ブラームス/交響曲第1番 (続き)

*紹介ディスク一覧

03年 レヴァイン/ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団 

05年 ヤンソンス/ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団  

05年 ティーレマン/ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団  

07年 金聖響/オーケストラ・アンサンブル金沢

08年 ラトル/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

12年 シャイー/ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団  

12年 ティーレマン/シュターツカペレ・ドレスデン  

16年 ネルソンス/ボストン交響楽団  

●   ●   ●   ●   ●   ●   ●   ●   ●   ●   ●   ●   ●

“非凡な表現も随所に聴かれる一方、ライヴゆえの粗さが気になる所”

ジェイムズ・レヴァイン指揮 ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:2003年  レーベル:オームス・クラシックス)

 まとめて発表された、当コンビのライヴ音源集から。《運命の歌》をカップリングしています。レヴァインはシカゴ響、ウィーン・フィルと全集録音を行っており、同曲の録音はこれが3種目。

 第1楽章は速めのテンポで淡々と開始。オケの音彩は美しく、内声も充実している印象を受けます。主部もテンポが速く、推進力の強い表現。切れの良いリズムと張りのあるアタックが活力を感じさせ、響きもよく練られています。弦の旋律線や木管ソロも艶やかで、美しいパフォーマンス。前のめりの棒にアインザッツがズレる箇所もあり、どこか落ち着きのない点は好みを分つかもしれません。ライヴとはいえ、アーティキュレーションが曖昧に流れてしまう傾向があるのも気になります。

 第2楽章は流れの良いテンポながら、繊細なアンサンブルが聴き所。みずみずしい光沢を放つ弦の他、オーボエ、クラリネットも素晴らしいソロを聴かせます。響きの透明度が高く、明朗なのも美点。第3楽章は柔らかなタッチで朗らかな叙情を表出し、オケの良さが生きた演奏。伴奏型のリズムも生き生きと描写されていますが、内声がやや濁るのはライヴゆえのミスでしょうか。

 第4楽章は意外に肩の力が抜けていて、自在な棒さばきが好印象。さりげなく突入するアルペン主題は、ホルン、フルート共に美しい音色で好演。主部はデュナーミク、アゴーゴク共に、緩急の付け方が巧み。ぐっとテンポを緩めてロマンティックに歌い込む箇所もあり、演奏効果を知り尽くした表現と言えます。各パートも艶やかな歌いっぷりで、ソロ、合奏ともよく磨かれた清新な響きで聴き手を魅了します。コーダではライヴらしい凄絶な迫力を示しますが、やや力みも目立つ印象。

“録音遺産の価値を求めず、現場主義的に会場を盛り上げた際の記録音源”

マリス・ヤンソンス指揮 ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団

(録音:2005年  レーベル:RCO LIVE)

 当コンビのライヴ音源を集めたボックス・セットから。ロンドンのロイヤル・アルバート・ホールでの演奏で、BBCが収録した音源が使われています。当コンビには第2番のライヴ盤もある他、ヤンソンスはバイエルン放送響と全集録音を敢行。残響は豊富ですが、奥行き感やソノリティなど、せっかくなら地元の本拠地コンセルトヘボウの録音で聴きたかった気もします。そこはあくまでスーヴェニールとしての価値に重点を置くスタンスなのでしょう。

 第1楽章はたっぷりとした響き、落ち着いたテンポで開始。主部は僅かに推進力を強め、アタックに張りを持たせていますが、フォルテやアクセントなど、アインザッツをやや溜めて重みを加えている辺り、ドイツ音楽の様式感への目配せも感じさせます。鎧で武装しない穏便な性格ですが、合奏は克明に彫琢され、細部も優美かつ繊細。オケの自発性もよく生かされ、個性や解釈云々より、とにかく充実した美しいパフォーマンスをという姿勢です。

 第2楽章は、速めのテンポでさらりとした感触。仕上げは大変に美しく、オーボエをはじめ木管ソロ、弦楽セクションの音色に魅了されます。第3楽章もさりげない調子ながら、テンポが絶妙に引き締まり、デリケートな合奏で美麗に仕上げてウェル・バランス。響きがふくよかで柔らかく、色彩が明朗なのも、ドイツの団体とは印象を異にします。

 第4楽章は適度な力感を示しつつも、緊張感や峻厳さは求めず、あくまで柔和なタッチ。極端なメリハリも付けないので彫りの深い造形性はないですが、現場主義的に会場の高揚感にフォーカスする姿勢は、聴衆に歓迎されるでしょう。アルペン主題も、鮮烈さよりまろやかなブレンド感を追求した印象。第1主題提示の後に加速し、語気を荒げてくる所でやっと正統派の枠を逸脱。スコアにないクレッシェンドを随所に加え、ティンパニの力強いアクセントで盛り上げるコーダは会場を沸かせています。

“意外に柔和で流麗なタッチながら、人工的で大袈裟な棒には問題あり”

クリスティアン・ティーレマン指揮 ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:2005年  レーベル:ドイツ・グラモフォン)

 ガスタイク・ホールでのライヴ盤で、ベートーヴェンの《エグモント》序曲とカップリング。ティーレマンは後に、シュターツカペレ・ドレスデンと全集録音を行っています。抜けが良いというよりは、まろやかに飽和するようなサウンド。ティンパニが入ると、響きがややこもる印象もあります。良くも悪くも放送録音という感じで、同じオケなら30年前のケンペ盤の方がずっと爽快なサウンド。

 第1楽章序奏部は遅めのテンポで、腰の据わった安定感のある足取りですが、この指揮者のイメージからすると意外に淡白。むしろ弱音部の歌わせ方に、たっぷりと情感を込めています。提示部をリピートした主部は落ち着いたテンポで、柔和な造形。ただ、あちこちに思わせぶりな溜めを挟んで、フォルテに重しを加える傾向があり、HIPの流れとは真逆を行く恣意的な棒と言えます。リズムも時にギクシャクし、アインザッツが揃わない箇所も多々あり。

 第2楽章も粘性を帯びてしなやかに歌うものの、録音のせいもあるのか細部の鮮やかに乏しく、響きが分離しません。渋い色彩感は、ある意味ブラームスらしいですが、意図したものかどうかも怪しい所。第3楽章はやはり響きの解像度が低く、どうもすっきりしません。情緒面は充実しているように聴こえますが、低音部がどっしりしている割に高域の視界が悪く、合奏もモタつくように感じられます。

 第4楽章は構えこそ大きいものの、やはり優美な性格で、剛毅なアクセントは排する方向。ただ、アルペン主題などやや芝居がかっていて、第1主題に入る前に長い間を挿入するのも独特です。スロー・テンポと弱音で開始した第1主題は、音量の増加と共に急加速。その後も自由なアゴーギクを駆使しますが、どこか大袈裟で人工的に聴こえるのが残念です。合奏はコーダに至ってやっと雄渾な力感を示す一方、ダウンビートがかなり無骨。ティンパニのバランスもやや突出しています。

“小編成で古典的スタイルを貫くも、緊張感と生命力はやや不足気味。オケも技術面に不備”

金聖響指揮 オーケストラ・アンサンブル金沢

(録音:2007年  レーベル:エイベックス・クラシックス)

 全集録音から。ライヴとセッション録音の混合編集です。ピリオド奏法研究の成果を反映したもので、オケが小編成という事もあって、古典的な造型感覚を貫いたすっきりとしたスタイル。ノン・ヴィブラートではないものの、冒頭からティンパニの硬質な打音と明瞭な弦の響きが、演奏の方向性を決定的にしています。

 高弦の繊細なラインは、特に第2楽章で美しい効果を上げていますが、全体としてはさらなる音色的魅力と洗練を求めたい所。小編成である事を差し引いても、美感を欠くサウンドが露呈したり、ピッチの甘い箇所があるなど、録音としての完成度に問題があります。

 ロマン的情緒を排した清潔な表現はいいのですが、両端楽章にはさらなる緊張感と生命力が欲しい所。猛烈なアッチェレランドを掛けたフィナーレのコーダはなかなかの白熱ぶりで、表現意欲の強さを垣間みせる一方、ティンパニなど妙にドタバタする感じもあって、どこか滑稽に聴こえるのは残念。ラストの和音をディミヌエンド気味にふわっと終えるのは金聖響節。

“オケの艶やかな響きを保持しつつ、モダンな感覚を随所に盛り込むラトル会心のブラームス”

サイモン・ラトル指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:2008年  レーベル:EMIクラシックス)

 全集中の一枚。高音質ディスクHQCD仕様で、全曲の演奏映像がDVDで付属して六千円はお買い得。素晴らしい内容ですが、単品発売もして欲しいという消費者の声もよく分かります。メーカーは両方発売すべきでしょう。

 演奏は近年稀にみる素晴らしさ。ベートーヴェンではピリオド系アプローチを取り入れたラトルですが、正攻法で正面きって勝負してきたのは驚きました。しかし、聴けば聴くほどよく考えられた精妙な表現です。まず響きの混濁を嫌い、立体感を確保したなサウンド。インバルやシャイーなど、それを追求した人がいなかった訳ではありませんが、ベルリン・フィルの重厚な響きを損ねずにクリアネスを獲得したのは凄いです。

 第1楽章の提示部リピートを省略しているのも古風な雰囲気ですが、木管の動きが明瞭に浮かび上がるなど色彩感に優れ、鋭利なリズム処理が音楽を躍動させるなど、実はモダンなセンスが随所に聴き取れる演奏です。わけても旋律線のしなやかさは特筆もので、その色艶と豊かなニュアンスから、ラトルも又、ブラームスを新ウィーン学派へと繋がる流れに置いている事が分かります。

 当全集をカラヤンの焼き直しだという人が多くいますが、解釈のベクトルもコンセプトも全く違っていると思います。壮麗すぎて耳が疲れるカラヤン盤と違い、力強さも維持しながら肩の力が抜けているし、和声感の豊かな柔らかいソノリティも心地いいです。

“HIPかどうかはともかく、一貫して速めのテンポで流動性の強い表現”

リッカルド・シャイー指揮 ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団

(録音:2012年  レーベル:デッカ)

 コンセルトボウ管との旧盤以来、約25年振りの全集再録音から。今回は第1番アンダンテの初演版や第4番の別オープニング、序曲、管弦楽曲も収録して3枚組というコンパクトぶり。交響曲全曲がリピート実行ありでCD2枚に収まっている事からも、テンポの速さが窺えます。当コンビはセレナード2曲、フレイレとのピアノ協奏曲2曲、レーピン、モルクとヴァイオリン協奏曲、二重協奏曲も録音。

 極端に速い訳ではないですが、流れの良いテンポ感で、内圧の低いフレッシュな響き。低音部があまり強調されず、アウフタクトに重さがないので、北ドイツ風の重厚な厳めしさがないのが特徴です。旋律のラインを優美に打ち出した古典的な造形で、ヴィブラートやルバートも控えめですが、ベートーヴェンの時と違って、はっきりHIPと言えるかどうかはよく分かりません(シャイーの態度自体は常にHIPと言えますが)。

 第1楽章は提示部をリピート。威圧感がなく、流麗に歌うみずみずしい表現です。特に主部のヴァイオリン群のフレーズで、アウフタクトから小節の頭にかけてスラーで繋いで優美に歌うのは特徴的。全体的に、フレージングの繊細さ、美しさが印象に残りますが、伴奏のリズムが強調されないのは主流の逆を行くアプローチです。旧盤のモダンなエッジも後退。

 第2楽章も端麗で透明感の高い表現。弱音の中にも、さらに細かくニュアンスを施しているのが素晴らしいです。ハーモニーが透徹して重苦しくなく、各パートも美しいパフォーマンス。第3楽章も速めのテンポで軽量級です。第4楽章は自然体で流動性が強く、無用な溜めのない軽快な演奏。コーダで急加速するなどそれなりに高揚感もありますが、凄味や圧倒的白熱を期待すると肩すかしを食らいます。

“旧盤よりは解釈が消化されたものの、人工的な棒が合奏の崩れを招く問題は存続”

クリスティアン・ティーレマン指揮 シュターツカペレ・ドレスデン

(録音:2012年  レーベル:ドイツ・グラモフォン)

 ライヴによる全集録音より。当コンビはポリーニとピアノ協奏曲2曲、バティアシュヴィリとヴァイオリン協奏曲も録音している他、ティーレマンはミュンヘン・フィルとも同曲を録音しています。《悲劇的序曲》と《大学祝典序曲》が一緒に収録されていますが、これらが熱気溢れる凄い名演なのに対し、交響曲はそれほどでもないという、どうもアンバランスな全集。

 第1楽章は旧盤と違って提示部リピートは実行しませんが、優美でしなやかなタッチを前面に出した造形は踏襲。旧盤で目立っていた妙な溜めはほぼ無くなっている一方、自由なアゴーギクで大きくテンポを落としたり、メリハリや覇気に不足する点は同じ。マルカートやスタッカートを排除したフレージングゆえ、語尾がだらしなく聴こえるのは問題です。オケは美しく重厚な響きで魅力的ですが、鋭角でアクセントを打ち込むべき箇所でアインザッツが揃わない印象。

 第2楽章はオケの音色美と指揮者の方向性が相まって、柔らかく艶やかな好演になっていますが、特筆するほどの新鮮さは欠如している感じ。アゴーギクの幅は大きく取られ、かなり加速する箇所もあります。第3楽章も美しい演奏ですが、ティーレマンにしては特色に乏しく、冗漫に流れがち。

 第4楽章は旧盤の極端な解釈をそのままなぞりますが、オケが懐の深さでうまく消化しているせいか、さほど人工的に聴こえないのは美点。響きが有機的に充実しているのはさすがで、合奏にもやっと引き締まった峻厳さが出てきますが、どうして第1楽章からそうしないのか理解に苦しみます。コーダ前後の表現も、相変わらずあざといのが難点。

“旧式のスタイルでロマンティックな性格ながら、基本的クオリティの高さで勝負”

アンドリス・ネルソンス指揮 ボストン交響楽団

(録音:2016年  レーベル:BSO CLASSICS)

 楽団自主レーベルから出た、ライヴ録音の全集セットより。ボストン響のブラームス全集録音はミュンシュも小澤も完成させておらず、過去にはハイティンク盤しかないと思われます。自然なプレゼンスながら、ティンパニが入ると僅かに響きが飽和してこもる印象。直接音は鮮明で、ライヴにしては間接音も豊富に感じられます。

 第1楽章は、意外にもゆったりとした足取りで開始。先輩のラトルもそうでしたが、大方の予想を裏切ってHIPに傾かないのが面白い所です。各パートの歌い回しも艶美で、同じオケを振った70年代の小澤盤よりも、さらに旧式のスタイル。主部も颯爽と開始しながら、曲想に応じて大きくテンポを動かすロマンティックな表現です。アインザッツは鋭く、響きは透徹して、輪郭がシャープに切り出されている印象。衒いなく王道を行く解釈ですが、新鮮な発見は望めません。

 第2楽章も、まるでマーラーのように短いフレーズ単位で表情を付与し、濃密なロマン性に傾いた演奏。弦楽セクションもオーボエのソロも表現主義的というか、恣意的にフレーズを区切る事も辞さない、詩的な感性に彩られています。コンマスは小澤時代からのマルコム・ロウで、ここでも艶っぽいソロを披露。第3楽章は柔らかなタッチでテンポも遅め。コーダでゆっくりとリタルダンドしてゆくのも、大柄な表現と感じられます。

 第4楽章は全くオーソドックスな造形で、気宇の壮大さに指揮者の器が出ていますが、斬新な視点を期待すると肩すかしを食らいます。アルペン主題も第1主題も、ゆったりとした佇まいでのびやかに歌わせ、恰幅の良い指揮ぶり。パンチの効いた力感や合奏の緊密さには欠ける事がなく、歯切れの良いスタッカートと粘性を帯びた美しいカンタービレも、巧妙に対比されています。後半も大いに熱っぽく盛り上げていて、作品の魅力をビギナーにアピールするにはクオリティの高い演奏。

Home  Top