ブラームス/交響曲第4番 (続き)

*紹介ディスク一覧

07年 ブロムシュテット/ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団  

08年 金聖響/オーケストラ・アンサンブル金沢

08年 ラトル/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

10年 プレートル/ローマ聖チェチーリア音楽院管弦楽団 2/24 追加!

11年 ミュンフン/チェコ・フィルハーモニー管弦楽団

13年 シャイー/ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団  

13年 ティーレマン/シュターツカペレ・ドレスデン  

16年 ネルソンス/ボストン交響楽団  

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“オケが中編成に聴こえるほど、徹底して緻密な描写を展開してHIPに接近”

ヘルベルト・ブロムシュテット指揮 ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団 

(録音:2007年  レーベル:Radio Nederland Wereldomroep)

 当楽団のゼロ年代ライヴ音源を集めたアンソロジー・ボックスから。ブロムシュテットはこのオケに時々客演しているが、公式に残されている録音はこれが唯一。彼はこの11年前にゲヴァントハウス管と同曲をセッション録音している。中編成の演奏に聴こえるほど描写が緻密で、凝集度が高い上、はかなげなニュアンスも出ているのはさすが。近年はモーツァルトでHIPを行うブロムシュテットだから、実際に編成を減らしているのかも。

 第1楽章は冒頭から実に抑制の効いた表現。弱音を基調にダイナミクスがすこぶる細やかだし、アーティキュレーションも客演とは思えないほど完璧に統制されている。特にスタッカートは徹底していて、フレーズの隈取り、語調の明瞭さが際立つ。オケの音彩は美しく柔らかだが、演奏全体に冴え冴えと覚醒した意識が行き渡っている。コーダにおけるティンパニの強打も鮮烈。

 第2楽章も響きが肥大せず、惰性で音を流さない厳しさがこの指揮者らしい。背景からくっきりと目立たせながら、ヴィブラートで艶やかに歌わせるホルンはユニーク。弱音を徹底して抑え込んでいるのはこの演奏を貫く美質で、それによって聴き馴れた名曲にも清新な緊張感が充溢する。音色のニュアンスも極めて多彩で、パレットが数倍に増えて聴こえる。ティンパニを伴うトゥッティも力強く雄渾。

 第3楽章は明晰さへの志向が顕著で、くっきりと切り出されたフォルム、整然とした響きや軽快なフットワーク、バチの種類はともかく粒立ちの明瞭なティンパニの打音と、HIPに分類していい演奏内容(ノン・ヴィブラートではない)。第4楽章は遅めのテンポながら情に溺れず、すっきりと澄み切った響きで均整美を表出。旋律線はよく歌うが、音圧が抑えられ、弱音部を中心に清冽な美しさが耳を惹く。後半部の軽妙な躍動感と歯切れの良さも作品の本質を衝くもの。

“騒々しく乱暴な音楽表現。過剰を絵に書いたようなブラームスに困惑”

金聖響指揮 オーケストラ・アンサンブル金沢

(録音:2008年  レーベル:エイベックス・クラシックス)

 全集録音の完結編。例によってHIPが適用されたブラームス。叙情的なイメージの強いシンフォニーながら、非常にアクティヴで躍動的な演奏。テンポが速めのせいもあるが、随所で強調される金管のアクセントや、やり過ぎにも思えるティンパニの強打、勢いがある弦のアンサンブルなど、常にアグレッシヴな印象を与える造型。

 前半2楽章はまだ良いとして、第3楽章はまるで軍楽隊のような騒々しさ。第4楽章は冒頭の和音がバランス的に崩れて妙な響きに聴こえる上、刺々しいブラスのアクセントや短く切った音の処理、やたらと打ち込んでくる乱暴なティンパニなど、ピリオド奏法に慣れた今の耳で聴いても、明らかに過剰と感じられる表現が頻出する。

 金聖響は指揮者としては面白いが、この一連のブラームスはなかなか受け入れるのが厳しい。解釈が過激だからではなく、仕上げが粗い。過去の名盤は時代と共に消えて無くなる訳でもなく、若手指揮者や地方のオケが人気曲の新譜を世に問うのは、もう難しい時代に入ったなとつくづく実感する。彼の場合、本人の素行でキャリアが閉ざされてしまった今となっては、なおさら空しく聴こえる。

“重厚かつしなやかでカラフル。伝統と現代性が共存する新時代のブラームス”

サイモン・ラトル指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 

(録音:2008年  レーベル:EMIクラシックス)

 全集録音から。当コンビのディスクはライヴなど音質に難があるものも多いが、当盤は高音質を謳うHQCDだけあって素晴らしい音。当全集の他の曲にも共通する事だが、重厚さ、力強さを保持しつつ、透明な響きで豊富なカラー・パレットも獲得した音作りは特筆に値する。ブラームスってこんなに精緻な音楽だったのかと、改めて驚かされる名演。

 表現としてはかなりロマンティックで、ベートーヴェンでピリオド奏法に傾いた指揮者の演奏とはなかなか信じられないが、考えてみればラトルも、マーラーでは実にしなやかな、情感の濃い演奏を展開していた。彼がブラームスをマーラー、そして新ウィーン学派へという流れの中に捉えている事は想像に難くない。

 第1楽章からリズムのセンスが際立ち、画然たる合奏を繰り広げながらも旋律線が艶やか。テンポは概ねゆったりとして、特定の動機をさりげなく強調したり、対位法に留意したりと、モダンな表現もそこここに聴かれる。強奏ではティンパニを強打させ、熱い感情を発露させつつも、力で押さず、マスの響きがまろやかにブレンド。いわゆる純ドイツ風イン・テンポの剛毅な表現とは対極に位置する、周到に練られた精妙な演奏。特に第3楽章は新鮮に響く。

 2/24 追加!

“発想の元にドラマを置き、和声や形式よりフレーズを重視する、オペラのような手法”

ジョルジュ・プレートル指揮 ローマ聖チェチーリア音楽院管弦楽団

(録音:2010年  レーベル:東武レコーディングス)

 ピアノ四重奏曲第1番(シェーンベルク編曲版)とカップリングされたライヴ盤。残響はややデッドだが、カラカラに乾燥しているわけではなく、自然な反響と空間的な拡がりは感じられる。とはいえ直接音メインで、低音域もやや浅いが、オケの音色がとにかく艶っぽいのは救い。

 第1楽章は遅めのテンポで艶美に歌うが、第2主題の伴奏などリズムの歯切れが良く(どこか洒脱でさえある)、鈍重にはならない。ただ、歌を主軸にした解釈である事は確か。「歌」と表現して語弊があるなら、「フレーズ」と言い換えてもいいかもしれないが、和声と形式でロジックに組み立ててゆくドイツ的な音楽思想とは大きく異なる。むしろイメージやドラマ性を重視する感じ。コーダに向かって劇性をあらわにし、ぐっと腰を落としてから一気に加速。ティンパニを強打させる。

 第2楽章は推進力のあるテンポで、沈静しすぎずテンションの高い語り口。フレーズの端々に微妙な加速の傾向があって、それが興奮体質に感じられる一因になっているかも。音色が磨かれ、明朗な色彩が充溢するとビゼーの曲に聴こえたりする。録音のおかげか響きのレイヤーが明晰で、驚くほど解像度が高いのも好印象。

 第3楽章はアタックが鋭く、妙に勢いがあるのがユニーク。この指揮者らしい剛毅さだが、旋律的なフレーズを朗々と歌わせる解釈はここでも貫徹する。第4楽章も速めのテンポで勢い良く開始した後、さらにデフォルメ気味に加速して感情的に煽る。発想の元にはドラマがあり、これはもはやオペラの手法だと言えるだろう。金管を伴うフォルテは非常に豊麗な音で鳴っていて、感覚的に気持ち良い。気力が漲り、熱のこもった峻厳なアインザッツも迫力満点。

“注目のコンビながら、ミュンフンらしい熱気とインスピレーションを欠くライヴ”

チョン・ミュンフン指揮 チェコ・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:2011年  レーベル:エクストン)

 ミュンフンのブラームスはアジア・フィルとの1番の他、ドレスデン・シュターツカペレとヴァイオリン協奏曲(樫本大進)、ピアノ協奏曲第1番(キム・スンウク)の録音もある。ライヴとセッションの混合録音という事もあるのか、どこかちぐはぐで盛り上がらない演奏。当コンビの来日記念盤という事で、収録から1ヶ月で発売という超スピード製作だが、それがクオリティを落とす結果になっているとしたら本末転倒である。

 旋律は滔々と流れていてオケのパフォーマンスも美しく、透明な響きと明瞭に隈取りされた線の動きで音楽を作ってゆくのもモダンなスタイルだが、どうにも特別なインスピレーションや熱気を欠く印象は否めない。特に前半2楽章は生気に乏しく、第1楽章終結部の猛烈なティンパニ連打も唐突に感じられる。後半2楽章は速めのテンポと軽妙なタッチで造形しているのが面白く、やや持ち直す(過激というほどではない)。

“スピーディなテンポ、整然たる合奏で、どこまでも淡々と疾走”

リッカルド・シャイー指揮 ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団

(録音:2013年  レーベル:デッカ)

 コンセルトボウ管との旧盤以来、約25年振りの全集再録音から。第1番アンダンテの初演版や第4番の別オープニングの他、序曲、管弦楽曲も収録し、それでも3枚組というコンパクトぶり。交響曲全曲がCD2枚に収まっている事からも、テンポの速さが窺える。当コンビはセレナード2曲、フレイレとのピアノ協奏曲2曲、レーピン、モルクとヴァイオリン協奏曲、二重協奏曲も録音。

 流れの良いテンポ感で、内圧の低いフレッシュな響き。低音部があまり強調されず、アウフタクトにも重さがないので、ドイツ風の重厚な厳めしさが出ないのが特徴。旋律の優美なラインを全面に出した古典的な造形で、ルバートやヴィブラートは控えめ、鋭いアタックと柔らかいそれを明瞭に分けているが、HIPの流れを汲んだ解釈はさほど聴かれない。ただ全体にやや小型で、前時代的な気宇の壮大さを求める人には評価の分かれる所。

 第1楽章は大きく構えず、さりげない調子がこのコンビらしい。リズムのセンスは敏感で、その意味ではモダンな視点を持つ演奏と言える。旋律線をことさらに強調しないのと、響きが重くならないのも特色。自然体でさらさら流れる一方で、デュナーミクはかなり明瞭に描写される。第2主題が弱音で軽妙に歌われ、より古い時代の雰囲気をまとっているのはユニーク。

 第2楽章は、整然と統率された合奏で明晰なフォルムを形成。情緒はさほど濃くないものの、爽やかな叙情が新鮮。ニュアンスも細やか。第3楽章は、きびきびとして快活。編成が大きくない上に音量を抑制していて、小回りが効くのも美点。第4楽章も上段に構えた所はないが、弦の走句を小編成で軽妙かつスピーディに駆け抜ける辺り、バロック的なセンスも盛り込んでいて個性的。後半にはシャープなエッジやダイナミックな活力もあるが、熱っぽさに欠けるのは好みを分つ所。

“オケの個性を目一杯生かす一方、不自然な作為が目立つティーレマンの棒”

クリスティアン・ティーレマン指揮 シュターツカペレ・ドレスデン

(録音:2013年  レーベル:ドイツ・グラモフォン)

 ライヴによる全集録音より。当コンビはポリーニと両ピアノ協奏曲、バティアシュヴィリとヴァイオリン協奏曲も録音している。《悲劇的序曲》と《大学祝典序曲》が一緒に収録されているが、これら序曲が熱気溢れる凄い名演なのに対し、交響曲はそれほどでもないという、どうもアンバランスな全集である。

 オケの個性を心行くまで生かし、流麗なラインを描いてゆく演奏で、これはウィーン・フィルとのベートーヴェンと同じアプローチなのだが、なぜかブラームスでは作為が目立つ結果になるのは音楽という物の不思議な所。それでも同曲は作品自体が古典的なフォルムを持っているせいか、全4曲の中では最も自然に聴こえるものの、テンポやダイナミクスには特有のコントラストが付けられている。オケの艶やかな音色はひたすら魅力的。

 第1楽章は一貫して柔らかな筆遣い。本来は大きなテンポ変化のない曲想だが、ティーレマンは各部に速度のコントラストを付け、外側からメリハリを作ろうとする。特にコーダへ向かっての加速は急激だが、その人工的な感覚よりもアーティキュレーション、特にノン・スタッカートのルーズな語尾が、処理の不徹底に感じられるのは問題である。アインザッツも揃わない箇所が目立つ。第2楽章も旋律線を伸びやかに美しく歌わせていて、それだけに小細工は煩わしく感じられる。

 第3楽章は平均より速めのテンポで始め、トゥッティのアクセントの前に溜めを挟むスタイル。しかし肝心の主部のテンポは前のめりで、足元が不安定に聴こえる。デュナーミクに工夫があるが、それより縦の線の不揃いが気になる。第4楽章もテンポの変化が大きく、コーダ前後はかなり加速。恣意的なアゴーギクが悪いとは思わないが、聴き手の意識がそこに向きすぎるのはそれが人工的である証拠。感情面が自然に高揚しないのも問題だろう。

“丹念に細部を磨き上げ、臆する事なく感覚美を追求したのが勝因”

アンドリス・ネルソンス指揮 ボストン交響楽団

(録音:2016年  レーベル:BSO CLASSICS)

 楽団自主レーベルから出た、ライヴ収録の全集録音より。ボストン響のブラームス全集はミュンシュも小澤も完成させておらず、過去にはハイティンク盤しかない様子。自然なプレゼンスながら、ティンパニが入るトゥッティはやや響きがこもる。直接音は鮮明で、ライヴにしては間接音も豊富、しっとりと潤った柔らかい響きが美しい。豊満かつ艶やかな響きでたっぷりと旋律を歌わせつつ、細部を徹底的に磨き上げ、精緻な音響を構築する事でフレッシュなブラームス像を打ち立てた全集。

 第1楽章は柔らかなタッチで流麗に歌わせながら、不思議と響きが拡散せず、凝集された表現が見事。一つには、ディティールの処理がすこぶる丁寧な事があるが、だらしなくフォルテを垂れ流さないダイナミクス設計の秀逸さもある。輪郭がシャープに切り出され、俊敏なリズム感でフォルムを引き締めているのも美点。トランペットのバランスの突出が一部気になるが、付点リズムの吹奏は鮮烈に響く。

 第2楽章は、だらだらと流してしまう演奏も多い中、当盤は凛とした美しさと強靭な集中力を維持していて感心。これはなかなか難しい事である。響きのバランスとデュナーミク、アーティキュレーション描写の精細さに秀でているのが成功の一因か。HIP全盛の中、臆する事なく感覚美を追求する態度を厭わない点も、好感が持てる。モダン・オケで名曲を演奏すると凡庸に陥りがちなこの時代にこそ、学ぶべき所の多い表現。

 第3楽章は、落ち着いたテンポで恰幅の良い造形。発色の良い響きだが、レヴァイン/シカゴ盤のようなどぎつさはなく、ソフィスティケイトされたサウンド。雑味がなくまろやかな、小澤時代のこのオケの響きを継承した感じ。第4楽章も語調に曖昧な所がなく、明快なシェイプ。響きは透徹し、内声もクリアに聴かせる。旋律線は粘性を帯びて艶っぽく歌うものの、爽やかな情感に溢れている。やはり音量を注意深く設計しているため、聴き疲れしない。パンチが効いたコーダの力感も痛快。

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