R・シュトラウス/交響詩《ドン・ファン》

概観

 大作が多いR・シュトラウスの交響詩の中で、《ティル・オイレンシュピーゲルの愉快な悪戯》と共に演奏時間の短い曲。なので当然、大作にカップリングされる事も多く、そのせいで所有ディスクがめちゃめちゃ溜まってしまう曲でもある。正直な所、これらの曲が好きかというと、聴くのがしんどい時も多いが、それは大音量で圧倒する箇所も多いR・シュトラウス作品に共通の傾向でもある(あくまで個人的な嗜好だけど)。

 いずれの作品も、フットワークが重かったり、大音響を垂れ流しにする演奏は、私は好きではない。軽快に、爽やかに演奏して欲しいものである。両作品とも録音している指揮者だと。意外に適性が片方に偏るケースもあるのが面白い所。両作品共に超の付く名演を残しているのは、やはりこの作曲家の権威だったケンペ。今の耳にも凄い演奏だ。

 意外な所ではストコフスキー盤、ハイティンク盤、ドラティ/デトロイト盤、マータ盤、マゼールのクリーヴランド、バイエルン両盤、ブロムシュテット/サンフランシスコ盤、シノーポリ盤、デ・ワールト/オランダ放送盤、ロト盤は驚くほどの名演だし、若い世代ではネルソンス新旧両盤、ドゥダメル盤も素晴らしい内容。

*紹介ディスク一覧

58年 クリュイタンス/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

58年 ドラティ/ミネアポリス交響楽団

59年 ストコフスキー/ニューヨーク・スタジアム管弦楽団

65年 メータ/ロスアンジェルス・フィルハーモニック

70年 ケンペ/シュターツカペレ・ドレスデン

72年 カラヤン/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

79年 マゼール/クリーヴランド管弦楽団

80年 ドラティ/デトロイト交響楽団

81年 マータ/ダラス交響楽団

82年 ハイティンク/アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団

83年 カラヤン/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

86年 テンシュテット/ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団

87年 ブロムシュテット/シュターツカペレ・ドレスデン

88年 ブロムシュテット/サンフランシスコ交響楽団

88年 ビシュコフ/ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団

89年 ドホナーニ/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

89年 ムーティ/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

90年 プレヴィン/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

88年 T・トーマス/ロンドン交響楽団

89年 デ・ワールト/ミネソタ管弦楽団

90年 マリナー/シュトゥットガルト放送交響楽団

91年 シノーポリ/シュターツカペレ・ドレスデン

91年 バレンボイム/シカゴ交響楽団

92年 アバド/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

93年 サヴァリッシュ/フィラデルフィア管弦楽団

94年 大野和士/東京フィルハーモニー交響楽団

95年 インバル/スイス・ロマンド管弦楽団

96年 マゼール/バイエルン放送交響楽団

01年 ジンマン/チューリッヒ・トーンハレ管弦楽団

05年 デ・ワールト/オランダ放送フィルハーモニー管弦楽団

05年 マゼール/ニューヨーク・フィルハーモニック

07年 ヤンソンス/ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団

08年 ルイージ/シュターツカペレ・ドレスデン  

11年 ネルソンス/バーミンガム市交響楽団

13年 ドゥダメル/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

14年 ロト/バーデン=バーデン・フライブルクSWR交響楽団 

14年 A・デイヴィス/メルボルン交響楽団

16年 ゲルギエフ/ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団

21年 ネルソンス/ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団  2/26 追加!

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“艶美で流線型のスタイルで聴かせる、クリュイタンスの珍しいシュトラウス録音”

アンドレ・クリュイタンス指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1958年  レーベル:EMIクラシックス)

 当コンビの数少ないレコーディングの一枚で、同じ作曲家の《火の欠乏》から愛の場面、スメタナの《わが祖国》から《モルダウ》《ボヘミアの森と平原より》をカップリングした異色盤です。古い音源ですが細部は鮮明で、オケの艶っぽい音彩もきちんと捉えた好録音。

 クリュイタンスのR・シュトラウス録音は珍しいですが、艶美なサウンドで流線型の造形を志向した彼らしいスタイル。冒頭部分は躍動感こそ十分ですが、シャープなエッジや勢いはあまりなく、やや弱腰にも聴こえます。叙情的な箇所での耽美的なカンタービレは魅力的。音色が多彩で華やかなのも、この指揮者らしいです。艶やかな弦の響きは素晴らしく、オケの美点もたっぷり。

 真ん中辺りの戦闘場面にはスピード感と力感もあり、後半部のスケールの大きさ、リズム処理の鋭敏さ、アゴーギクの巧みさなど、演出力に不足はありません。管楽セクションも軒並み好演していて、この時代のシュトラウス演奏としては、なかなか聴き応えのある表現だと思います。

“繊細かつシャープな指揮ぶりながら、オケの響きがやや派手”

アンタル・ドラティ指揮 ミネアポリス交響楽団

(録音:1958年  レーベル:マーキュリー)

 オリジナル・カップリング不明。当コンビは、《死と変容》や《ばらの騎士》(ドラティ自身の編曲版)も録音しており、その辺りと組み合わされていたものと思われます。音の条件は録音の新しい《ドン・ファン》の方が良い筈ですが、マーキュリーの音質は録音年に関係なくムラがあり、これもなぜか《ティル》の方が柔らかくて聴き易いです。鮮度が低い分、耳当たりがまろやかなのでしょうか。

 合奏の解像度が高く、細部まで明快。録音の傾向とも相まって、室内オケのように聴こえるほどのフットワークです。ただし音色がやや派手で、時に映画音楽みたいに聴こえるのは残念。ホルンだけは壮麗に響き、弦楽器の細かなテクスチュアやトライアングルの効果など、繊細なオーケストレーションが徹底して再現されているのは見事。ドラティの棒は闊達でスケールも大きく、精緻な描写力との対比もダイナミックです。

“ストコフスキー唯一のステレオ録音によるシュトラウス。驚異的な高音質に注目”

レオポルド・ストコフスキー指揮 ニューヨーク・スタジアム管弦楽団

(録音:1959年  レーベル:エヴェレスト)

 《ティル》《7つのヴェールの踊り》とカップリング。契約の関係で別名になっていますが、オケの実体はニューヨーク・フィルです。音質が鮮烈そのもの。これを聴いてマーキュリー・レーベルも取り入れたという35ミリ・マグネティック・テープの音は、生々しいまでの鮮度、抜けの良い高域から豊麗な中音域、パンチの効いたティンパニの低音まで、音域とダイナミック・レンジの広さが驚異的です。左右の定位と分離も見事で、みずみずしい弦の響きも爽快。80年代の録音と言われても、分からないかもしれません。

 ストコフスキーはなぜかR・シュトラウスにはほとんど食指を動かさなかった人で、ステレオ録音は当盤が唯一。SP時代にも、この曲と《死と変容》の録音が数種類あるだけです。しかし当盤の演奏は度肝を抜かれるほど素晴らしく、個人的に言えば、カラヤン以上にシュトラウス作品への適性があると感じるほど。残響を豊富に収録した録音も、雄大なスケール感にひと役買っています。

 冒頭から溌剌とした生気に満ち、スピード感溢れるヴィルトオーゾ風の合奏、粒立ちの良いティンパニ、軽妙極まるリズム感が聴き手を魅了。愛の場面はポルタメントを盛り込んだ艶っぽいカンタービレがロマンティックですが、響きが爽やかなのですこぶる気持ちが良いです。どこまでも雄弁で機敏な指揮ぶりにはただただ驚かされるばかりで、超越技巧を駆使しつつ快速で颯爽と駆け抜ける戦闘場面は正に圧巻。

“活力と熱気に溢れつつ、背後に成熟した音楽性も感じさせるメータ最初期の記録”

ズービン・メータ指揮 ロスアンジェルス・フィルハーモニック

(録音:1965年  レーベル:RCA)

 当コンビの珍しいRCA録音で、カップリングの《ローマの祭り》と共にメータが再録音していないレパートリー。古い録音にも関わらず音質は生々しく、やや低域が軽く感じられる他は文句なしの優秀録音です。CDではなく特殊メディアのみで発売されてきたアルバムで、2019年発売のメータ/ソニー、コロムビア・コンプリート・ボックスにやっと収録されましたが、単発では依然入手しにくい状況なのが残念。

 冒頭から若々しい活力に溢れ、鮮やかな音彩で元気一杯にパフォーマンスを繰り広げるのは当コンビらしい所。全体にテンションの高さを示す一方、背後に余裕と客観性も感じられたりして、例えば同時期のマゼールによく聴かれる極端な力こぶが入る事のない、成熟した音楽性も垣間見えます。愛の場面での艶やかな響きの作り方、熱っぽく濃密な官能性をまとった歌い回しなど、作品にふさわしい個性の発露も好ましいもの。

“これ以上の演奏は考えにくいほど、全ての面において素晴らしい決定盤”

ルドルフ・ケンペ指揮 シュターツカペレ・ドレスデン

(録音:1970年  レーベル:EMIクラシックス)

 定評のある管弦楽曲全集から。猛スピードで勢いがすさまじい一方、殺気立っている訳ではなく、余裕を感じさせます。愛の場面でぐっとテンポを落として歌い始める呼吸は正しく名人芸、各部の表情もすこぶる劇的で、語り口が誠に雄弁です。細部まで緻密ながらスケールが大きく、全体のバランスも考え抜かれているのはさすが。味わいが豊かでグラデーションが多彩なため、うるさく聴こえる箇所が全くありません。木管やヴァイオリン・ソロも、惚れ惚れするうまさ。

“造形はオーソドックス、饒舌な語り口ながら耳が疲れる問題も”

ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1972/73年  レーベル:ドイツ・グラモフォン)

 《ティル》《7つのヴェールの踊り》とカップリング。カラヤンお得意のレパートリーです。《ドン・ファン》は冒頭から高音偏重で、細身のシャープなサウンドですが、音色はいかにも派手。弦の主題提示に少し重みが加わる感じなど、アゴーギクが感情と結び付いたような、饒舌な語り口が特徴的です。合奏はよく統率され、細かい音符も精確。あくまでオーソドックスな造形で、ケレン味のあるような無いようなという、カラヤンの録音に共通するものです。特に面白味はないし、刺々しい音響に少し耳が疲れます。

“羽毛のように軽く、鋭敏。このコンビ一流の軽妙極まるパフォーマンス”

ロリン・マゼール指揮 クリーヴランド管弦楽団

(録音:1979年  レーベル:ソニー・クラシカル)

 《ティル》《死と変容》とカップリング。当コンビは《英雄の生涯》も録音している他、マゼールは両曲をバイエルン放送響と再録音しています。《英雄の生涯》もそうでしたが、いずれもテンポが速く、すこぶる軽妙闊達な表現。デッカの録音と少し違い、中低音やティンパニの量感を抑制したCBSの録音コンセプトも、その印象に拍車を掛けているようです。 

 冒頭から羽毛のように軽く、爽快なパフォーマンス。特に、ロングトーンに短いクレッシェンドをかけ、頂点のアクセントをスタッカートで切り上げるイントネーションは、ポップ系の音楽にも共通するもの。響きにあまり重みがなく、自在なフットワークがまるでモーツァルトのようですが、それを可能にしているが鉄壁の合奏力。他のオケでは、こうは行かなかったでしょう。

 造形はタイトに引き締まり、愛の場面もさっぱりとした味わい。表情は細かく付けているし、スケール感も十分あるのですが、なぜかコンパクトにまとまって聴こえるのが当コンビの面白さです。色彩もカラフルながら、どぎつい発色ではなくポップアート風。後半部は精細を極めたアンサンブルが圧巻で、快速で疾走しながらも、アインザッツが全く乱れません。それでいて、「激しく盛り上がった」という高揚感をちゃんと聴き手に与える所がさすがです。

“シャープかつ老練な棒さばきで聴き手を魅了するドラティ。オケも驚きの好演”

アンタル・ドラティ指揮 デトロイト交響楽団

(録音:1980年  レーベル:デッカ)

 《ティル》《死と変容》とのカップリング。当コンビのR・シュトラウス録音は《ツァラ》《マクベス》と、《ばらの騎士》《影のない女》組曲、歌劇《エジプトのヘレナ》全曲盤があります。活力に溢れながらも巧みな設計力を聴かせる熟練の棒さばきもさる事ながら、このコンビのディスクはいつも、オケの意外なうまさが驚異的。技術面の充実のみならず、豊潤なコクさえ感じさすソノリティと、各パートの艶やかな音色とニュアンス豊かな表現力は、メジャー・オケと肩を並べるほどの魅力を備えます。

 冒頭から全く力みがなく、余裕のある音量を保持。弾みの強い鋭利なリズムと、語尾をスタッカートで跳ね上げる洒落たフレージングで、全体を軽快に活写した造形は痛快無比と言えます。場面転換もうまく、叙情的な箇所の味わい深さ、旋律線の艶っぽさもさすが。老練な語り口を思わせる、実に聴かせ上手なシュトラウス解釈です。

“軽妙洒脱で冴え冴えとした語り口。描写力に富む雄弁なパフォーマンスを展開”

エドゥアルド・マータ指揮 ダラス交響楽団

(録音:1981年  レーベル:RCA)

 《7つのヴェールの踊り》《死と変容》とカップリング。当コンビは後年、プロ・アルテ・レーベルに《ティル》も録音しています。速めのテンポで颯爽としていて、冒頭から図抜けたリズム・センスを発揮します。無類に歯切れの良いスタッカート、全く重さを感じさせない軽妙洒脱なフットワーク、繊細でみずみずしい歌心など、実に惚れ惚れするようなパフォーマンス。

 愛の場面も流れを弛緩させず、山場に向かってどんどんテンポを煽るアゴーギクは絶妙で、常に熱っぽさと勢いを失わない点は、ドラマの内容にふさわしい姿勢と言えます。弱音部の速いパッセージにも鋭いエッジとスピード感が横溢し、意識が冴え冴えと覚醒している感じが鮮烈。

“覇気に溢れ、意外に器用な棒で熱っぽく盛り上げるハイティンク”

ベルナルト・ハイティンク指揮 アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団

(録音:1982年  レーベル:フィリップス)

 《ティル》《死と変容》とカップリング。ハイティンクはR・シュトラウスに消極的で、《ドン・ファン》《英雄の生涯》《ドン・キホーテ》以外は一度しか録音していないようですが、どれもが瞠目に値する名演なのは興味深い所です。当盤は、造形こそオーソドックスですが、内から沸き出てくるような豊かな感興、終始緊張感と優美さを保つ響きの素晴らしさなど、演奏の充実ぶりには目を見張るものがあります。ただ、ステレオ初期の録音で、響きがやや薄手なのは残念。

 冒頭からエネルギッシュで解像度が高く、ティンパニの強打が激烈。アタックの勢いとスピード感、動感の強さを露わにして、聴き手を一気に物語の世界へ引き込みます。精緻な音響とみずみずしい歌心を駆使し、終始生彩に富んだテンションの高いパフォーマンスを展開。オケも緊密な合奏に覇気が漲り、熱っぽい表現が連続します。濃密なニュアンスが込められたカンタービレも秀逸。あまり話題に上りませんが、同曲屈指の名演だと思います。

“やや派手で振幅の大きい表現は期待通り”

ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1983年  レーベル:ドイツ・グラモフォン)

 《ツァラ》とカップリング。デジタル初期の録音で、アナログよりやや音が薄く感じられる部分もありますが、ベルリン・フィルらしい音色と合奏力は十分に堪能できる演奏内容。ディティールの表現も精緻で、この時期のカラヤンとしてはコントロールが効いています。遅めのテンポで、リズムの軽快さにはやや不足するものの、打楽器のアクセントなど迫力満点。

 冒頭からとにかく派手ですが、リズムがややギクシャクするのと、点より面で押すような響きはやや力づくに感じられます。身振りが大きく、表現が芝居掛かるのは作品と相性良し。ソステヌートが目立つ箇所も多いですが、各パートがよく歌い、オケの超絶的な上手さもよく生かし繫げていって、テンションを維持したまま熱っぽく感情の起伏を作る手腕は、さすがという他ありません。

“遅めのテンポでたっぷりと歌わせながら、精緻な合奏も聴かせるスリリングな演奏”

クラウス・テンシュテット指揮 ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1986年  レーベル:EMIクラシックス)

 89年録音の《ツァラトゥストラはかく語りき》とカップリング。テンシュテットによるR・シュトラウス録音は稀少で、他に同じオケと《死と変容》、ルチア・ポップとの《4つの最後の歌》、BBCから出ているライヴの《町人貴族》くらいしかないかもしれません。

 艶やかに磨かれた旋律線が特色で、よく歌う演奏ながら、リズム感や緻密さも充分。活力もあり、巧みなアゴーギクとダイナミクスの妙は、さすがマーラーを得意にしている指揮者という感じです。全体にテンポは遅めですが、さらにぐっと腰を落として歌い込んだオーボエ・ソロの場面は秀逸。英国の団体だけあって、壮麗なホルンの響きが効果絶大です。スケルツォ風の箇所も、精緻なアンサンブルでスリリングに聴かせます。

“熱っぽく、テンションの高い棒で、輪郭をシャープに切り出すブロムシュテット”

ヘルベルト・ブロムシュテット指揮 シュターツカペレ・ドレスデン

(録音:1987年  レーベル:デンオン)

 《ツァラ》とカップリング。ブロムシュテットのR・シュトラウス録音は他に、同オケとの《英雄の生涯》《ティル》《メタモルフォーゼン》《死と変容》、サンフランシコ響との《ドン・ファン》再録音、アルプス交響曲、ゲヴァントハウス管との《ばらの騎士》組曲他の管弦楽曲集もあります。

 《速めのテンポでタイトに造形しながら、冒頭部分はややテヌート気味に音価を延ばすなど、独特のイントネーションも聴かれます。アゴーギクは情熱的で、リリカルなパートであっても、感情の高まりにリンクしてかなりテンポを煽る箇所もあり。終始テンションの高い表現ですが、輪郭はシャープに切り出されていて、そこがこの指揮者らしさと言えるでしょう。オケの充実した響きと合奏力も素晴らしく、美しい音色にも魅了されます。

“抜群の運動神経と卓越した描写力。手に汗握る、同曲屈指の超名演”

ヘルベルト・ブロムシュテット指揮 サンフランシスコ交響楽団

(録音:1988年  レーベル:デッカ)

 《アルプス交響曲》とカップリング。ブロムシュテットはシュターツカペレ・ドレスデンと数枚のR・シュトラウス・アルバムを録音しており、当曲も再録音に当たります。メインの《アルプス》も名盤として知られ、その陰に隠れがちですが、こちらも超の付くものすごい名演。同曲屈指の名盤といっても過言ではありません。音色が明朗で温度感があり、強奏部においても柔らかな手触りと暖かみを感じさせるソノリティは魅力的。

 冒頭から抜群の運動神経を示し、勢い良く弾むリズムと颯爽と駆け抜けるスピード感が痛快。これほど軽妙なフットワークで、合奏の一体感を維持した演奏は希有と言えるかもしれません。この速いテンポにぴたりと付けるオケも優秀ですが、ブロムシュテットのモダンで鋭敏な音楽性には改めて敬服します。細かい音符まで、高い精度で弾き切る各パートの技術力は正に一級。

 一方で流麗なフレージングによるしなやかなカンタービレがすこぶる魅力的で、叙情的な箇所でも手綱を緩めず、ドラマティックな緩急を濃密に適用。興奮体質のパワフルな棒が、ぐいぐいと音楽を牽引してゆく様は圧巻です。後半部もダイナミックな描写力に舌を巻きます。木管群のスピーディーな同音連打に乗せて、きびきびとしたリズムでブラスが鳴き交わす様は、手に汗握るほどスリリング。トゥッティの響きも充実し切っていて、無機的に響く箇所は皆無です。

“気力の漲る生き生きした合奏の一方、濃厚な色彩感やフレーズの粘性に個性を示す”

セミヨン・ビシュコフ指揮 ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団

(録音:1988年  レーベル:フィリップス)

 翌年にフィルハーモニア管を振って録音した《ツァラ》とカップリング。当顔合わせの録音は、他にチャイコフスキーの《悲愴》しかありません。ビシュコフのシュトラウス録音はケルンWDR響との《英雄の生涯》《メタモルフォーゼン》《アルプス交響曲》《ティル》、歌劇《エレクトラ》《ダフネ》の他、ウィーン・フィルとの《炉端のまどろみ》、歌劇《ばらの騎士》(映像)もあります。

 冒頭はやや豪腕で荒っぽく感じられますが、リズム処理など細部は解像度が高く、才気煥発。合奏もよく統率され、気力の漲る生き生きとしたパフォーマンスを展開します。音感も多彩でデリケートながら、色彩がやや濃いめで、旋律線に粘性があるのはビシュコフらしい所。オケがコンセルトヘボウなので、パリ管との録音ほど色合いがベタ塗りにはなりません。

 描写力はさすがですが、愛の場面は意外に淡白な性格。鋭敏なリズム感も、ビシュコフの美質です。壮麗なホルンの響きやまろやかなソノリティなど、オケの魅力はよく出ていて、美音のおかげで聴き疲れがしません。唯一、ヴィブラートで朗々と歌うトランペットはロシア風に聴こえるのですが、これは先入観ゆえでしょうか。

“感情面に耽溺せず、シャープで明快な造形い徹するドホナーニの透徹した眼差し”

クリストフ・フォン・ドホナーニ指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1989年  レーベル:デッカ)

 《メタモルフォーゼン》《死と変容》とカップリング。当コンビは《サロメ》全曲も録音している他、ドホナーニはクリーヴランド管と《ティル》《英雄の生涯》も録音しています。映像ではコヴェント・ガーデンでの《サロメ》、チューリッヒ歌劇場での《ナクソス島のアリアドネ》《エレクトラ》もあり。

 冒頭からシャープで、造形が明快。細部までよく統制され、このオケとしては管理が行き届いた合奏と感じられますが、これがクリーヴランド管であればよりエッジの効いた機動性の高いパフォーマンスになったのでは、と感じる箇所もあります。叙情的な場面を中心に、弦楽セクションなど音色の魅力は出ているものの、演奏全体に透徹した眼差しが感じられ、感情面に耽溺するような素振りは微塵も見せません。弱音のデリカシーを重視している点も、その印象を増長します。音響センスとリズム感も鋭敏。

“壮麗なサウンドを展開しつつも、面白味やケレンが不足気味”

リッカルド・ムーティ指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1989年  レーベル:フィリップス)

 《イタリアから》とカップリング。ムーティのR・シュトラウス録音は珍しく、他にはウィーン・フィルとの《町人貴族》があるくらいです。

 冒頭はやや腰が重く、細かい音符も解像度が低く聴こえますが、さすがはベルリン・フィル、有機的な響きで一体感の強い合奏を繰り広げます。リズムはエッジが効いてシャープで、そこに艶やかなカンタービレが対比される造形はムーティらしい所。格調高く、スケールの大きな表現ですが、あくまでも真面目な正攻法で、壮麗な音響に圧倒されながらも、どこかシュトラウス的なケレン味やハッタリとの乖離を感じるのは、私の先入観ゆえでしょうか。少なくとも、面白味のある演奏とは言えないように思います。

“極端に走らず、オケの美質を生かしてバランス良く表現”

アンドレ・プレヴィン指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1990年  レーベル:テラーク)

 《ドン・キホーテ》とカップリング。当コンビは《ティル》《死と変容》と組み合わせて80年代初頭にEMIへ同曲を録音していますが、確かそれが両者の初セッションでした。ウィーン・フィルらしい、しなやかで柔らかい手触りを感じさすサウンド。峻厳さはない一方で、耳当たりが良いのはプレヴィンの美点でもあります。中庸のテンポながら、生き生きとした棒さばきで各場面を活写。極端に走らず、程よいシャープネスと歌心をバランスよく配分しています。

 緻密なディティールと多彩な音色も耳を惹きますが、マスの響きはまろやかにブレンド。愛の場面のヴァイオリン・ソロなど、入ってきた途端にその音色に魅了されます。フォルティッシモへと向かうテンションの高さを常に維持している所は、曲調と構成を的確に掴んでいる証左と言えるでしょう。

“シャープで敏感なリズムを駆使する一方、都会的洗練が勝りすぎる面も”

マイケル・ティルソン・トーマス指揮 ロンドン交響楽団

(録音:1990年  レーベル:ソニー・クラシカル)

 《ツァラ》とカップリング。当コンビのR・シュトラウス録音は他に《ティル》《英雄の生涯》、ルチア・ポップをソロに迎えた歌曲集があり、T・トーマスにはウィーン交響楽団を振った《ウィーンの春》での《ティル》ライヴ映像も出ています。ただ、R・シュトラウスのけれん味にはあまり興味がないのか、マーラーの時ほど自在さが感じられないのは意外。

 勢いの良いテンポできびきびと開始し、シャープなエッジを効かせて造形。明晰な音響構築も徹底していて、細かい音符まで高解像度で描写しているのもさすがです。旋律線には粘性やポルタメントもあり、弦とクラリネットの優しい歌い回しも素敵ですが、ある種の芳香や滋味を求めるにはいささか清潔すぎて、人間の真実に目を背けて蓋をした表現に感じるかもしれません。

 その意味ではテンポの速い箇所の方が耳に心地よく、T・トーマスらしいよく弾むリズムや、敏感な強弱の描写、ポップス風にも聴こえる軽快でしなやかな歌い口など、生彩に富むディティールに耳を惹かれます。押し出しが強く壮麗なホルンはいかにも英国風で、全体に英米スタイルの都会的に洗練されたシュトラウスというイメージ。暑苦しくて疲れる演奏よりはいいのかも。 

“軽妙な棒さばきと鋭敏なリズム感、粘性を帯びた豊麗なカンタービレ”

エド・デ・ワールト指揮 ミネソタ管弦楽団

(録音:1989年  レーベル:ヴァージン・クラシックス)

 《ティル》《ドン・キホーテ》とカップリング。当コンビのR・シュトラウス録音はアルプス交響曲、家庭交響曲にそれぞれ管楽作品をカップリングしたアルバムもあり。デ・ワールトのシュトラウス録音は、オランダ放送フィルとの《ドン・ファン》再録音、《ツァラ》、《ばらの騎士》組曲、オランダ管楽アンサンブルとの作品集、ニュー・フィルハーモニア管&ホリガーとのオーボエ協奏曲、ロッテルダム・フィルとの歌劇《ばらの騎士》全曲もあります。

 冒頭からタッチがすこぶる軽く、スタッカートを鋭敏に切り上げたリズム感が絶妙。指揮者のスキルと統率力を端的に表しています。愛の場面は、柔らかく艶やかなカンタービレがわずかに粘性を帯びてうねり、音色と歌い回しで聴き手を魅了。音色の配合も巧みで、豊麗で艶っぽいソノリティは実に魅力的です。描写力やダイナミズムもあって、細かい事を言わなければオケも優秀。これは相当な名演です。

“俊敏で軽快な表現が魅力的ながら、やや派手な音色と響きの浅い録音は不満”

ネヴィル・マリナー指揮 シュトゥットガルト放送交響楽団

(録音:1990年  レーベル:カプリッチョ)

 《カプリッチョ》《ばらの騎士》組曲とカップリング。当コンビは、《ティル》《メタモルフォーゼン》も録音しています。豊富な残響とクリアな直接音のバランスが取れた録音ですが、低音域はやや軽い印象(大太鼓のパンチは効いています)。いずれの曲もシャープなエッジを効かせて明晰に造形されますが、フォルティッシモの響きはブラスを筆頭にやや派手。

 遅めのテンポで開始し、細かい音符を律儀に処理するのでやや腰が重く、折目正しく感じられます。しかし続く愛の場面では大胆なアゴーゴクで音楽を煽り、熱っぽい山場を作り上げるセンスもあり。旋律線にも、控えめながら艶かしい官能性を盛り込んでいます。オケが好演で、明るく鮮やかな音彩で生気に溢れた合奏を展開。響きがすっきりとしていて飽和しないのも、この指揮者の美点です。

“不安定に揺れるテンポ、官能的にうねるフレーズ。どこまでも個性的な蠱惑のドン・ファン”

ジュゼッペ・シノーポリ指揮 シュターツカペレ・ドレスデン

(録音:1991年  レーベル:ドイツ・グラモフォン) 

 《英雄の生涯》とカップリング。シノーポリのR・シュトラウス録音は非常に多く、同オケやニューヨーク・フィル、ウィーン・フィル、ベルリン・ドイツ・オペラ管と、オペラも含めて数多くのディスクが遺されています。長い残響をたっぷり取り込んだせいで、細部がマスキングされて不明瞭なのは問題ですが、艶やかな光沢を放つオケの魅力的なソノリティを存分に堪能できる録音。

 演奏時間になんと19分以上もかけている事からも分かる通り、通常の造形感覚を逸脱したシノーポリらしい表現。冒頭から残響過多で細かい音符が勢いに流されてしまう印象もありますが、それ以上に演奏自体が「歌」への傾倒を過剰に示し、多少合奏がぐらつこうとも、流れるようにフレーズを繋いでゆくのに驚かされます。それをオケの耽美的な音色が彩ってゆくので、いやが上にも濃密で官能的な音楽世界が現出。そうなると不安定に揺れるテンポも、ある種の酩酊感と等価に捉えざるを得ません。

 愛の場面もむせ返るようなロマンの香りが立ちこめ、大きなうねりの中に各パートが煌めく様が圧巻。熱に浮かされたようにそのまま突入してゆく後半のクライマックスでは、楽曲全体に散りばめられた三連音符のリズムがむしろ弾まず、息の長い大きなフレーズの中に収束されてゆくように感じます。指揮者が歌う声もマイクが拾うほどに高まった頃、虚無感の中にトランペットのアクセントが鋭く発せられるエンディングで終了。

“輝かしくしなやかなサウンド、熱っぽくドラマティックな語り口”

ダニエル・バレンボイム指揮 シカゴ交響楽団

(録音:1991年  レーベル:エラート)

 《ドン・キホーテ》とカップリング。当コンビは《ティル》《英雄の生涯》、アルプス交響曲と交響的幻想曲《影のない女》も録音している他、バレンボイムにはベルリン国立歌劇場での歌劇《エレクトラ》全曲盤、ソリストとして参加したメータ/ベルリン・フィルの《ブルレスケ》もありますが、彼としてはワーグナーに較べるとあまり取り上げない作曲家という印象です。

 輝かしいサウンドでシャープに開始。明るい音彩でしなやかさもあって、硬直しないのは美点です。オケの能力が高く、細部の緻密さは超一級レヴェル。やや粘り気のある、ねっとりとしたカンタービレは、このコンビのシュトラウスに共通する特徴です。瑞々しさもあり、濃口にはなりすぎません。ダイナミクスの設計もよく練られています。

“無骨で腰が重く、弾力性や瞬発力より持続的なパワーを重視する独特の表現”

クラウディオ・アバド指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1992年  レーベル:ソニー・クラシカル)

 毎年年末に行われる、ジルヴェスター・コンサートのライヴ盤から。《ティル》、アルゲリッチをソロに迎えた《ブルレスケ》、シュターデ、バトル、フレミングにアンドレアス・シュミットも加えた歌劇《ばらの騎士》第3幕の三重唱と、カップリングも大変に豪華です。R・シュトラウスはほとんど振らなかったアバドですが、この2曲と《死と変容》をロンドン響と80年代に録音しているのと、ウィーン国立歌劇場での歌劇《エレクトラ》の映像ソフトもあり。

 無骨でやや腰が重く、音の佇まいに力で押す傾向や不器用さがあるのは、いかにもアバドの芸風。それでもオケが上手いので細部は巧緻に補完され、安永徹のヴァイオリン・ソロも繊細で美しいパフォーマンスです。粗削りながらシャープなエッジと雄渾な力感が下支えするのも、ベルリン・フィルならでは。スリムに引き締まって透徹した響きは、アバドの個性でしょう。ヴィルトオーゾ風の速弾きと、内から突き上げるようなパワーを示すクライマックスが聴き所。

“一流オケの魅力を生かしつつ、練達の棒さばきで聴き手を魅了”

ヴォルフガング・サヴァリッシュ指揮 フィラデルフィア管弦楽団

(録音:1993年  レーベル:EMIクラシックス)

 サントリーホールにおける来日公演のライヴで、《ティル》《ツァラ》とカップリング。当コンビは《英雄の生涯》も録音している他、サヴァリッシュは協奏曲やオペラも含め、昔からかなりのR・シュトラウス録音があります。やや遠目の距離感で収録され、平素のこのオケより細身に引き締まったサウンドに聴こえますが、艶っぽく明朗な音色は維持。

 遅めのテンポで、たっぷりと音を延ばして自由な間合いを取った出だしが独特。早くも老練な語り口で聴き手を魅了します。流麗な造形感覚が支配的ですが、熱っぽい抑揚や張りのあるアタックが若々しく、生彩に富んだパフォーマンスを展開。よく弾む鋭敏なリズムも、全編に渡って大きな効果を挙げています。オケも明るくみずみずしい響きで好演。ホルンやトロンボーンを伴う豊麗なトーンも魅力的です。

“精度の高さとドラマティックな語り口で傑出する、ヨーロッパ・ツアーの記録”

大野和士指揮 東京フィルハーモニー交響楽団

(録音:1994年  レーベル:ブレイン・ミュージック)

 2枚発売された東フィルのヨーロッパ・ツアー・ライヴの1枚で、カップリングは《シェエラザード》。英・カーディフ、セント・デイヴィッド・ホールでの演奏です。ライヴながら音質が鮮明でダイナミックレンジも広く、ホールの音響も良好。同曲はこの2枚の中でも、ミュンヘンでの《三角帽子》と並んで、特に名演と呼びたいパフォーマンスです。

 演奏は精度が高く、緻密な合奏を生き生きと繰り広げる一方、しなやかにうねるカンタービレも魅力的。オケも健闘していますが、大野の雄弁な指揮ぶりは非凡という他ありません。とにかく造形が見事で、フレーズの解釈が素晴らしいです。よく弾む鋭敏なリズムも痛快そのもの。スケール感は壮大で、ドラマティックな語り口はさすがオペラ指揮者です。オケの機能性と表現力も驚異的。

“粘りの強い表現に凄味を感じさせるインバル。《ティル》は真面目すぎてユーモアに不足”

エリアフ・インバル指揮 スイス・ロマンド管弦楽団

(録音:1995年  レーベル:デンオン)

 《英雄の生涯》とカップリング。彼らのR・シュトラウス・シリーズは、《ティル》《ツァラ》《マクベス》、《家庭交響曲》《死と変容》《アルプス交響曲》もあり。当コンビのディスクは他に、バルトークの《オケコン》《弦チェレ》もあります。残響をたっぷり収録した豊麗なサウンドながら、直接音もうまくキャッチした録音。

 シャープな角が立った導入部と、艶やかな粘性を帯びた叙情的な部分の対比が、インバルらしい造形です。特に後者の粘りの強さと、巨大な波のようなうねりは圧倒的。ちょっと他では聴けない凄味を感じます。愛の場面はかなりのスロー・テンポで、濃密な表現。鋭敏な音感とリズム感が随所に盛り込まれているのは、この指揮者らしいです。

“名手揃いのオケと演出巧者を極めたマゼールの棒による、超絶的名演が誕生”

ロリン・マゼール指揮 バイエルン放送交響楽団

(録音:1995年  レーベル:RCA)

 《ツァラ》、《ばらの騎士》組曲とカップリング。当コンビのR・シュトラウス・シリーズは、《ティル》《英雄の生涯》、《家庭交響曲》《死と変容》、《アルプス交響曲》《マクベス》も出ています。マゼールの両曲録音は、過去にクリーヴランド管とのCBS盤もあり。

 冒頭から実に精確で解像度の高い表現。特に付点音符やリズムの刻みを、徹底して精緻に描写しているのがマゼールらしいです。柔軟性に富んだオケのパフォーマンスが素晴らしく、緻密な合奏力が見事。ソロが皆ニュアンス豊かに歌う一方、強音部でも硬直しない響きは魅力的です。

 常に意識が覚醒していて、クールな肌触りを感じさせるのはこの指揮者の特徴ですが、リズムはよく弾み、音楽を生き生きと躍動させています。ただ、録音の不備か残響がどこか人工的で、ヘッドフォンで聴くと不自然さが目立ちます。特にヴァイオリン・ソロは、アコースティックが奇妙。

“標題性を脇に置き、シンフォニックで純音楽的な表現を徹底”

デヴィッド・ジンマン指揮 チューリッヒ・トーンハレ管弦楽団

(録音:2001年  レーベル:アルテ・ノヴァ)

 管弦楽曲全集の1枚で、《ティル》《ツァラ》とカップリング。やや遠目の距離感で捉えられ、間接音も少々飽和気味に聴こえる録音のせいか、生気を欠くように感じられる箇所もなくはないですが、ジンマンらしいアーティキュレーションのこだわりが随所に聴かれる演奏です。音色には暖かみがあり、弦楽群など旋律線も艶やか。

 情感を煽る場面はほぼなく、客観性の勝ったスコア解釈はジンマンらしいですが、落ち着いたテンポでリズムとフレージングの明晰さを徹底的に追求する行き方は、このシリーズの特徴。描写的ではないですが、シンフォニックな構成感とがっつりした手応えが素晴らしいです。全体の設計も見事で、華美な色彩や高い音圧で押しまくる事がないので、聴いていて疲れない、稀少な《ドン・ファン》とも言えます。歌心も十分あり。

“ふわりと芳香の漂う語り口と艶やかな美音で、旧盤と大きく差を付けた再録音盤”

エド・デ・ワールト指揮 オランダ放送フィルハーモニー管弦楽団

(録音:2005年  レーベル:エクストン)

 《ツァラ》《ばらの騎士》組曲とカップリング。デ・ワールトはミネソタ管と同曲を含む数枚のシュトラウス・アルバムを録音していますが、再録音はこの曲のみです。当コンビの録音はどのレーベルが担当しても響きが艶美で、エクストンによる一連のレコーディングも例外ではありません。

 出だしはスタッカートを多用した明快な語調で、旧盤を踏襲。艶っぽい音色で聴き手を魅了する弦や管のカンタービレは当盤の長所で、かなりの名演だったミネソタ盤をも大きく引き離しています。叙情的な旋律が入ってくる辺りの、ふわりと芳香が漂うような語り口は作品の本質を衝くもので、名だたる名指揮者の演奏においてさえ、なかなか聴けないもの。付点音符の音型など、丁寧に処理しすぎて流れがぎくしゃくする面もありますが、全体としては豊麗で香り高い名演です。感興も豊か。

“スロー・テンポで芝居がかった間合いを盛り込むものの、旧盤の個性には一歩及ばず”

ロリン・マゼール指揮 ニューヨーク・フィルハーモニック

(録音:2005年  レーベル:ドイツ・グラモフォン)

 ネット配信のDGコンサート・シリーズから、珍しくメディア化された音源。《死と変容》《七つのヴェールの踊り》、《ばらの騎士》組曲をカップリングしています。マゼールの同曲は他にクリーヴランド管、バイエルン放送響とのセッション録音もあり。

 晩年のマゼールらしいスロー・テンポながら、解像度が高く、あらゆる音符を精確に再現する趣。音色が派手で、艶っぽい光沢を放つ拡散型の色彩の一方、欧州の名門オケのような、中身が詰まった有機的な響きは求められません。所々ルバートや間の取り方、節回し(特にフレーズの末尾)の芝居がかった調子はマゼール流ですが、テンポの速い箇所では、クリーヴランド盤の機能的で緊密な合奏や軽快なフットワークの方に、より際立った個性が発揮されているように思います。 

“素晴らしい表現が頻出する、細密画のように精緻な《ドン・ファン》”

マリス・ヤンソンス指揮 ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団 

(録音:2007年  レーベル:RCO LIVE)

 アルプス交響曲にカップリングされたライヴ盤。当コンビのR・シュトラウス録音は、レーベル発足時に《英雄の生涯》の音源、映像ソフトが出た他、《ティル》《ばらの騎士》組曲、アルプス交響曲も出ています。ヤンソンスはバイエルン放送響とも《ティル》《ツァラ》、《ばらの騎士》組曲、4つの最後の歌、オーボエ協奏曲(シュテファン・シーリ)を録音、こちらの《英雄の生涯》もやはり映像ソフトが出ています。

 リズムも音響も非常に精緻で、まるで細密画を見るような趣。張りのあるカンタービレは活力を感じさせ、細かい強弱の演出やアクセントの強調も効果的。ヴァイオリン・ソロの場面もデリケートな音彩が美しく、鋭利な合奏の中に流麗なトランペットが浮かび上がって来る所など、素晴らしい表現という他ありません。

“自然体の棒で、豊麗なドレスデン・サウンドをたっぷり聴かせる”

ファビオ・ルイージ指揮 シュターツカペレ・ドレスデン

(録音:2008年  レーベル:ソニー・クラシカル)

 R・シュトラウス録音シリーズの一環で、《イタリアから》《ドン・キホーテ》とカップリングされた2枚組から。他にアルプス交響曲と《4つの最後の歌》(ソロはハルテロス)、《英雄の生涯》《メタモルフォーゼン》も発売されました。ホールの自然な残響を取り込みながらも、ディティールをクリアに捉えた好録音です。

 演奏は無理のないテンポで、ゆったりとオケを歌わせる趣。録音のせいもあるのでしょうが、柔らかく艶っぽい音色が全面に出て、力みのない棒でしなやかにフレーズを紡いでゆくスタイルがすこぶる優美です。弱音部ではデリカシーが際立ち、各パートの艶美なパフォーマンスが聴き所。リズム感は悪くないものの、力で押す傾向がないため、刺々しいエッジや壮絶な迫力、緊張感はあまり感じられません。

 全方向に優れているケンペ盤と較べると、同じオケでもやや耽美姓に傾きすぎたきらいはありますが、独自の魅力がある演奏。特に和声感は豊かで、有機的に響く豊麗なフォルティッシモは素晴らしいです。

“精緻な解像度と芳醇な味わい。早熟な音楽性と聡明さを示す才人ネルソンス”

アンドリス・ネルソンス指揮 バーミンガム市交響楽団

(録音:2011年  レーベル:オルフェオ)

 《ティル》《ツァラ》の王道カップリングで、同時期にグラモフォンから出たドゥダメル盤と真っ向から対立する形となった。当コンビのR・シュトラウス・シリーズは他に、《英雄の生涯》と《ばらの騎士》組曲、アルプス交響曲と《7つのヴェールの踊り》もあり。ネルソンスは同曲を、後にゲヴァントハウス管と再録音している。ライヴではなく、残響も豊富なセッション収録。

 勢いが良く、若々しい活力を感じさせる出だしだが、細かい音符まですこぶる解像度が高く、しなやかで濃密なカンタービレを盛り込むなど、並の新進指揮者では到達しえない域に軽々と達しているのがネルソンスの早熟さ。ダイナミクスの設計が熟考されていて、フォルテの氾濫で聴き手を疲れさせる事がないのも、彼の聡明さの表れである。

 細部に至るまであらゆるフレーズが敏感に、生き生きと躍動しているのも清新な印象。音響は非常に緻密に構築されるが、同時に暖かみと柔らかさがあるのも魅力的。情感が豊かで、雄大なスケール感やホットな感興にも欠けていない。

“果敢にも凝集型の表現を採り、あらゆる点で若手指揮者の域を軽く超える凄さ”

グスターヴォ・ドゥダメル指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:2013年  レーベル:ドイツ・グラモフォン)

 グラモフォン・レーベル久々の《ティル》《ツァラ》新録音とカップリングで、契約アーティストの中でもイチ押しの若手筆頭株、ドゥダメルの起用となりました(ちなみにグラモフォンは、この後ネルソンスとも録音契約を結びました)。当顔合わせのレコーディングも、ライヴ収録の映像ソフトを除けばこれが初です。R・シュトラウスは、同じオケでもカラヤンで聴くとちょっとしんどい作曲家だったりしますが、ドゥダメルが作る響きはまろやかでバランスが良く、色彩的にも、情感面でも、スコア本来の美しさがにじみ出るような趣。

 ゆったりしたテンポとみずみずしく柔らかな響きで開始し、しなやかな音楽性でじっくりと描き込んだ名演。高性能のオケをドライヴする術を既に習得しているらしく、細部までコントロールが行き届かなかったり、合奏がもたつく箇所などは一切ありません。

 拡散型のサウンドを作らず、音の垂れ流しにならないのも美点で、こういう曲で凝集型の表現を採択できるのは(度胸の点でも能力の点でも)凄い事だと思います。オーボエやクラリネットのソロなど、抑制の効いた密やかな語り口もデリカシー満点。スケール感、滋味の豊かさ、テンポ運び、ダイナミクスの設計と曲の構成など、どこをとっても若手指揮者の域を軽く越えています。

“こんなR・シュトラウス聴いた事ない! 驚きが連続する圧巻のパフォーマンス”

フランソワ=グザヴィエ・ロト指揮 バーデン=バーデン・フライブルクSWR交響楽団

(録音:2014年  レーベル:SWRクラシック)

 全5枚に渡るR・シュトラウス・ツィクルスから、アルプス交響曲とカップリングされた1枚。フライブルクのコンツェルトハウスがメイン会場のシリーズですが、同曲はフランクフルトのアルテ・オーパーで収録。日本盤にはオケ旧名称の南西ドイツ放送響のままで記載されていますが、音楽雑誌やメーカーの提供情報などは正式に訳した表記に変わっている方が多いです。それにしても事情があるとはいえ、ドイツやフランスの放送オケは合併しすぎで、これではオケの個性も伝統もあったものじゃありません。

 しかし演奏は全く見事。このコンビのシュトラウスは、ブーレーズやT・トーマスなど名うての分析型指揮者でさえ達しえなかったほどの明晰さを提示していて圧巻です。もうこれが極致というか、R・シュトラウスにおいては、これ以上に正確で透明度の高い演奏を行う事は不可能かもしれません。4年間とはいえ、首席指揮者を務めた関係だけあって、オケと指揮者の一体感も驚異的なレヴェルです。

 あまりに凄いパフォーマンスなので、もはや作品ごとの解釈なんてどうでもよくなるほどですが、同曲も目の覚めるように新鮮な演奏。スコアの複雑なテクスチュアが、隈無く照射されたようなサウンドは衝撃的と言う他ありませんが、音響だけでなく、生彩に富んだ合奏やしなやかにうねる旋律線、柔らかくも驚異的な解像度で鳴らされるソノリティ、各場面を流麗に紡いでゆく軽妙洒脱な語り口など、「こんなR・シュトラウス、聴いた事ない!」という表現の連続です。

“流麗な旋律線、叙情の美しさと気品が際立つ、異色のR・シュトラウス演奏”

アンドルー・デイヴィス指揮 メルボルン交響楽団

(録音:2014年  レーベル:ABCクラシックス)

 ライヴ収録のR・シュトラウス・シリーズで、《ツァラ》と《4つの最後の歌》(ソロはエリン・ウォール)とカップリング。他に《ティル》、アルプス交響曲、《英雄の生涯》《インテルメッツォ》も出ています。A・デイヴィスは若い頃からシュトラウス作品を数多く録音していますが、この曲は初録音。長い残響を伴ったスケールの大きなサウンド・イメージは作品に合致する一方、直接音も鮮明で、マイナー級のオケ、レーベルながら、聴き応えは十分です。

 冒頭から勢いよりも流麗なラインを重視し、しなやかなフレーズの連結で聴かせる美しい表現。暖色系のサウンドで、柔らかいタッチが印象に残ります。希代の耳の良さを生かして美しく整ったソノリティを作り上げるのはこの指揮者らしいですが、ソロやユニゾンのバランス、音色の滑らかさも特筆もの。華美な音響で圧倒する事も多い競合盤の中では、ノーブルな気品と叙情の美しさで際立っています。どこか《ばらの騎士》の世界と地続きに感じられるのも不思議。

 決してリリカル一辺倒ではなく、愉しげに弾む切れの良いリズムや明朗な色彩、溌剌とした躍動感も充分です。ハッタリや誇張はありませんが、オペラが得意な指揮者だけあって、場面の描き分けや語り口にも独特の深い味わいあり。凝集された表現を採りながらも、内的な感興を高めてゆく巧緻な手腕に、巨匠の風格を漂わせます。

“粘り気のある歌と暖色系の音色、濃密な語り口で聴かせるゲルギエフ流シュトラウス”

ヴァレリー・ゲルギエフ指揮 ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:2016年  レーベル:ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団)

 楽団自主レーベルのライヴ音源シリーズの一枚で、《英雄の生涯》とカップリング。やや遠目の距離感で収録されていて、残響は豊富ですが、細部がややもどかしい感じもあります。冒頭は録音のせいか、遅めのテンポと相まってアンサンブルの精度が低い印象。ゲルギエフの指揮も、細部をきっちり揃えるよりムードや勢いを重視している面があります。

 愛のテーマは、超スロー・テンポで優しくそっと入ってくるのが、濃密な語り口を持ち味とするゲルギエフらしい所。暖色系の豊麗なソノリティや、ねっとりと粘性を帯びたカンタービレも彼の特質です。オケも優秀なテクニックと、艶っぽく潤いのある有機的なサウンドがさすが。息詰るような戦いの場面からひっそりとしたエンディングまで、振幅の大きい、ドラマティックな描写で聴かせます。

 2/23 追加!

“妖艶さと壮大なスケール感を増し、フレーズ重視にシフト・チェンジした再録音盤”

アンドリス・ネルソンス指揮 ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団

(録音:2021年  レーベル:ドイツ・グラモフォン)

 ゲヴァントハウス管とボストン響を振り分けた管弦楽団作品7枚組ボックスから。ネルソンスの同曲としては、バーミンガム市響との旧盤からわずか10年での再録音。両楽団共、意外と過去に録音がない曲が多く、この曲も同オケ初録音の様子。そうなると、ボストン響でも聴いてみたかった気がする。

 遅めのテンポでやや腰の重さもあるが、流麗でしなやかな歌い口が目立ち、フレーズ重視に大きくシフト・チェンジした印象。艶っぽく耳にまとわりつくようなカンタービレが、妖艶なまでの粘性を帯びる。語り口が実に濃密で、精緻な細部が全体へと有機的に結びつけられているのはさすが。ぐっと腰を落として繊細に歌う、愛の場面のしみじみとした情感も秀逸。後半は、気宇壮大な感興と雄渾な力感の開放が凄絶。

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