ボロディン/歌劇《イーゴリ公》より、《ダッタン人の踊り》ほか管弦楽曲

概観

 オペラよりも圧倒的に有名なバレエ音楽。歌劇全曲の音楽も魅力的(台本は今一つ)なので、もっと上演されていいのだが。映像ソフトもゲルギエフ盤と、その薫陶を受けた後輩ノセダの盤(日本語字幕なし)くらいしかめぼしいものがなく残念。かつてはLDで、ハイティンクがロイヤル・オペラを振ったものが出ていたが、海外でもDVD化されないのはなぜなのか。

 ちなみに日本語訳では「ダッタン人」(タタール人)という名称が定着しているが、本来はポロヴェツ人という別の民族。ボロディンの家系をたどると先祖がこの民族だそうで、そう聞くとこのオペラに溢れる熱い共感や、彼の作品の随所に出てくる東洋的なセンスにも納得が行く。

 《序曲》は、ボロディンの断片を元にグラズノフが完成させたものだが、オペラの中の旋律がうまく使われていて、すこぶる魅力的な仕上がり。あの低俗なR・コルサコフの《スペイン奇想曲》や《ロシアの復活祭》なんかよりずっと良い曲なので、もっと演奏されていいように思う。エキゾティックで土俗的な《ダッタン人の行進》も、一度聴いたら耳に残るくらいインパクトのある舞曲。

 《ダッタン人の踊り》は単独で演奏される人気曲だが、多彩な舞曲の集合体で、本来は合唱も含む。情緒と躍動感を兼ね備えた美しい舞曲《乙女たちの踊り》を冒頭に置く録音と、置かない録音がある。人気作とはいえ、近年はこういう曲でさえコンサート、録音で耳にする機会はずっと減ってしまった。

 《乙女たちの踊り》を割愛する場合、冒頭に来るのは、東洋的で哀愁を帯びた旋律がリリカルな《娘たちの流麗な踊り》、勇ましい民族舞曲《男達の激しい踊り》、騎馬民族特有の3拍子リズムに乗せた土俗的な《全員の踊り》、間にコンチャーク公を讃える歌とスラヴ人の《奴隷達の踊り》を挟み、急速な6/8拍子で荒々しい《少年達の踊り》を経て、これらを再現しながら山場を形成する。

 かつてはロシア名曲アルバムの定番曲だっただけあり、60年代までの演奏はどれも充実。下記リストなら、小澤盤まではどれもが自信をもってお薦めできる名演。カラヤン盤以降は残念ながらムラが目立つが、A・デイヴィス、サロネン、フェドセーエフ、西本、ヤルヴィ父子と、気鋭の指揮者たちが卓越したセンスで優れた録音を残し、管弦楽作品としてはまだ人気をキープしている方。80年代以降、合唱入りの録音が主流となっているのも嬉しい所。

*紹介ディスク一覧

[序曲]のみ

14年 ノセダ/イスラエル・フィルハーモニー管弦楽団

[ダッタン人の行進]のみ

81年 フェドセーエフ/モスクワ放送交響楽団

[ダッタン人の踊り]のみ

56年 ドラティ/ロンドン交響楽団

58年 セル/クリーヴランド管弦楽団

59年 クリュイタンス/パリ音楽院管弦楽団

60年 クーベリック/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

61年 シルヴェストリ/パリ音楽院管弦楽団

61年 プレートル/ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団

64年 マルケヴィッチ/アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団

69年 ストコフスキー/ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団

69年 小澤征爾/シカゴ交響楽団

70年 カラヤン/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

77年 バレンボイム/シカゴ交響楽団

84年 サロネン/バイエルン放送交響楽団

89年 フェドセーエフ/モスクワ放送交響楽団

00年 西本智実/ロシア・ボリショイ交響楽団“ミレニウム”

03年 P・ヤルヴィ/フランス放送フィルハーモニー管弦楽団

07年 ラトル/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

[序曲と舞曲集]

76年 A・デイヴィス/トロント交響楽団

89年 N・ヤルヴィ/エーテボリ交響楽団

91年 フェドセーエフ/モスクワ放送交響楽団

92年 サイモン/フィルハーモニア管弦楽団

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[序曲のみ]

“熱っぽい勢いと艶美な歌に溢れた、ノセダ会心のライヴ録音”

ジャンドレア・ノセダ指揮 イスラエル・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:2014年  レーベル:ヘリコン・クラシックス)

 ベルリオーズの幻想交響曲とカップリングしたライヴ盤。コンサートでは珍しい選曲ですが、ロシア物を積極的に取り上げ、トリノ王立歌劇場でオペラ全曲の映像ソフトも出しているノセダらしいプログラミングです。高音域が爽快な一方、やや奥行き感と低域が不足する録音ですが、このホール(マン・オーディトリアム)での録音はメジャー・レーベルでも同様の傾向があるので、やむを得ない音響条件なのでしょう。

 指揮者の唸り声をマイクが捉えているように、実に生き生きとした演奏。多少アインザッツがズレても、速めのテンポで軽やかに疾走する勢い良さが好ましいです。特筆したいのはオケの伸びやかな歌心で、第2主題を歌うホルンの美麗なカンタービレや、それを引き継ぐ管弦の艶美な味わいはすこぶる魅力的。楽団にとってあまり馴染みのない曲ではと思いますが、全編に溢れる熱い共感も素晴らしいです。コーダにかけてのライヴらしい高揚感も、短い尺の中でうまく設計していてさすが。

[《ダッタン人の行進》のみ]

“ロシア管弦楽の凄みを感じさせる、土俗的迫力に満ちたパフォーマンス”

ウラディーミル・フェドセーエフ指揮 モスクワ放送交響楽団

(録音:1981年  レーベル:メロディア)

 同じ作曲家の《中央アジアの草原にて》、ムソルグスキーの《はげ山の一夜》、イッポリトフ=イワーノフの組曲《コーカサスの風景》をカップリングしたロシア名曲集第1集より。当コンビは再録音も含め、《イーゴリ公》を中心にボロディン作品を何度か録音しています。

 魅力的なのになぜか単独では演奏されない曲で、他にはサイモン盤があるくらい。当盤は男声合唱を省いている点がデメリットですが、悠々と迫り来るようなテンポでじっくり細部を描き込み、腰の強さと土俗的なパワーを解放した表現は作品の本質を衝くもの。カップリングの《はげ山の一夜》や《酋長の行列》にも通じる、ロシア管弦楽の凄味を感じさせるパフォーマンスです。鋭利なリズム感や鮮烈なアクセント、華やかな色彩感にも欠けておらず、合奏もよく統率されて万全の仕上がり。

[《ダッタン人の踊り》のみ]

“あらゆる箇所が印象に残る、バレエ指揮者らしい描写力を生かした名演”

アンタル・ドラティ指揮 ロンドン交響楽団・合唱団

(録音:1956年  レーベル:マーキュリー)

 合唱入りのヴァージョン。オリジナルのカップリングは不明です。奥行き感が深く、大太鼓の重低音をきっちり捉えた録音は、時代を考えると驚異的。直接音の生々しさはマーキュリーならではです。ドラティは本当に優れた指揮者でレパートリーも広く、デッカ時代に再録音して欲しかった作品も多いですが、この曲もその一つ。

 《娘たちの流麗な踊り》は合唱も含めてリズムがよく意識され、あくまで舞曲である点を踏まえている辺りはさすがバレエ指揮者。《男達の激しい踊り》の流れるようにスムーズなリズム処理、《全員の踊り》の逞しい力感と色彩の表出、《少年達の踊り》の遅めのテンポとシャープで歯切れの良い語調など、どの箇所も全て印象に残るほどの描写力が素晴らしいです。

“鮮やかな管弦楽の魅力で聴かせる、技術的には完璧なパフォーマンス”

ジョージ・セル指揮 クリーヴランド管弦楽団

(録音:1958年  レーベル:ソニー・クラシカル)

 合唱なしのヴァージョンで、オリジナル・カップリング不明。《娘たちの流麗な踊り》は木管ソロのくっきりした音彩と、続く合奏の明朗な音色がこのコンビらしい所。《男達の激しい踊り》は速めのテンポで勢いがあり、シャープなアンサンブルにも聴き応えがあります。《全員の踊り》はパンチが効いて、痛快な演奏。土俗的ではありませんが、カラフルな管弦楽の魅力で聴かせるモダンなアプローチです。

 《少年達の踊り》も楽想の性格をよく掴んだ、器用な指揮ぶり。オケがとにかく優秀で、スコアの再現という意味では完璧な演奏の一つと言えるでしょう。それでいて情緒は豊かで躍動感にも欠けておらず、旋律の魅力も余す所なく表出しています。

“上品で華やかな性格の一方、力強さや民族情緒も欠かさず表現”

アンドレ・クリュイタンス指揮 パリ音楽院管弦楽団

(録音:1959年  レーベル:EMIクラシックス)

 《乙女たちの踊り》を収録するも、合唱なしのヴァージョン。R・コルサコフの《ロシアの復活祭》《熊蜂の飛行》とカップリング。残響はたっぷり収録されていますが、細部はやや埋もれがちで、強奏部では混濁もあります。

 抑制の効いた、センスの良い演奏で、カンタービレも上品。ある種の野性味には不足しますが、旋律美やロシア情緒は豊かに感じられますし、打楽器の激烈な打ち込みなどダイナミズムにも欠けていません。艶っぽい弦の歌や、木管や金属打楽器のオブリガートなど、色彩感が華やかなのはこの指揮者らしい所。リズム感にも優れ、歯切れも良いスタッカートも盛り込む一方、テンポをむやみに煽らず、落ち着いた性格です。最後の山場もゆったりとした佇まい。

“すこぶる丁寧な棒で、純音楽的なクオリティの高さを目指すクーベリック”

ラファエル・クーベリック指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1960年  レーベル:EMIクラシックス)

 クーベリックの珍しいボロディン録音で、交響曲第2番とカップリング。合唱入りですが、団体名の記載がありません。当コンビは同時期にモーツァルトの後期交響曲などもレコーディングしています。オン気味の録音で残響豊富とは行きませんが、ブラスのシャープなエッジを聴かせながらも、オケの艶っぽい音彩はきっちり捉えている印象。

 合唱はやや不備で、人数が少ないのか響きにむらがある上、オケとのタイミングも大きくズレる箇所があります。演奏は野趣や民族的情感を全く強調しないものの、非常に丁寧で、細かいアーティキュレーションやフレージングにこだわる音楽性の高さがクーベリックらしいです。テンポの推移もごく自然で、各部を生き生きと描写しているのも好感が持てる所。力強さや色彩感には欠ける事がなく、高揚感もあって巧みに設計されています。

“シャープなリズムにリリカルな歌い口。身体的興奮と感情的熱狂の相乗効果”

コンスタンティン・シルヴェストリ指揮 パリ音楽院管弦楽団

(録音:1961年  レーベル:EMIクラシックス)

 合唱なしのヴァージョンですが、オケの音色が美しく、打楽器や木管群が織りなす華やかな音世界は、正にこの楽団の独壇場です。カップリング不明。身体的興奮と感情的熱狂をうまく表現に取り込み、リズムを鋭利かつ厳格に管理しているのは、この指揮者らしい所。《男達の激しい踊り》など民俗舞曲のエピソードは、伴奏型のリズム感やムードの掴み方が個性的で、さすがルーマニアの指揮者という感じです。

 トロンボーンのパッセージも、エッジが効いてシャープで、バス・トロンボーンを強調し、トランペットに歯切れの良いスタッカートを付与するのも独特の感じ方。アゴーギクとフレージングは絶妙で、ほろりとさせられるようなリリカルなカンタービレには、思わず聴き惚れてしまいます。

“指揮者の高いスキルが生かされた、全方向において優れた好演”

ジョルジュ・プレートル指揮 ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1961年  レーベル:EMIクラシックス)

 合唱なしのヴァージョン。珍しい顔合わせのセッションで、同じ作曲家の《中央アジアの草原にて》、R・コルサコフの《スペイン奇想曲》、ムソルグスキーの《はげ山の一夜》を組み合わせたロシア管弦楽アルバムから。鮮明で聴きやすい音質で、大太鼓の強打など音域とダイナミック・レンジの広さも確保した、古さを感じさせない優秀録音です。

 プレートルは遅めのテンポを採択し、叙情性豊かに旋律を歌わせる一方、ダイナミックな表現で躍動的なリズムも表現しています。《全員の踊り》は、スロー・テンポと大太鼓の重低音で凄味のある表現を取りながら、同時に和声と旋律線の情緒もうまく抽出していてさすが。後半のポリフォニックなオーケストレーションも立体的に構築していて、指揮者のスキルの高さを窺わせます。

“エッジの効いたスリリングな表現を貫く一方、オケの音色美は後退”

イーゴリ・マルケヴィッチ指揮 アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団

 オランダ放送合唱団

(録音:1964年  レーベル:フィリップス)

 チャイコフスキーの《1812年》、R・コルサコフの《ロシアの復活祭》とカップリングで、マルケヴィッチと当オケの数少ないレコーディングの一つ(他にベルクのヴァイオリン協奏曲あり)。録音は非常に鮮明で生々しく、合唱を伴うトゥッティでもさほど歪みや混濁が目立たないのは驚き。

 指揮者の鋭利な棒にぴたりと付けて、オケが緊密なアンサンブルを展開。尖鋭なリズム処理と明快を極めたクリアな音響で描き切る。このオケらしい典雅な音色美はあまり出ていないが、木管ソロや弦の優美なカンタービレはさすが。響き全体もまろやか。テンポは落ち着いているが、筆使いがシャープなので合奏に緊張感がある。

 合唱も良く言えばロシア的なスタイルというか、生き生きとした野趣に溢れるが、さすがにオケと合唱双方がテンポの速い箇所を乗り切ろうという場面では、若干アインザッツも乱れる(とりわけスネアドラムのズレは深刻)。

“独自の発想で作品の魅力を拡大した、ストコ節屈指の成功例”

レオポルド・ストコフスキー指揮 ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団・合唱団

(録音:1969年  レーベル:デッカ)

 《1812年》、ストラヴィンスキーの歌曲《パストラール》(ストコフスキー編曲)とカップリング。当コンビの録音は意外に少なく、デッカでのセッションは多分これが唯一です。

 色彩の鮮やかなサウンドで、合唱も左右に分離して表情豊か。とにかく演出巧者でテンポの伸縮が大きく、ディミヌエンドの過程においては、ほとんど止まってしまうんじゃないかというくらい速度が落ちる箇所もあります。強弱の演出も、スコアを無視して独自に設定。恣意的なカットも随所に聴かれます。しかしオケが非常にしっかりとしていて、合奏自体にはむしろ格調の高さすら感じられる印象。

 特にエキサイティングなのが《少年達の踊り》で、弦のピツィカートによるオスティナート・リズムを荒々しくかき鳴らし、クレッシェンドの局面でベース音の下降音型にトロンボーンを加えて激しく煽るのは、曲の本質を衝く素晴らしいアイデアです。これは一度聴くと、他の演奏では物足りなく感じてしまうほど。合いの手にもグロッケンシュピールを追加したりしています。作品の魅力を拡大している点では、むしろR・コルサコフとグラズノフの編曲を補完していると言えるでしょう。

“意外に落ち着いたテンポで、早熟な音楽的センスを打ち出す若き小澤”

小澤征爾指揮 シカゴ交響楽団

(録音:1969年  レーベル:EMIクラシックス)

 オリジナル・カップリング不明で、《乙女たちの踊り》も収録する一方、合唱は省略。シカゴ響の録音は各レーベル共、オーケストラ・ホールとメディナ・テンプルを使い分けていますが、EMIは後者に絞っているようで、長い残響を取り入れた音場の深さが心地良いです。

 この時期の小澤としてはテンポに余裕があり、全体に落ち着いた佇まいが感じられるのが特徴。天性のリズム感は随所に効果を発揮しますが、洗練された性格で、民俗色の強いエキサイティングな表現ではありません。

 オケは木管ソロを中心にカラフルな音色で精緻なアンサンブルを展開、この団体の特質ともいえる、他を圧するブラスの咆哮は抑制されています。《娘たちの流麗な踊り》が後半に再現される所や、その後の舞曲など、即興的感覚でテンポを加速してゆく所に、指揮者の早熟な音楽的センスがよく出ています。

“最大公約数の解釈で、良くも悪くも八方美人的な演奏”

ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:1970年  レーベル:ドイツ・グラモフォン)

 《乙女たちの踊り》も収録、合唱なし。チャイコフスキーの《エウゲニー・オネーギン》からポロネーズとワルツ、ヴェルディの《アイーダ》《オテロ》からバレエ音楽、ポンキエルリの《ジョコンダ》から《時の踊り》をカップリングした、オペラ・バレエ音楽集より。カラヤンはこの10年前に、フィルハーモニア管とも同曲を録音しています。

 演奏はソツがなく、多忙な人気指揮者にありがちなやっつけ感が漂います。《娘たちの流麗な踊り》は合唱がない分、スロー・テンポで各パートをよく歌わせ、音色美で聴かせる傾向。各舞曲はダイナミックで合奏もよく整い、オーケストラ音楽の楽しさも味わえますが、数あるディスクの中で特に面白い演奏とは感じません。最大公約数の解釈は八方美人的で、ビギナー向けにはいいかも。弦のポルタメントやティンパニの強打もこれ見よがしで興ざめ。

“機能的に優秀ながら、淡白な表現で真面目すぎて面白味が不足”

ダニエル・バレンボイム指揮 シカゴ交響楽団

(録音:1977年  レーベル:グラモフォン)

 《乙女たちの踊り》も収録し、合唱はなし。《スペイン奇想曲》《ロシアの復活祭》《はげ山の一夜》とカップリングした、ロシア管弦楽曲集から。残響が長く、聴きやすい音質です。バレンボイムの表現はダイナミック・レンジをあまり大きく取らず、テンポの急激な落差や煽りもないので、どことなく淡々として聴こえるのが特徴。

 《乙女たちの踊り》はテンポが速すぎて舞曲のムードが出ませんが、後は落ち着いた足取りで美しいパフォーマンスです。荒々しい野性味には欠けますが、格調の高い音楽的な表現。旋律線もよく歌っていて、高弦のポルタメントも効果的ですが、この曲の場合もう少しはったりやケレン味が欲しいように思います。オケは優秀ですが、パワーで圧倒する傾向はみられません。

“モダンな造形にたっぷりと情感を盛り込んだ、サロネンの本格デビュー盤”

エサ=ペッカ・サロネン指揮 バイエルン放送交響楽団・合唱団

(録音:1984年  レーベル:フィリップス)

 合唱入りのヴァージョンで、《乙女たちの踊り》も収録。《中央アジアの草原にて》、チャイコフスキーの《1812年》、グリンカの《ルスランとリュドミラ》序曲、バラキレフの《イスラメイ》を収録したロシア管弦楽曲集より。

 サロネンの本格デビュー盤でしたが、実演で度々共演しているバイエルン放送響との録音は非常に少なく、他には協奏曲の伴奏盤(バティアシュヴィリとのショスタコーヴィチ、アリス=紗良・オットとのグリーグ)があるのみ。サロネンのフィリップス・レーベルへの登場もこの一枚で途切れ、後年に契約アーティストであるムローヴァの伴奏(ストラヴィンスキーとバルトーク)で録音しただけです。

 《乙女たちの踊り》は落ち着いたテンポで細部を丹念に活写。鮮やかな色彩感と滑らかな音色が美しく、オーケストレーションの妙を明快に聴かせる一方、ダイナミクスの変化を細かく付けて表情も豊かです。《娘達の流麗な踊り》はスロー・テンポで、情緒豊かに開始。最後まで徹底して落ち着いたテンポを採り、勢いよりもディティールの豊穣さを聴かせたい様子です。

 極端なアクセントや荒々しい野趣は抑えられていて、洗練されたセンスを感じさせる一方、旋律線にはたっぷりと情感を盛り込むという、個性的なスタイル。オーケストラ・ピースとしての純粋な愉しさを追求した感じでしょうか。弦と木管を筆頭に、オケの音色の美しさは出色。合唱はやや奥まった距離感ですが、リズムの表現が徹底していてアインザッツの乱れも目立たず、よく統率されています。

“濃厚なロシア情緒とシャープなエッジを両立させた、新時代の本格派”

ウラディーミル・フェドセーエフ指揮 モスクワ放送交響楽団・合唱団

(録音:1989年  レーベル:メロディア)

 合唱入りのヴァージョン。チャイコフスキーの《1812年》と弦楽セレナード、ハチャトゥリアンの《剣の舞》をカップリングしたロシア名曲集より。当コンビのボロディン録音は、同じレーベルに《ダッタン人の行進》と《中央アジアの草原にて》、ノヴァリスに交響曲第2番と《イーゴリ公》序曲と《ダッタン人の踊り》、《中央アジアの草原にて》再録音もあります。

 冒頭の合唱は情緒豊かで、ムード満点。オケの響きは、叙情的な箇所は暖かみのある音色ですが、強音部は野性味が強く、いかにもロシアの管弦楽という感じ。ブラスには激しいエッジと勢いがあり、ティンパニや大太鼓も躊躇無く叩きこんできます。民族舞曲の箇所もテンポが速く、細部を描写するより熱気とスピード感で押し切る感じが、逆に本場物らしくリアル。

 あと一歩だけ色彩の鮮やかさが欲しいですが、こういうくすんだ色合いもロシア的と言えるでしょうか。リズムはシャープで、精確さも充分追求されています。後半のエネルギッシュな盛り上がりもエキサイティング。

“ロシア独特の音色とセンスを聴かせる好演。オケの機能性はあと一歩”

西本智実指揮 ロシア・ボリショイ交響楽団“ミレニウム”

 ユルロフ記念国立アカデミー合唱団

(録音:2000年  レーベル:キングレコード)

 合唱入りのヴァージョン。ハチャトゥリアンの《ガイーヌ》から5曲、《仮面舞踏会》から1曲、ムソルグスキーの《はげ山の一夜》、チャイコフスキーの《エフゲニー・オネーギン》〜ポロネーズ、《アンダンテ・カンタービレ》、ラヴェルの《ボレロ》、《亡き王女のためのパヴァーヌ》を収録した管弦楽オムニバスからの音源です。

 《娘たちの流麗な踊り》はゆったりしたテンポで情緒豊か。合唱も含めて暖かみのある、柔らかな響きもロシアらしいです。《男達の激しい踊り》は突き上げるようなリズムと、フレーズの頭のきついアタックがワイルド。《全員の踊り》のティンパニと大太鼓、小太鼓、バス・トロンボーンもパワフルで、土俗的な迫力があります。《少年達の踊り》もリズムの扱いに独特の雑然とした雰囲気があり、野性味が豊か。オケ、合唱も機能性はともかく、全曲を通じて生き生きとしています。

“オペラティックな興趣が溢れる、フランス・オケとロシア合唱団のコラボ”

パーヴォ・ヤルヴィ指揮 フランス放送フィルハーモニー管弦楽団

 マリインスキー劇場合唱団

(録音:2003年  レーベル:ヴァージン・クラシックス)

 《乙女たちの踊り》も収録。珍しい小品も多数収録した、ロシア・バレエ音楽集アルバムからの音源です。《乙女たちの踊り》は勢いのあるテンポで、いかにもフランスのオケらしいカラフルで滑らかな木管群の音色が魅力的。明るい音色と弾けるような躍動感で、一気にリスナーの心を掴みます。

 《娘たちの流麗な踊り》も、イントロの木管ソロがみな素晴らしく美麗なパフォーマンス。民族色よりもオケのカラーを生かす方向です。コーラスはさすがマリインスキー劇場だけあって、存在感抜群のパフォーマンス。単なる添え物には終りません。《男達の激しい踊り》は土俗的でこそありませんが、歯切れの良いスカッタートと正確なリズム処理でモダンな造形。

 《全員の踊り》はマスの響きの勢いを優先し、合唱を含めたアンサンブルの一体感が、正にオペラの1場面そのままにドラマティックです。《少年達の踊り》から後半にかけても、軽快で小気味良いタッチながら、コーラスの表現力が圧倒的。パーヴォがなぜオペラに手を出さないのか分かりませんが、本質的に劇場的なセンスのある指揮者じゃないかと思います。

“オケの能力を生かしながらも、どこか物足りなさを残すライヴ盤”

サイモン・ラトル指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

(録音:2007年  レーベル:EMIクラシックス)

 交響曲第2番、ムソルグスキーの《展覧会の絵》をカップリングしたライヴ盤。合唱抜きの演奏で、《娘たちの流麗な踊り》はオーボエとイングリッシュ・ホルンがテーマを吹きますが、さりげない調子に豊かなニュアンスを込めるのはさすがベルリン・フィル。《男達の激しい踊り》は中庸のテンポながら、シンフォニックに充実した響きで聴かせます。

 《全員の踊り》はティンパニと大太鼓を激しく強打させ、ストレートに鋭利なアタックをぶつけてくるパーカッシヴなアプローチがラトルらしい所。《少年達の踊り》は遅めのテンポで、6/8拍子の継続的なグルーヴを生かした印象です。これはこれで説得力がありますが、やや大柄で、演出力や野性味に乏しい感じもあり。この曲は合唱が入っていないと、どこか不完全に聴こえてしまうのも問題です。

[序曲と舞曲集]

“鮮やかな音感と尖鋭なリズム感に、指揮者の傑出した耳の良さを示す”

アンドルー・デイヴィス指揮 トロント交響楽団

(録音:1976年  レーベル:ソニー・クラシカル)

 交響曲全集のカップリングで、序曲と《乙女たちの踊り》も収録。私が所有している輸入盤には記載がありませんが、合唱入りのヴァージョンです。

 序曲は、ロシア系のアーティストのような勢いや野性味はありませんが、落ちついたテンポで細部を丹念に描き出し、柔らかくも発色の良い響きでフレッシュに表現した素敵な演奏。叙情的な主題とのコントラストもさほど大きく取らない代わり、優しく美しいフレージングが素晴らしいです。それはほとんど、A・デイヴィスが敬愛するバルビローリの慈愛に満ちた歌を想起させるほど。強音部も明朗な爽やかさに溢れ、鮮烈な音感と鋭敏なリズム、緻密なディティール処理で生彩に富んだ表現を展開します。

 《乙女たちの踊り》はかなり速めのテンポながら、細部まで生き生きと活写。音の輪郭がくっきりしているのがこの指揮者らしく、木管群のカラフルな色彩は印象的です。《娘たちの流麗な踊り》も、明るくクリアな音色で鮮やかに描写。

 《男達の激しい踊り》は野性味こそありませんが、発色の良さと勇ましい勢いが印象的です。《全員の踊り》は、逞しい力感と緻密な音響センスが非凡。合唱も音程が良く、オケも含めて響き全体の透明度が高いです。《少年達の踊り》も木管群の明朗な音色が美しく、合唱や複雑な要素が絡み合うクライマックスでも驚異的な明晰さを確保していて、指揮者の傑出した耳の良さを窺わせます。リズム感も卓抜。

“随所に卓越した棒さばきが光る、全曲盤が聴きたくなるほどの名演”

ネーメ・ヤルヴィ指揮 エーテボリ交響楽団・合唱団

 トルグニー・スポールセン(Bs)

(録音:1989/90年  レーベル:グラモフォン)

 交響曲全集のカップリングで、序曲と《乙女たちの踊り》も収録。他に《中央アジアの草原にて》、チェレプニン編曲の《夜想曲》、グラズノフ編曲の小組曲もカップリングした、ヤルヴィ父らしい網羅型企画の2枚組です。このコンビの録音としては残響がたっぷり収録されたオフ気味の音像で、合唱も含めて、柔らかく艶やかなサウンドはすこぶる美麗。

 序曲は、牽引力の強い速めのテンポで開始。主部へ向かうクレッシェンドにおける、金管のファンファーレは深く、柔らかい音色が魅力的です。主部もスピーディなテンポで推進力が強く、潤いのある響きとさりげない調子で駆け抜けるのもヤルヴィ父らしい所。ホルンのソロもソフトなタッチで、幻想味があって素敵です。引き継ぐ弦が優しい風合いで、共感を込めてしなやかに歌い上げるのは感動的。主部に回帰した所でさらにテンポを煽り、スリリングに盛り上げてゆくのもネーメ流の技と言えるでしょう。

 《乙女たちの踊り》は逆に落ち着いたテンポで、細部まで丹念に処理。《娘たちの流麗な踊り》は鮮やかでほの明るい色彩感が作品にふさわしく、リリカルな歌心も美しいです。《男達の激しい踊り》《全員の踊り》は、土俗性を強調せず美しい仕上がり。合唱も透明感のある響きで好演していて、これならオペラ全曲が聴きたかったと思わずにはいられません。《少年達の踊り》も勢いより表情の豊かさを重視していて、雄弁な語り口に惹き付けられます。

“オケが平素とは別の団体のように優美で丁寧な、オーストリアでの再録音”

ウラディーミル・フェドセーエフ指揮 モスクワ放送交響楽団

(録音:1991年  レーベル:ノヴァリス)

 序曲と《ダッタン人の踊り》を収録。後者は89年にメロディアにも録音している曲目ですが、当盤は合唱なしのヴァージョン。なぜノヴァリス・レーベルなのかと思えば、オーストリアのグラーツで収録されていました。カップリングは《中央アジアの草原にて》の再録音と交響曲第2番。残響を豊かに取り入れた非常にクリアな録音で、オケもモスクワ音楽院で演奏している時とはまるで別団体のように、かしこまって聴こえます。

 序曲は遅めのテンポでじっくり描写。オケの音色自体がメロディアの録音とはまるで違い、柔らかな音色が優美だし、演奏自体もすこぶる丁寧です。特に弦や木管が叙情的な旋律を歌う際はぐっとテンポも落とし、歌い回しが素晴らしく甘美。フェドセーエフの指揮も、オケの好調ぶりを生かしてか実に彫りが深く、作品の魅力を余す所なく抽出しています。

 しかもなぜか、速い箇所でも合奏はぴたりと揃っていて、アインザッツが粗いイメージのあるモスクワ放送響とはとても思えません(結局、モチベーションの問題なのでしょうか)。ブラスの強奏に華やかなヴィブラートが付くのはこの団体らしいですが、柔らかなソノリティにピリっとしたアクセントを添えるトロンボーンなど、いつになく美しいバランス感覚です。ただし管のピッチが甘い箇所は多少あり。

 《ダッタン人の踊り》は2年前のメロディア盤と違って合唱なし。やはり粗さの消えた丁寧なパフォーマンスで、同じ顔合わせとは思えないほど印象が違います。各パートが緻密に演奏している上、アンサンブルもよく統率されているので、程よくロシア情緒を残しながらも西欧風に洗練された表現、と聴こえます。旧盤ほどではないですがティンパニ、大太鼓の強打は健在で、金管のフラッター・タンギングも猛々しくてユニーク。《少年達の踊り》の勢いと烈しさもさすがです。

“残響の長さが吉とも凶とも出るものの、鮮烈な演奏で聴かせる組曲スタイル”

ジェフリー・サイモン指揮 フィルハーモニア管弦楽団

 BBC交響合唱団、マーガレット・フィールド(S)

(録音:1992年  レーベル:カーラ)

 合唱入りのヴァージョンで、序曲と《乙女たちの踊り》《乙女たちの合唱》《ダッタン人の行進》も加えた組曲にした上、《中央アジアの草原にて》、グラズノフ編の《小組曲》、リムスキー=コルサコフ編の《ノクターン》、ストコフスキー編の《レクイエム》(世界初録音。わずか5分ほどの小品)をカップリング。スコトコフスキーのアレンジまで入れているのがサイモンらしいですが、こういうボロディン・アルバムは稀少です。

 序曲は、みずみずしい響きと勢いの良いテンポで疾走するサイモンらしい好演。伴奏の弦の刻みなども精緻に彫琢していて、それが全体の躍動感に繋がっています。優美なラインを描く旋律線もロマンティックで、オケの美音と表現力が吉と出た印象。残響の多い録音ですが、色彩感は鮮やかに出ています。弱音部も弛緩せず、引き締まったテンポで緊張感を維持。緊密な合奏を構築した上、舞曲風のエピソードではわずかに加速するなど、巧妙なアゴーギクで最後まで聴き手の注意を逸らせません。

 《乙女たちの合唱》は、ボロディンらしいエキゾチックな美メロなのでもっと演奏されて欲しい曲。癖のないフィールドのソプラノ歌唱と、透明感のあるコーラスがうまく響き合って美しいパフォーマンスです。《乙女達の踊り》は落ち着いたテンポながら、細部を丹念に処理して色彩感と幻想味をうまく抽出。

 《ダッタン人の行進》も、親しみやすい曲調の割にあまり演奏されず残念。フェドセーエフ盤と較べるとテンポが速く腰高で、凄味やパンチ力には乏しいですが、その代わりにバレエ舞曲らしい躍動感と華やかさが出ました。フェドセーエフ盤は入れていない男声合唱の効果も絶大。

 《娘たちの流麗な踊り》はコーラスが溶け合って清らかな音彩が展開し、オケの響きも美しく、情緒豊か。教会の長い残響に助けられた印象もあり、遅めのテンポも功を奏しています。しかし《男達の激しい踊り》や《少年達の踊り》は、この指揮者にしては大人しく端正な表現に終始。細部がやや不明瞭な録音のせいもあり、サイモンにしてはさらに鮮烈さが欲しい所です。《全員の踊り》は速めのテンポで、スタッカートを駆使した歯切れの良いパフォーマンス。土俗性こそないものの、シャープな切り口が痛快です。

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