トーマス・ドルビー

Thomas Dolby

 1958年、エジプトのカイロ生まれ。両親はイギリス人で父は考古学者。幼年期はヨーロッパ各地を転々とするが、16歳からサウンド・エンジニアとして活動を始める。80年、リーナ・ラヴィッチのバンドに参加してシングル“ニュー・トイ”の作詞、作曲、アレンジを担当。81年、“アージ/リップズィグ”でソロ・デビュー。

 映画音楽の作曲家ではなく、音楽ファンならご承知の通り、革新的なシンセ・サウンドと生楽器を融合させた、図抜けてユニークなシンガー・ソング・ライターです。代表曲は“彼女はサイエンス”“哀愁のユウローパ”“ハイパー・アクティヴ!”など。初期のアルバムには矢野顕子が参加しているし、坂本龍一とのコラボ・シングルも発売するなど、日本でも昔から馴染みの深いアーティスト。私も学生時代から大ファンです。

 映画のスコアを担当した作品はほとんどないのですが、唯一とも言える下記『ゴシック』は傑作。又、『ハワード・ザ・ダック/暗黒魔王の陰謀』には劇中ソングとして数曲を提供。スピルバーグ製作のアニメ映画『恐竜大行進』の挿入歌(劇中はジョン・グッドマン、エンディングではリトル・リチャードの歌唱)もプロデュースしています。

 8/28 追加!

『ハワード・ザ・ダック/暗黒魔王の陰謀』

 Howard The Duck (1986年/2019年 INTRADA)

 ジョージ・ルーカス製作、ウィラード・ハイク監督による86年作品のサントラ。長らくLPでしか入手できませんでしたが、ジョン・バリーのオリジナル・スコアとシルヴェスター・リーヴァイによる追加スコア、さらに両者の未使用スコアも含めた3枚組で2019年にCD発売されました、

 ドルビーが作曲、プロデュースしたのは、主演のリー・トンプソンがステージで歌う劇中歌など7曲で、ドルビーズ・キューブというバンド名で演奏しています。豪華な事に、表題曲ではジョージ・クリントンが共作とバック・ヴォーカルで参加している他、スティーヴィー・ワンダーがハーモニカを担当しているナンバーも2曲あり。

 全てがリー・トンプソンのヴォーカルではなく、ドルビーの歌もある他、トラディショナルの編曲ものが1曲、短いインストも1曲。主題歌の別ヴァージョンもあって、ドルビーの担当は全8トラック収録されています。ドルビーらしいモダンなエレクトロ・ポップばかりなので、映画のサントラというよりドルビーの企画アルバムとして聴ける印象。

『ゴシック』

 Gothic (1987年 ヴァージン・レコーズ) *輸入盤

 バイロン伯爵の屋敷に詩人シェリーとその愛人メアリーらが集まり、『吸血鬼』『フランケンシュタイン』が生み出される元になったと言われる一夜を、変態監督ケン・ラッセルが映画化。音楽に造詣の深いラッセルだけあって、作曲家のチョイスはいつもユニークですが、よりにもよってドルビーとは驚きました。めくるめく幻想的映像を展開した映画はまるで音楽ビデオのようで、いかにもラッセル作品らしい仕上がり。

 ドルビーはフェアライトを駆使して、俳優達の声やセリフの他、マーラーの交響曲やストラヴィンスキーの《火の鳥》など、クラシック音楽もサンプリングして隠し味に使っています。ヒップなエンディング曲はドルビーの面目躍如たるポップ・ナンバーで、技巧的なピアノの演奏は何かしらのクラシック曲を加工しているような。卑猥な仕掛人形の場面に使われたエスニックな音楽など、作風は極めて過激で多彩です。

 ベースの規則的なリズムの上で、逆細分化されてゆくパッドの和音やシンセのメロディがピッチ・ベンダーで歪むという斬新なホラー・スコアは、TVの心霊映像特番にも使われていたのを思い出します。私もロック・バンド時代、ドルビーのテクニックは色々とパクらせてもらいました。

『ザ・ゲイト・トゥ・マインズ・アイ』

 The Gate to Mind's Eye (1994年 ジャイアント・レコーズ)

 本作は映画ではなく、米ミラマー社製作のビデオ『マインズ・アイ』シリーズ3作目のサントラです。しかしそんなもの誰も見ないでしょうから、私も含めて当盤はドルビーのニュー・アルバムという認識でした。実際にはサントラなので、9曲中4曲はインストゥルメンタル。聴いた感じも、ヴォーカル曲は少ないと実感します(ドルビーが歌っていない曲もあるし)。

 そういうストーリーだったのかどうか、インストに関してはダークな曲調が多い印象。ただ、ヴォーカル曲はやたらクールで、オープニングの“アルマゲドン”から洗練されたサウンドとノリノリのグルーヴに脳天を直撃されるし、女性ヴォーカリストをゲストに迎えた“クオンタム・メカニック”もヒップなメロとリズムにシビれます。

 ハイライトは、何と言っても“ヌーヴォーグ”。ダミ声のおっさん(ドルビー自身ですが)が歌う、オールドファッションなリズム&ブルースで、曲調の古臭さと先鋭的なサウンドのギャップが刺激的です。これは正に、スウィング・ジャズとテクノを融合させた“フェラーリをぶっ飛ばせ”で世間を驚かせたドルビーならではの発想ですね。

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