孫が誘拐されたのに身代金の支払いを拒否した大富豪という、当時日本でも話題になった実話を元にしたクライム・サスペンス。全米公開の47日前、特殊メイクでゲティを演じたケヴィン・スペイシーが複数の男性(!)へのセクハラ疑惑を追求され、お蔵入りになりかけた作品でもあります。スコットは8日間で22シーンを再撮影する事を決定、急遽代役を務めたクリストファー・プラマーはアカデミー助演男優賞にノミネートされました。 スコットには珍しい人間ドラマのようにも見えますが、フタを開けてみれば『ワールド・オブ・ライズ』ばりの残虐な拷問シーンあり、史実を曲げてまで挿入した追跡シーンありと、ちゃっかり自分の映画に仕上げてしまう所、大富豪ゲティに勝らぬとも劣らぬ監督の老獪な戦術が見え隠れする作品です。再撮影に関しては、業界屈指の早撮りで知られるスコットなら充分可能であったと思われますが、それでも出来上がった映画のクオリティには驚くしかありません。 構成はしかし複雑で、時間軸も前後にかなり飛ぶので、映画特有の語り口に馴れていない人には少々難解です。誘拐されたポールの描写と、彼の救出に奔走する母親ゲイルの描写、大富豪ゲイルの特異な性格を描くパート、これらは全てテイストが違い、まるで3つの映画を混ぜ合わせて編集したような体裁。恐怖と緊張に満ちたポールのパートがいかにもスコットらしいのに対し、格式張ったクラシック風の音楽を付けたゲティの場面はどこかユーモラスで、スコットには珍しいコミカルなタッチも感じられます。 ゲイルの一家がローマへ転居する場面もアメリカン・コメディ風で、この部分だけ見せられたら誰もスコット作品だとは気付かないのではないかと思いますが、その一方、一家がゲティと再会する場面は不穏なムードで緊迫感があって奇妙です。大体、祖父が息子一家と会う場面に、こんなサスペンス風の音楽を付けるものでしょうか。先ほどの格調高い古典音楽もそうですが、概してこの映画では、ゲティにまつわる場面に意表を衝いた音楽が付けられていて、映画のテイストをユニークに異化しています。 しかし、これはスコット作品に限った事ではないですが、クライマックスに盛りすぎの感があるのは難点。身代金とポールの身柄の交換は、それだけで最高潮の山場であり、史実に無い追跡シーンを加えてもうひと盛り上がりさせようという薄手の欲が煩わしいです。映画の尺が2時間を越えている点でも、このひと捻りが余計だという事は明白。キャラクターの人物像を掘り下げるのにも時間に限りがある中、尺を割くべきはあくまでドラマの方であったでしょう。 |