ピノ・ドナジオ

(ピーノ・ドナッジョ、ドナッジオ)

Pino Donaggio

 1941年、イタリアのブラーノ島生まれ。ヴェネツィア音楽院ヴァイオリン科卒業。イタリアのみならず、スペイン、南アメリカでもソングライターとして成功するが、ニコラス・ローグ監督の映画『赤い影』の製作中、助監督が「ドナジオがこの映画の音楽を手掛けるべきだ」という心霊的な声を聞いたという理由でスコアをオファーされる。この音楽が高く評価され、映画のオファーが舞い込むように。

 彼はイタリアを代表する元・カンツォーネ歌手、シンガー・ソング・ライターで、サン・レモ音楽祭の常連。数々のヒット曲を持ち、歌手としてのベスト盤も数種類出ています。中でも“この胸のときめきを”はエルヴィス・プレスリーのカバーが有名で、世界的に知られたポップ・ソング(私が通っていた中学校でも、なぜか下校時間のBGMで毎日インストが流れていました)。

 映画では希代のヒッチコキアンであるブライアン・デ・パルマ監督と何度もコラボし、バーナード・ハーマンのスコアに自身の個性をプラスした作風で、サスペンス映画ファンの間でよく知られた存在となります。特にカンツォーネの曲調を彷彿させる甘美なメロディは人気ですが、複雑な和声を駆使したサスペンス・スコアも得意。

 音楽性の高さはお墨付きで、長調と短調の和音を、グレー・ゾーンの微妙な色彩を経由して往復させる采配は見事です。ジョー・ダンテやデヴィッド・シュモーラー、ダリオ・アルジェントといった監督とも数作で組んでいますが、多作な割にインパクトを欠く仕事が多いのは残念。現役感はありますが、発売されるサントラはほとんどが日本未公開のヨーロッパ映画(ほぼ全てイタリア)という現状です。

 彼がハリウッドで大成しなかったのは、英語があまり話せない(モリコーネもですが)事と、弦楽器と木管中心のスコアばかりで、打楽器やブラスを派手に鳴らす力強いオーケストレーションをしないせいかもしれません。イタリアのアカデミックな出自なのにB級映画の匂いが漂う感じもあり、実際アメリカでの仕事はB級ホラー、B級サスペンス、B級SF、B級青春ドラマ、B級アクションばかり。

*お薦めディスク

『赤い影』

 Don't Look Now (1973年/89年 Jay Productions) *輸入盤

 ニコラス・ローグ監督の不気味な代表作で、ドナジオが映画音楽を手掛けるきっかけとなった作品。上記の通り、助監督が「ドナジオがこの映画の音楽を手掛けるべきだ」という心霊的な声を聞いたという理由で起用されたという、いわくつきの作品です。

 フルートによる優美なテーマ曲は、バッハの《アンナ・マグダレーナのためのクラヴィーア小曲集》のメヌエットと近似していて苦しい所。引用扱いでない以上、パクリになってしまうでしょうね。バロック音楽風の弦楽合奏もヴィヴァルディの《夏》や《冬》を彷彿させ、印象的ではありますがやはりクラシック音楽のパロディに聴こえます。ドナジオの個性が出てくる前の、過渡的な作風と言えるでしょうか。

『キャリー』

 Carrie (1976年/97年 MGMサウンドトラックス)

 フルートによる美しいテーマ曲で有名な、ブライアン・デ・パルマ監督とドナジオの代表作。ゆったりと流れる甘美なメロディは、デ・パルマのトレードマークであるスローモーション映像と相まって、独特の耽美的な世界を作り出します。そこにヒッチコック風のサスペンスを盛り込む手腕が彼らしく、『サイコ』でバーナード・ハーマンが展開した甲高いヴァイオリンの連打が、オマージュとして再現されています。

 体操の授業の場面でかかる、間抜けなシンセ音を使ったコミカルなポップスはセンスが良いとは言えず、こういった辺りはハリウッドの作曲家との距離を感じさせます。

『ツーリスト・トラップ』(デビルズ・ゾーン) 

 Tourist Trap (1978年/14年 FULL MOON RECORDS) *輸入盤

 デヴィッド・シュモーラー監督のB級ホラーで、山奥に住む男(チャック・コナーズ)が敷地に迷い込んだ若者達をマネキンに変えてしまうというトンデモ映画(公開時のタイトルは『デビルズ・ゾーン』)。ドナジオのお家芸、女性の吐息コーラスがマネキンの不気味さを盛り上げています(いつもはエロ効果に使われます)。

 特筆すべきは、哀感たっぷりの耽美的なテーマ曲。Aメロがマイナー・コード、サビでメジャーへ転調という構成はカンツォーネの王道パターンです。B級ホラーになんでこんなメロディを?というくらい場違いですが、それゆえに観た人の記憶に残り、サントラも発売されたのなら、作戦勝ちでしょうか。

 8/28 追加!

『Nero Veneziano』

 (1978年 ViVi Musica Soundtracks) *輸入盤

 ウーゴ・リベラトーレ監督作。CD化されているのですが、製作年が入っていないのでいつの製品なのか不明。映画の内容もよく分かりませんが、ジャケットのイラスト(スチール写真も一切なし)からして、ヴェニスで殺人が起こる『赤い影』の亜流みたいな映画のようです。

 何といっても、ポップス調のアレンジでドナジオらしい甘美なメロディが流れるテーマ曲がさすが。たった30分強のアルバムですが、劇中のスコアもドナジオ節全開です。ただ、マスターテープの状態がおそろしく悪く、終始左チャンネルが途切れたり復活したりを繰り返す粗悪な音源で残念。

『殺しのドレス』

 Dressed to Kill (1980年 Varese Sarabande) *輸入盤

 デ・パルマ印のエロティック・スリラーで、ドナジオの代表作の一つ。スローでねっとりした甘いテーマ曲が車のCMに使われたので、我が国では聴いた人も多いかもしれません。美麗なメロディながらスローすぎるテンポや吐息のような女性コーラスなど、少々やり過ぎで笑える要素もありますが、ピアノによるモダンでリリカルなサブ・テーマは、切なくてぐっときます。

 映画がヒッチコックの作品を踏襲しているように、音楽もバーナード・ハーマンの影響大。殺人シーンの音楽などその最たるものですが、『めまい』をそのままなぞったような、美術館から続く長い場面は、ほぼセリフがなく映像と音楽だけでストーリーを語る演出。主役となる音楽もここがハイライトで、ドナジオ屈指の力作と言えます。

『ハウリング』

 The Howling (1980年 LA-LA LAND RECORDS) *輸入盤

 ジョー・ダンテ監督と、『ピラニア』に続く2度目の(そして最後の)コラボ。特殊メイクの凄さで狼男映画を現代に甦らせ、ジョン・ランディスの『狼男アメリカン』、ニール・ジョーダンの『狼の血族』と共に、一つのムーヴメントを作った作品です。

 テーマ曲は、軽快なリズムに乗ってハーモニカがさすらいのメロディを歌い、ドナジオらしいニューシネマ・スピリットとカンツォーネの融合になっていますが、凄いのが変身シーンの音楽。おどろおどろしい50年代のB級SFみたいな曲調で、大仰なホルンとトロンボーン、奇妙な高音の電子音が織りなす傑作。これだけでも聴く価値があります。ハンティングの場面で、中世の狩りの角笛(ホルン)のパロディを放り込んでくるのもユニーク。

『ミッドナイト・クロス』 

 Blow Out (1981年/02年 Prometheus Records) *輸入盤

 こちらもデ・パルマ監督とのコラボ。映画の効果音技師を主人公にしたサスペンスで、皮肉の効いた悲しいラスト以外はあまり印象に残りませんが、音楽は哀愁満点で華麗。少し火曜サスペンス的なムードがあるとはいえモダンなコードも随所に盛り込み、躍動的なオープニング・タイトルから哀調を帯びたテーマ曲、ソース・ミュージックも織り込んだ祭りのクライマックスまで、多彩な曲想でドナジオ絶好調。

『ボディ・ダブル』

 Body Double (1984年/08年 INTRADA) *輸入盤

 再びデ・パルマ作品。ヒッチコックの『裏窓』を下敷きにした覗きサスペンスですが、これも大した映画とは思えません。カンツォーネ的な起承転結はないものの、断片的なメロディがどれもひどく美しいので、個人的には好きなサントラです。覗きの場面の音楽は、当時ハリウッドを席巻していたジェリー・ブラッカイマー映画と同じ時代とは思えないほど垢抜けない雰囲気が、イタリアン・ポップらしくて笑えます。

『クロール・スペース』 

 Crawlspace (1986年/14年 INTRADA) *輸入盤

 再びシュモーラー監督とコラボ(全3作あります)。監督はよほどのドナジオ・ファンなのか、若い娘が突然ピアノを弾いて歌い出すという、単にドナジオの曲を挿入したかっただけと思しきシーンもあって笑えます。ヒッチコック的な不協和音を駆使した躍動的なテーマ曲と、少年ヴォーカルを配したロシア民謡風の物悲しい旋律(途中で挟み込まれる複雑な和声進行といったら!)はインパクト絶大。

『死海殺人事件』

 Appointment with Death (1988年/90年 edel company) *輸入盤

 アガサ・クリスティ原作の探偵ポワロ映画の1作で、他の作曲家によるサスペンス映画2作とカップリングしたオムニバス“Mystery Movie Scores”に収録。豪華キャストを集めながらも作品にはB級感が漂いますが、それは音楽のせいではありません。

 とはいえこの時期のドナジオ、本編のスコアは生彩を欠きがちですが、テーマ曲は最高の出来映え。軽快なリズムに乗って、トロンボーン・ソロや弦楽器が歌う甘美なメロディは爽快そのもので、映画に合っているかどうかは別として、実に楽しく、心躍るテーマ曲です。

 8/28 追加!

『Joe Petrosino』

  (2006年 Luckey Planets) *輸入盤

 組織犯罪に立ち向かったニューヨークの伝説の警官、ジョー・ペトロシーノの伝記ドラマ。イタリアのTV作品ながら非常に力の入った仕上がりで、非常に聴き応えがあります。

 90年代以降のドナジオは旋律美を封印する傾向も感じますが、本作はイタリア系移民である主人公の出自を反映してか、イタリア民謡風の哀調を帯びたメロディが印象的。さらに甘美な愛のテーマ、複雑な和声を駆使したアクション音楽など、往年のドナジオ・スタイル全部入りなのがうれしい所です。

 8/28 追加!

『La Buca』

  (2014年 Quartet Records) *輸入盤

 ダニエレ・シプリ監督作。どんな映画なのかよく知りませんが、ジャケットと音楽から察するに、中年男2人と犬によるコメディのようです。ガーシュウィンへのオマージュと明記されていて、クラシック界でも活躍するジャズ・ピアニスト、ステファノ・ボラーニのソロを全篇にフィーチャーしています。

 不穏なサスペンス・スコアや甘美なメロディは全然ないのですが、ガーシュウィンを知る人なら、ここはキューバ序曲、ここはピアノ協奏曲、ここは歌劇《ポーギーとベス》と、思わず元ネタにニヤリとさせられる箇所が多々あり。全体が生き生きと躍動していて、ドナジオの作風の広さを知る上では聴いておくべき1枚かもしれません。

Home  Top