ミニコラム 《オペラの映像ソフトに物申す》

 現地まで行くにも、来日引越し公演を観に行くにも多大なコストが掛かり、一部の金持ち以外には鑑賞のハードルが高すぎるオペラ公演。そんな中、DVDやブルーレイの映像ソフトは、様々なオペラに触れたい音楽ファンにとって心強い味方です。近年は、タイミングを見計らえば大手ショップのサイトでも2、3千円台で買えたりして、日本語字幕の付いていない商品でも、有名なオペラで大体の筋書きを知っていれば、音と映像だけで充分楽しめます。

 しかし私は、多くのソフトに接すればするほど、映像演出やコンセプトに大きな不満が募っています。皆様はどうか分かりませんが、私が映像ソフトに求める態度はただ一つ。それは、「歌劇場の特等席で公演を堪能する疑似体験」をさせてくれること。なので、客席の雰囲気や、オーケストラ・ピットと舞台の一体感を味わせてくれないものは、私にとってフラストレーションの対象でしかありません。

 多いのが、舞台の上をまるで映画かドラマのフィクション世界として扱う態度。この場合、指揮者やピットは一切映さず、カーテンコールもカットというソフトも少なくありません。ひどいものだと、リュック・ボンディ演出の《サロメ》のように、一人称の手持ちキャメラで隅から覗き見しているような映像を入れたりして、まったく馬鹿馬鹿しい限りです。歌劇場のライヴ映像なのに、指揮者やオケの演奏している姿が観られないなんて、論外ではないでしょうか?

 そもそも、オペラでは時間の流れ方が演劇や映画と大きく異なるし、人物は土も草もない床(板)の上に立ち、限定された人工的な舞台空間を背景にしている上、セリフを喋るのではなく、音楽に合わせて歌っているわけです。そんなものに、リアリティが成立するはずがありません。だいいち作曲家自身、リアリズムなど想定していないでしょう。

 そもそも私は、オペラの演出家も全く信用していません。私は、演出家がするべき唯一の仕事は、物語や設定を分かりやすく聴衆に伝え、作曲家と台本作家が思い描いた世界をできるだけ生き生きと現出させる事、そして歌手や合唱団、ダンサー達に、最高のパフォーマンスをさせる事です。

 少なくとも、初めてそのオペラを観に来たビギナーの客が、その作品がどういうオペラなのかきちんと理解できないようでは、もう演出家失格。それどころか、そこにいない筈の人物やドゥーブルを舞台に出してシーンの意味合いを変換したり、演出のせいでビギナーが混乱してしまうケースも多くありません。こうなるともう台本の改変であり、演出家の仕事の範疇を越権しています。指揮者はこんな事を許すべきではないと思うのですが、歌劇場において指揮者にそこまでの権力は無いのでしょうか。

 指揮者や演奏家、歌手達がみな、作曲家の意図をスコアや文献に探り求め、それを生々しく再現するために苦心しているというのに、なぜ演出家だけが作品を自分のために利用し、舞台を自作の発表会にしていいのでしょうか? ストレート・プレイの演出家・蜷川幸雄は前衛的なイメージがありますが、実は台本に敬意を払って一字一句変えず、カットも一切行わない主義。シェイクスピアやチェーホフ、ギリシャ劇など古典をよく手掛けましたが、彼の演出はとにかく分かりやすい事で有名でした。

 例えば私は、音楽を止めて劇だけが挿入された時点で、ろくでもない演出だと認定します。特に冒頭、序曲や前奏曲の前にこれをやる演出家は、音楽ではなく演出が主役だと宣言しているようなもの。そんなのは作曲家も台本作家も無視した、自作の個展にすぎません。最低限、台本とスコアには忠実であるべきです。演出家以外は全員そうやっているのですから。

 同じ理由で、さらに私が許し難いのがオペラ映画です。ビデオ作品や映画では、編集の都合で音楽をカットしたり、順序を入れ替えたりするし、リアリズムの名の下に盛大な効果音やセリフをダビングし、音楽をかき消してしまう事もしばしば。さらにカットの切り替えに伴って、オケの音が近くなったり遠くなったりしますが(オケが鳴っている時点でリアルではないはずですが)、もうここまで来ると音楽への冒涜です。

 しかも昔の作品は、フィルムのサウンドトラックに音楽をダビングしている為、聴くに耐えないほど音質が悪いです。シャイーとウィーン・フィルの《リゴレット》なんてCDが発売されていないため、劣悪な映画のサントラ音源でしか演奏を聴く事ができません。逆にメトロポリタン歌劇場などの映画館で上映しているライヴ・ビューイングは、音質こそ良好ですが、オケも声も耳をつんざく大音響で、劇場で観る生の公演とはあまりにかけ離れていて不自然です。入場料も、映画と較べて不釣り合いなほど高価。

 最近で理想的だったソフトは、俊英指揮者カリーディスの才気が爆発した英国ロイヤル・オペラの《カルメン》。オーソドックスながら華やかで活気に溢れた演出も素晴らしいですが、映像演出も見事です。まずは劇場の外観から始まり、客席が埋まってゆく様子の早回し。楽屋でメイクやウォーミングアップをする歌手たち。指揮者の登場と前奏曲の演奏、幕の裏でスタンバイする歌手。

 楽屋や舞台袖の映像は、「劇場の特等席で鑑賞する」というコンセプトからは外れますが、それはむしろ良い方の外れ方。いわば、サービス・ショットとして享受すべきものでしょう。移動キャメラも使ったハイヴィジョンの迫力ある舞台映像で、3Dのソフトも出たくらいなので、臨場感には特に力を入れた映像になっています。不満もない訳ではなく、音楽にあちこちカットがあるし、カーテンコールも編集で処理しているのは減点ですが、全体としては理想的な映像演出です。

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