マーラー/交響曲第3番 |
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概観 |
CD時代でも2枚組に収録される大作。パンの大神や夏の朝など、自然のイメージで語られる事の多い曲だが、作曲者は最終的にサブタイトルを取り払っている。30分を越える第1楽章を筆頭に、あまりに大作なため、全体を把握して有機的に聴かせるのが難しい。聴く方も集中力と体力勝負だが、それでも第6番以降の後期交響曲と較べれば、ずっと分かりやすい曲と感じられる。第1楽章には、珍しいトロンボーンのソロが長々とあるのもユニーク。 |
録音は、明晰な腑分け能力で作品の本質に迫ったレヴァイン、同傾向で圧倒的名演のメータ/ロス・フィル、この曲で名を挙げたサロネンなど、複雑で巨大な音楽を分かりやすく鮮烈に聴かせられる指揮者が有利。他ではデ・ワールト盤も大曲の把握力で、全集録音中屈指の名演。少し違う毛色ではアバド/ウィーン盤、ラトル盤、聴くほどに暖かい涙が込み上げてくるシャイー盤もお薦め。独唱とオケに一部問題もあるものの、小泉盤も素晴らしい内容なので一度聴いて欲しい。 |
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*紹介ディスク一覧 |
67年 クーベリック/バイエルン放送交響楽団 |
75年 レヴァイン/シカゴ交響楽団 |
78年 メータ/ロスアンジェルス・フィルハーモニック |
80年 アバド/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 |
85年 マゼール/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 |
87年 T・トーマス/ロンドン交響楽団 |
92年 メータ/イスラエル・フィルハーモニ−管弦楽団 |
93年 小澤征爾/ボストン交響楽団 |
95年 デ・ワールト/オランダ放送フィルハーモニー管弦楽団 |
96年 シノーポリ/シュトゥットガルト放送交響楽団 |
97年 サロネン/ロスアンジェルス・フィルハーモニック |
97年 ラトル/バーミンガム市交響楽団 |
99年 アバド/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 |
01年 ブーレーズ/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 |
02年 T・トーマス/サンフランシスコ交響楽団 |
03年 シャイー/ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団 |
05年 マーツァル/チェコ・フィルハーモニー管弦楽団 |
10年 ヤンソンス/ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団 |
19年 小泉和裕/九州交響楽団 |
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“洗練されてはいないものの、虚飾を排した素朴さが作品の本質を衝く” |
ラファエル・クーベリック指揮 バイエルン放送交響楽団・女声合唱団 |
テルツ少年合唱団、マージョリー・トーマス(A) |
(録音:1967年 レーベル:ドイツ・グラモフォン) |
全集録音の一枚。全体の見通しが良く、輪郭をシャープに造形しながら、フレーズに情緒的な味わいをふんだんに盛り込んでゆくスタイルです。オケの響きが都会的に磨き上げられていない点で後年の流行とは仕上げが異なりますが、それがマーラー音楽の田舎風の性格に肉迫する切り口ともなっています。古い録音ながら、バスドラムの低音まで力強くキャッチした、レンジの広いサウンド。 |
第1楽章はあまり大きく構えず、小回りの効いた語り口。ティンパニなどパンチは効いているので、物足りなさはありません。細部は雄弁で、ダイナミックな迫力と起伏も充分。旋律の歌い回しが独特で、トランペットのフレーズなど一音一音噛んで含めるような調子がユニークです。行進曲もエッジの効いたリズムできびきびと進行。直線的な勢いを失わず、長丁場をさらりと聴かせてしまう手腕はこの指揮者らしいです。 |
第2楽章はスロー・テンポで情感豊か。冒頭のオーボエから深い味わいに魅せられます。衒いのない佇まいの中にたおやかな歌が溢れる秀逸な表現で、外面的な虚飾を排した素朴さが持ち味。第3楽章は冴え冴えとした音色で、端正な仕上がり。リズム感が良いので、楽想の性格が的確に表出されるのが痛快です。遠近法も着実に表現。 |
第4楽章は音彩が美しく、その発色と音程の良さに耳を奪われます。ソロは癖の無い清澄な声と歌唱ですが、強音部になるとヴィブラートが目立ってくる印象。第5楽章は、歯切れの良いスタッカートと弾みの強いリズムが作品の本質を衝く表現。音色と合奏の作り方もチャーミングで、立体感のある音響構築も見事です。 |
第6楽章は巧みなアゴーギクで音楽を引き締めながら、情緒豊かに歌う演奏。片時も流れを弛緩させず、自然体で山場を形成する棒さばきはさすがという他ありません。大仰に盛り上げすぎないのも好印象。 |
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“一流オケと俊英指揮者の、驚くべき明晰さを誇る名演奏” |
ジェイムズ・レヴァイン指揮 シカゴ交響楽団・合唱団 |
グレン・エリン児童合唱団、マリリン・ホーン(S) |
(録音:1975年 レーベル:RCA) |
レヴァインは同オケやフィラ管、ロンドン響と未完のマーラー・シリーズを残しており、シカゴ響とは他に4番、7番を録音。このシリーズはいずれ劣らぬ名演揃いで、純音楽的アプローチの雄として一つの規範となったものと言えるのではないでしょうか。当コンビのRCA録音はやや刺々しいものもありますが、当盤は残響が豊富で奥行き感も深く、心地よいサウンド。 |
レヴァインの棒はダイナミックで全くためらいがなく、迷いを見せない音楽の進め方に、スコアの読みに対する自信のほどが窺われます。オケがおそろしく上手く、技術的な難所も多いこの曲のスコアを、これほどの精度で完璧に音にした演奏はあまりないかもしれません。スコアに対する新鮮で若々しい反応も、自然に対する感覚を音楽で表現した本作にふさわしい態度。 |
第1楽章は、冒頭のホルンが素晴らしく豊麗。フレーズの隈取りは明快で、溌剌としたリズムも感じさせます。主部は細かい音符の解像度が高く、アクセントの思い切りが良いので、ストレートな力感を直截に表現した若々しい表現と感じられます。再現部へ突入する際の加速とクレッシェンドも実にドラマティック。 |
錯綜した長大な構成を分かりやすく腑分けして聴かせる能力は驚異的で、ブーレーズでさえこれほどクリアに曲の構造を解析してはいないように思います。きっとこういう人でなければ、大きな歌劇場で数多くのオペラを長期間指揮する事などできなかったでしょう。決してドライな演奏ではなく、鋭敏に弾むリズムやしなやかな叙情性も十分あります。音色も明朗で、豪放な力感の開放も胸のすくように痛快。 |
第2楽章は遅めのテンポで、目の覚めるようにカラフル。イントロ部を始め、弦の艶やかな音色とロマンティックな歌心も素敵です。楽想の転換が鮮やかで、各場面の性格を巧みに掴んで魅力的に聴かせてゆくレヴァインの棒は求心力の強いもの。強弱のニュアンスやアーティキュレーションの描写も精妙で、細やかな配慮を窺わせます。アンサンブルも緻密。 |
第3楽章は落ち着いたテンポで、爽やかな叙情が溢れる演奏。潤いのある響きながら、フレーズが末尾までくっきりと隈取りされる快感もあります。鋭敏で弾みの強いリズム感も美点。場面転換の多い楽章ですが、こういう音楽の設計はレヴァインの面目躍如で、ポストホルンのソロでひんやりした空気にさっと変わる所や、トランペットのファンファーレで瞬時に視点が交替する遠近法など、いずれも見事という他ありません。 |
第4楽章はかなりのスロー・テンポを採り、柔らかな筆遣いで一貫。ソロもソフトな声質と発音ですが、たっぷりと水分を含んだ、ウェットで繊細なオケの響きが素敵。集中力が高く、音楽を弛緩させない強靭な棒はさすがですが、それはレヴァインがワーグナーでよく遅めのテンポを採択したり、歌曲のピアノ伴奏を務めたりもする総合的な音楽家である事を改めて思い起こさせます。 |
第5楽章はアタックを強調し、溌剌と弾むような調子。ホーンの歌唱もフレーズの扱いが優美です。声楽の扱いはさすがで、コーラスとオケの音量バランスや、アインザッツの揃え方も絶妙。最後のディミヌエンドも、実にチャーミングです。 |
第6楽章は非常に遅いテンポで、緊張度の高い表現。指揮者もオケもテンポ・キープのスキルを極限まで追求したような体裁で、こういうのは一流のオケじゃないと難しいかもしれません。艶やかな光沢を放つ弦、特にヴァイオリン・セクションは好演。弱音を維持したまま息の長いフレーズを作り出すという高等技術を用いながら、そこに清澄な叙情を乗せて歌うという超絶技巧。 |
木管がユニゾンでハーモニーを入れてくる辺りの、何とも言えない音色の配合と暖かな情感も秀逸。アゴーギクの操作もエモーショナルで、基調テンポを遅く設定しているが故に、感情の振幅がより大きく演出されます。クライマックスの気宇の大きさと高揚感もさすが。 |
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“目の覚めるように鮮烈でダイナミック。健全なマーラー解釈としては最高峰か” |
ズービン・メータ指揮 ロスアンジェルス・フィルハーモニック |
ロスアンジェルス・マスター・コラール、カリフォルニア少年合唱団 |
モーリーン・フォレスター(Ct) |
(録音:1978年 レーベル:デッカ) |
メータは後に、イスラエル・フィルと同曲を再録音しています。同コンビのマーラー録音は他に第5番と、フォレスター歌唱の歌曲集あり。細部まで目の覚めるように鮮やかなサウンド、朗々と歌いまくる各パート、ダイナミックでグラマラスな棒さばきと、70年代の録音ではレヴァイン盤と並んで強力なドライヴを聴かせる、明晰そのものの名演です。 |
第1楽章は冒頭ホルンの少しくぐもった音色が意外ですが、ティンパニの鮮烈な打ち込みは正にメータ。アゴーギクが相当に恣意的なのもユニークで、ほとんどフレーズ単位で感覚的に操作されている印象を受けます。ただ、各々のテンポに強い説得力があって、不思議と人工的には聴こえません。健康的な性格でユダヤ情緒はありませんが、スコアの演奏効果は最大限に生かされています。行進曲もよく弾む鋭敏なリズム感と、浮き立つような活気できびきびと進行。思い切りの良い金管の咆哮も痛快です。 |
第2楽章は遅めのテンポで官能的に歌い始めますが、響きも合奏も解像度が高く、あらゆるディティールが生気を帯びている感じ。発色の良さを維持しつつも、適度に潤いを含んだサウンドが素晴らしいです。アーティキュレーションは適切そのもので、優美で音楽的なルバートも堂に入っています。テンポを揺らしまくった後半部のロマンティックな歌心は聴き物。 |
第3楽章も、冴え冴えとしたカラフルな音彩と自在なテンポ感で各部を活写。マーラーの管弦楽法の革新性をきっちり捉えながら、デリケートな弱音や叙情性の発露も忘れません。第4楽章は速めのテンポで、意外に即物的な表現。フレーズも短く切る感じで、あまり神秘性はありません。ソロの声質は美しく、オケも含め豊かなニュアンスや起伏は十分。第5楽章は鋭敏なタッチで軽快に歌う合唱が見事。編成も大きくないようですが緊密に統率され、響きの立体感とフォルムが明快です。 |
第6楽章は、ウィーン仕込みの棒で仕上げた艶っぽい弦楽群が魅力的。やはりアーティキュレーションが繊細で、弱音の絞り方や管弦のバランスも非常に美しいです。音色こそ艶やかで明るいですが、響きの変転はデリケートに推移。テンポの振幅はかなり大きいものの、メータのアゴーギク誘導はどこまでも見事で、その安定感にやはり優秀な音楽家なんだなと感じます。山場をティンパニの強打で際立たせる手法もドラマティック。 |
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“オケの魅力を最大限に生かしつつ、意欲的な表現を随所に盛り込むアバド” |
クラウディオ・アバド指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 |
ウィーン国立歌劇場合唱団、ウィーン少年合唱団、ジェシー・ノーマン(A) |
(録音:1980年 レーベル:ドイツ・グラモフォン) |
複数オケによる、アバド最初のマーラー全集の一枚。ウィーン・フィルとはこの全集で他に4番、9&10番を録音していますが、どれもものすごい名演で、当盤も同曲屈指の素晴らしいディスクだと思います。出来れば全曲ウィーンで録音して欲しかったくらい。アバドは同曲をベルリン・フィルと再録音している他、ルツェルン音楽祭のライヴ映像もあります。 |
第1楽章は、かなり遅めのテンポ。静寂の中に立ち上がる弦の上昇音型は、一音一音に鋭いアクセントを付けて、明瞭かつ勢い良く演奏されます。静と動のコントラストが最大限に生かされた表現ですが、ティンパニや大太鼓のアタックは控えめでソフト。ゲルハルト・ヘッツェルのソロを筆頭に、旋律線は艶美そのもので、トロンボーンのグリッサンドの強調も含め、とかく曲線の目立つ造形となっています。 |
マーチ部分もゆっくりとした足取り。リズムは鋭角的で切れ味が良く、トゥッティの骨太なエネルギー感や、明晰でソリッドな響きはアバドらしい所。楽章全体を通じ、弦楽セクションを中心に速いパセージの勢いと精確さは特筆に値します。直接音を生々しく捉えた録音も優秀で、色彩感豊か。 |
第2楽章も、オケの音色と自発性に物を言わせつつ、常にクリアで冴え冴えとした音響をキープ。デリカシーに溢れた緻密な音作りが実に美しいです。第3楽章は、ダイナミクスとアゴーギクの見事なコントロール、鮮やかな色彩感覚、精緻に組み立てられた遠近法が聴きもの。アドルフ・ホラーによるポストホルンは、かなり遠目の距離感で演奏されています。 |
第4楽章は、ノーマンが独特の声質。特に中音域から低音の発音に特徴があり、前半部のフレーズでオケの和声に埋没しないのは、さすがという他ありません。ホルンの重奏も奥行き感が豊かで、伴奏部の微細な色合いの変化は繊細に表現されています。各パートのソロも柔らかく、潤いたっぷり。 |
第5楽章はリズムが冴え渡り、楽想に合わせたテンポの変化が適切そのもの。合唱の強弱のニュアンスが細かく意識的で、特に、他盤から一歩抜きん出た表現力を示すウィーン少年合唱団の卓越したパフォーマンスには舌を巻きます。そんな中でも、ノーマンの歌唱は特異な存在感あり。 |
第6楽章は全曲中の白眉。カラヤンが音符をレガートで連結するのとは対照的に、アバドは一音一音、明確にアクセントを付けて各音の独立性を強調し、大きなラインの中に音を埋没させません。響きの各層における艶やかさは、ウィーン・フィル以外には出せまいと思われるほど魅力的。フォルティッシモの響きも凄絶そのもので、気宇の大きさを示すコーダなど、壮麗を極めた輝かしいソノリティが圧倒的です。 |
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“オケの美音と超スロー・テンポで、スコアのディティールを隈無く描き尽くす異色盤” |
ロリン・マゼール指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 |
ウィーン国立歌劇場合唱団、ウィーン楽友協会女声合唱団、ウィーン少年合唱団 |
アグネス・バルツァ(Ms) |
(録音:1985年 レーベル:ソニー・クラシカル) |
全集録音の一枚で、同じバルツァ独唱の《亡き子をしのぶ歌》をカップリング。第1楽章から当全集共通の超スロー・テンポが炸裂。冒頭だけでなく、どの箇所も相当に遅いです。強弱の落差をあまり大きく付けない、マゼールとしては珍しく角の立たないソフトな手触りで、概して旋律線がまろやかに歌われる印象。フレーズを末尾までたっぷりと歌わせるためにルバートを多用する傾向もあります。木質の柔らかな響きながら、オーケストレーションの特異性は余す所なく描写。 |
それでもマゼールらしさとなると、細部をクローズアップしすぎてほとんど違う曲に聴こえるとか、速いパッセージの音符を全て明瞭に発音させるとか、クリアな響きでディティールをことごとく浮き彫りにするとか、枚挙に暇がありません。行進曲のパートも、付点音符の厳格な処理が正にマゼール節。それでオケの特色が相殺されたりしないのは美点で、ホルンとヴァイオリン・ソロの絡みなどは極上の聴きものです。テューバ、バス・トロンボーン、コントラバスなど、低音楽器がゆったり動く様にも独特の凄味あり。 |
第2楽章も非常に遅いテンポ。序奏に続いて弦が入ってくる所では、さらにルバートを掛けています。ウィーン・フィルの良さが最大限に発揮されるタイプの音楽でもあり、マゼールの棒も心ゆくまで旋律を歌わせる耽美的なスタイル。第3楽章は平均より遅いものの、リズミカルな躍動感を十分に表出。オケの典雅な音色を生かした独特の音世界で、弦の囁くようなトレモロなど細部の精緻な描写も圧倒的。多彩な曲想に敏感に対応するマゼールの特性も、マーラーではプラスに働くようです。 |
第4楽章は、たっぷりと水気を含んだ潤いのある響き。カップリング曲ではやや癖が気になるバルツァの声も、ここではオケの音によくブレンドしています。第5楽章はウィーン少年合唱団を始めコーラスがすこぶる美しく、卓越したリズム感に支えられた溌剌たるパフォーマンスが好印象。 |
フィナーレは悠々たるテンポ感の中、ポルタメントを盛り込んで美の世界に遊ぶ印象。弦楽器の、特にハイ・ポジションの艶やかさは特筆ものですが、アーティキュレーションが明瞭に描き分けられ、デッサンに一点の曇りもないのはマゼールらしい所。各声部の動きも立体的に描写されています。30分近い演奏時間を掛けながらも楽章全体は周到に設計され、クライマックスの壮大なスケール感は圧巻。 |
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“MTT初のマーラー録音ながら、大上段に構えてものものしい仕上がり” |
マイケル・ティルソン・トーマス指揮 ロンドン交響楽団・合唱団 |
サウスエンド少年合唱団、デイム・ジャネット・ベイカー(Ms) |
(録音:1987年 レーベル:ソニー・クラシカル) |
T・トーマス初のマーラー録音で、同じ独唱者のリュッケルト歌曲集をカップリング。当コンビは別のレーベルに7番を録音、その後T・トーマスはサンフランシスコ響と《大地の歌》《嘆きの歌》を含む全集録音を行っています。合唱指揮は、英国音楽のスペシャリストでもあったリチャード・ヒコックス。 |
第1楽章は、英国らしい壮麗なホルンの響きで開始。テンポが遅く、細部を隈無く照射する趣ですが、T・トーマス一流の大上段に構えた佇まいで、ややものものしい感じも受けます。研ぎ澄まされた鋭利なタッチや、思い切りの良い打楽器の強打をはじめ、全編に漲る逞しい力感もこの指揮者らしい所。レヴァイン盤の衣鉢を継ぐ痛快で明晰な表現とも言えますが、角が立って少し刺々しく、誇張もあってやや大仰なデッサン。とにかく対比を強調し、ダイナミクスや楽想の振幅を大きく取っています。 |
構成の見通しが良く、楽章全体をうまく把握する才気と構成力を示す一方、アンサンブルに乱れがあり、オケのドライヴが粗い印象も受けます。特に行進曲のエピソードにおけるトロンボーンのユニゾンは、大きくズレていて気になる所。良くも悪くもさっぱりしたニュートラルな音色で、こういう長大な音楽でこそ音色美に魅了されたい気もします。コーダは気宇壮大。 |
第2楽章も遅めのテンポながら、人工的な趣がぐっと減り、爽やかな歌心が横溢。明朗な色彩感と自然な呼吸で優美に歌っています。緻密なディティール、デリカシー溢れる音感もさすが。第3楽章も鮮やかな音彩や生気に富んだ表情が魅力的ですが、エッジを効かせてメリハリを強く打ち出す癖が顔を出し、ブラスの下降音型などかなり刺々しく感じられます。ホルンの重奏も唸りを上げるような趣で、少々耳障り。ポストホルンは柔らかなタッチで、遠近感も抜群です。精妙を極めた伴奏の弦楽合奏も見事。 |
第4楽章はベイカーの声質が独特。バランス的にも大きめに収録されていて、フォルテではかなり声を張る印象です。弱音はきっちり表現。オケも非常に精緻な合奏を展開しています。第5楽章は透明で鮮やか、明朗な音彩が美しく、少年合唱を中心に生き生きと弾むリズム、立体的で緻密な音響構築が素晴らしいです。 |
第6楽章も艶やかな音色で爽やかに歌い、スロー・テンポながら高い集中力で内的感興を高揚させています。色彩や感情の濃淡を大きく付けていて、かなりドラマティックな語り口。オケも共感を込めて熱っぽく歌っていますが、ソロやユニゾンはまあいいとして、トゥッティの響きにはさらなる魅力が欲しい所です。 |
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“アグレッシヴな旧盤とは対照的に、抑制を効かせて優美な洗練へと向かう” |
ズービン・メータ指揮 イスラエル・フィルハーモニ−管弦楽団 |
イスラエル・キブッツ合唱団、イスラエル国際合唱団“リナート”、アンカー少年合唱団 |
フローレンス・クィーヴァー(Ms) |
(録音:1992年 レーベル:ソニー・クラシカル) |
10番アダージョとカップリング。メータはかつてロス・フィルと同曲を録音していて、当盤は再録音になります。期間にすればたった14年後なのですが、旧盤と同じ指揮者が振っているとは思えないほど大人しく、洗練された演奏。 |
第1楽章は冒頭から落ち着いた感触で、なべてアタックがソフトに丸められている事が、アグレッシヴな旧盤とは対照的に聴こえる原因になっています。その分、音色は磨き上げられて美しく洗練された印象。フレーズによって細かくテンポを変化させる傾向はまだ残っていて、それが迫力を生みそうな局面も多々あるのですが、とにかく音を優美に着地させようという意識が強く、表現としては抑制に傾きがちです。コーダも活力こそ十分あるものの、どちらかというと美麗な音色を有線させる感じ。 |
第2楽章はスロー・テンポで、冒頭のオーボエから即興的な間合いで雄弁に歌うのがユニーク。続く各パートも含め、多国籍メンバーとはいえユダヤ民族のオケらしい粘性と情感がやっと聴こえてきます。各部のテンポにはあまり落差を付けない代わり、フレーズにルバートを多用して全体にねっとりと歌わせる傾向。第3楽章も遅めのテンポで情感が濃く、旋律線に独特の情緒が漂います。表現としてはさらに鋭敏なタッチや剛毅な力感があればと思いますが、潤いと暖かみのあるサウンドは魅力的。 |
第4楽章は速めのテンポでリアリスティックかつ明快に歌わせていて、歌手こそ違いますが旧盤の解釈を踏襲。ただしソロの声質と発音にはやや癖があります。第5楽章も快速テンポで軽快に弾むスタイルで、旧盤を継承。芯の強いクィーヴァーの歌唱が作品内容に合致しているかは微妙ですが、オケも合唱も見事に統率されていて、現世的で健全なマーラー像を提示します。 |
第6楽章は、定評のある弦の美しさをはじめ、オケの音色がプラスに働いた印象。メータの棒も抑制が効いている分リリカルなはかなさが増していて、この楽章に関しては旧盤とはまた異なる魅力的な仕上がりになったように思います。ただ、ティンパニのトレモロに加わるバス・トロンボーンを強調するなど、メータらしい豪放な力感も健在。気宇も大きく、コーダに至る高揚感に構成力の巧みさを窺わせます。 |
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“マーラーを古典音楽の延長線上に捉え、室内楽的な合奏を構築する小澤” |
小澤征爾指揮 ボストン交響楽団 |
タングルウッド祝祭合唱団、アメリカン・ボーイコラール |
ジェシー・ノーマン(Ct) |
(録音:1993年 レーベル:フィリップス) |
全集録音の一枚でライヴ収録。とにかく物々しさがなく、表現が音楽的というとおかしいですが、ポリフォニックな面を強調せず、ベートーヴェンやモーツァルトからの流れでマーラーの音楽を捉えているような、古典的様式感がこの全集の特徴だと思います。 |
第1楽章は肩の力を抜いて、さりげなく開始。決して大仰にならず、むしろ素っ気ないくらいですが、仕上げは丁寧で暖かみもあります。リズムが精確で、低弦の上昇音型を一音一音明瞭に発音させているのはこの指揮者らしい所。音色がマイルドで派手さが無く、ピッコロが模す鳥の鳴き声も、艶消しされたようにくすんでいます。強音部でも和声感を保ち、トランペットのトップノートがヴィブラートで朗々と歌われるのも、ボストン印。トロンボーンのグリッサンドは、意外に明瞭に実行されています。 |
第2楽章もクリアながら暖色系のみずみずしい音響で、清潔な表現。ポルタメントも控えめに加えていますが、音楽がべとついたり、下品なしなを作ったりする事がありません。デリケートなピアニッシモの効果はこの指揮者の得意とする所で、全体も弱音を基調に設計。精緻な色彩感覚も冴え渡り、生気溢れる各パートが室内楽的な一体感で合奏を構築しています。 |
第2楽章もクリアながら暖色系のみずみずしい音響で、清潔な表現。ポルタメントも控えめに加えていますが、音楽がべとついたり、下品なしなを作ったりする事がありません。デリケートなピアニッシモの効果はこの指揮者の得意とする所で、全体も弱音を基調に設計。精緻な色彩感覚も冴え渡り、生気溢れる各パートが室内楽的な一体感で合奏を構築しています。 |
第3楽章は柔らかな手触りで、自然体の佇まい。快適なテンポ感で推進力はありますが、極端なメリハリで聴き手を驚かすような意図は皆無です。テンポ運びが絶妙で、やはりアンサンブルが生き生きとしていて、インティメイトなムードがあるのはこのコンビならでは。刺激は追求しませんが、リズム面でのシャープさは十分確保されています。コーダも鮮やかな表現。 |
第4楽章は、必要以上に暗い音色は作りませんが、ノーマンの知的な歌唱、特にやや湿り気のあるほの暗い声質がオケのソフトな音色と親和性が高く、見事にマッチしています。オーボエの合いの手は、グリッサンドを完全に排除。しなやかな弦のカンタービレを支えるホルンの重奏は実に美しく、技術の高さと合奏のセンスを窺わせます。ノーマンの歌唱共々、はっとさせられるような弱音の挿入など、緻密なダイナミクスの表現が耳を惹き、集中力の高いパフォーマンスを展開。 |
第5楽章はかなり速めのテンポを取り、動感を強調。強弱のニュアンスは細かく付けられ、コーラスの遠近感もうまく演出されています。旋律線のなめらかな起伏の描き方はさすが。オケも各パートが見事なカンタービレを聴かせます。 |
第6楽章は、この指揮者に合った曲調。高い集中力で各部に雄弁な表情を付与し、隅々にまで血が通います。速めのテンポも効果的で、時に音楽を煽って熱っぽく歌う場面もあり。全体が有機的に構成され、クライマックスに向かって感興を高めてゆく手腕は、さすがライヴに定評のある小澤。ブラスのロングトーンも強靭で、艶やかさやゴージャスさにも事欠きません。コーダにおける、大小クレッシェンドの使い分けも見事。 |
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“並外れた美音と卓越した構成力で、複雑な大曲の芯を見事に捉えた超名演” |
エド・デ・ワールト指揮 オランダ放送フィルハーモニー管弦楽団 |
オランダ放送女声合唱団、エルブルク市少年合唱団 |
ラリッサ・ディアドゥコーヴァ(Ct) |
(録音:1995年 レーベル:RCA) |
ライヴ収録による全集録音の一枚。この全集はコンセルトヘボウ・ホールの響きを豊富に取り込んだ録音が印象的で、明朗で柔らかい、滋味豊かなオケのサウンドに魅せられます。日本盤ライナーを執筆している岩下眞好によれば、デ・ワールトは全集中で特にこの3番と7番の演奏を気に入っていたとの事ですが、当盤は確かに感動的な名演で、印象が散漫になりがちなこの大曲の芯を見事に捉えた感があります。 |
第1楽章は豊麗なホルンの響き、きびきびとしたリズム、引き締まったトゥッティの響きと、冒頭から早くも好感触。かなり遅めのテンポ設定にも関わらず、古典的な造形感覚で細部を肥大させず、全編をタイトに構成している点は高く評価されるべきです。音色は柔らかく潤いに満ち、しなやかな歌心も横溢しますが、逞しく峻烈なティンパニの強打など、筋肉質の力強いタッチも随所で効果を発揮。強弱やアーティキュレーションを精緻に処理しながら、自然な呼吸感とヒューマンな暖かみを失わないのが素晴らしいです。 |
第2楽章もふくよかでみずみずしい響きが美しく、情感豊かなカンタービレに耳を奪われます。それにしてもこの、ふるいつきたくなるような音色美といったらありません。この時点で、同ホールを本拠地としているコンセルトヘボウ管を越えていると感じる人も多いのではないでしょうか。曲想が変わる箇所も、鋭敏なリズムでぴりっとしたメリハリを付けていて、音楽が冗漫に流れる事がありません。 |
第3楽章は神経質に解釈せず、あくまで健全な性格。各部の表情を十全に描き分けながらも、人工的な対比を避け、有機的な繋がりと流動性を確保しています。敏感なアーティキュレーションと音感が全編を貫いているので、鮮烈さに欠ける事はなく、常に生彩に富んでいるのは美点。 |
第4楽章は輪郭が柔らかく、独特の世界観。ふっくらとした造形の中にも、精妙な音響を構築しているのはさすがです。ソロは時に危うい瞬間も感じさせるパフォーマンスで評価がきわどいですが、声は美しく、真摯な歌唱。第5楽章は繊細なタッチの合唱が好演で、それを長めの残響で包んだ録音も作品にマッチしています。ディアドゥコーヴァは、やはり良い部分と危うい部分が混在する感じ。弱音を生かしたコーダの表現はデリカシー満点です。 |
第6楽章は響きの作り方も勿論ですが、アゴーギクが素晴らしく、時にかなりテンポを煽って熱っぽい起伏を作る箇所もあり。味わい深いルバートで、長いフレーズにひと段落付ける呼吸も見事です。色彩の混合がまた秀逸で、弦に木管を加える際のさじ加減は絶美。丁寧なフレージングで切々と歌われるカンタービレは、聴いていて胸を締め付けられます。雄渾なフォルテイッシモと清澄なピアニッシモの対比も、自然体なのにすこぶる効果的。コーダに向けての高揚も熱っぽく、実にエモーショナルです。 |
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“一般的な縮尺を用いず、独自の視点でドラマを構築する孤高の指揮者シノーポリ” |
ジュゼッペ・シノーポリ指揮 シュトゥットガルト放送交響楽団・女声合唱団 |
シュトゥットガルト賛美歌児童合唱団、ケルン放送女声合唱団 |
ヴァルトラウト・マイヤー(A) |
(録音:1996年 レーベル:ヴァイトブリック) |
フィルハーモニア管と全集録音を行っているシノーポリのライヴ盤。同じ顔合わせの6番、10番のアダージョも発売された他、シノーポリにはシュターツカペレ・ドレスデンとの4番、9番のライヴ盤もあります。ロンドンでのセッション録音が両翼配置だったのに対し、当盤はシノーポリが実演の場合にいつも実施していたと言われる、一般的な配置で演奏。長い残響音を伴った録音にも、雰囲気があります。 |
第1楽章は意外にきびきびと開始するものの、トロンボーンの和音をぐっと引き延ばして極端にテンポを落とす辺り、“ルバート・コンダクター”と呼ばれたシノーポリの面目躍如。細部を拡大するようなデフォルメが随所にあり、一般的な縮尺を用いた演奏とは印象が相当に異なります。しかしそういう解釈が全てドラマに基づいているのがシノーポリ。例えその意図を聴き手が理解できなくとも、そこに強い説得力が生じているのは注目したい所です。 |
オケは優秀で合奏力にも長けているし、鮮やかな音彩も魅力的。ソロもみな上手いです。恣意的なアゴーギクを駆使するシノーポリの棒にも、一体感を保ってぴたりと付けている点は好感度大。打楽器を伴うクレッシェンドと連動した猛烈な加速など、鬼気迫るような迫力に圧倒されます。コーダのテンポ設計も全く見事で、指揮者の見識を示す好例。 |
第2楽章は誇張が目立たず、オケの艶やかな音色が前に出て美しいパフォーマンス。細部が精緻に仕上げられ、常に濃密な音響が構築されるのは現代音楽の指揮者らしいですが、しなやかなカンタービレには内的な感興の発露も乗せています。第3楽章は遅めのテンポで開始し、バレエ音楽を思わせる弾みの強いリズムがユニーク。発色が良く、テクスチュアを鮮やかに照射している点は、これがライヴ録音である事を考えると驚異的です。ポストホルンの遠近感も、実演ながら巧みに演出。 |
第4楽章はスロー・テンポをキープするオケと、凝集度の高いマイヤーの表現力が聴きもの。思わず引き込まれる一方、オペラで顕著な強めのヴィブラートは、ここでも少し耳に付きます。続く第5楽章もコーラスとソロ、オケの遠近法が注意深く表出されますが、やはりマイヤーの音程が気になる所。しかしテンポの振幅を大きく採った歌唱は、表現主義的でドラマティックです。ややオフ気味の合唱も、奥行きと立体感を美しく表現。 |
第6楽章は響きの解像度が高く、シェーンベルクの《浄夜》と地続きの世界観。緊張感のあるスロー・テンポを維持し、内圧の高い感情を旋律線にぐっと込めてゆく辺りはシノーポリらしいです。速度の落差は大きく、部分的にかなり焦燥感を煽る箇所もありますが、グランドデザインの描き方、殊にコーダの設計は素晴らしいセンス。オケも優秀で、音色、ダイナミクス共に多種多彩なグラデーションを聴かせ、一本調子に陥る瞬間がありません。潤いと柔らかさを失わない響きも秀逸。 |
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“明晰でカラフルな音響とタイトなフォルムで描く、ポストモダン風のポップなマーラー像” |
エサ=ペッカ・サロネン指揮 ロスアンジェルス・フィルハーモニック |
ロスアンジェルス・マスター・コラール女声合唱 |
カリフォルニア・ポーリスト少年聖歌隊、アンナ・ラーション(A) |
(録音:1997年 レーベル:ソニー・クラシカル) |
当コンビのマーラー録音は、他に4番と《大地の歌》がある他、サロネンはフィルハーモニア管と6、9番、スウェーデン放送響と10番アダージェット及び4、5番の抜粋を録音している。T・トーマスの代役でフィルハーモニア管を振って大成功を収め、指揮者としてのキャリアのスタートとなった曲だが、それから14年間もレコーディングされなかったのは意外。 |
どの楽章も速めのテンポでタイトに造形し、散漫になりがちなこの巨大な交響曲を明快かつ論理的に組み立てていて非凡。第1楽章は速めのテンポで各部を有機的に関連付けた、作曲家らしい鋭い視点が光る名演。極端なアクセントや感情的な表現を排除しつつ、知的な様式感覚とカラフルな音響で全てを明快に描き尽くしている。響きがしっとりとしていて、常に柔らかさを失わないのも魅力的。 |
行進曲はリズムが鋭敏で、軽快かつ躍動的に盛り上げていて爽快。ある種の激烈さ、凄絶さは全くないが、スケールは大きいし凄味のある力感にも欠けていない。ポストモダン風のポップなマーラー、という感じか。立体的な音響の構築も上手いが、音に艶と潤いがあるので無機的な所は皆無。加速を重ねて小気味好く追い込んでゆく展開部やコーダに、卓越した設計力が表れている。 |
第2楽章も暖色系のサウンドで美しく仕上げているが、田舎風の味わいはなく、洗練されていてモダン。テンポや楽想の変化も自然で、アクの強いルバートは一切聴かれない。それでいてアゴーギクには細やかな配慮があり、繊細な音感やオケの自発性も生かして全編が生彩に富む。 |
第3楽章も磨き抜かれた響きで緻密に構築。アーティキュレーションにも敏感に反応している。激しい曲想に対しても気負いがなく、刺々しいタッチは避けつつ、明快な筆致で色彩も鮮やか。細部まで鮮明に活写され、豊麗な響きがそれを包み込む。一方に爽やかな叙情も盛り込み、推進力の強いテンポで音楽の流れを停滞させないのも美点。加速して一気に駆け込むコーダも痛快。 |
第4楽章は冒頭の最弱音が聴こえないほどだが、広大な空間にラーションの美しい声が伸びる透明な音響は独特。速めのテンポでスムーズに流れ、率直明朗な表現を貫徹する。潤いを帯びたソロ・ヴァイオリンやホルンとの絡み合いも素敵。 |
第5楽章も非常に速いテンポで軽快。合唱や伴奏の木管も、付点音符を軽妙に弾ませている。アタックにも勢いと張りがあり、これはなかなか聴けない生彩に富んだコーラスである。ラーションの歌唱も美しく、音程が良い上にニュアンスが豊か。 |
第6楽章もテンポを落としすぎず、見通しの良い構成の中にみずみずしい歌を盛り込む。かなりテンポを煽る箇所もあるが、作為は目立たず、自然な呼吸で劇的な起伏を形成。明朗で暖かみのあるソノリティは素晴らしく、金管や木管が彩りを添える豊麗なサウンドは耳のごちそう。最弱音のピッコロなど、デリカシーの極致を聴かせる場面もある。 |
ヴァイオリンを対向配置にしたメリットか、透明度の高い響きはサロネンらしく明晰。クライマックスの高揚は圧巻だが、唯一、コーダでティンパニの連打に大太鼓を重ねるのは疑問。サロネンによれば「自分のアイデアではなく、欧州では昔から時々採用されている」そうだが、過剰な音響は何度聴いても違和感がある。 |
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“斬新な表現を盛り込みながら、優れた様式把握力を発揮する才人ラトル” |
サイモン・ラトル指揮 バーミンガム市交響楽団・女声合唱団・少年合唱団 |
ビルギット・レメルト(Ct) |
(録音:1997年 レーベル:EMIクラシックス) |
全集中の一枚で、サイモン・キーンリーサイドをソロに迎えた《少年の魔法の角笛》抜粋をカップリング。このコンビのマーラーはどれも見事な演奏で、当コンビのマーラー作品への適性は抜群と言える。特に、オケが一体となってアゴーギクを大きく揺らしながら、見事に着地するラインの描き方は圧巻。 |
第1楽章は冒頭から個性的な造形。ホルンもオケの合いの手も、ソステヌートのフレージングで統一し、間合いを遅らせてテンポに重みが加えてゆくという、すこぶるユニークな解釈。金管セクションは総じて柔らかいレガートで、威圧感がない。トロンボーン・ソロも上手く、ユニゾンに発展する呼吸も絶妙。ホルンとヴァイオリン、それぞれのソロの絡みも艶やかでデリカシー満点。テンポの設計が素晴らしいのも、当コンビのマーラー演奏の特徴である。 |
第2楽章も、冒頭のフレーズがスコアにない間合いを挟んで独創的。旋律線が瑞々しい美しさを湛えているのも魅力満点。ラトルの演奏が情緒的にドライにならないのは、このしなやかなカンタービレゆえだろう。テンポ変化の多い第3楽章も、確信に満ちた棒さばきで見事にドライヴ。オケもラトルの棒にぴったりと付けている。 |
第4楽章は、オーボエのグリッサンドをきっちり打ち出しているのが印象的。声楽陣も透明感のあるパフォーマンスが美しい。左右から声が飛び交うステレオの立体感を生かした録音も効果的。第5楽章は速めのテンポでぐいぐいと音楽を牽引する、求心力に満ちた表現。管弦の豊麗なソノリティも魅力で、内的感興の高まりにも欠けていない。文句なしの名演である。 |
この演奏が卓抜だと思うのは、全体の凝集度が高く、様式が明確に把握されているため、細部が肥大せず、いま何を演奏しているのかが常によく分かる点。これは、複雑で長大な作品において特に重要な事である。オケも鮮やかな色彩が印象的で、音色的にも技術的にも、ロンドンの各団体を凌駕していると思う。 |
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“肩の力を抜いて自然体の良さを前面に出した、アバドの再録音盤” |
クラウディオ・アバド指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 |
ロンドン交響合唱団、バーミンガム市交響少年合唱団 |
アンナ・ラーション(A) |
(録音:1999年 レーベル:ドイツ・グラモフォン) |
ロンドン、ロイヤル・フェスティヴァル・ホールでのライヴ録音で、サイモン・ハルジー率いるロンドン響とバーミンガム市響のコーラスが参加。アバドにはウィーン・フィルとの旧盤がある他、ルツェルン音楽祭管とも再録音。 |
第1楽章は、冒頭のホルンが柔らかくさりげない調子。ほとんど無作為な感じだが、その後も各ソロをはじめ、なめらかで流麗なフレージングが徹底されている。打楽器の強打など力強さは充分だが、肩の力が抜けた自然体の指揮は、旧盤との違いを明確に打ち出している。オケの美しい音色も魅力。 |
第2楽章のポルタメントやアゴーギクの操作を聴いていると、アバドの指揮も随分と柔軟性を増し、ひと頃の無骨で不器用な感じに較べて、ずっと自然な呼吸で流麗な音楽を作るようになった印象を受ける。かなり大きなルバートも挿入していて、アンサンブルも緻密で美しく、魅了される場面も多い。 |
第3楽章も、緩急のコントラストを極端に付けたメリハリの強い表現とは一線を画すが、各部の表情は豊かで、やはり自然体としかいいようがない。壮絶なホルンの重奏など迫力も十分で、ライヴながらポストホルンの遠近感もよく表現されている。木管の細かい動機や色彩感は誠に鮮烈。第4楽章はラーションの歌唱が抑制を効かせて美しく、合唱も清澄なパフォーマンスを聴かせる。 |
フィナーレは、精緻な音が織りなす素晴らしい音世界。旋律線にさほど粘り気がないので、必ずしも耽美的にはならないが、磨き抜かれた美しい音色がデリケートな音楽を紡いでゆく、細密画のようなアプローチである。どちらかというとクールな肌触りだが、金管を伴う強奏も豊麗なソノリティで、感情の表出よりオケの魅力を前面に出す。力強さや壮麗さには欠けておらず、ティンパニの峻烈な打撃が随所で効果を発揮している。 |
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“溜めやルバートを排した客観的スタイルながら、超絶的な精細さと感覚美も表出” |
ピエール・ブーレーズ指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 |
ウィーン楽友協会女声合唱団、ウィーン少年合唱団 |
アンネ・ゾフィー・フォン・オッター(Ms) |
(録音:2001年 レーベル:ドイツ・グラモフォン) |
様々なオケを使った全集録音から。曲によってはあまりに素っ気なく、小じんまりとまとまった演奏もある全集だが、当盤はブーレーズのコンセプトがプラスに働いた例。ダイナミクスやテンポこそあまり振幅を大きく取らないものの、深々とした空間に瞬発力の効いた衝撃音を響かせるスタイル、精妙を極めた音色とバランス、鋭利で弾力性のあるリズムが、シンプルな中にもある種の凄味を感じさせる。 |
第1楽章は大きく構えず、激烈だが小気味良いパンチを繰り出してくる動感が親しみやすくもある。細部は極めて緻密だが、オケの特質である伸びやかさや柔軟性も魅力的。控えめな艶を放つ管楽器の和声が、黒光りする色彩と地を這うような動物的粘性を感じさせるのも独特の迫力。響きの見通しが良いのはさすがだが、さほど速いテンポは採らず、大きな溜めやルバートを排する程度。歯切れの良いリズムが痛快で、加速の煽りこそないがどこまでも精確なコーダも凄い。 |
第2楽章は淡々としていて薄味だが、同傾向の第3楽章は弱音部のデリカシーが絶美。いくらブーレーズとはいえ、ウィーン・フィルという名器を得なければこの音世界は達成できなかっただろう。全編に渡って恐ろしく緻密なアンサンブルが続くが、音量とテンポのコントロールも超絶的な精度。これほどの表現を前にして、「ただ精確なだけでつまらない」と切り捨てる訳にはいかない。 |
第4楽章は、オッターの歌唱が美しい上に録音のバランスも良く、適度に明るく、軽快な声に聴こえるのが良い。伴奏はデジタル的な解像度。オーボエを同じ音量で繰り返さず、全て違う大きさで変化を付けている点は注目される。第5楽章もすこぶるデリケートな世界。いずれの楽章も速めのテンポを採るが、無駄を省いた結果演奏時間が短縮された感じで、駆け足には感じない。 |
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“旧盤の刺々しさや大仰な身振りが後退し、円熟味も加えた再録音ライヴ” |
マイケル・ティルソン・トーマス指揮 サンフランシスコ交響楽団・女声合唱団 |
サンフランシスコ少女合唱団、パシフィック少年合唱団 |
ミシェル・デヤング(Ms) |
(録音:2002年 レーベル:サンフランシスコ交響楽団) |
楽団自主レーベルによる全集ライヴ録音の一枚で、《亡き子をしのぶ歌》をカップリング。T・トーマスは過去にロンドン響とも同曲を録音している。細身のシェイプながら適度に潤いのあるサウンドで、旧盤のやや刺々しく硬質なタッチは和らいだ印象。 |
第1楽章はフレーズの間合いをたっぷりと取り、各部のテンポが総じて旧盤より遅くなっている。打楽器の強打も抑制され、構えは大きくした上で佇まいの自然さが増した感じ。恰幅が良く、末端まで養分が行き渡った響きは美点。トロンボーンのソロも音量を抑えつつ、深みのある柔らかな音色で、続くユニゾンもソステヌートのフレージングでまろやか。造形は端正で、フォルムが崩れないのはこの指揮者らしい。 |
第2楽章は各パートが潤いたっぷりに歌うものの、フレージングに粘性がなく、さっぱりとした歌い口。各部の音楽的対比はテンポ、表情共、あまり大きなメリハリは付けないが、後半部に大きく減速する箇所がある。弱音部の精細さはデリカシー満点。 |
第3楽章は旧盤の刺々しさが後退し、コントラストが自然になった。音色の諧調も豊かで、音の佇まいに余裕が感じられる。ポストホルンの遠近感も適度。第4楽章は和声の流れが美しく、まろやかで深い響きを構築。オーボエの合いの手には、一切グリッサンドをかけない。 |
第5楽章は独唱、合唱共に傑出した仕上がりとはいかないが、地元の団体で固めて気概を見せる。長めに伸ばしたフェルマータから、続いて突入するフィナーレが非常に美しい。旧盤と比べても弦の響きが格段に艶やかで、音楽にヒューマンな温もりがある。色調も豊かになり、息の長いフレーズを作って気宇壮大に山場を盛り上げる所、指揮者の円熟を如実に物語る。 |
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“冴え渡るモダンで美麗な音響センス。なぜか熱い涙が込み上げてくる希有な名演” |
リッカルド・シャイー指揮 ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団 |
プラハ・フィルハーモニー合唱団、オランダ児童合唱団 |
ペトラ・ラング(Ms) |
(録音:2003年 レーベル:デッカ) |
全集録音中の一枚で、マーラーが編曲したバッハの管弦楽組曲をカップリング。シャイーの凄さは正当に評価されていない気もするのですが、どのディスクを聴いても目の覚めるように新鮮な演奏ばかりで、彼のスコアの読みの深さにはいつも驚かされます。特にマーラーは、作品の神髄を衝く超ド級の名演揃い。当盤も例外ではありません。 |
第1楽章は冒頭から表情がものものしく、トゥッティの打ち込みも重みを加えてブレーキを掛けるのが面白い解釈です。ホルンの音色は豊麗そのもので、耳のごちそう。提示部は遅めのテンポで分析的にアプローチ。トランペットの上昇音型も精度が高く、あらゆる音符をぴかぴかに磨き上げて、鋭利に研ぎ澄ませたようなイメージです。 |
相当にシャープなタッチながら、刺々しくならないのはオケの美質。行進曲は浮き立つように弾むリズムが愉快です。木管による鳥の鳴き声の模倣は、鋭く際立たせる演奏が多い中、柔らかく優しい感触がユニーク。その一方で、再現部前に猛スピードで煽る辺りは凄い迫力です。精確なリズム処理のみならず、細部まで優美に歌い上げたカンタービレも魅力的。精細な描写力に長けたシャイーの棒さばきは、圧巻と言う他ありません。 |
第2楽章は、水のしたたるような美音で描かれたメルヘンの世界。思わずうっとりと陶酔させられますが、耽美性一辺倒ではなく、常に覚醒して冴え渡った意識も感じられます。情感は豊かですが、緻密な筆致のおかげでべとつかない爽やかさが維持される印象。 |
第3楽章も、鈴を振るようにチャーミングな音感とリズム感を駆使して、細密画のような世界を構築。どこまでも解像度の高い響きなのに、潤いがあってみずみずしいのが魅力です。通常は両立しえない事を達成している意義は大きいです。ポストホルンのエピソードも、高原の澄んだ大気を思わせる爽快な肌触りが素敵。軽快なリズム感は見事で、弱音のデリカシーや遠近法も最大限に生かされています。 |
第4楽章は、ラングのソロを含め極上の音世界。ふくよかなのに透明度の高いコンセルトヘボウ管の響きは、こういった曲調にぴったりです。第5楽章は、敏感な強弱とリズムを徹底させたコーラスが素晴らしく、深々と広い音場に様々なパースペクティヴで美音が飛び交う様は、正に天上の響き。まるで天使達が戯れる宗教画を眺める趣があります。作品の本質を衝いた名演というべきでしょう。 |
第6楽章は歌い出しからヒューマンな情感が溢れ、震えるように繊細な歌が聴き手の耳を惹き付けて離しません。音響はミリ単位で精緻に統制され、アゴーギクもデュナーミクも強靭な集中力でコントロールされているのに、自然な呼吸感と内から沸き上がる切々とした情感が胸を打つから不思議です。あまりに儚げで美しくて、なぜだか分からぬままに熱い涙が込み上げてくる、希有なパフォーマンス。 |
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“素朴ながら、作品に素晴らしい適性を示す指揮者とオーケストラ” |
ズデニェク・マーツァル指揮 チェコ・フィルハーモニー管弦楽団 |
プラハ・フィルハーモニー合唱団・児童合唱団 |
ビルギット・レンメルト(A) |
(録音:2005年 レーベル:オクタヴィア・レコーズ) |
マーラー・ツィクルスの一枚。正統派ながら、オケの特質を生かした好演です。SACD/CDのマルチ・チャンネル・ハイブリッド盤ですが、私はCD層を聴いてコメントを書いています。 |
第1楽章は素朴なタッチながら、明快な様式感と適度な力感が充溢する、聴き応えのある演奏。テンポにおいてもダイナミクスにおいても、あまり振幅を大きく取らないので、それが純朴な印象を与える面もあります。しかし、スコアに対する誠実な姿勢はディティールの新鮮な発見に繋がっていて、まるで音符が語りかけてくるような趣はなかなか得難い体験です。トロンボーンのソロも、実に味わい深いパフォーマンス。 |
第2楽章もきびきびとした棒さばきで、リズムやアクセントに若々しい覇気が漲ります。アンサンブルは水のしたたるような美音で構成され、繊細な弱音部にも訴えかけてくるようなデリカシーあり。唯一、第3楽章のポストホルンは音像がバランス的に大きく、やや近接しすぎかもしれません。聴感上は、オフ・ステージでの吹奏かどうか、ぎりぎりの所。 |
第4楽章も美しい響きで構成されていますが、独唱はヴィブラートがややきつめ。第5楽章は速めのテンポで、子供達の合唱にも奥行き感があります。独唱が入ってくる箇所も、ほぼイン・テンポ。当盤で特に素晴らしいのがフィナーレで、こうやって聴くとチェコ・フィルは、作曲者ゆかりのオケという歴史的事実を度外視しても、音色面ではマーラー演奏に最適な団体という気がします。 |
艶やかで、ヒューマンな暖かみに溢れた弦の歌、そして潤いに満ちて明朗な管楽セクションの響きは、他ではなかなか聴けないもの。マーカルの演奏設計も見事で、ティンパニの強打に豪放な力感を表し、息の長いフレーズを紡ぎながら内的高揚を高めてゆく手腕は、世評の高さに違わぬもの。最後のフェルマータはクレッシェンド。 |
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“優美なラインを描く柔和な表現ながら、鮮烈さや緊張感は不足気味” |
マリス・ヤンソンス指揮 ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団 |
オランダ放送合唱団、ブレダ・サクラメント少年合唱団、リジンモンド少年合唱団 |
ベルナルダ・フィンク(Ms) |
(録音:2010年 レーベル:RCO LIVE) |
マーラーの録音を継続的に行っているコンビの一枚。第1楽章は、豊麗な響きで余裕をもって開始。細部が生彩に富むのは美点ですが、打楽器の打ち込みや勇壮なブラスなど、雄渾な力感も示されています。テンポは遅めで、フレーズを末尾までたっぷりと歌わせる行き方。全体に洗練の度合いが強く、激情の迸りや壮絶なフォルティッシモは聴かれません。トロンボーン・ソロは深々とした音色で魅力的。 |
ヤンソンスはラインを大きく優美に描き出すのがうまく、ここでも息の長い旋律線や、大きな弧を描くデュナーミク、アゴーギクに才気を感じさせます。一方、テンポや音量の変化、場面間のコントラストは弱めてしまい、それよりもオーソドックスな音楽的説得力や合奏の美しさに注力する傾向。コーダに向かっての、きりりと引き締まった造形は見事です。 |
第2楽章はオケの音色美と、デリカシー溢れる棒さばきで聴かせる典雅な表現。柔らかなタッチでふんわりと歌われるカンタービレは美しいですが、楽想の変転にはあまりメリハリがありません。第3楽章は木管をはじめ、たっぷりと潤った可憐な音彩が素敵。金管のアクセントも豊かな残響に包まれ、角が立ちません。マスの響きが澄んでいて各パートの分離と粒立ちがよく、スコアが明晰に照射されています。ポストホルンの遠近感も申し分のないバランス。 |
第4楽章はフィンクの声に少し癖がありますが、ヴィブラートや発音に問題はなく、手堅い歌唱。遅すぎないテンポが音楽の停滞を防ぎ、オケも精妙な響きで極上の音の絨毯を敷いています。第5楽章は、女声合唱が勝ったバランスや、音価を長めにとったレガート気味の歌唱が目立ち、リズムの弾力は控えた印象。技術的にはともかく、カルメン辺りが似合いそうなフィンクの声(特に低音域)には少々違和感を覚えます。コーダの軽妙な合奏はチャーミング。 |
第6楽章も豊麗なサウンドに魅せられますが、ヤンソンスはアゴーギクを緩急巧みに操作し、音楽を弛緩させません。強弱の演出も緻密で、明晰な音響を保ちながら効果的なダイナミクスを描き出します。音色のセンスも抜群で、明朗さと暖かみを備えたオケのソノリティも作品にふさわしいもの。ふくらみのある艶やかなカンタービレは素晴らしいです。 |
感興の高まりも自然に表され、楽想が次々と急転する楽章よりも、こういった長いスパンで白熱してゆく曲想の方が、当コンビの資質に合っているように思います。コーダの盛り上がりとティンパニの強打も鮮烈ですが、同じオケによるシャイー盤の図抜けた非凡さを聴いた後では、どことなく中庸の表現に感じてしまうのも事実。 |
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“進境著しい指揮者とオケ。豪放な力感とロマンティックな柔らかさを高次元で両立” |
小泉和裕指揮 九州交響楽団・合唱団 |
RKB女声合唱団、多目的混声合唱団“Chor Solfa!” |
活水高等学校コーラス部、久留米児童合唱団、清水華澄(A) |
(録音:2019年 レーベル:フォンテック) |
小泉のマーラー録音は、同じオケとの第8番もあり。アクロス福岡シンフォニーホールでのライヴで、適度な残響と奥行き感のある美しい録音。同じ顔合わせでも06年のロシア管弦楽曲集(セッション収録)は浅い響きで鑑賞には厳しかったですが、録音技術の向上もあるのか、演奏も録音も当盤なら世界に誇れるレヴェルと言えます。 |
第1楽章はホルンも管弦楽もたっぷりとした響きで開始。小泉は若い頃から円熟味のある説得力の強い演奏をする指揮者でしたが、常に著しい進境を重ねていて、新録音が出る度に驚かされます。造形は端正なのですが、各部の表情や内的感興の豊かさに目を見張るものがあり、緊張度の高い加速や豪放な力感も迫力満点。オケも集中力が高く、柔らかくて深みのある音色、気力の充実した合奏で応え、13年前のロシア・アルバムと同じ団体とは思えないくらいです。気宇の大きなコーダの表現もまったく見事。 |
第2楽章はルバートといい、歌い回しといい、この指揮者のロマンティックな側面がよく出た演奏。造形は引き締まっているし、極めて精緻なのに、柔らかな手触りや落ち着いた佇まい、マーラーらしい芳醇かつ明朗な叙情があるのも素晴らしいです。第3楽章は各部の描き分けやディティール、遠近法も見事ですが、時折わずかに管弦のバランスが崩れ、スコアの仕掛けが露呈しそうになる瞬間があるのは残念。 |
第4楽章の独唱は、声質もヴィブラートも独特でやや癖あり。オン気味の録音は生々しく、ヴァイオリン・ソロとの絡みも臨場感満点にキャッチされていますが、曲想を考えるともっと秘めやかな音作りでもいい気はします。オーボエ・ソロもかなり奇異な箇所あり。日本のオケの弱点として、最弱音の追求に限界がある印象は残ります。第5楽章は速めのテンポで溌剌として、指揮者の美点が出た仕上がり。コーラスも美しく、曲のイメージに沿った好演ですが、独唱はやはり違和感があります。 |
第6楽章は速めのテンポでテンションが高く、瞬間瞬間に濃密なニュアンスを付与してゆく素晴らしい解釈。暖かみのある艶やかな音色も、曲想に相応しいです。緩急の設計も見事という他なく、熱っぽい加速も含めたアゴーギク、情動と音楽力学との巧みな連携を聴くにつけ、この指揮者は世界でもトップクラスの音楽家なのだなと自然に納得されます。コーダに向かう尋常ならざる高揚感と底力が凄みを帯びて、聴く者の胸を熱くする名演。 |
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