5楽章は構成が考え抜かれ、オケもミスがなく緊密な合奏を披露。行進曲のざくざくとした切り口も効果的ですが、バンダは遠近感の対比があまり出ず、強弱やクレッシェンドの効果が半減しています。加速して盛り上げる緊迫感は十分表出。ソプラノはまだ聴きやすいですが、合唱は近接した距離感で、弱音との対比が生きません。そもそも音色面の魅力が乏しいのは、どのような作品であってもデメリットかと思います。 |
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“柔らかな筆致でメリハリを避け、全体を大きく掴んだ一筆書きのスタイル” |
ワレリー・ゲルギエフ指揮 ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団・合唱団 |
アンネ・シュヴァネウィルムス(S)、オリガ・ボロディナ(Ms) |
(録音:2015年 レーベル:ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団) |
楽団自主レーベルのライヴ音源シリーズの一枚。当コンビは第4番も録音している他、ゲルギエフはロンドン響の自主レーベルでもマーラーをシリーズ録音しています。 |
第1楽章は、冒頭の弦がよく揃って解像度が高い一方、ものものしさがなく整然とした雰囲気。行進曲のリズムなど、マーラーらしい句読点の強調にはさりげなく触れる程度で、むしろ淡々と進行します。旋律線はしなやかにうねりますが、概して強音部の表情があっさりしていて、ブーレーズ盤ほどではないにしても、淡白なマーラーを求める人にはフィットしそう。 |
その代わりと言っては何ですが、オケの響きは充実し、暖色系の柔らかなソノリティが魅力的。各パートは雄弁で(フルートとヴァイオリン・ソロの掛け合い!)、突然のフォルティッシモにも瞬発力があります。テンポは速めで加速に勢いもあり。アゴーギクが見事で、合奏がよく統率されています。 |
第2楽章は集中力が高く、弦の刻みなど独特の緊張感があります。木管群の好演が耳に残り、色彩も明朗で鮮やか。ソフトなタッチで一貫し、弦の艶っぽいカンタービレも美しいです。第3楽章は健全な性格で発色が良く、末端まで養分の行き渡った湿潤な音色美で聴かせます。アンサンブルも緻密で、アーティキュレーションの描写も徹底。ちょっとしたアクセントやスタッカートが、音楽に生彩を添えています。テンポは大きく動かさない代わり、優雅に推移する印象。 |
第4楽章は遅めのテンポで彫りが深く、歌唱も非常に丁寧。第5楽章の冒頭はやはり、細かい音符まで精度が高く、音圧より整然とした合奏で聴かせる方向です。弱音部も柔らかな音色でしっとりと描写。ルバートは抑制気味で、あまり極端なコントラストや起伏を作らず、一筆書きのように全体を大きく掴む骨太さが特徴。この辺りは歌劇場で大作も取り上げる指揮者ならではで、全体のデッサンを先に作り、細部を綿密に仕上げてゆく感じ。そのため、フォルムがいびつに造形される事がありません。 |
アカペラの合唱はスロー・テンポで導入。その前後の木管や弦も、自発性が高く雄弁なパフォーマンスです。ボロディナは繊細ながら力強さも感じさせる歌唱。山場への加速は、デフォルメなしのアゴーギクが見事で、コーダの前後も引き締まったテンポでシンフォニックに造形。オラトリオみたいにしてしまう大仰な演奏とは違います。清澄で音程の良い合唱のおかげで全強奏も透明度が高く、和声感たっぷり。最後の一音は、柔らかいタッチで延ばしています。 |
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“時流に反し、ドラマティックなストーリー性と感覚美を追求” |
ダニエレ・ガッティ指揮 ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団 |
オランダ放送合唱団 |
チェン・レイス(S)、カレン・カーギル(Ms) |
(録音:2016年 レーベル:RCO LIVE) |
#MeToo運動によるセクハラ疑惑で短期解任されたガッティとコンセルトヘボウ管の、稀少となってしまったライヴ記録。音楽監督の就任ライヴでもあります。当コンビには前年の第1、4番のライヴもあり、いずれも映像ソフトが同時発売されている他、複数の指揮者による全集映像ボックスにもガッティは第5番で登場しています。ガッティのマーラー録音には、ロイヤル・フィルとの第4、5番もあり。 |
ちなみに当音源は映像収録されている最終公演でなく、その前の3日間の演奏から編集されています。音源ではイスラエル出身のチェン・レイスがソプラノを担当していますが、映像の方はオペラでも主役級のキャスティングがなされるアンネッテ・ダッシュが歌っていて豪華。当コンビのマーラーの特色は、近年主流となっている客観性が勝った分析型の真逆を行く、柔らかな感覚美とドラマティックなストーリー性を追求するもの。そのため、細部の雄弁さは図抜けています。 |
第1楽章は速めのテンポで軽快ながら、隅々まで丹念に造形。流れが良く、全体を見据えて設計しているのがよく分かります。旋律の歌わせ方が抜群に巧いのは彼らのマーラーに共通する特質ですが、各部のテンポ設定と連関がとにかく見事で、細部に耽溺する傾向はありません。表現の幅と情感の濃密さは同じオケを振ったヤンソンス盤と較べても桁違いですが、やはりオケの資質ゆえか、峻烈さや腰の強さは控えめです。 |
第2楽章も推進力のあるテンポで、音楽が漫然と推移してゆく事がないのはガッティらしい所。ルバートは随所に盛り込まれ、ブロックの切り替えでは加速、小休止を効果的に用います。瞬間瞬間の音楽的ニュアンスの密度も、相当なものと言わねばならないでしょう。第3楽章は集中力が高く雄弁。激烈さを欠く代わり、常に表情が豊かで多彩、ロマンティックな歌心が横溢します。 |
第4楽章は、ソロのカーギルの訴えかけるような調子が、ガッティの劇的なコンセプトに合っています。ただし、中低音の声質は癖が強い印象。オーボエ・ソロをはじめオケのパートは素晴らしく、感覚美も常に追求されています。第5楽章は導入部の造形が独特ですが、解釈としてよく練られているし、こうでなくてはならないという決然とした態度も、聴き手の好みとは関係なく信頼に足るものです。柔らかな響きで耽美的でもあり、破格のスケール感もあり。 |
テンポ設計が秀逸で、極端に大きく溜める箇所もあれば、加速してすいすい飛ばしてゆく箇所もあり、全体から逆算して構成する視点はさすがオペラ指揮者。アーティキュレーションの描写も含め、聴き慣れた曲ながら、なるほどと感心させられます。合唱は映像で見ると50名以下の少人数。響きが透明なのはその利点でしょうが、優秀なコーラスで物足りなさはありません。決して力で押さず、緩急を付けて気宇壮大に盛り上げた後半部はさすがの一言。 |
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