ゲティ家の身代金

All the Money in the World

2017年、アメリカ (133分

 監督:リドリー・スコット

 製作:ダン・フリードキン、ブラッドリー・トーマス

    クエンティ・カーティス、クリス・クラーク

    リドリー・スコット、マーク・ハッファム

    ケヴィン・J・ウォルシュ 

 共同製作:アイダン・エリオット、マルコ・ヴァレリオ・プジーニ

      テレサ・ケリー

 脚本:デヴィッド・スカルパ

 撮影監督:ダリウス・ウォルスキー, A.S.C.

 プロダクション・デザイナー: アーサー・マックス

 衣装デザイナー:ジャンティ・イェーツ

 編集:クレア・シンプソン

 音楽:ダニエル・ペンバートン

 第1助監督:アダム・ソムナー (イギリス・ユニット)

 出演:ミシェル・ウィリアムズ  クリストファー・プラマー

    マーク・ウォールバーグ  ロマン・デュリス

    ティモシー・ハットン  チャーリー・プラマー

* ストーリー  

 ある日、世界一の大富豪ジャン・ポール・ゲティの孫ポールが誘拐される。しかしゲティは、犯人が要求する身代金1700万ドルの支払いを拒否。ポールの母親ゲイルは離婚して一般家庭の女性になっており、到底自分で払える金額ではなかった。一方ゲティは、元CIAの腹心チェイスに交渉役として事件の解決を指示する。

* コメント  *ネタバレ注意!

 孫が誘拐されたのに身代金の支払いを拒否した大富豪という、当時日本でも話題になった実話を元にしたクライム・サスペンス。全米公開の47日前、特殊メイクでゲティを演じたケヴィン・スペイシーが複数の男性(!)へのセクハラ疑惑を追求され、お蔵入りになりかけた作品でもあります。スコットは8日間で22シーンを再撮影する事を決定、急遽代役を務めたクリストファー・プラマーはアカデミー助演男優賞にノミネートされました。

 スコットには珍しい人間ドラマのようにも見えますが、フタを開けてみれば『ワールド・オブ・ライズ』ばりの残虐な拷問シーンあり、史実を曲げてまで挿入した追跡シーンありと、ちゃっかり自分の映画に仕上げてしまう所、大富豪ゲティに勝らぬとも劣らぬ監督の老獪な戦術が見え隠れする作品です。再撮影に関しては、業界屈指の早撮りで知られるスコットなら充分可能であったと思われますが、それでも出来上がった映画のクオリティには驚くしかありません。

 構成はしかし複雑で、時間軸も前後にかなり飛ぶので、映画特有の語り口に馴れていない人には少々難解です。誘拐されたポールの描写と、彼の救出に奔走する母親ゲイルの描写、大富豪ゲイルの特異な性格を描くパート、これらは全てテイストが違い、まるで3つの映画を混ぜ合わせて編集したような体裁。恐怖と緊張に満ちたポールのパートがいかにもスコットらしいのに対し、格式張ったクラシック風の音楽を付けたゲティの場面はどこかユーモラスで、スコットには珍しいコミカルなタッチも感じられます。

 ゲイルの一家がローマへ転居する場面もアメリカン・コメディ風で、この部分だけ見せられたら誰もスコット作品だとは気付かないのではないかと思いますが、その一方、一家がゲティと再会する場面は不穏なムードで緊迫感があって奇妙です。大体、祖父が息子一家と会う場面に、こんなサスペンス風の音楽を付けるものでしょうか。先ほどの格調高い古典音楽もそうですが、概してこの映画では、ゲティにまつわる場面に意表を衝いた音楽が付けられていて、映画のテイストをユニークに異化しています。

 しかし、これはスコット作品に限った事ではないですが、クライマックスに盛りすぎの感があるのは難点。身代金とポールの身柄の交換は、それだけで最高潮の山場であり、史実に無い追跡シーンを加えてもうひと盛り上がりさせようという薄手の欲が煩わしいです。映画の尺が2時間を越えている点でも、このひと捻りが余計だという事は明白。キャラクターの人物像を掘り下げるのにも時間に限りがある中、尺を割くべきはあくまでドラマの方であったでしょう。

* スタッフ

 製作陣はスコット組からマーク・ハッファム、テレサ・ケリーが参加。又、ずっとスコット組の助監督を離れていたアダム・ソムナー(スピルバーグ作品の製作、助監督は続けています)が、イギリス・ユニット限定で参加しているのが微笑ましいです。脚本のデヴィッド・スカルパは、本作も含めて既に3本もの脚本がブラック・リスト(映画化前に関係者から注目されている脚本リスト)に入ったほどの人。他に『ラスト・キャッスル』『地球が静止する日』などがあります。

 撮影のウォルスキー、プロダクション・デザインのマックス、衣装のイェーツ、音楽のペンパートンと主要スタッフを常連組で固めていますが、面白いのは編集のクレア・シンプソン。彼女はかつて『誰かに見られてる』でスコット作品に参加した事がありますが、どういう経緯だったのか、30年ぶりに起用されています。

 主演俳優の交替があった事は既に述べましたが、監督に非凡な才覚があり、経験も才能も豊かな常連スタッフがこれだけ揃っていれば、何とかなるものなのでしょう。しかし音楽の編集まで既に済んでいたので、1度目の完成シーンをなぞり、長さも全て揃えて撮影したそうです。ロケはローマとロンドン各所で行われ、70年代当時の各地を知るアーサー・マックスによって緻密に再現されました。ジャンティ・イェーツの仕事らしく衣装も全て本物で、使用されたのは70年代の衣服が大半との事。

* キャスト

 俳優陣はスコット作品初参加の人ばかりで、ケヴィン・スペイシーの代役には名優クリストファー・プラマー、ポールの母親ゲイルに演技派ミシェル・ウィリアムズ、彼女と行動を共にするチェイスに売れっ子のマーク・ウォールバーグが起用されました。主演格の俳優達に抑制の効いた芝居をさせ、その一方で脇役陣の存在感が不気味に浮かび上がるのはスコット作品らしい所。とんでもなく頼りにならないゲイルの夫、犯行グループの面々や彼らが取引する裏社会の大物など、妙に印象に残る周辺人物が目白押しです。

 ポールを演じたチャーリー・プラマーは、主演俳優と同じ姓ながら全く血縁関係がなく、プロデューサーの父と女優の元に生まれた若手。又、ベテランのティモシー・ハットンがゲティの秘書を演じています。オットー・ラムの助手という役名でクレジットされているジャニーナ・スコットは、監督と恋愛関係を続けてきたチョイ役専門の旧姓ジャニーナ・ファシオのようです。

* アカデミー賞

ノミネート/助演男優賞(クリストファー・プラマー)

Home  Top