シャブリエ/狂詩曲《スペイン》

概観

 軽妙洒脱な作風で知られるフランスの作曲家シャブリエの、唯一の人気曲。とは言っても内容はタイトル通りお隣の国だし、近年はコンサートでもあまり演奏されていない様子なのが残念。沸き立つような愉悦感に溢れた、とても素敵な曲なので、どんどん演奏されて欲しい。

 80年代くらいまでは、フランス管弦楽曲集という楽しいアルバムもよく録音されたが、クラシック・ファンの成熟ゆえか、音楽の聴き方も随分と学究的になってしまって、こういう、良くも悪くも楽しいだけの音楽(失礼!)は顧みられなくなってしまった。バレンボイムやムーティの録音を聴くと、あの頃の楽しい気分が懐かしく思い出される。

 それでもゼロ年代以降、ヤルヴィ父やヤンソンス、ロトらが果敢に録音してくれていて嬉しい所。お薦めは、ややどぎつい筆致ながら圧倒的にエネルギッシュなムーティ盤。彼はかつてウィーン・フィルとの来日公演でもこの曲を取り上げていた。旧世代ではパレー盤、マルケヴィッチ盤が一つの規範たる名演。他ではマリナー盤、小澤盤、デュトワ盤、ガーディナー盤、佐渡盤、N・ヤルヴィ盤、ロト盤、ヤンソンス盤と、どれも優れた演奏。

*紹介ディスク一覧

52年 クリュイタンス/フィルハーモニア管弦楽団

60年 パレー/デトロイト交響楽団

66年 マルケヴィッチ/スペイン放送交響楽団  

76年 バレンボイム/パリ管弦楽団

79年 ムーティ/フィラデルフィア管弦楽団

82年 マリナー/シュターツカペレ・ドレスデン

86年 小澤征爾/ボストン交響楽団

87年 デュトワ/モントリオール交響楽団

87年 サヴァリッシュ/バイエルン国立管弦楽団  

95年 ガーディナー/ウィ-ン・フィルハーモニー管弦楽団 

99年 佐渡裕/コンセール・ラムルー管弦楽団

12年 N・ヤルヴィ/スイス・ロマンド管弦楽団

12年 ロト/レ・シエクル

15年 ヤンソンス/バイエルン放送交響楽団

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“シャープな棒さばきで、意外にもムードよりモダンなセンスを優先”

アンドレ・クリュイタンス指揮 フィルハーモニア管弦楽団

(録音:1952年  レーベル:EMIクラシックス) *モノラル

 カップリング不明。モノラルですが、鮮明で聴きやすい音質です。細部はさすがに飽和気味で、ステレオで再録音がなされなかったのは残念。パリ音楽院のオケならまた違ったのでしょうが、フィルハーモニア管はシャープな合奏が際立っていて、予想以上に明晰な演奏になっています。

 クリュイタンスの棒も鋭利なアクセントでエッジを隈取っており、ムードよりもモダンな造形感覚を重視しているのが意外。素晴らしく歯切れの良いスタッカートや、落ち着いたテンポで正確に刻まれるリズムも小気味良いです。ピッコロの効果も楽しいし、弦のみずみずしいカンタービレも素敵。このオケの弦楽セクションは美麗な音色に定評がありますが、当盤を聴く限り、それも創設当初からの美質だったようです。

“遅めのテンポながら、明るくソフィスティケイトされたタッチで一つの規範を示す”

ポール・パレー指揮 デトロイト交響楽団

(録音:1960年  レーベル:マーキュリー)

 シャブリエ管弦楽曲集から。すこぶる鮮明な録音で、適度に残響も取り込んでホルンなど豊麗。弦のみずみずしいカンタービレも素敵です。

 遅いテンポを採りながら、明るくシャープな音響で造形した演奏。リズムは鋭敏で歯切れが良く、色彩もカラフルですが、どぎついタッチではなく、ソフィスティケイトされている所がこのコンビの良さ。トロンボーンの旋律はぱりっとしていますが、グリッサンドを用いるのは後世の解釈の原型か、フランスの伝統なのか。情緒も豊かで、この曲の一つの規範と言える名演です。

“鋭利なリズムと沸き立つ愉悦感、スリリングな熱気も聴き所”

イーゴリ・マルケヴィッチ指揮 スペイン放送交響楽団

(録音:1966年  レーベル:フィリップス)

 ファリャの《恋は魔術師》全曲、ラヴェルのボレロとカップリング。鮮明なステレオ録音で、ドライな音かと思いきや意外にしっとりとした柔らかさもあるし、残響も適度で非常に聴きやすい音質。ただ大太鼓を伴う強音部はやや歪み、混濁があります。

 想像される通り、まるでナイフのように鋭利なリズムを駆使した演奏ですが、それだけでなく洒脱な躍動感や、艶っぽく伸びやかなカンタービレも魅力。合奏が緊密に統率されているのはさすがですが、全体に熱っぽい感興や愉悦感があるのは好印象です。後半に向かって、スリリング加速してゆくアゴーギクも効果的。指揮者の才気を随所に感じる名演です。

“ゆったりとした間合いで細部を丁寧に描写。全体に上品な表現を展開”

ダニエル・バレンボイム指揮 パリ管弦楽団

(録音:1976年  レーベル:ソニー・クラシカル)

 ラヴェルのスペイン狂詩曲、ファリャの《三角帽子》組曲をカップリングしたスペイン・アルバムから。録音はややドライだがダイナミックな力感に溢れ、このコンビらしい音圧の高さと、凄絶でカラフルな響きをうまく捉えている。

 私の知る限り、最も活力に溢れるパワフルな演奏。バスドラムの腰の強さ、空気を切り裂くようなブラスの咆哮と、パンチの効いたフォルテがとにかくエネルギッシュ。ぱりっと鮮やかな色彩感は本来ラテン系の音楽にふさわしい筈だが、あまりに激烈なため、フランス的な柔らかさや洒脱さが吹き飛んでしまっている(でも私は好きだ)。音の立ち上がりが速く、実際以上にテンポが速く感じられるスピード感も、この時期のムーティならでは。

“同曲屈指の活力に溢れる、鮮烈なまでにカラフルでエネルギッシュな演奏”

リッカルド・ムーティ指揮 フィラデルフィア管弦楽団

(録音:1979年  レーベル:EMIクラシックス)

 ラヴェルのスペイン狂詩曲、ファリャの《三角帽子》組曲をカップリングしたスペイン・アルバムから。録音はややドライだがダイナミックな力感に溢れ、このコンビらしい音圧の高さと、凄絶でカラフルな響きをうまく捉えている。

 私の知る限り、最も活力に溢れるパワフルな演奏。バスドラムの腰の強さ、空気を切り裂くようなブラスの咆哮と、パンチの効いたフォルテがとにかくエネルギッシュ。ぱりっと鮮やかな色彩感は本来ラテン系の音楽にふさわしい筈だが、あまりに激烈なため、フランス的な柔らかさや洒脱さが吹き飛んでしまっている(でも私は好きだ)。音の立ち上がりが速く、実際以上にテンポが速く感じられるスピード感も、この時期のムーティならでは。

“溌剌とした生気に溢れ、痛快なまでに明瞭な語調で一貫”

ネヴィル・マリナー指揮 シュターツカペレ・ドレスデン

(録音:1982年  レーベル:フィリップス)

 珍しい顔合わせのディスクで、他にグリンカの《ホタ・アラゴネーサ》、チャイコフスキーの《イタリア奇想曲》、ラヴェルの狂詩曲《ボレロ》を収録。スペインをテーマにしたアルバムでなぜ東独のオケなのか意図が不明だが、ユニークな企画ではある。黒バックに暖色系の切り絵を配したジャケット・アートも印象的。当コンビの録音は他に、エルガーのチェロ協奏曲(ソロはシフ)、ハイドンのミサ曲シリーズがある。ドイツ・シャルプラッテンとの共同製作。

 テンポこそ遅めで開始するが、冒頭のピツィカートから歯切れが良く、溌剌とした生気に溢れる。音色も華やかで、リズムがシャープ。最初のトゥッティから一段階テンポを上げるのも効果的な演出。全体に語調がぱりっと明瞭で、それが爽快でとにかく気持ちが良い。音色も抜けが良く、ドレスデンのオケとはにわかに信じられない。後半はテンポを煽るが、最後までリズムの精確さが崩れない所はさすがマリナー。

“意外にエッジを効かせつつも、流麗で華やかな味わいを盛り込む小澤”

小澤征爾指揮 ボストン交響楽団

(録音:1986年  レーベル:ドイツ・グラモフォン)

 ボストン響お得意のフランス音楽集の冒頭を飾るトラック。続く収録曲は、グノーのバレエ音楽《ファウスト》、トマの《ミニヨン》序曲、オッフェンバックの《パリの喜び》抜粋。こういう作品はもう、小澤征爾より若い世代の指揮者は本当に振らなくなりましたね。

 このコンビならもっとソフィスティケイトされた感じかと思いましたが、意外にエッジの効いたシャープな表現。開巻早々の主題提示も、トランペットのミュートを鋭く強調し、その後のトゥッティの爆発にスパークするような華やかさがあります。一方、トロンボーンの主題は口当たりが柔らかく、まろやかな味わい。色彩がカラフルでリズムも溌剌としていますが、響きが硬直しない趣味の良さはこの指揮者らしいです。トランペットのトップノートに朗々たるヴィブラートが掛かっているのも、ボストン響ならでは。

“刺々しさを配したソフトな語り口ながら、色彩的な愉悦感で作品の本質を衝く”

シャルル・デュトワ指揮 モントリオール交響楽団

(録音:1987年  レーベル:デッカ)

 「フランスのお祭り」と題されたフレンチ・アルバムから。他の収録曲は、同じ作曲家の《楽しい行進曲》、デュカスの《魔法使いの弟子》、サティの2つのジムノペディ(ドビュッシー編曲)、サン=サーンスの《サムソンとデリラ》からバッカナール、ビゼーの小組曲、トマの《レイモン》序曲、イベールのディヴェルティメント。

 刺々しさの一切ない、ひたすらハイセンスな表現で、落ち着いたテンポながら歯切れが良く、色彩もカラフル。タッチが軽い上にリズムが鋭敏で、どぎつさを排した代わりに、しなやかな歌心と洒落たセンスを持ち込んだ印象です。色々な音が耳に飛び込んでくる愉悦感は、正にこの曲らしい楽しさでもあり、その意味では作品の本質を衝く王道のアプローチといった感じ。木管の細かなオブリガートも、生き生きと躍動しています。

“腰が弱く、几帳面。華やかさや洒脱なセンスが無いために、どこか場違いな印象”

ヴォルフガング・サヴァリッシュ指揮 バイエルン国立管弦楽団

(録音:1987年  レーベル:EMIクラシックス)

 2枚発売された「オーケストラ・フェイヴァリッツ」というオムニバス・アルバムの第2集から。当盤はイタリア、フランス物が中心の管弦楽曲集で、カップリングはスッペの《軽騎兵》《詩人と農夫》序曲、エロールの《ザンパ》序曲、スメタナの《売られた花嫁》序曲、オッフェンバックの《天国と地獄》序曲、ヴォルフ=フェラーリの《マドンナの宝石》から間奏曲、ベルリオーズのハンガリー行進曲。もう1枚はロシア物の作品集です。

 中庸のテンポで、細部まで丹念に彫琢した演奏。活力も歯切れの良さも無くはないですが、ある種の華やかさや勢い、そして何よりも洒脱さが感じられないために、どこか場違いな印象も受けます。細かい音符を克明に刻み付けてゆく行き方は、ことフランス音楽に関しては適切でないように思います。さっぱりと明るい響きは悪くないですが、どうもサヴァリッシュ時代のこのオケは艶やかさや柔らかさに不足するのが残念。腰の弱さも気になります。

“指揮者の鋭いタッチを中和し、艶っぽく洒脱なセンスさえ効かせるウィーン・フィル”

ジョン・エリオット・ガーディナー指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1995年  レーベル:ドイツ・グラモフォン)

 珍しい小品をたくさん詰め込んだ、シャブリエの管弦楽曲集から。当コンビの録音は意外に多く、他にメンデルスゾーン、シューベルトの交響曲、エルガーの作品集、ブルックナーのミサ曲から、レハールのオペレッタまであります。

 速めのテンポを採り、鋭敏なリズムを駆使した闊達なパフォーマンス。ホルンが装飾音を小粋に回すなど、オケが洒脱なセンスを聴かせるのも意外です。もっとも、艶っぽい木質の響きはウィーン・フィルらしく魅力的。やや刺々しさのあるガーディナー流のアタックも、オケが上品に中和しています。解像度の高いリズム処理は随所で効果を上げていて、伴奏型に隠れた同音連打にもスピード感あり。コーダは打楽器のパンチも効かせて、ダイナミックに造形。

“オケがやや非力ながら、終始生き生きと楽しそうに表現された好演”

佐渡裕指揮 コンセール・ラムルー管弦楽団

(録音:1999年  レーベル:エラート)

 同じ作曲家の《楽しい行進曲》《ハバネラ》《気まぐれなブーレ》、歌劇《グヴァンドリーヌ》序曲、ラヴェルの《高雅にして感傷的なワルツ》《ボレロ》をカップリングしたアルバムから。やや遠目の距離感ですが、たっぷりと残響を収録したスケール感の大きな録音です(有名な サル・ワグラムでの収録)。

 遅めのテンポを採択し、潤いのある明るい音色で描いた好演。合奏はやや不揃いで、アインザッツが揃わない箇所も目立ちますが、生き生きと楽しそうに演奏している様子が感じられます。刺々しいエッジを立てた造形ではなく、流麗でソフィスティケイトされたタッチ。優美なルバートも挿入し、トロンボーンの旋律にもユーモラスなグリッサンドを適用しています。後半に向けて熱っぽい加速を行うのも、佐渡らしいアゴーギク。オケの響きが、さらに洗練されていればと思わないでもありません。

“正攻法の中に、職人的な腕の良さと活力を盛り込む”

ネーメ・ヤルヴィ指揮 スイス・ロマンド管弦楽団

(録音:2012年  レーベル:シャンドス)

 マスネ、イベール、オッフェンバックなどが出ている当コンビのフランス音楽シリーズの一枚。シャブリエの作品ばかりを収録時間ギリギリまで集めた好企画で、マイナーな作品ばかりですが、一級レヴェルの演奏で聴ける点はメリットです。

 アンサンブルはやや粗い箇所があるものの、活力に富むパフォーマンスはさすがヤルヴィ父。この指揮者としては正攻法のアプローチで、テンポもさほど速くないですが、エッジの効いた鋭いブラス・セクションに迫力があります。オケもカラフルな色彩で応え、各パートが生き生きと躍動。造形が滑らかに整えられている所や、進行の流れの良さに、職人指揮者的な腕の良さが良く出ています。

“スコアの解釈はオーソドックスに抑え、音色の華やかさと活気で勝負”

フランソワ=グザヴィエ・ロト指揮 レ・シエクル

(録音:2012年  レーベル:Musicale Actes Sud)

 ライヴ収録による、フランスの作曲家が描いたスペインをテーマにしたオムニバスから。カップリングはマスネの歌劇《ル・シッド》からバレエ組曲、ラヴェルの《道化師の朝の歌》、ドビュッシーの《イベリア》ですが、収録年月も演奏会場もバラバラなのにまとめて記載してあり、各曲の録音データが特定できません。ここでは最も古い2012年、ラ・シューズ・デュー収録のデータとして記載しておきます(他は2013年パリ、サル・プレイエル、2014年ペルミニャン、ラルシペル)。

 冒頭から華麗で爽快な音の氾濫に圧倒される演奏。テンポやフレーズの解釈は特に個性的という訳ではないし、ピリオド楽器の音色も飛び抜けて特殊とは感じられないのですが、サウンド全体の眩い華やかさで聴かせてしまいます。シャープで明晰、生彩に富んだパフォーマンスで、作品にふさわしい活気は十分。ガット弦によるアンサンブルのせいか、弦楽セクションにさほど艶とボリュームがなく、その分、管楽器の鮮やかな音彩が際立つ印象です。

“短い中にもアイデア満載。どこまでもヤンソンス流の楽しいパフォーマンス”

マリス・ヤンソンス指揮 バイエルン放送交響楽団

(録音:2015年  レーベル:BRクラシック)

 ガーシュウィンのラプソディ・イン・ブルー、エネスコのルーマニア狂詩曲第1番、ラヴェルのスペイン狂詩曲、リストのハンガリー狂詩曲とカップリング。今どき珍しいラプソディー・アルバムですが、これを全てライヴで、しかも寄せ集め音源ではなく、一晩の演奏会のプログラムとして録音しているのはユニークな発想です。

 演奏はこのコンビらしい、克明で解像度の高い表現。力みがなく、軽快なパフォーマンスが好印象ですが、オケが高機能なため、どこか佇まいに余裕を感じさせるのが独特です。弦のカンタービレもひと呼吸置いて入るのですが、そこにふわりと宙を舞うような洒脱なタッチを加えるのがヤンソンス流。

 トロンボーンの主題も柔らかい感触で、下降音型を一部グリッサンドで繋いでいるのが個性的な解釈。テンポを自由に揺らすのがヤンソンスらしく、後半も大きくルバートして、フランス音楽らしい粋な性格を全面に出しています。エンディングはライヴらしく、一気に加速。

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