R・シュトラウス/交響詩《ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら》

概観

 大作が多いR・シュトラウスの交響詩の中で、《ドンファン》とともに特に演奏時間の短い曲。なので当然カップリングが多く、そのせいで所有ディスクがめちゃめちゃ溜まってしまう曲でもある。正直な所、これらの曲は聴くのがしんどい時も多いが、それは大音量で圧倒する箇所も多いR・シュトラウス作品に共通の傾向でもある(あくまで個人的な嗜好だけど)。

 いずれの作品も、フットワークが重かったり、大音響を垂れ流しにする演奏は、私は好きではない。軽快に、爽やかに演奏して欲しいものである。両作品とも録音している指揮者だと。意外に適性が片方に偏るケースもあるのが面白い所。両作品共に超の付く名演を残しているのは、やはりこの作曲家の権威だったケンペ。ドレスデンとベルリン、両盤共に今の耳にも凄い演奏である。

 意外な所ではストコフスキー盤、ハイティンク盤、ドラティ/デトロイト盤、マータ盤、マゼールのクリーヴランド、バイエルン両盤は驚くほどの名演だし、若い世代ではネルソンスの新旧両盤、ドゥダメル盤、ロト盤も素晴らしい内容。ミュンシュ盤、ドホナーニ盤、レヴァイン盤、デ・ワールト/ミネソタ盤もお薦め。

*紹介ディスク一覧

55年 ドラティ/ミネアポリス交響楽団

56年 マルケヴィッチ/フランス国立放送管弦楽団

58年 ケンペ/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団  

59年 ストコフスキー/ニューヨーク・スタジアム管弦楽団

60年 モントゥー/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

61年 ミュンシュ/ボストン交響楽団   

62年 アンチェル/チェコ・フィルハーモニー管弦楽団  

70年 ケンペ/シュターツカペレ・ドレスデン

73年 カラヤン/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

79年 マゼール/クリーヴランド管弦楽団

80年 ドラティ/デトロイト交響楽団

81年 秋山和慶/ヴァンクーバー交響楽団

82年 ハイティンク/アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団

86年 カラヤン/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

88年 I・フィッシャー/ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団

88年 マータ/ダラス交響楽団

88年 T・トーマス/ロンドン交響楽団

89年 ブロムシュテット/シュターツカペレ・ドレスデン

90年 マリナー/シュトゥットガルト放送交響楽団

90年 バレンボイム/シカゴ交響楽団

91年 ドホナーニ/クリーヴランド管弦楽団

91年 デ・ワールト/ミネソタ管弦楽団

92年 アバド/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

93年 サヴァリッシュ/フィラデルフィア管弦楽団

95年 ブーレーズ/シカゴ交響楽団

95年 インバル/スイス・ロマンド管弦楽団

96年 マゼール/バイエルン放送交響楽団

01年 ジンマン/チューリッヒ・トーンハレ管弦楽団

02年 レヴァイン/ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団

07年 ビシュコフ/ケルンWDR交響楽団

08年 ヤンソンス/ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団 

12年 ロト/バーデン=バーデン・フライブルクSWR交響楽団 

13年 ネルソンス/バーミンガム市交響楽団

13年 ドゥダメル/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

17年 A・デイヴィス/メルボルン交響楽団

17年 シャイー/ルツェルン祝祭管弦楽団 

19年 ネルソンス/ボストン交響楽団   

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“繊細かつシャープな指揮ぶりながら、オケの響きがやや派手”

アンタル・ドラティ指揮 ミネアポリス交響楽団

(録音:1955年  レーベル:マーキュリー)

 オリジナル・カップリング不明。当コンビは、《ドン・ファン》《死と変容》や《ばらの騎士》(ドラティ自身の編曲版)も録音しており、その辺りと組み合わされていたものと思われる。音の条件は録音の新しい《ドン・ファン》の方が良い筈だが、マーキュリーの音質は録音年に関係なくムラがあり、これもなぜか《ティル》の方が柔らかくて聴き易い。鮮度が低い分、耳当たりがまろやかなのだろうか。

 刺々しさや響きの安っぽさは気にならず、大太鼓やティンパニの低音も力強く、迫力がある。指揮は自在で生き生きとしていて、管楽器のトリルをデフォルメして長く延ばすなどユーモアもあり。鋭敏なリズム感が際立ち、随所でシャープな効果を発揮しているし、一気に加速するクライマックスもスリリング。オケも優秀で、明朗な音色で緻密な合奏を繰り広げている。

“精緻な細部から全体を構築。モノラルながら見事な、マルケヴィッチの珍しい録音”

イーゴリ・マルケヴィッチ指揮 フランス国立放送管弦楽団

(録音:1956年  レーベル:EMIクラシックス) *モノラル

 マルケヴィッチの珍しいR・シュトラウス録音で、オリジナル・カップリング不明。モノラルだが、ディティールまで鮮明に捉えられている。

 非常に速いテンポできりりと全体を引き締めているが、木管群の急速なパッセージを中心に、細部の彫琢を徹底。精緻に磨き上げられたテクスチュアから全体を構成してゆく演奏で、それでいてトゥッティの力強さや音楽の勢いにも欠けていない。オケの明るい音色も特徴的。出来ればステレオ録音で聴きたかった演奏。

“ディティールの鮮やかさとオケの超越技巧に、ドレスデン盤とは違う魅力あり”

ルドルフ・ケンペ指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1958年  レーベル:EMIクラシックス)

 当コンビの数少ないセッション録音で、《ドン・キホーテ》とカップリング。ケンペはシュターツカペレ・ドレスデンとR・シュトラウスの主要な管弦楽作品を録音しているが、ベルリン・フィルとのこの2曲はあまり存在が知られていないように思う。

 私が聴いたのはタワーレコードのデジタル・リマスター盤で、グリューネヴァルト教会の長い残響を取り込みながらも、生々しい直接音を捉えた鮮烈な音質。ただ、打楽器が入るトゥッティではさすがにこもるのと、バスドラムなど低音域は浅い。

 演奏は素晴らしく、ドレスデン盤とはまた違うオケのアグレッシヴな音色、パフォーマンスが聴けるが、ケンペのスコア解釈はすでに確立している様子。確信に溢れた指揮ぶりで、ひたすら真摯に音楽に没入する姿勢が凄い。内声の動きが目立つ録音のせいで、合奏がユニークなバランスに聴こえる箇所も随所にあるが、おかげで新しい発見が多いのは一興。それにしてもオケが巧い。音色やニュアンスではドレスデン盤に軍配が上がるものの、当盤のヴィルトオーゾぶりも聴きもの。

“ストコフスキー唯一のステレオ録音によるシュトラウス。驚異的な高音質に注目”

レオポルド・ストコフスキー指揮 ニューヨーク・スタジアム管弦楽団

(録音:1959年  レーベル:エヴェレスト)

 《ドン・ファン》《7つのヴェールの踊り》とカップリング。契約の関係で別名になっているが、オケの実体はニューヨーク・フィル。音質が鮮烈そのもの。これを聴いてマーキュリーも取り入れたという35ミリ・マグネティック・テープの音は、生々しいまでの鮮度、抜けの良い高域から豊麗な中音域、パンチの効いたティンパニの低音まで、音域とダイナミック・レンジの広さが驚異的。左右の定位と分離も見事で、みずみずしい弦の響きも爽快。80年代の録音と言われても分からないかもしれない。

 ストコフスキーはなぜかR・シュトラウスにはほとんど食指を動かさなかった人で、ステレオ録音は当盤が唯一。SP時代にも、この曲と《死と変容》の録音が数種類あるだけである。しかしこの演奏は度肝を抜かれるほど素晴らしく、個人的に言えば、カラヤン以上にシュトラウス作品への適性があると感じるほど。残響を豊富に収録した録音も、雄大なスケール感にひと役買っている。

 引き締まったテンポで一貫し、細部まで鋭敏で緻密な合奏を展開。語り口が巧妙で、生き生きとした躍動感が全体を支配する。オケは超一流の表現力、合奏力を示し、終始圧倒的なパフォーマンス。振幅の大きな表現ながら、随所に繊細なデリカシーを聴かせるのも、指揮者のイメージからすると意外。尖鋭なエッジや軽快で歯切れの良いリズム、豪放な力感も作品にふさわしいが、過剰な演出やアレンジを避けている点は好感が持てる。

“モントゥーの稀少なベルリン・フィル客演ライヴ。感度の良い棒で軽快に造形”

ピエール・モントゥー指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1960年  レーベル:テスタメント) *モノラル

 モントゥーとしては1933年以来の客演となった、ベルリン・フィルとの稀少なライヴ盤から。ベートーヴェンの《レオノーレ》序曲第3番、サン=サーンスのヴァイオリン協奏曲第3番(ソロはミシェル・シュヴァルベ)、ストラヴィンスキーの《ペトルーシュカ》をカップリングした2枚組。モントゥーのR・シュトラウス録音自体も非常に珍しいです。モノラルながら抜けが良く、鮮明で聴きやすい音質。

 モントゥーの棒は感度が良く、冒頭から速めのテンポできびきびと軽快。明るく華麗な音色と鋭敏なリズム感で生き生きと描写していて、オケの統率にも非凡な才覚を窺わせます。アタックが強く、切っ先の鋭い合奏はベルリン・フィルらしく、細部まで鮮明で手際の良いモントゥーの指揮ともうまくマッチ。この2枚組の中では、特にうまく行った演奏と感じられます。しなやかな旋律線は魅力的ですが、剛毅な力感にも欠けておらず、ダイナミックな迫力は十分。

 アゴーギクは巧妙で、微妙な加速でオケを煽る手腕は見事。描写力は鮮烈だし、自在な呼吸感も素晴らしく、なぜモントゥーがもっとR・シュトラウスを録音しなかったのか、不思議でなりません。軽妙洒脱なウィットも楽しく、クライマックスをスリリングに盛り上げながら、ユーモラスなルバートでひと息置く間合いも絶妙。

“凄絶な合奏力と卓越した棒さばきで、あらゆる細部を鮮やかに照射した名演”

シャルル・ミュンシュ指揮 ボストン交響楽団

(録音:1961年  レーベル:RCA)

 チャイコフスキーの《ロメオとジュリエット》(再録音の方)とカップリング。鮮明な音で、打楽器の低音まで音域とダイナミックレンジも広い上、残響も適度に収録されているので、思ったほど古臭くはありません。

 ミュンシュとしては意外に落ち着いたテンポを採る印象ですが、アタックに強い勢いがあり、アクセントの語気も強いため、全体に立ち上がりの速い、ダイナミックな演奏に聴こえます。色彩が鮮やかなのはこの指揮者らしいですが、強奏部における金管の凄絶な吹奏や、巧みなアゴーギクを駆使したドラマの表出、緊密極まる合奏など、優秀なスキルを持った名指揮者としてのミュンシュを聴く思い。オケも、シカゴ響に匹敵するパワフルなヴィルトオーゾ・オケの一面を全開にしています。

 リズム感が良いのもミュンシュの美点で、一糸乱れぬ機敏な合奏を構築している点は特筆もの。細かい音符の多い、技術的に困難な作品ですが、ディティールを隈無く照射し、あらゆる音符を鮮やかに音化する手腕は、さすが現代音楽も得意とした指揮者。締めくくりの軽妙さも、作品の本質を衝いています。

“端正なのにニュアンス豊富、目の覚めるような合奏を繰り広げるチェコ・フィル”

カレル・アンチェル指揮 チェコ・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1962年  レーベル:スプラフォン)

 オリジナル・カップリング不明。アンチェルのR・シュトラウス録音は非常に珍しいです。鮮明な直接音に美しいホールトーンが加わった、このコンビ、このレーベルらしい好録音。細部の解像度が非常に高い一方、強奏部でも混濁や歪みがあまり目立たないのが驚異的です。

 このコンビの演奏を聴くといつも思いますが、機能的にも音色面でも、当時のメジャー・オケの中でトップクラスのレヴェル。合奏が徹底して緊密に構築されていて、それだけなら一流オケは大抵クリアしていますが、チェコ・フィルはフレーズのニュアンスが実に多彩で、音の輪郭をくっきりと切り出しながら、潤いたっぷりに旋律線を歌い上げてゆく所が凄いです。

 ティンパニの硬質な打音がオケの身体能力を見事にキープしている一方、響きの発色が抜群によく、目の覚めるようなアンサンブルを展開。しかも、どんな短いフレーズもみずみずしく、しなやかに歌うのが芝らしいです。全体としては力みがなく淡々としているのに、細部が常に生彩に富み、聴く者に濃密な味わいを感じさせるのが彼らの演奏の不思議な所。後半のクライマックスも、鋭利な棒さばきが鮮烈そのもの。

“これ以上の演奏は考えにくいほど、全ての面において素晴らしい決定盤”

ルドルフ・ケンペ指揮 シュターツカペレ・ドレスデン

(録音:1970年  レーベル:EMIクラシックス)

 定評のある管弦楽曲全集から。速めのテンポで生気に溢れ、ホルン・ソロの味わいなど正にドレスデン。弦のトレモロなど強弱の反応が鋭敏で、フレージングが軽妙洒脱だし、鋭いアクセントと胸のすくように歯切れの良いリズムが冴え渡ります。ティンパニの鮮烈な打ち込みも痛快。

 アゴーギクとオケの統率力は一級で、ディティールも緻密そのもの。情感が豊かでユーモアに溢れ、巧みな演出力と語り口で一瞬たりとも音楽をダレさせません。正に情景が目に見えるような、ドラマティックな演奏を展開。クライマックスも迫力満点で、これ以上の演奏はちょっと考えにくいかも。

“エネルギッシュな生気にあふれ、演出力がプラスに働いた《ティル》”

ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1972/73年  レーベル:ドイツ・グラモフォン)

 《ドン・ファン》《7つのヴェールの踊り》とカップリング。カラヤンお得意のレパートリーらしく、演出巧者な演奏。ユーモラスな性格ではないですが、強弱の起伏や表情のメリハリが強く、変化に富んだ物語性が強く打ち出されます。テンポのコントロールも堂に入ったもので、ぎくしゃくした所は微塵もありません。

 オケが上手く、弦やトランペットの高音域など実に艶やかで華麗。打楽器の強打もパンチが効いて豪快で、トゥッティでブラスを強奏させる壮絶なサウンド作りの一方、弱音部のアンサンブルが緻密に構築されているのは美点です。テンポの速い箇所も推進力が強く、生気に溢れてエネルギッシュ。後年のカラヤンはしみじみした叙情に共感を強めましたが、この時期はまだ元気な曲調の方が向いている感じです。

“羽毛のように軽く、鋭敏。このコンビ一流の軽妙極まるパフォーマンス”

ロリン・マゼール指揮 クリーヴランド管弦楽団

(録音:1979年  レーベル:ソニー・クラシカル)

 《ドン・ファン》《死と変容》とカップリング。当コンビは《英雄の生涯》も録音している他、マゼールは両曲をバイエルン放送響と再録音しています。《英雄の生涯》もそうでしたが、いずれもテンポが速く、すこぶる軽妙闊達な表現。デッカの録音と少し違い、中低音やティンパニの量感を抑制したCBSの録音コンセプトも、その印象に拍車を掛けているようです。 

 ここまで軽妙なタッチで活写した演奏も希有で、マゼールの棒はスタイリッシュで機能主義的な性格を表しつつも、テンポのコントロールはお手の物。弦の旋律に悲歌のテイストが混ざってくる辺りは、ユーモラスなルバートを駆使して絶妙な語り口を聴かせます。木管のトリルをやや長めに引っ張るのも面白い演出。

 後半の山場は、マゼール一流の鋭敏なリズムを駆使したシャープな音楽作りが圧巻。空間を広く捉えた録音も見事で、音響的には壮大に盛り上がりますが、驚くべき事に、ついぞ最後まで腰が重くなる箇所はありません。フォルティッシモの響きも爽やかなまでに風通しが良く、これほどまでにスケール感と軽さを両立させた演奏は他にないかも。

“シャープかつ老練な棒さばきで聴き手を魅了するドラティ。オケも驚きの好演”

アンタル・ドラティ指揮 デトロイト交響楽団

(録音:1980年  レーベル:デッカ)

 《ドン・ファン》《死と変容》とのカップリング。当コンビのR・シュトラウス録音は《ツァラ》《マクベス》と、《ばらの騎士》《影のない女》組曲、歌劇《エジプトのヘレナ》全曲盤がある。活力に溢れながらも巧みな設計力を聴かせる熟練の棒もさる事ながら、このコンビのディスクはいつも、オケの意外なうまさに驚く。技術面の充実のみならず、豊潤なコクさえ感じさすソノリティ、各パートの艶やかな音色とニュアンス豊かな表現力は、メジャー・オケと肩を並べるほどの魅力を備える。

 演奏は肩の力が抜けて終始軽妙。シャープなリズム感と音感で生き生きと描き切っているが、安易なルバートを使わないせいか、どこか辛口で硬派な性格も感じさせる。処刑に向かう山場で、わずかにテンポを上げて切迫感を煽るアゴーギクも絶妙。

“艶っぽい歌い回しや自在なアゴーギクもあるものの、どこか生真面目な雰囲気”

秋山和慶指揮 ヴァンクーヴァー交響楽団

(録音:1981年  レーベル:オルフェウム・マスターズ)

 カナダ、ヴァンクーヴァーで絶大な人気を誇った秋山の録音を集めた4枚組セットに収録。オリジナルは、《7つのヴェールの踊り》《死と変容》とのカップリング。録音もホールの響きも悪くはないが、このコンビの音は70年代アナログ収録の方が豊麗で、デジタル盤はやや音が薄い。

 ホルンのソロは歌うような調子。秋山の棒は安定しているが、オケの能力ゆえか内声が突出して響きのバランスが破綻する箇所があり、逆説的だがそれが面白くもある。しなを作るように艶っぽいカンタービレは魅力的で、アゴーギクも自在だが、終始生真面目な雰囲気が払拭できないのは、指揮者の性格に起因するものか。音価を長めに取っているのも特徴。やや骨張った響きで、さらにふくよかさや腰の強さが欲しい所。

“覇気に溢れ、意外に器用な棒で熱っぽく盛り上げるハイティンク”

ベルナルト・ハイティンク指揮 アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団

(録音:1982年  レーベル:フィリップス)

 《ドン・ファン》《死と変容》とカップリング。ハイティンクはR・シュトラウスに消極的で、《ドン・ファン》《英雄の生涯》《ドン・キホーテ》以外は一度しか録音していないようですが、どれもが瞠目に値する名演なのは興味深い所です。当盤は、造形こそオーソドックスですが、内から沸き出てくるような豊かな感興、終始緊張感と優美さを保つ響きの素晴らしさなど、演奏の充実ぶりには目を見張るものがあります。ただ、ステレオ初期の録音で、響きがやや薄手なのは残念。

 語り口がすこぶる巧みな一方、それでいて溌剌としたリズムや逞しい力感に欠ける事もなく、音響的なにぎやかさは十分に表現されています。テンポがきりりと引き締まり、音の立ち上がりにスピード感があるのも好印象。ちょっとしたフレーズで部分的にテンポを落とし、末尾までたっぷりと歌わせるのも、語り口の老練さに拍車をかけています。

 生真面目さばかりが言われる指揮者ですが、意外に器用な棒さばきで上品なユーモアを表出している点も注目。鋭利なリズムを駆使したクライマックスも凄絶で、有機的な迫力を感じさせます。オケのパワフルな熱演も特筆したい所。

“やや派手で振幅の大きい表現は期待通り。旧盤同様に適性示す”

ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1986年  レーベル:ドイツ・グラモフォン)

 《ドン・キホーテ》とカップリング。デジタル初期の録音で、アナログよりやや音が薄く感じられる部分もありますが、ベルリン・フィルらしい音色と合奏力は十分に堪能できる演奏内容。ディティールの表現も精緻で、この時期のカラヤンとしてはコントロールが効いています。遅めのテンポで、リズムの軽快さにはやや不足するものの、打楽器のアクセントなど迫力満点。

 作風がカラヤンに合っているのか、テンポを揺らしたりと聴かせ上手な演奏。金管がやや強めに響く骨張ったサウンドも曲調にマッチしていますが、旋律線はしなやかで、さすがに老練な語り口を聴かせます。クライマックスの派手な盛り上げ方や、叙情的な箇所のしみじみとしたムードはカラヤン一流といった所。

“各場面をあまり掘り下げず、明瞭な語調でひと筆書きのように描写”

イヴァン・フィッシャー指揮 ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団

(録音:1988年  レーベル:RCO LIVE)

 楽団自主レーベルによるアンソロジー・セットに収録のライヴ音源。フィッシャーは同オケから信望が厚く、アンソロジー・セットにも度々登場しているし、ベートーヴェンの交響曲全集にも起用されるほどですが、R・シュトラウスの録音は珍しいです。

 速めのテンポで輪郭の明瞭な造形。ホルン・ソロはやや即興的な風情もありますが、全体的にはアクセントを鋭く付け、句読点をきっちりと打ってゆく語調です。個々の音はエッジが効いていますが、全体を流麗に描こうという意識が強く、各場面が突出したり、描写を掘り下げる姿勢があまりみられません。ダイナミックで歯切れも良いのですが、ひと筆書きのような勢いとタイトな造形性を感じさせる理由はそこにあるのかもしれません。

 味わいも淡白で、処刑の場面などクラリネットの効果はあまり生かさない印象。一方で、トロンボーンの凄絶な低音には、ユニゾンにも関わらず妙な倍音が重なって和音に聴こえたりもします。コーダも洒落たルバートで終ろうとしたようですが、アインザッツが揃わず尻すぼみ。拍手もまばらです。

“軽妙洒脱で冴え冴えとした語り口。描写力に富む雄弁なパフォーマンスを展開”

エドゥアルド・マータ指揮 ダラス交響楽団

(録音:1988年  レーベル:プロ・アルテ)

 コダーイの《ハーリ・ヤーノシュ》、プロコフィエフの《キージェ中尉》とカップリング。当コンビはRCAに、《ドン・ファン》《死と変容》、《サロメ》〜《7つのヴェールの踊り》も録音しています。マータの演奏は90年代に向けて尖鋭さを失ってゆく傾向がありますが、レーベルの移籍で音の録り方が変わった事もその一因です。遠目の距離感で収録されいてティンパニの腰が弱い一方、大太鼓の強打に妙な迫力があったりと、ややバランスの悪いサウンド。

 アンサンブルは生き生きと躍動し、軽妙なタッチが作品のユーモアを見事に表出。速めのテンポが全体を引き締めていますが、リズム感の鋭敏さは描写力に直結しています。強音部のソノリティは柔らかくリッチで、ヴァイオリン群の艶やかな歌も聴きもの。潤いたっぷりの豊麗な音色は耳に心地よく、エッジの効いたブラスのアクセントも刺々しく響きません。一気に加速してスポーティに活写するクライマックスは、マータ一流の鮮やかな棒さばき。まるで羽毛のように軽い《ティル》です。

“シャープな良さはあるものの、端正すぎて面白味に欠ける表現”

マイケル・ティルソン・トーマス指揮 ロンドン交響楽団

(録音:1988年  レーベル:ソニー・クラシカル)

 《英雄の生涯》とカップリング。当コンビのR・シュトラウス録音は他に《ツァラ》《ドン・ファン》、ルチア・ポップをソロに迎えた歌曲集があり、T・トーマスの《ティル》はウィーン交響楽団を振った《ウィーンの春》のライヴ映像も出ています。ただ、R・シュトラウスのけれん味にはあまり興味がないのか、マーラーの時ほど自在さが感じられないのは意外。

 ホルンによる主題提示の鋭敏な表現や、後半クライマックス部におけるシャープなリズム処理にT・トーマスらしさが遺憾なく発揮されていますが、基本的にはごくオーソドックスな解釈、端正な造形で、この指揮者ならもっと遊び心が欲しかった気がします。ただ、複雑なスコアで響きのクリアネスを保つスキルは健在。オケが意外に豊麗なサウンドで好演していますが、木管や弦にはやはり、今ひとつの深いコクを求めたい所です。テンポも一貫して落ち着いた足取り。

“熱っぽく、テンションの高い棒で、輪郭をシャープに切り出すブロムシュテット”

ヘルベルト・ブロムシュテット指揮 シュターツカペレ・ドレスデン

(録音:1989年  レーベル:デンオン)

 《メタモルフォーゼン》《死と変容》とカップリング。ブロムシュテットのR・シュトラウス録音は他に、同オケとの《ドン・ファン》《英雄の生涯》《ツァラ》、サンフランシコ響との《ドン・ファン》再録音、アルプス交響曲、ゲヴァントハウス管との《ばらの騎士》組曲他の管弦楽曲集もあります。

 シュターツカペレの《ティル》にはケンペの名盤もありますが、こちらはよりモダンな語り口でダイナミック。緻密な合奏と明快な造形感覚はさすがで、逞しいティンパニの強打も音楽を鮮烈に隈取ります。弦の素晴らしく美しい響きや、定評のあるホルンのソロも味わい深いもの。鋭敏なリズム感も、クライマックスで絶大な効果を発揮します。唯一、締めくくりがやや弱腰なのは尻すぼみ。

“俊敏で軽快な表現が魅力的ながら、やや派手な音色と響きの浅い録音は不満”

ネヴィル・マリナー指揮 シュトゥットガルト放送交響楽団

(録音:1990年  レーベル:カプリッチョ)

 87年録音の《メタモルフォーゼン》とカップリング。当コンビは《ドン・ファン》《カプリッチョ》《ばらの騎士》組曲も録音しています。豊富な残響とクリアな直接音のバランスが取れた録音ですが、低音域はやや軽い印象(大太鼓のパンチは効いています)。いずれの曲もシャープなエッジを効かせて明晰に造形されますが、フォルティッシモの響きはブラスを筆頭にやや派手。

 速めのテンポでスタートし、小気味の良い俊敏な合奏と足取りの軽さで作品の本質を衝く表現。ブラスのアクセントも歯切れが良く、立ち上がりがスピーディです。透徹した響きを維持し、強音部でも運動神経の良い合奏を繰り広げるのは実に痛快。録音のせいか響きが浅く、薄手に感じられるのはデメリットですが、良く言えば切り口が鋭利で、爽やかなサウンドです。歌い回しやアゴーギクに軽妙洒脱なセンスがあるのは、英国流のユーモアでしょうか。

“輝かしくしなやかなサウンド、熱っぽくドラマティックな語り口”

ダニエル・バレンボイム指揮 シカゴ交響楽団

(録音:1990年  レーベル:エラート)

 《英雄の生涯》とカップリング。当コンビは《ドン・ファン》《ドン・キホーテ》、アルプス交響曲と交響的幻想曲《影のない女》も録音している他、バレンボイムにはベルリン国立歌劇場での歌劇《エレクトラ》全曲盤、ソリストとして参加したメータ/ベルリン・フィルの《ブルレスケ》もありますが、彼としてはワーグナーに較べるとあまり取り上げない作曲家という印象です。

 ホルンの主題提示からやや前のめり気味で、演奏全体の熱っぽさを反映。明るい色彩感とよく磨かれた洗練度の高いソノリティ、高機能な合奏力を駆使して、各フレーズの表情を丁寧に作り込んでいます。メリハリや場面転換を強調せず、全体の流れに留意するのはこの指揮者らしい所。金管の音圧の高さもこのオケならではです。クライマックスを速めのテンポで煽る一方、たっぷりと間合いを採った処刑場面では、下品にならず格調の高さをキープ。

“柔らかめの筆致を用いながら、要所で鋭いアタックと瞬発力を聴かせる名演”

クリストフ・フォン・ドホナーニ指揮 クリーヴランド管弦楽団

(録音:1991年  レーベル:デッカ)

 《英雄の生涯》とカップリング。ドホナーニはウィーン・フィルと《メタモルフォーゼン》《ドン・ファン》《死と変容》、歌劇《サロメ》も録音しているほか、コヴェント・ガーデン歌劇場での《サロメ》、チューリッヒ歌劇場での《エレクトラ》《ナクソス島のアリアドネ》の映像ソフトもあります。

 タイトなテンポ設定と造形ながら、余裕のあるたたずまいと豊麗な響きでそう感じさせないのがこのコンビ。柔らかめの筆致を用いる一方、ここ一番の瞬発力とシャープなエッジが、音楽をきりりと引き締めています。語り口が雄弁で、描写力抜群の棒でストーリーを闊達に活写。打楽器や金管のダイナミックなアクセントもよく効いています。鮮やかに発色する各パートの響きが、あらゆるフレーズをくっきりと隈取る様は痛快。無類に歯切れの良いリズムを駆使したクライマックスも圧巻です。

“軽妙な棒さばきと鋭敏なリズム感で、作品のユーモアを上品に表出”

エド・デ・ワールト指揮 ミネソタ管弦楽団

(録音:1991年  レーベル:ヴァージン・クラシックス)

 《ドン・ファン》《ドン・キホーテ》とカップリング。当コンビのR・シュトラウス録音はアルプス交響曲、家庭交響曲にそれぞれ管楽作品をカップリングしたアルバムもあり。デ・ワールトのシュトラウス録音は、オランダ放送フィルとの《ドン・ファン》再録音、《ツァラ》、《ばらの騎士》組曲、オランダ管楽アンサンブルとの作品集、ニュー・フィルハーモニア管&ホリガーとのオーボエ協奏曲、ロッテルダム・フィルとの歌劇《ばらの騎士》全曲もあります。

 オケがよく統率され、軽妙なタッチと歯切れの良い鋭敏なリズムが痛快。作品が備えるユーモアをここまで上品に抽出した演奏も稀かもしれません。打楽器もパンチが効いて迫力がある一方、そこはかとない叙情も漂い、生彩に富んだ各フレーズが雄弁に歌われます。クライマックスもシャープなエッジを効かせながら、あくまでも軽快。オケも運動神経が良く、緻密なパフォーマンスで応えています。

“無骨で腰が重く、弾力性や瞬発力より持続的なパワーを重視する独特の表現”

クラウディオ・アバド指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1992年  レーベル:ソニー・クラシカル)

 毎年年末に行われる、ジルヴェスター・コンサートのライヴ盤から。《ドン・ファン》、アルゲリッチをソロに迎えた《ブルレスケ》、シュターデ、バトル、フレミングにアンドレアス・シュミットも加えた歌劇《ばらの騎士》第3幕の三重唱と、カップリングも大変に豪華です。R・シュトラウスはほとんど振らなかったアバドですが、この2曲と《死と変容》をロンドン響と80年代に録音しているのと、ウィーン国立歌劇場での歌劇《エレクトラ》の映像ソフトもあり。

 敏感ではないけれど、独特の抑揚やニュアンスが付け加えられた演奏。響きの組成、そのバランスの取り方自体が、そもそも他の人と違う感じは強く受けます。瞬発力より持続的なエネルギーを重視するアバドの行き方は、ロックなど他ジャンルの影響から来るビートの弾力性と折り合わず、むしろ一線を画すもの。クライマックスには機敏さもありますが、全体に構えが大きく、軽快でユーモラスな性格ではありません。

“一流オケの魅力を生かしつつ、練達の棒さばきで聴き手を魅了”

ヴォルフガング・サヴァリッシュ指揮 フィラデルフィア管弦楽団

(録音:1993年  レーベル:EMIクラシックス)

 サントリーホールにおける来日公演のライヴで、《ドン・ファン》《ツァラ》とカップリング。当コンビは《英雄の生涯》も録音している他、サヴァリッシュは協奏曲やオペラも含め、昔からかなりのR・シュトラウス録音があります。やや遠目の距離感で収録され、平素のこのオケより細身に引き締まったサウンドに聴こえますが、艶っぽく明朗な音色は維持。オケが巧いので、指揮者の才覚もヴィヴィッドに生かされます。

 細部まで丁寧なフレージングで、優美なタッチ。生気に溢れながらも、しっとりとした柔かな表現を展開しています。鮮烈な筆遣いやダイナミズム、起伏に富んだニュアンス、シャープなリズムなど、複雑な要素を曲調に合わせて配分できる手際はさすがベテラン。リッチな響きで余裕を持って展開されるクライマックスも、剛毅一辺倒の烈しい演奏とはひと味違う、ゴージャスな趣。ティル処刑後のくだりで、思わぬユーモアと叙情が漂うのも秀逸な解釈です。

“標題性にこだわらず、音自体の雄弁さで聴かせるブーレーズ一流のR・シュトラウス”

ピエール・ブーレーズ指揮 シカゴ交響楽団

(録音:1995年  レーベル:シカゴ交響楽団)

 楽団自主製作による、当コンビのライヴ録音2枚組から。R・シュトラウスにはあまり食指を示さない指揮者ですが、当コンビはグラモフォンに《ツァラ》もセッション録音しています。透明度が高く、明晰な響きはさすがブーレーズ。カラフルで立体的な音世界は作品にふさわしく、正確で鋭利なリズムと完璧な音響バランスで、R・シュトラウスのオーケストレーションを精緻に解き明かしてゆく趣です。

 ドラマ性やユーモアの表出には向いませんが、音そのものがおそろしく雄弁なため、細部が生き生きと語りかけてくるような雰囲気。ルバートは使っていてカンタービレもしなやかで、イン・テンポの機械的な指揮ではありません。後半のクライマックスやコーダでわずかに加速し、音楽をきりっと引き締めているのも効果的。処刑の場面もスリルと勢いがあり、手に汗握るような迫力です。パワフルで強靭なオケの合奏は圧巻。

“粘りの強い表現に凄味を感じさせるインバル。真面目すぎてユーモアに不足”

エリアフ・インバル指揮 スイス・ロマンド管弦楽団

(録音:1995年  レーベル:デンオン)

 《ツァラ》《マクベス》とカップリング。このR・シュトラウス・シリーズは、《ドン・ファン》《英雄の生涯》《家庭交響曲》《死と変容》《アルプス交響曲》もあり。当コンビのディスクは他に、バルトークの《オケコン》《弦チェレ》もあります。残響をたっぷり収録した豊麗なサウンドながら、直接音もうまくキャッチした録音。

 リズムの切れが良く、スケールも大きさもよく出ていてますが、全体に生真面目で、余分な力の抜けたユーモラスな風情を求めたい所。テンポのコントラストもそれほど大きくありません。裏拍にアクセントを付けたリズムはヨタヨタした感じが面白く、多彩な響きの表出や、ディティールの精緻な処理もさすが。ねっとり粘る旋律線に、切れ味抜群のスタッカートが切り込む様は痛快です。オケもよく統率され、パワフルな合奏を展開。

“名手揃いのオケと演出巧者を極めたマゼールの棒による、超絶的名演が誕生”

ロリン・マゼール指揮 バイエルン放送交響楽団

(録音:1996年  レーベル:RCA)

 《英雄の生涯》とカップリング。当コンビのR・シュトラウス・シリーズは、《ドン・ファン》《ツァラ》《ばらの騎士》組曲、《家庭交響曲》《死と変容》《アルプス交響曲》《マクベス》も出ています。マゼールの両曲録音は、過去にクリーヴランド管とのCBS盤もあり。

 放送局のスタジオで収録されていますが、音響条件は良好で、生演奏だとよく分かるこのオケの豊かな響きをよく捉えています。しかし何といっても演奏が、思わず快哉を叫びたくなる超弩級の名演! マゼールは名手を揃えたオケのポテンシャルを最大限に引き出し、旧盤に勝るとも劣らぬ機敏な反射神経で雄弁に造形。

 冒頭のホルンからそれはもう素晴らしいパフォーマンスで、どのパートも打てば響くように闊達な表現を展開しています。音の立ち上がりのスピード感、フットワークの軽さも卓抜で、固めのバチを使ったティンパニの強靭な打撃も効果的。テンポを恐るべき高い精度でコントロールし、自在にルバートを盛り込んだ練達の語り口に、まるで情景が目に浮かぶようです。艶っぽいポルタメントや、くどいほど引き延ばされた管のトリルもユーモラス。

“標題性を脇に置き、シンフォニックで純音楽的な表現を徹底”

デヴィッド・ジンマン指揮 チューリッヒ・トーンハレ管弦楽団

(録音:2001年  レーベル:アルテ・ノヴァ)

 管弦楽曲全集の1枚で、《ドン・ファン》《ツァラ》とカップリング。やや遠目の距離感で捉えられ、間接音も少々飽和気味に聴こえる録音のせいか、生気を欠くように感じられる箇所もなくはないですが、ジンマンらしいアーティキュレーションのこだわりが随所に聴かれる演奏です。音色には暖かみがあり、弦楽群など旋律線も艶やか。

 やや闊達さに欠ける印象で、曲の性格もあるのかどこかフォーカスが甘く、ジンマンのソフトなタッチと純音楽的なアプローチも、《ドン・ファン》ほどは成功していない感じを受けます。オケも優秀ではあるのですが、描写的なアプローチで勝負しない分、さらに緻密なアンサンブルと鋭い音感、コクのある深い響きを期待したい所。勿論、各フレーズの鮮やかな隈取りや旋律線のしなやかさ、リズムやアーティキュレーションの精確さには、ジンマンの美質を十二分に発揮。

“弾むような調子とハイ・テンションでやんちゃに暴れ回る、なかなか稀少なティル演奏”

ジェイムズ・レヴァイン指揮 ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:2002年  レーベル:オームス・クラシックス)

 同コンビのライヴ音源シリーズの一枚で、ウェーバーの歌劇《オベロン》序曲、モーツァルトの第39番、コープランドのクラリネット協奏曲とカップリング。コンサートをそのままパッケージしたような構成ですが、録音データを見るとばらばらの音源の組み合わせです。

 レヴァインのR・シュトラウス録音は意外に少なく、メトのオケとの《ドン・キホーテ》《死と変容》、ベルリン・フィルとの《変容》、オーボエ協奏曲(ソロはシュレンベルガー)、ウィーン・フィルとの《ナクソス島のアリアドネ》の他、ヴァルビューネのワーグナー&R・シュトラウス・ナイト、メトでの《エレクトラ》、《ばらの騎士》、《ナクソス》(2種類)の映像があるのみ。

 冒頭から速めのテンポでテンションが高く、エネルギー感と勢いに溢れた独特の表現。ドラマティックな語り口はオペラ指揮者らしいですが、豪快なアクセントや鮮やかな色彩感覚、鋭敏なリズム、多彩な描写力を駆使し、これだけやんちゃに暴れ回る演奏もあまりないかもしれません。旋律はしなやかに歌わせていて、叙情性も豊か。オケも生き生きと楽しげなパフォーマンスで、ファゴットの重奏まで歌うように弾んでいます。

“落ち着いたテンポで恰幅よく造形し、ソフィスティケイトされた語り口で一貫”

セミヨン・ビシュコフ指揮 ケルンWDR交響楽団

(録音:2007年  レーベル:プロフィル)

 《アルプス交響曲》とカップリング。当コンビは他に《英雄の生涯》《メタモルフォーゼン》《エレクトラ》《ダフネ》も録音している他、ビシュコフのR・シュトラウス録音にはコンセルトヘボウ管との《ドン・ファン》、フィルハーモニア管との《ツァラ》、ウィーン・フィルとの《ばらの騎士》(映像)、《炉端のまどろみ》もあります。

 カップリング曲の名演ぶりと比較するとやや大人しく感じられますが、各部の表情はよくこなれ、落ち着いたテンポで恰幅良く造形した好演。テンポもアーティキュレーションも極端なメリハリを避けているので、幾分ソフィスティケイトされた、上品な語り口に感じられます。色彩は豊かでリズムもシャープ、豪放な力感や優美なカンタービレも魅力的ですが、やや腰が重く、さらに軽快なフットワークがあればと思います。

“演出巧者で、上品なユーモアと生彩に富んだ《ティル》”

マリス・ヤンソンス指揮 ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団

(録音:2008年  レーベル:RCO LIVE)

 当コンビのライヴ音源を集めたボックス・セットに収録。彼らのR・シュトラウス録音は、レーベル発足時に《英雄の生涯》の音源、映像ソフトが出た他、《ドン・ファン》《ばらの騎士》組曲、アルプス交響曲も出ています。ヤンソンスはバイエルン放送響とも《ティル》《ツァラ》、《ばらの騎士》組曲、4つの最後の歌、オーボエ協奏曲(シュテファン・シーリ)を録音、こちらの《英雄の生涯》もやはり映像ソフトが出ています。

 ホルン・ソロの歌うような調子が素晴らしく、細部が生き生きと雄弁に描かれるのはこのコンビらしいです。オケの音色美も随所に魅力をふりまき、上品ながら生彩に富むパフォーマンス。テンポの変動は大きくありませんが、色彩感が豊かで、メリハリの効いた造形、ユーモアのセンスもあります。特にダイナミクスは段階が細かく、ちょっとしたアクセントも効果を発揮。処刑の場面も演出が巧みです。合奏にはやや乱れあり。

“正確で透明、軽妙なユーモアやエスプリにも事欠かない圧巻のパフォーマンス”

フランソワ=グザヴィエ・ロト指揮 バーデン=バーデン・フライブルクSWR交響楽団

(録音:2012年  レーベル:SWRクラシック)

 全5枚に渡るR・シュトラウス・ツィクルスから、《ドン・キホーテ》とカップリングされた1枚。日本盤にはオケ旧名称の南西ドイツ放送響のままで記載されていますが、音楽雑誌やメーカーの提供情報などは正式に訳した表記に変わっている方が多いです。それにしても事情があるとはいえ、ドイツやフランスの放送オケは合併しすぎで、これではオケの個性も伝統もあったものじゃありません。

 しかし演奏は全く見事。このコンビのシュトラウスは、ブーレーズやT・トーマスなど名うての分析型指揮者でさえ達しえなかったほどの明晰さを提示していて圧巻です。もうこれが極致というか、R・シュトラウスにおいては、これ以上に正確で透明度の高い演奏を行う事は不可能かもしれません。4年間とはいえ、首席指揮者を務めた関係だけあって、オケと指揮者の一体感も驚異的なレヴェルです。

 あまりに凄いパフォーマンスなので、もはや作品ごとの解釈なんてどうでもよくなるほどですが、同曲はフットワークの軽妙さや曲想の変化に対する機敏な反応が求められる作品で、このコンビの資質にもぴたりと合致しています。筋肉質の引き締まった響きを軸に、シャープな合奏を繰り広げる一方、ユーモアとエスプリも十分。艶やかかつ豊麗な、和声感たっぷりのソノリティも耳のごちそうです。極端なルバートは控え、きびきびとエンディングに突き進む前景姿勢も実に精悍。

“精緻な解像度と芳醇な味わい。早熟な音楽性と聡明さを示す才人ネルソンス”

アンドリス・ネルソンス指揮 バーミンガム市交響楽団

(録音:2013年  レーベル:オルフェオ)

 《ドン・ファン》《ツァラ》の王道カップリングで、同時期にグラモフォンから出たドゥダメル盤と真っ向から対立する形となった。当コンビのR・シュトラウス・シリーズは他に、《英雄の生涯》と《ばらの騎士》組曲、アルプス交響曲と《7つのヴェールの踊り》もあり。ネルソンスは同曲を後に、ボストン響と再録音している。ライヴではなく、残響も豊富なセッション収録。

 芳醇かつ潤いに満ちた響きで、デリケートな弱音を生かし、鋭敏で軽妙なパフォーマンスを展開。アゴーギクの操作や各部の表情付け、場面転換の手腕は全く見事という他ない。各パートの美感や自発的な表現、緊密を極めたアンサンブルも聴き所。細かな音の動きや響きのレイヤーを明瞭に聴かせる、透明度の高いサウンドも効果を上げている。ティンパニや大太鼓のアクセントはパンチが効いてダイナミックだが、物量では圧倒せず、あくまで精緻な合奏で構成していて爽やか。

“果敢にも凝集型の表現を採り、あらゆる点で若手指揮者の域を軽く超える凄さ”

グスターヴォ・ドゥダメル指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:2013年  レーベル:ドイツ・グラモフォン)

 グラモフォン・レーベル久々の《ドン・ファン》《ツァラ》新録音とカップリングで、契約アーティストの中でもイチ押しの若手筆頭株、ドゥダメルの起用となりました(ちなみにグラモフォンは、この後ネルソンスとも録音契約を結びました)。当顔合わせのレコーディングも、ライヴ収録の映像ソフトを除けばこれが初です。同じオケでもカラヤンで聴くとちょっとしんどい作曲家だったりしますが、ドゥダメルが作る響きはまろやかでバランスが良く、色彩的にも、情感面でも、スコア本来の美しさがにじみ出るような趣。

 落ち着いた表情で重心が低く、発音に凄味があります。ディティールは精緻で、驚異的な解像度。カラヤンの華美な表現は脇に置くとして、逆に下手な指揮者でも地味すぎて面白みが出ませんが、当盤は鮮やかな場面転換と雄弁な語り口で聴かせる名演。ティンパニのアクセントが効いていて、軽快さや歯切れ良さもある一方、旋律の歌い回しや間合いの取り方も上手く、演出過剰にならない趣味の良さが好ましいです。

“流麗な旋律線、叙情の美しさと気品が際立つ、異色のR・シュトラウス演奏”

アンドルー・デイヴィス指揮 メルボルン交響楽団

(録音:2017年  レーベル:ABCクラシックス)

 ライヴ収録のR・シュトラウス・シリーズからで、アルプス交響曲とカップリング。他に《ドン・ファン》《ツァラ》《4つの最後の歌》(ソロはエリン・ウォール)、《英雄の生涯》《インテルメッツォ》も出ています。A・デイヴィスは若い頃からシュトラウス作品を数多く録音していますが、この2曲は初録音。長い残響を伴ったスケールの大きなサウンド・イメージは作品に合致する一方、直接音も鮮明で、マイナー級のオケ、レーベルながら、聴き応えは十分です。

 少し刺激不足で、やや合奏がもたつく箇所もありますが、のんびりした語り口には老練な味わいがあります。管楽器のトリルを極端に長く伸ばしたり、ちょっとしたルバートを効かせたり、英国流なのかどうか上品なユーモアもあり。リズム感の良さや切れ味の鋭さもありますが、かつてのアンドルーならもう少しぱりっとした、エッジーな演奏になったかもしれません。クライマックスもまろやかな口当たりながら、余裕を持ってダイナミックな表現を展開。

“デフォルメやユーモアもあるものの、常設団体ではないデメリットも”

リッカルド・シャイー指揮 ルツェルン祝祭管弦楽団

(録音:2017年  レーベル:デッカ)

 シャイー初のシュトラウス・アルバムで、《ツァラ》《死と変容》《7つのヴェールの踊り》とカップリング。私は常設ではない団体にどうも関心が湧かないので、せっかくのシャイー初のR・シュトラウス録音がこのオケなのは残念ですが、ヴィオラのヴォルフラム・クリスト、チェロのクレメンス・ハーゲン、フルートのジャック・ズーン、クラリネットのアレッサンドロ・カルボナーレなどメンバー表にそうそうたる面子が並んでいて、確かにこれはこれで壮観です。

 まずは響きが澄んで透徹しているのと、アンサンブルのフットワークが軽い所にシャイーらしい良さが出ています。また、弦やクラリネットが随所でグリッサンドを強調していて、ユーモアのセンスやしなやかな官能性が感じられるのも美点。ダイナミックな腰の強さもありますが、合奏にある一定以上の熱っぽい集中力や一体感が不足する辺りは、いかにも臨時編成の団体と感じます。技術的には一級ですが、背景に共通の文化や伝統が無いという感じでしょうか。

“大家のような恰幅と表情付けの雄弁さをぐっと増した再録音盤”

アンドリス・ネルソンス指揮 ボストン交響楽団

(録音:2019年  レーベル:ドイツ・グラモフォン)

 ゲヴァントハウス管とボストン響を振り分けた管弦楽団作品7枚組ボックスから。ネルソンスの同曲としては、バーミンガム市響との旧盤からわずか6年での再録音。ボストン響は小澤時代にこの曲を録音しておらず、恐らくミュンシュ盤以来の録音となる。ゲヴァントハウス管を振った曲目と較べると響きがすっきりとクリアで、違いはかなりある。大太鼓の量感とパンチ力が強いのも、ボストン録音の特色。

 旧盤も好演だったが、こちらは遅めを基調にテンポを大きく揺らし、より彫りの深い造型を施した濃密な名演。随所にユーモラスなブレイクやデフォルメを挟む一方、全体としては大家のような余裕と骨太な力感を貫いているのも見事。多彩な音響と雄弁な棒さばきで、ダイナミックかつ緩急巧みにドラマを構築している。恰幅は良いがリズム処理は極めてシャープで、合奏の統率力も一級。フットワークも軽い。

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