マーヴィン・ハムリッシュ

Marvin Hamlisch

 1942年、ニューヨーク生まれ。名門ジュリアード音楽院を出た才人で、ニューヨーク出身のモダンなセンスも生かす人。意外に寡作な作曲家ですが、世界的に知られた仕事が3つあります。

 まず、テーマ曲が有名な映画『追憶』。それから、スコット・ジョプリンのラグタイムをバンド編成にアレンジして使った、映画『スティング』(アカデミー賞受賞)。そして、ミュージカル『コーラスライン』。『スティング』は作曲の仕事ではないし、さほど重要とも思わないのですが、『コーラスライン』はロック/ポップス系のミュージカルとして、恐らく最初のエポック・メイキングな作品だと私も思います。

 その後も、映画音楽においては冴えない仕事ぶりですが、『007/私を愛したスパイ』の主題歌が素晴らしいので、必然的に好きな作曲家となっております。他の担当作は、『ダリル』『ソフィーの選択』『恋のためらい/フランキーとジョニー』など。初期のウディ・アレン作品、『泥棒野郎』『ウディ・アレンのバナナ』も手掛けています。2012年没。

*お薦めディスク

『追憶』

 The Way We Are (1974年 コロムビア・レコーズ) *輸入盤

 ハムリッシュの、恐らくは作曲家としての出世作(そしてたぶん代表作)。主題歌はインスト曲としても様々にアレンジされてBGMに使われまくったので、広く知られている事と思います。ロバート・レッドフォードと共に主演したバーブラ・ストライサンドによる主題歌は、ちょっと小ぶしを効かせて歌い崩しすぎで、メロディの美しさが分かりにくいのが残念。劇伴もこのメロディをテーマに使っているので、そちらのインスト版の方が良いです。

 スコアは情感が豊かでロマンティック。主題歌の旋律を使っていない曲も、弦の叙情的なナンバーが中心で、起伏に富んで素晴らしいです。短いアルバムなのに“イン・ザ・ムード”などスウィング・ジャズも多いですが、元々ハムリッシュも、そんなにたくさんの音楽を作曲していないのかもしれません。なぜか輸入盤でしか入手できない様子。

『コーラスライン』

 A Chorus Line (1975年 コロムビア・レコーズ) *輸入盤

 ロック/ポップス系のミュージカルで、恐らく最初に世界的な成功を収めた作品。日本でもビールのCMに使われている名曲“One”のせいで、古風なショー・エンターティメントのイメージが強いかもしれませんが、実はこの曲を歌うためのオーディションという設定で、他の曲はAOR風のポップスばかりです。ハムリッシュの作曲技能は極めて高く、複雑なレチタティーヴォもこなすし、多彩な曲調を鮮やかに切り替える手法も見事。

 ハムリッシュのメロディ・メーカーとしてのセンスは驚異的。この、次から次に飛び出す、美しく魅力的なメロディの数々はどうでしょう。これほどインパクトの強いナンバーの多いミュージカルもなかなか稀だと言えます。これに振りが付き、歌手達の躍動的なダンスと歌が入るとさらにエキサイティングなので、オリジナル・キャストの来日公演が行われる時は、何を置いてもぜひ出向いて欲しいです。

 ちなみに劇団四季のヴァージョンは、日本語の訳詞が音楽と全く合っていないし、役者の個性も生かさない(劇団の理念がそれを許さない)ので、私は逆に、四季のヴァージョンを先に見てしまったがゆえのマイナス・イメージを危惧します(他の演目も同様)。又、リチャード・アッテンボロー監督の映画版も、舞台の高揚感や迫力がうまく再現されているとは思えません。

 サントラも、オリジナル・キャストのミュージカル版をお薦めします。映画のサントラは、映画版にしか入っていないナンバーもあったりしますが、録音の質感やアレンジなどはミュージカル版の方が自然で、臨場感があります。

『007/私を愛したスパイ』

 The Spy Who Loved Me (1977年 EMIレコーズ)

 ハムリッシュが唯一音楽を担当した007作品。スコア自体はさほどとは思わないのですが、主題歌が素晴らしいのでここで取り上げました。歌うのはカーリー・サイモン。柔かく温かな声質で、ロマンティックな曲を歌う事も多い歌手なので、この曲にはぴったりです。キャロル・ベイヤー・セイガーが作詞を担当している点も注目。

 センス満点のピアノから始まり、古風とモダンが絶妙に配合された甘く切ないメロディのこのバラード、カーリー・サイモンの優しい歌声とも相まって、実に素敵な主題歌となりました。大サビでスケール大きく盛り上がり、フェイドアウトしてゆくポップな構成も小粋。さすが『コーラスライン』の作曲家という感じですが、それだけに本編スコアが魅力に欠けるのは惜しまれます。

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