トレヴァー・ホーン

Trevor Horn

 映画音楽の専門家ではなく、音楽ファンご承知の通り、英国を代表する革新的スーパー・プロデューサー。“ラジオ・スターの悲劇”で有名なポップ・デュオ、バグルズとして70年代に活動を始めますが、かねてからファンだと公言していたイエスに2人揃って加入。たった1枚アルバムを制作しただけで脱退しますが、ホーンはプロデューサーに転身し、そのイエスをはじめ数々のアーティストを担当。斬新なアイデアの数々で音楽業界を席巻します。

 本人もテクノポップ・ユニット、アート・オブ・ノイズを結成し、業界に革命を起こすと同時に、そのメンバーと設立したZTTレーベルからヒットを量産。フランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッド、グレイス・ジョーンズ、マルコム・マクラーレン、プロパガンダ、シールなど、世間を賑わせた作品は枚挙に暇がありません。外部の仕事でもABC、ポール・マッカートニー、ロッド・スチュワート、タトゥー、ペット・ショップ・ボーイズ、トム・ジョーンズ、ティナ・ターナー、シェールと、正に引っ張りだこ。

 ホーンの凄さは、現在の音楽界で当たり前となっている多くのアイデアを発明した事でしょう。サンプリングの技術をメジャーに展開し、シンセ・ドラムやオーケストラ・ヒットを使い始めたのも、DJがターンテーブルで行うスクラッチをサンプリングしたのも、1つの曲から様々なリミックス・ヴァージョンを作成し、リミックスだけで1枚のアルバムを作ったのも彼が最初と言われています。イントロにオーケストラの壮大な序曲を付けるのも、彼のスタイル。

 ホーンは映画音楽の作曲家ではないものの、キャリア初期から挿入歌の提供によって映画サントラの常連プロデューサーと言えます。『デイズ・オブ・サンダー』(デヴィッド・カヴァーデイル)、『パール・ハーバー』(フェイス・ヒル)、『コヨーテ・アグリー』(リアン・ライムス)など、主題歌を担当するケースもあり。数は少ないですが、全面的に携わった下記作品も素晴らしい出来映えです。

『トイズ』

 Toys (1992年 ZTTレコーズ)

 バリー・レヴィンソン監督、ロビン・ウィリアムス主演のファンタジー映画のサントラ。売れっ子作曲家ハンス・ジマーは実はホーンの弟子で、バグルスのサポート・メンバーをしていた人ですが、ここでは共同で音楽を担当しています。オペラ歌手ジュリア・ミゲネスが参加していたり、チャイコフスキーの交響曲第1番をオープニングに使うなど、ホーンらしいアイデアが満載。

 アルバムはZTTレーベルで製作されていて、グレイス・ジョーンズ、フランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッドなどレーベルの契約アーティストも参加。後者は参加というより、ヒット曲“プレジャー・ドーム”の「ウッ!ハッ!ウッハッ!」という掛け声だけを生かしたリミックス・ヴァージョンを戦闘シーンに使っていて、ものすごく斬新な効果を挙げています。

 他では、トーリ・エイモスが歌うヒップなテクノ・レゲエ、“ハッピー・ワーカー”がめちゃくちゃ格好いいのと、ロビン・ウィリアムスとジョーン・キューザックがMTVを偽装する曲がトーマス・ドルビー担当で、ドルビーの曲をホーンがプロデュースするという夢のような事が起っています(曲もクールです)。ジマーのスコアも収録している他、エンヤ、パット・メセニーも参加して全編豪華。

『モナリザ・スマイル』

 Mona Lisa Smile (2003年 ソニー・ミュージック・サウンドトラックス)

 マイク・ニューウェル監督、ジュリア・ロバーツ主演映画のサントラ。スコアの作曲はレイチェル・ポートマンで、サントラ全体のプロデュースをホーンが担当。ポートマンの組曲とエルトン・ジョンの新曲以外は全てスタンダード・ナンバーですが、歌っているアーティストがとにかく豪華。シール、トーリ・エイモス、リサ・スタンフィールドなどホーン馴染みの人も参加している一方、セリーヌ・ディオンやエルトン・ジョンはホーンが初プロデュースするアーティストだと思います。

 バーブラ・ストライサンドだけは強硬にこだわったのか、唯一セルフ・プロデュース。インスト曲では、トレヴァー・ホーン・オーケストラなる臨時編成の団体が演奏しています。映画のトーンを反映して洗練された上品な雰囲気で、トレヴァーの暴れっぷりを期待する人にはお薦めできないアルバム。

『ザ・リフレクション・ウェイブ・ワン』

 The Reflection Wave One (2017年 U/M/A/A)

 アメコミ界のレジェンド、『スパイダーマン』『X-MEN』のスタン・リーが原作、『蟲師』の長濱博史が監督した豪華なNHKアニメのサントラ。ホーンが全編作曲、プロデュースを務め、劇中歌を自身で歌うという超話題盤です。エンディング・テーマを、女優川島海荷が脱退した直後のアイドル・ユニット 9nineが歌っている所も注目(彼女達はトレヴァー・ホーンの凄さを知らないでしょうけど)。

 まずは、冒頭に収録された挿入歌“Sky Show”が度肝を抜く仕上がり。リズム・アレンジの個性的なインパクト、メロディ・ラインとコードに炸裂するポップ・センス、リバーブたっぷりZTT風味の音質、バグルズ時代から変わらないホーンの若々しく甲高い声と、ファンには嬉しくなるような滑り出しです。劇伴は壮大な曲調で迫力満点、奇しくも弟子のハンス・ジマーの作風を彷彿させるのが面白い所です。9nineの曲は、TVエディットという事でワンコーラスしか入っていないのが残念。

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