ブラームス/交響曲第4番 (続き)

*紹介ディスク一覧

07年 ブロムシュテット/ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団  

08年 金聖響/オーケストラ・アンサンブル金沢

08年 ラトル/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

11年 ミュンフン/チェコ・フィルハーモニー管弦楽団

13年 シャイー/ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団  

13年 ティーレマン/シュターツカペレ・ドレスデン  

16年 ネルソンス/ボストン交響楽団  

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“オケが中編成に聴こえるほど、徹底して緻密な描写を展開してHIPに接近”

ヘルベルト・ブロムシュテット指揮 ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団 

(録音:2007年  レーベル:Radio Nederland Wereldomroep)

 当楽団の80年代ライヴ音源を集めたアンソロジー・ボックスから。ブロムシュテットはこのオケに時々客演していますが、公式に残されている録音はこれが唯一の様子。彼はこの11年前にゲヴァントハウス管と同曲をセッション録音しています。中編成の演奏に聴こえるほど描写が緻密で、凝集度が高い上、はかなげなニュアンスも出ているのはさすが。近年はモーツァルトでHIPを行うブロムシュテットですから、実際に編成を減らしているのかもしれません。

 第1楽章は冒頭から実に抑制の効いた表現。弱音を基調にダイナミクスがすこぶる細やかだし、アーティキュレーションも客演とは思えないほど完璧に統制されています。特にスタッカートは徹底していて、フレーズの隈取り、語調の明瞭さが際立っている印象。オケの音彩は美しく柔らかで、決して硬質なタッチではありませんが、演奏全体に冴え冴えと覚醒した意識が行き渡っています。コーダにおけるティンパニの強打も鮮烈。

 第2楽章も響きが肥大せず、惰性で音を流さない厳しさがこの指揮者らしい所。背景からくっきりと目立たせながら、ヴィブラートで艶やかに歌わせるホルンはユニークです。弱音を徹底して抑え込んでいるのはこの演奏を貫く美質で、それによって聴き馴れた名曲にも清新な緊張感が充溢するよう。音色のニュアンスも極めて多彩で、パレットが数倍に増えて聴こえます。ティンパニを伴うトゥッティも力強く、雄渾。

 第3楽章は明晰さへの志向が顕著で、くっきりと切り出されたフォルム、整然とした響きや軽快なフットワーク、バチの種類はともかく粒立ちの明瞭なティンパニの打音と、HIPに分類していい演奏内容です(ノン・ヴィブラートではありません)。第4楽章は遅めのテンポながら情に溺れず、すっきりと澄み切った響きで均整美を表出。旋律線はよく歌いますが、音圧が抑えられ、弱音部を中心に清冽な美しさが際立ちます。後半部の軽妙な躍動感と歯切れの良さも作品の本質を衝くもの。

“騒々しく乱暴な音楽表現。過剰を絵に書いたようなブラームスに困惑”

金聖響指揮 オーケストラ・アンサンブル金沢

(録音:2008年  レーベル:エイベックス・クラシックス)

 全集録音の完結編。例によってHIPが適用されたブラームスです。叙情的なイメージの強いシンフォニーながら、非常にアクティヴで躍動的な演奏。テンポが速めのせいもありますが、随所で強調される金管のアクセントや、やり過ぎにも思えるティンパニの強打、勢いがある弦のアンサンブルなど、常にアグレッシヴな印象を与える造型です。

 前半2楽章はまだ良いとして、第3楽章はまるで軍楽隊のような騒々しさ。第4楽章は冒頭の和音がバランス的に崩れて妙な響きに聴こえる上、刺々しいブラスのアクセントや短く切った音の処理、やたらと打ち込んでくる乱暴なティンパニなど、アーノンクールの演奏に慣れた今の耳で聴いても、明らかに過剰と感じられる表現が頻出します。

 金聖響は、人物としては面白いのですが、この一連のブラームスはなかなか受け入れるのが厳しい内容です。過激な解釈だからではなく、仕上げが粗い感じ。過去の名盤は時代と共に消えて無くなる訳でもなく、若手指揮者や地方のオケが人気曲の新譜を世に問うのは、もう難しい時代に入ったんだなとつくづく実感します。

“重厚かつしなやかでカラフル。伝統と現代性が共存する新時代のブラームス”

サイモン・ラトル指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 

(録音:2008年  レーベル:EMIクラシックス)

 全集中の一枚。当コンビの録音は、ライヴ物など音質に難があるものも多いですが、当盤は高音質を謳うHQCDだけあって、素晴らしいサウンド。当全集の他の曲にも共通する事ですが、重厚さ、力強さを保持しつつ、透明な響きで豊富なカラー・パレットも獲得した音作りは特筆に値します。ブラームスってこんなに精緻な音楽だったのかと、改めて驚かされる名演。

 表現としてはかなりロマンティックで、ベートーヴェンでピリオド奏法に傾いた指揮者の演奏とはなかなか信じられないですが、考えてみればラトルも、マーラーでは実にしなやかな、情感の濃い演奏を展開していました。彼がブラームスをマーラー、そして新ウィーン学派へという流れの中に捉えている事は想像に難くありません。

 第1楽章からリズムのセンスが際立ち、画然たるアンサンブルを繰り広げながらも、旋律線が艶やか。テンポは概ねゆったりとして、特定の動機をさりげなく強調したり、対位法に留意したりと、モダンな表現もそこここに聴かられます。トゥッティではティンパニを強打させ、熱い感情を発露させつつも、力で押すような所はなく、マスの響きがまろやかにブレンド。いわゆる純ドイツ風イン・テンポの剛毅な表現とは対極に位置する、周到に練られた精妙な演奏です。特に第3楽章は新鮮に聴こえました。

“注目のコンビながら、ミュンフンらしい熱気とインスピレーションを欠くライヴ”

チョン・ミュンフン指揮 チェコ・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:2011年  レーベル:エクストン)

 ミュンフンのブラームスはアジア・フィルとの1番がある他、ドレスデン・シュターツカペレ、樫本大進とのヴァイオリン協奏曲の録音もあります。ライヴとセッションの混合録音という事もあるのか、どこかちぐはぐで盛り上がらない演奏。当コンビの来日記念盤という事で、収録から1ヶ月で発売という超スピード製作ですが、それがクオリティを落とす結果になっているとしたら残念な事です。

 旋律は滔々と流れていてオケのパフォーマンスも美しく、透明な響きと明瞭に隈取りされた線の動きで音楽を作ってゆくのもモダンなスタイルですが、どうにも特別なインスピレーションや熱気を欠く印象は否めません。特に前半2つの楽章は生気に乏しく、第1楽章終結部の猛烈なティンパニ連打も唐突に感じられます。後半2楽章は速めのテンポと軽妙なタッチで造形しているのが面白く、やや持ち直します(過激というほどではありません)。

“スピーディなテンポ、整然たる合奏で、どこまでも淡々と疾走”

リッカルド・シャイー指揮 ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団

(録音:2013年  レーベル:デッカ)

 コンセルトボウ管との旧盤以来、約25年振りの全集再録音から。第1番アンダンテの初演版や第4番の別オープニングの他、序曲、管弦楽曲も収録し、それでも3枚組というコンパクトぶり。交響曲全曲がCD2枚に収まっている事からも、テンポの速さが窺えます。当コンビはセレナード2曲、フレイレとのピアノ協奏曲2曲、レーピン、モルクとヴァイオリン協奏曲、二重協奏曲も録音。

 流れの良いテンポ感で、内圧の低いフレッシュな響き。低音部があまり強調されず、アウフタクトにも重さがないので、ドイツ風の重厚な厳めしさが出ないのが特徴です。旋律の優美なラインを全面に出した古典的な造形で、ルバートやヴィブラートは控えめ、鋭いアタックと柔らかいそれを明瞭に分けていますが、HIPの流れを汲んだ解釈はさほど聴かれません。ただ全体にやや小型で、前時代的な気宇の壮大さを求める人には評価の分かれる所。

 第1楽章は大きく構えず、さりげない調子がこのコンビらしい所。リズムのセンスは敏感で、その意味ではモダンな視点を持つ演奏と言えます。旋律線をことさらに強調しないのと、響きが重くならないのも特色。自然体でさらさら流れる一方で、デュナーミクはかなり明瞭に描写されています。第2主題が弱音で軽妙に歌われ、より古い時代の雰囲気をまとっているのはユニーク。

 第2楽章は、整然と統率された合奏で明晰なフォルムを形成。情緒面はさほど濃くないものの、爽やかな叙情が新鮮です。ニュアンスも細やか。第3楽章は、きびきびとして快活。編成が大きくない上に音量を抑制していて、小回りが効くのも美点です。第4楽章も上段に構えた所がなく、自然体で流れますが、弦の走句を小編成で軽妙かつスピーディに駆け抜ける辺り、バロック的なセンスも盛り込んでいてユニーク。後半にはシャープなエッジやダイナミックな活力もありますが、熱っぽさに欠けるのは好みを分つ所です。

“オケの個性を目一杯生かす一方、不自然な作為が目立つティーレマンの棒”

クリスティアン・ティーレマン指揮 シュターツカペレ・ドレスデン

(録音:2013年  レーベル:ドイツ・グラモフォン)

 ライヴによる全集録音より。当コンビはポリーニと両ピアノ協奏曲、バティアシュヴィリとヴァイオリン協奏曲も録音しています。《悲劇的序曲》と《大学祝典序曲》が一緒に収録されていますが、これら序曲が熱気溢れる凄い名演なのに対し、交響曲はそれほどでもないという、どうもアンバランスな全集です。

 オケの個性を心行くまで生かし、流麗なラインを描いてゆく演奏で、思えばウィーン・フィルとのベートーヴェンと同じアプローチなのすが、なぜかブラームスでは作為が目立つ結果になるのは音楽という物の不思議な所。それでも同曲は作品自体が古典的なフォルムを持っているせいか、全4曲の中では最も自然に聴こえるますが、テンポやダイナミクスには特有のコントラストが付けられています。オケの艶やかな音色はひたすら魅力的。

 第1楽章は一貫して柔らかな筆遣い。本来は大きなテンポ変化のない曲想ですが、ティーレマンは各部に速度のコントラストを付け、いやが応にもメリハリを作ろうとします。特にコーダへ向かっての加速は急激ですが、その人工的な感覚よりもアーティキュレーション、特にノン・スタッカートのルーズな語尾が、処理の不徹底に感じられるのは問題です。アインザッツも揃わない箇所あり。第2楽章も旋律線を伸びやかに美しく歌わせていて、それだけに小細工は煩わしく感じられます。

 第3楽章は平均より速めのテンポで始めて、トゥッティのアクセントの前に溜めを挟むスタイル。しかし肝心の主部のテンポは前のめりで、足元が不安定に聴こえます。デュナーミクに工夫がありますが、それより縦の線の不揃いが気になる所。第4楽章もテンポの変化が大きく、コーダ前後はかなり加速します。恣意的なアゴーギクが悪いとは思いませんが、聴き手の意識がそこに向きすぎるのはそれが人工的である証拠。感情面が自然に高揚しないのも問題でしょう。

“丹念に細部を磨き上げ、臆する事なく感覚美を追求したのが勝因”

アンドリス・ネルソンス指揮 ボストン交響楽団

(録音:2016年  レーベル:BSO CLASSICS)

 楽団自主レーベルから出た、ライヴ収録の全集セットより。ボストン響のブラームス全集録音はミュンシュも小澤も完成させておらず、過去にはハイティンク盤しかないと思われます。自然なプレゼンスながら、ティンパニが入るトゥッティはやや響きがこもる印象。直接音は鮮明で、ライヴにしては間接音も豊富、しっとりと潤った柔らかい響きが美しいです。豊満かつ艶やかな響きでたっぷりと旋律を歌わせつつ、細部を徹底的に磨き上げ、精緻な音響を構築する事でフレッシュなブラームス像を打ち立てた全集。

 第1楽章は柔らかなタッチで流麗に歌わせながら、不思議と響きが拡散せず、凝集された表現が見事。一つには、ディティールの処理がすこぶる丁寧な事がありますが、だらしなくフォルテを垂れ流さないダイナミクス設計の秀逸さもあると思われます。輪郭がシャープに切り出され、俊敏なリズム感でフォルムを引き締めているのも美点。トランペットのバランスの突出が一部気になりますが、付点リズムの吹奏は鮮烈に響きます。

 第2楽章は、だらだらと流してしてしまう演奏も多い中、当盤は凛とした美しさと強靭な集中力を維持していて感心。これはなかなか難しい事です。響きのバランスとデュナーミク、アーティキュレーション描写の精細さに秀でているのが、成功の一因でしょうか。HIP全盛の中、臆する事なく感覚美を追求する態度を厭わない点も、好感が持てます。モダン・オケで名曲を演奏すると凡庸に陥りがちなこの時代にこそ、学ぶべき所の多い表現。

 第3楽章は、落ち着いたテンポで恰幅の良い造形。発色の良い響きですが、レヴァイン/シカゴ盤のようなどぎつさはなく、ソフィスティケイトされたサウンド。雑味がなくまろやかな。小澤時代のこのオケの響きを継承した感じです。第4楽章も語調に曖昧な所がなく、明快なシェイプに造形。響きは透徹し、内声もクリアに聴かせます。旋律線は粘性を帯びて艶っぽく歌うものの、爽やかな情感に溢れているのが特色。やはり音量を注意深く設計しているため、聴き疲れもしません。パンチが効いたコーダの力感も痛快。

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