エリオット・ゴールデンサル

(エリオット・ゴールデンタール)

Eliot Goldenthal

 1954年、ブルックリン生まれ。アメリカ・クラシック音楽の祖アーロン・コープランドと、現代音楽の雄ジョン・コリリアーノに師事したという、バリバリのクラシック・エリート。映画監督/演出家ジュリー・テイモアの夫で、彼女の作品は全て担当しています。オーケストレーションは自身で手掛けますが、単独ではなく、ほとんどの作品がロバート・エルハイとの共同作業。

 舞台の音楽でも受賞歴がある他、オーケストラ音楽《Fire,Paper,Water》は名手ヨーヨー・マのチェロ、小澤征爾指揮ボストン交響楽団によって、カーネギー・ホールをはじめアメリカ各地で演奏されて高評価を得るなど、天才ぶりを発揮。レナード・バーンスタインも彼の才能に注目し、舞台の仕事がガス・ヴァン・サント監督(『ドラッグストア・カウボーイ』)、メアリー・ランバート監督(『ペット・セメタリー』)の目にとまった事で、本格的な映画界入りとなりました。

 彼の作風は、前衛的なテイストとダークな色調の強いもの。異様なオブセッションに満ちた粘液質の音楽は、他に類を見ないクオリティの高さを誇りますが、和声も管弦楽法も個性的で、作品を選ぶ作曲家とも言えます。気楽に観られる恋愛ドラマやコメディが少ないのも頷ける所。

 偏執的に繰り返されるリズムやエッジの効いた不気味なサウンド、ミニマル・ミュージックの手法を使った音のタペストリーなど、彼のトレードマークは幾つかありますが、ロックやジャズなど他ジャンルの導入には柔軟です。単独アルバムとして聴き応えがあるのは彼のサントラの特徴で、私が聴いたディスクほぼ全てがおすすめディスクとなってしまいました。

 テイモア監督の『フリーダ』ではメキシコ民族音楽の多様性を取り入れてアカデミー賞受賞。ニール・ジョーダン監督とも多くの作品で組み、最初の『インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア』がオスカーにノミネート、『マイケル・コリンズ』『IN DREAMS 殺意の森』『ブッチャー・ボーイ』『ギャンブル・プレイ』と続きましたが、奥さんの『タイタス』とスケジュールが重なったために『ことの終り』でのコラボは叶わず、以後は組んでいません。

*お薦めディスク

『エイリアン3』

 Alien3 (1992年 MCAレコーズ)

 『ドラッグストア・カウボーイ』で脚光を浴びたゴールデンサルが、一気に知名度を挙げた作品。しかし、本作で劇映画デビューしたデヴィッド・フィンチャー監督は次の作品からハワード・ショアと組み、ゴールデンサルとのコラボはこれ1作に留まっています。

 彼の作品中でも特に前衛性が強いアルバムで、ほとんど現代音楽の作品集という感じ。和声的な音楽やメロディはほぼありません。ただ、人の声や効果音をサンプリングしている様子もあり、残響をカットしたブラスの効果など、録音処理で音楽を作ったりもするのもサントラらしいです。不規則な太鼓のリズムは迫力満点で、複数のリズムを同時に鳴らすポリフォニックな手法も実験的。

 当盤はゴールデンサルが珍しく単独でオーケストレーションを担当し、追加の作業でロバート・エルハイがクレジットされています。これを聴けば彼一人でも十分な才能を感じますが、時間がない上に大量の音楽を製作しなければならない映画の世界では、共同で作業に当たるオーケストレーターも必要なのでしょう。

『デモリションマン』

 Demolition Man (1993年 ヴァーレーズ・サラバンド)

 シルヴェスター・スタローン、ウェズリ−・スナイプス主演のSFアクション。初期の作品ですが、とにかくゴールデンサルの引き出し全開、出血大サービスの何でもありスコアです。

 彼らしい現代音楽の前衛スタイルから、不気味なサスペンス音楽、今風にシンセを挿入したかと思えば、妙にオーソドックスなハリウッド型アクション・スコア、どす黒いダーク・サウンドの後、最後はゴールデンサルとは思えないほど明るく壮大なクライマックスに達するなど、今の芸風には無い物も含めて、あらゆる音楽手法のごった煮に圧倒される一枚。

『インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア』

 Interview with the Vampire (1994年 ゲフィン・レコーズ)

 ニール・ジョーダン監督、トム・クルーズ、ブラッド・ピット主演の豪華ホラー大作。映画にはゴシック風の趣もあり、音楽もクラシカルで重厚ですが、そこはゴールデンサル。正攻法のオーソドックスな手法で終らせる筈がありません。多彩に表情を変えてゆく、意欲的な音楽表現は圧巻。

 荘厳な合唱音楽が流れたかと思うと、荒々しい舞曲でオーケストラが踊り狂い、ピアノが物悲しいワルツを弾き始めたと思っても、旋律は転調を繰り返して複雑に漂い流されてゆく。無調風の音が飛び交う中に、ミニマル・ミュージックのような音のタペストリーが表れ、突如ホルンが猛烈な唸り声を上げる。時に面食らわされる音楽ですが、ゴールンデンサルの曲は特にジョーダン監督のとのコラボで大胆に展開しやすいのは面白い現象です。

『ヒート』

 Heat (1995年 ワーナー・ブラザーズ・レコーズ)

 マイケル・マン監督、アル・パチーノ、ロバート・デ・ニーロ主演の豪華アクション・ドラマ。現代音楽ばかり弾いている不思議な弦楽四重奏団、クロノス・カルテットをフィーチャーしたアルバムにもなっています。

 アルバム冒頭は、クロノス・カルテットによる不規則なミニマル・パターンをフィーチャーし、土俗的な太鼓のリズムで盛り上がってゆく迫力満点の音楽。全体的にメロディを排除し、不協和音やノイズだけで出来上がっているような前衛的なスタイルで、映像を引き立てる効果音的な音楽が多いです。ドラムとシンセのビートを延々と続けながら上モノを変化させてゆく、ダンス・ミュージックのような曲もあり。

 挿入曲として収録されている他のアーティストのトラックも、ミニマルやアンビエント・ミュージックのような、アヴァンギャルドなものが多いのは面白い所。後に『グラディエーター』で注目されるリサ・ジェラルドが作曲と歌を担当した曲が2曲ありますが、ドスの効いた低い声でイメージが違う感じ。

『バットマン・フォーエヴァー』

 Batman Forever (1995年 アトランティック・レコーディング)

 ティム・バートンからジョエル・シュマーカーに監督が交替した『バットマン』3作目で、スコアだけのサントラと、挿入曲だけのサントラの2種類があるので注意。ダニー・エルフマンが作曲した1、2作目のダークなトーンを踏襲した勇壮なテーマ曲は、内に向かう陰鬱さがゴールデンサルらしく、キャッチーなインパクトも強いので、個人的には旧テーマより好きです。

 しかし、ゴールデンサルの本領はアヴァンギャルドで個性的なオーケストレーション。ジャングル風の広大なショー空間で、巨大な太鼓を複数名で打ち鳴らす場面は映像も凄かったですが、原始的な太鼓のリズムに乗って、象の雄叫びのように吠えるホルンは強烈。

 スウィング・ジャズの要素を入れたスパイ・アクション風の曲もあり、そこに電子音のリズムがフィーチャーされるのも斬新です。又、モダン・ジャズのようなランニング・ベースやミュート付きトランペットを駆使し、テルミンやオルガンを取り入れてB級映画の雰囲気も出し、一方では現代音楽風のヴァイオリン・ソロがあるなど、実に意欲的な内容。ゴールデンサルの最高傑作の一つだと思います。

『評決のとき』

 A Time to Kill (1996年 アトランティック・レコーディング)

 『バットマン』第3、4作でも組んだジョエル・シュマーカー監督の、シリアスな法廷ドラマ。全編緊張感に溢れたサスペンスフルなスコアですが、ほのかに哀愁を帯びた叙情的な音楽もあるのが特色。楽器の面でもジャズ風のサックスが活躍し、ハーモニカを使用するなど、ゴールデンサル作品としては異色の仕上がりとも言えます。異様なまでに執拗なトロンボーンの切り込みなど、前衛的なオーケストレーションも全開。

『マイケル・コリンズ』

 Michael Collins (1996年 アトランティック・クラシックス) *輸入盤

 ニール・ジョーダン監督作。アイルランド近代史を描くシリアスなドラマで、別音源となる最後の1曲を除いて、全てゴールンデンサルの作曲。シニード・オコナーのヴォーカルをフィーチャーしたナンバーも3曲あります。

 スコアは重厚一辺倒ではなく、ゆるやかで叙情的なワルツの他、民謡や民族音楽風の曲も随所に挿入しています。オーケストラ・スコアも斬新なアイデアが満載で、ミニマル風の執拗なオスティナート・リズムや、奇妙な和音、既成概念に囚われない楽器の組み合わせ方など、すこぶるユニーク。勿論、重厚かつダイナミックな音楽もあちこちに聴かれ、師匠のコープランドを思わせる力強い和音を繰り返しながら盛り上がる“Funeral/Coda”は圧巻。

『ブッチャー・ボーイ』

 The Butcher Boy (1998年 エーデル・アメリカ・レコーズ) *輸入盤

 こちらもニール・ジョーダン監督作。残念ながら日本未公開でしたが、ビデオが発売されました。実に不思議でジャンル分け不可能な映画の内容を反映し、音楽も異色のスタイルです。

 サックスやオルガン、チープなシンセ音が飛び交うカラフル・ポップに始まり、弦とトランペットにコラールが被さる気だるいスロー・ワルツ、グロテスクなバリトン・サックスが豚の鳴き声を連想させるコミカルな曲から疾走感溢れるダークなモダン・ジャズへ、ニュー・エイジ風のパッド音にトロピカルなダルシマーやアコーディンが浮遊し、遠くから太鼓のリズムが聴こえてくるかと思えば、おぼろげにアヴェ・マリアの旋律が漂うなど、珍妙な音楽の連続。

 スコア以外には、クルト・ヴァイルの“マック・ザ・ナイフ”やチャイコフスキーの《くるみ割り人形》の妙に能天気なインストや、シニード・オコナーによる主題歌など、挿入曲が6トラック。ゴールデンサルのスコアと合わせても40分に届かない、短めのアルバムです。

『スフィア』

 Sphere (1998年 ヴォルケーノ・レコーズ)

 バリー・レヴィンソン監督の、深海心理サスペンス。内容が内容だけに、浮遊感や不気味なムード、異様な色彩感など、前衛テイスト満載でゴールデンサルの面目躍如たる趣。

 激しい不協和音を連続で叩きつけてくる所などは、師匠コリリアーノの音楽にもあるような、「なんじゃこりゃ?」と聴いていて思わずのけぞる迫力。新世代の人だけあって、シンセのリズムや金属的なサウンドなど、純然たるオーケストラ編成にはこだわらない姿勢も見せます。一体どこへ連れて行かれるんだというような、摩訶不思議な和音とメロディで築かれる壮大なクライマックスは圧倒的。

『タイタス』

 Titus (2000年 ソニー・クラシカル)

 シェイクスピア屈指の残酷劇『タイタス・アンドロニカス』を、ジュリー・テイモア監督がぶっとんだ世界観で映画化。舞台、映画に限らず、テイモア作品はゴールデンサルが一手に引き受けます。映画自体も抽象化の手法を用い、時代を超越した演劇的な演出が際立っていましたが、音楽もそれに合わせて超アヴァンギャルド。

 壮大なオーケストラを基調にし、合唱やボーイ・ソプラノも挿入した上、ジャンルを越えて様々な要素を混入。しかも、ビッグバンドのスウィングに古風なロックンロールのギターが重なるなど、その技法もひと筋縄では行きません。さらにエレクトロ・パンク、サーカスのブラスバンド・マーチ、テクノ・ポップ、ラテン・パーカッション、ジャズ、土俗的な太鼓連打などが飛び交い、めくるめくシュールな音楽世界が展開します。

 ちなみにトラック11の“Pressing Judgment”は、ゴールデンサルの過去作『評決のとき』のナンバーで、似た展開の場面だったため敢えて引用されています(きちんと明記している所は、いかにもクラシックの作曲家らしいです)。最後に“Vivere”というスタンダード・ナンバー風の歌が入っていて、EMIイタリアの版権とクレジットされていますが、作曲は全曲ゴールデンサルとなっているので、どういう出自の曲なのか不明です。

『ファイナルファンタジー』

 Final Fatasy (2001年 ソニー・クラシカル)

 日本発、世界配給の映画サントラ。監督は、元のゲーム版全てのプロデューサーでもある坂口博信が務めました。名門ロンドン交響楽団が演奏しているのも豪華ですが、高音域が強調されている上に低域は軽めで、ハンス・ジマー一派のようなシンセサイザーっぽいサウンドにイコライジングされています。

 スコア自体はゴールンデンサルの個性が発揮された、ダークで濃密なもの。ひたすら不協和音を叩き付けてくる前衛的な作風も健在です。“愛のテーマ”には、民謡風のリリカルなメロディを当てるサービス精神もあり、カナダの歌手ララ・フェビアンが歌ったヴァージョンも収録。ちなみにエンディングテーマはラルク・アン・シエルのオリジナル曲で、国際レヴェルのソング・ライティングとサウンド・プロダクションが見事。

『フリーダ』

 Frida (2002年 ドイツ・グラモフォン)

 ジュリー・テイモア監督作。画家フリーダ・カーロの生涯を描いた意欲作で、初のアカデミー作曲賞を受賞しました。メキシコ音楽は地域差が激しいそうで、ゴールデンサルはその多様性をそっくりサントラに持ち込んでいます。歌ものが多いのはソース・ミュージックとして劇中で使われているせいもありますが、やはりメキシコ音楽の魂に迫ろうという意図ゆえでしょう。

 全てがオリジナルではなく、既成曲もたくさん使われていますが、クレジットの記載を確認しなければ、どれがゴールデンサルの曲か分からないくらい雰囲気が統一されています。聴いていて胸に迫るものもあり、アルバム全体として「良い音楽を聴いた」という充実感が残る点は秀逸です。唯一の難点は、作曲家の個性が全く表に出ていない所でしょうか。

 主演のサルマ・ハエックが歌っている曲もある他、実際にフリーダの恋人だった伝説的歌手チャベーラ・バルガスが映画に出演して歌い、アルバムにもそれが収録されています。メキシコに伝わる先住民原語を駆使する若い世代のアーティスト、リラ・ダウンズも出演と歌を兼任。テイモア作詞、ゴールデンサル作曲の“Burn In Blue”は、ブラジルの人気歌手カエターノ・ヴェローゾとリラ・ダウンズのデュエットです。

 インスト・スコアは数曲に留まっていますが、物悲しいピアノのワルツがあったり、ゴールデンサルらしい神秘的な弦の重なり合いにメキシカンなギターが入って来るなど、なかなか印象的。ちなみに当盤はクラシックの伝統的レーベル、ドイツ・グラモフォンが製作しています。

『スワット』

 S.W.A.T. (2003年 ヴァーレーズ・サラバンド)

 サミュエル・L・ジャクソン、コリン・ファレル主演のアクション映画サントラ。ドラムのビートやディストーション・ギターのノイジーなサウンドを全面に出したデジロックで頑張っています。バリー・デヴォーゾンによる元のTVシリーズ『特別狙撃隊SWAT』のテーマは、隠し味に使われている他、ストーンズやU2などのプロデューサー、ダニー・セイバーによるカバー版も収録。

 スコアは刻々と変化するリズム・アレンジに工夫があるのと、サスペンスフルなオーケストラ音楽との融合に個性を発揮。テンポの速いカットバックなど、編集に合わせやすい音楽に仕上がっていて、器用な業界スキルも感じさせます。高度な和声法と前衛的な楽器法も盛り込んで、凡百のアクション・スコアとは一線を画するクオリティ。

『パブリック・エネミーズ』

 Public Enemies (2009年 デッカ・レコーズ)

 ジョニー・デップ主演で実在のギャング、ジョン・デリンジャーの実像に迫ったクライム・サスペンス。マイケル・マン監督と再度のコラボですが、彼は『ヒート』のスコアを偏愛し、『コラテラル』『マイアミ・バイス』と本作でも、『ヒート』の曲を再使用しています。本作はマンにとって、念願の再タッグだったのでしょう。

 時代設定が明確なためか、本作でのゴールデンサルはオーソドックスで重厚な音楽を基調にし、電子音や前衛的な管弦楽法は用いていません。彼には珍しく、悲壮な雰囲気を感じさせるキャッチーなメロディも聴かれるのは興味深い所。あくまで音楽としてのクオリティが高く、聴き応えがある点は彼らしいです。

 スコアは7曲収録で、後は音楽マニアのマン監督が選んだ挿入曲が9曲。ジャズやブルースが多いのは想像通りとして、面白いのがザ・ブルース・ファウラー・バンドの1曲。このファウラーは、『天使と悪魔』『ダークナイト』などハンス・ジマー作品のオーケストレーションを担当している他、トロンボーン奏者としてビッグバンドを率いているユニークな人です。

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