ハワード・ショア

Howard Shore

 1946年、カナダのトロント生まれ。人気コメディ番組『サタデー・ナイト・ライブ』の音楽監督を75年から5年間務めた他、デヴィッド・クローネンバーグやジョナサン・デミ、マーティン・スコセッシ、デヴィッド・フィンチャー、ピーター・ジャクソンなどの作品を中心に活躍。大作『ロード・オブ・ザ・リング』でアカデミー賞も受賞しています。

 基本的なスキルの高い人ですから、本来であればどんな作品にも対応できるのでしょうが、個性が発揮される事は少ないように思います。『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズは手堅い仕事ぶりの一方、強いインパクトのある音楽とは言えませんでした。むしろ『羊たちの沈黙』や『フィラデルフィア』などジョナサン・デミ作品や、『セブン』『ゲーム』などデヴィッド・フィンチャー作品での、異様なオブセッションを感じさせる前衛的なスコアの方が面白いです。

*お薦めディスク

『裸のランチ』

 Naked Lunch (1992年 Milan)

 ウィリアム・S・バロウズ原作、変態監督デヴィッド・クローネンバーグ作品。全編にフリー・ジャズの前衛的なムードが横溢しますが、英国の名門ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団(ロンドン交響楽団とは別の団体です)、アルト・サックスにオーネット・コールマンをフィーチャーした豪華盤です。

 クローネンバーグ作品ではずっとオーソドックスなオーケストラ音楽を付けてきたショアですが、コールマンの起用は自身のアイデア。これはジャズが合う作品だと考えていた矢先、タンジールでロケをした架空の世界を劇中に登場させる事になり、たまたま知り合いだったミュージシャンで、ジャズと北アフリカ音楽の要素を両方持っているコールマンが頭に浮かんだとの事。

 オーケストラは脇役という感じで、あくまでアルトの即興的なソロと、ジャズ風のムードが全編を支配しています。全てがショアの作曲ではなく、コールマンの曲も幾つか挿入されているし、セロニアス・モンクの“ミステリオーソ”も使用。映画のサントラっぽい雰囲気はあまりないですが、異色のジャズ・アルバムとしてお薦めできる一枚です。

『エド・ウッド』

 Ed Wood (1994年 ハリウッド・レコーズ)

 実在したB級映画監督を描いた、ジョニー・デップ主演作。ティム・バートン監督がずっと組んできたダニー・エルフマンと仲違いしたため、この時期で唯一、エルフマンが担当しなかったバートン作品となりました。しかしバートン作品の音楽はプレッシャーが強かったのか、いつものショアとは比較にならないほど個性的な、素晴らしいスコアです。私としても、映画のサントラでこれほどよく聴くディスクは珍しいかもしれません。

 まずがテーマ曲が最高。バートンはオープニング・タイトルに力を入れる監督で、本作でもそのインパクトは絶大ですが、音楽がその高揚感を何倍にも増幅。古い南洋冒険映画みたいな雰囲気で、民族音楽とラテンのリズムを融合させて、複雑な不協和音で味付けしたテイストが斬新。さらに変拍子が妙なグルーヴを生んでいる上、半音階の難解なメロディをテルミン風のレトロな音色が彩っていて、『マーズ・アタック!』の音世界とも地続きです。

 本編中の曲もレトロチックで軽快なナンバーが多くて楽しいですが、B級映画のチープな世界を想起させる辺りは抜群のセンス。ある意味では、ダニー・エルフマン以上にバートン作品の本質を衝いているとも言えます。愛のテーマは、アイルランド民謡風の素朴なメロディからスタートし、陰影豊かな和音を加えて複雑な旋律に盛り上がってゆく所は圧巻。名作と言っていいと思います。

Home  Top