松任谷 正隆

Matsutouya Masataka

 1951年、東京生まれ。71年、加藤和彦に誘われてミュージシャン・デビューし、キャラメル・ママ、ティン・パン・アレーに参加。ユーミンの夫として、アレンジャー、音楽プロデューサー、イベント・プロデューサーの顔が圧倒的に有名な人ですが、実は作曲家としての彼が最も非凡ではないかと、私は思っております。

 編曲やプロデュースの活動がメインという印象ですが、下記2作の映画音楽があるだけでも、寡作を補って余りある素晴らしさ。他には映画『ねらわれた学園』や『天国の本屋〜恋火』『虹色ほたる〜永遠の夏休み〜』、蜷川幸雄演出の音楽劇『青い種子は太陽のなかにある』もありますが、正直な所、下記作品ほどはピンときません。

 シンガー・ソング・ライター時代には『夜の旅人』(1977年)というソロ・アルバムを出していて、所属していたティン・パン・アレーの曲も入っています。裏方の活動はユーミン以外にも数え切れないほど行っていて、全面プロデュースしたアルバムには木村佳乃の『GIRL』(2000年)もあります。

 作曲家としては他に、『エーゲ海』(1979年)、『シーサイド・ラバーズ』(1983年)というインストのオムニバスに参加してそれぞれ3曲を書き下ろしていますが、個人的に好きなのは、同じくインスト・オムニバスの『サンセット・ヒルズ・ホテル』(1987年)に1曲だけ提供した、“HER SUNSET SMILE 夕顔”。下記の映画音楽も彷彿させるリリカルなバラードで、美しくノスタルジックなメロディと情感が素晴らしいです。

*お薦めディスク

『時をかける少女』

 (1983年 ポニー・キャニオン)

 大林宣彦監督の尾道三部作の一つ。大林映画では『ねらわれた学園』も担当していますが、そちらは映画のアニメチックな過剰さを反映して大袈裟な曲が多く、個人的にはしっくりきません。それに較べ本作は、たおやかな叙情と、甘酸っぱくて切ないメロディが満載。同じ音型の繰り返しでメロディを展開する手法も効果的です。この音楽なしには成立しなかった映画と言えるでしょう。

 タイムリープの場面も音楽が素晴らしく、革新性よりノスタルジックな情緒を前に出したアプローチが、かえって映像のユニークさを際立たせています。監督自身の作曲による劇中歌“愛のためいき”も、松任谷アレンジで美しく馴染んで絶品(後に筋肉少女帯の大槻ケンヂが完コピしています。笑えます)。ユーミン作曲の主題歌も収録。

 角川映画のサントラなので、2曲に1曲くらいの割合で映画のセリフを重ねているのが無惨。音楽が聴きたいからサントラを買っているのに、これでは邪魔でしかありません。角川社長は、サントラ盤を記念グッズくらいに考えているのかもしれませんが、どういう人が買う商品なのか理解しているんでしょうか?

 本作は、後に角川春樹自身の監督でリメイクされ、再び松任谷正隆が起用(熊谷幸子と共同作曲)されました。そちらの主題歌は、作曲だけでなく歌もユーミンですが、主題歌もスコアも生彩を欠きます。音楽に理解がない人が監督だと、作曲家も本領を発揮できないという事でしょうか。

『ペンギンズ・メモリー 幸福物語』

 (1985年 CBSソニー)

 ほとんど忘れ去られた感のあるアニメーション映画。登場人物は全てペンギンですが、戦争で心に傷を負った帰還兵が、流浪の旅の途中で静かな村に滞在するが・・・という、実はめっちゃ大人向けの人間ドラマです。佐藤浩市や奥田瑛二など俳優陣が声を担当。当時、映画と連動してお酒のCMで、ペンギンが“SWEET MEMORIES”を歌う場面が流れていたので、記憶していらっしゃる方もいるでしょう。

 映画もいいですが、サントラが大傑作。行き場のない帰還兵の孤独をハーモニカが見事に表現したテーマ曲“さすらい”は、何度聴いても心に沁み入ります。ピアノによるサブ・テーマ“青空On My Mind”も素敵な曲で、私などこれらの曲を耳コピして何度弾いたかしれません。劇中歌“Musical Life”“SWEET MEMORIES”“ボーイの季節”(作曲はそれぞれ別の人)も収録し、松田聖子のアルバムという扱いになっています。

 このアルバム、いったんCD化はされていますが、CDが普及しはじめた初期の商品で入手困難なのが残念な所。近年やっと復刻されましたが、松田聖子主演映画のサントラをまとめたボックス・セットに入っていて、単品での入手はまだまだ難しそう。

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