ハウス・オブ・グッチ

House Of Gucci

2021年、アメリカ (159分)

 監督:リドリー・スコット

 製作総指揮:ケヴィン・ウルリッヒ、ミーガン・エリソン

       アイダン・エリオット、マルコ・ヴァレリオ・プジーニ

       アーロン・L・ギルバート、ジェイソン・クロース

 製作:リドリー・スコット、ジャンニーナ・スコット

    ケヴィン・J・ウォルシュ、マーク・ハッファム

 共同製作:フランチェスカ・チンゴラーニ、テレサ・ケリー

      マリッサ・ベル

 脚本:ベッキー・ジョンストン、ロベルト・ベンティヴェーニャ

(原作:サラ・ゲイ・フォーデン、原案:ベッキー・ジョンストン)

 撮影監督:ダリウス・ウォルスキー, A.S.C.

 プロダクション・デザイナー: アーサー・マックス

 衣装デザイナー:ジャンティ・イェーツ

 編集:クレア・シンプソン

 音楽:ハリー・グレッグソン=ウィリアムズ

 プロダクション・マネージャー:フィリッポ・バルダッソ、ディエゴ・カヴァッロ

 第1助監督:レイモンド・カーク、ロイ・バーヴァ(イタリア)

 第2助監督:マルティナ・ゴッタンソーヴァ

 出演:レディー・ガガ  アダム・ドライヴァー

    アル・パチーノ  ジェレミー・アイアンズ

    ジャレッド・レト  サルマ・ハエック

    ジャック・ヒューストン  カミーユ・コッタン

    リーヴ・カーニー

* ストーリー

 イタリア、ミラノ。運送会社の娘パトリツィア・レッジャーニは、パーティでグッチ家の後継者マウリツィオと出会い、積極的なアプローチで近づいてゆく。マウリツィオは父親の意志に反し、家業を継がず、彼女と結婚。しかし、叔父アルドに気に入られてグッチの経営に関わり出した彼らは、父の死後、権力への野心を見せはじめる。アルドを脱税で密告し、その息子パオロを著作権侵害で告訴した彼ら。しかし、全てを支配しようと高圧的に振る舞うパトリツィアに、マウリツィオも嫌悪を抱きはじめる。

* コメント

 世界的ハイブランドのスキャンダラスな事件を元にした、実話ベースのドラマ。由緒ある家柄の息子が命を狙われる話という事で、『ゲティ家の身代金』と対をなす内容ですが、こちらには凝集された緊張度の高さや恐怖感はなく、各時代を象徴する音楽でリズミカルに繋いだ、華やかなエンタメ作品になっています。

 スコット自身も、衣装や美術は自分でなくスタッフの手柄だとする一方、本作でのこだわりは選曲だったと述懐。「製作の早い段階から、この作品にはニードルドロップ(既成曲を映画に使う事)が必要だと感じていた。ドキュメンタリー、あるいはオペラのような作品に仕上げたかったんだ。歌劇《椿姫》の“乾杯の歌”からジョージ・マイケルの“Faith”へと繋ぐとか、ラストのパヴァロッティとトレイシー・チャップマンのデュエット曲とか、曲がシーンを説明する最高の組み合わせを表現した」。

 実際に、これが本当にスコット作品かと思うほど、次から次にポップスやオペラが流れる、テンションの高い語り口になっています。舞台は70年代から90年代までのミラノとニューヨーク、ドナ・サマーやユーリズミックス、デヴィッド・ボウイからブロンディまで、さらに映画音楽でも知られるカンツォーネ歌手ピノ・ドナジオのシングル曲から、ヴェルディ、モーツァルト、プッチーニのアリアまで、サウンドトラックは既成曲で埋め尽くされ、劇伴はほとんど流れません。

 監督が「作品自体を風刺寄りにした」というだけあり、映像美やサスペンスよりも、デフォルメされた過剰なタッチが勝る印象。その最たるものがジャレッド・レトが特殊メイクをして演じるパオロで、極端なイタリア訛りと甲高い声、漫画チックなオーバー・アクションは、いかにも演技派俳優が技巧に走っている図で違和感があります。その父アルドも、うさん臭いテレビ占い師ピーナも、そして何よりレディー・ガガが演じるパトリツィアも、自然主義とは言いがたい、かなり誇張された表現。

 本作は、「実際の状況とは違う」とグッチ一族からクレームが付いているそうですが、冒頭の字幕にある通り、あくまでも実話にインスパイアされた娯楽映画だという事なのです。それを強調するためのデフォルメなのだ、という理屈なのでしょう。見方を変えれば、豪華俳優陣の趣向を凝らした演技合戦を、スコット一流の絢爛たる美術と映像で楽しむ映画と言えるかもしれません。

 例えば、レディー・ガガの演技一つとってもどうでしょう。出会いの場面の、70年代のイタリア映画から抜け出してきたような素朴な雰囲気から、どんどん態度が横柄になるマダム期、ストーカー的な狂気を増す感情的な90年代。挙げ句にはやさぐれたジーパン姿で、報酬を釣り上げる殺し屋たちを一蹴し、「失敗したら許さないわよ」と凄んでみせるに至って、最初の田舎っぽい娘と同一人物とはとても思えません。

 いわば家族の崩壊の物語ですから、その「滅びの美学」はスコットらしい主題と言えます。注目したいのは、「偉大なリーダーから愚かな後継者への権力移譲」というスコット作品の裏テーマを久々に踏襲しながら、先代(ロドルフォとアルドの兄弟)も問題(時代の変化とのズレ)を抱え、彼らの経営も既に斜陽の萌芽を含んでいる点。さらに、後継者がパオロとマウリツィオの二人で、彼らの間に亀裂がある上、マウリツィオ側もパトリツィアと対立して一枚岩ではないなど、先のテーマとしては複雑に分岐した変化球版となっています。

 難を言えば、英語圏以外の物語が多いスコット作品ではいつも思う事ですが、美術や映像に桁外れのリアリティを追求しながら、セリフが英語というのは、日本人である私の目にも摩訶不思議に映ります。作品全体の建て付けも、スコット作品としてはユルい印象。シャープな緊張感に欠けるせいもあるのですが、その分、残酷な暴力描写がないのと、語り口が平易で分かりやすいのは美点と言えます。現実の話はもちろん悲劇ですが、映画としては、「陰」のトーンが多いスコット作品には珍しい、「陽」の性格。

* スタッフ

 本作は、スコットの妻ジャンニーナが20年も温めてきた企画。スコットはタイミングを計りかねていましたが、脚本家ロベルト・ベンティヴェーニャと出会い、彼がミラノ出身で母親がファッション業界の人だと知って、「これは映画を作れという事だ」と執筆を依頼します。さらに『サウス・キャロライナ/愛と追憶の彼方』でアカデミー賞にノミネートされたベッキー・ジョンストンが脚本に参加。

 製作のマーク・ハッファム、ケヴィン・J・ウォルシュ、テレサ・ケリー、撮影のダリウス・ウォルスキー、プロダクション・デザインのアーサー・マックス、衣装のジャンティ・イェーツ、編集のクレア・シンプソン、音楽のハリー・グレッグソン=ウィリアムズと、いつものチームを組成。ただし音楽は前述の通り、全篇に渡って既成曲で繋いでいて、オリジナル・スコアはほぼ流れません。

 脚本の舞台はミラノ、ニューヨークからローマ、アルプスのモンブランにまで及んでいますが、ロケーションはローマとその近郊、コモ湖やドロミテ山脈の近くで行われ、室内はチネチッタ撮影所でセット撮影。ニューヨークの場面も、なんとミラノの街角を改装して撮影しています。衣装や美術品、宝石、小物など、本物の使い方は徹底していますが、アーサー・マックスはメルセデス・ベンツ300SLやフェラーリGT4など、クラシック・カーも数多く修復。

* キャスト

 レディー・ガガの主演起用は話題を呼びましたが、彼女は女優活動もしていて、ブラッドリー・クーパー監督の『アリー/スター誕生』の好演は有名。一流のシンガー・ソングライターである彼女には当然なのかもしれませんが、役への没入度の高さはそこらの俳優の比ではありません。共演したハエックによれば、「全てのテイクで全力を出し切っていた」そうです。

 20年以上に渡る一人の、それも実在のモデルがいる人物を演じるわけですが、その演じ分けは見事という他ありません。脚本のベンティヴェーニャによれば、彼女がパオロに向かって「父と子とグッチ家の名において」と十字を切る所は、「台本にない、天才的なアドリブ」との事。彼女自身もイタリア系だそうで、終始イタリア訛りの英語で演じています。

 彼女は人柄も素敵で、我が国の震災の時の態度や、オバマ大統領からの賛辞に涙した姿などにその片鱗が見られます。共演者のアイアンズによれば、「大統領就任式での歌声には涙が出たと伝えると、彼女も目を潤ませていた。あれだけの才能とキャリアがあるのに、いざ仕事をしてみると明るくて気立てのいい娘で、名声にうぬぼれてないんだ」。

 マウリツィオを演じるアダム・ドライヴァーは、『最後の決闘裁判』に続いてのスコット作品。本作では対照的な役柄で、女性にうぶで生真面目な人物を演じています。スコットが絶賛するだけあって演技力はさすがですが、本物のマウリツィオがそうだったのか、常に不自然に胸を張っているのは作為的な身体表現と感じられます。

 アルド役のアル・パチーノと初めて組んだスコット曰く、「アルはこの世界のアイコンみたいな存在だから、一緒に仕事をする事を夢見ていたが、気難しさがなく、優しい人だった」。彼の演技も誇張気味ですが、それに輪をかけて大袈裟なのが、ジャレッド・レトが演じる息子パオロ。パチーノも最初誰なのか気付かなかったというほどの特殊メイク、甲高い声と漫画チックな身振り、冗談としか思えない強烈なイタリア訛りは、良く言えば極めつけの風刺、私には技巧派俳優の自己満足という感じです。

 それに較べれば、ロドルフォを演じたジェレミー・アイアンズ(『キングダム・オブ・ヘブン』に続くスコット作品)や、マウリツィオの友人パオラをクールに演じたカミーユ・コッタン、ロドルフォの部下ドメニコを演じたジャック・ヒューストン、占い師ピーナを演じたサルマ・ハエックの演技は力みがなく自然で、観ていてほっとします。ハエックは『フリーダ』でアカデミー主演女優賞にノミネートされた人ですが、衣装のイェーツによれば「ユニークな人」。最初に提示された衣装に、「これじゃ面白くないわ。もっとダサくしないと」と言ったそうです。

* アカデミー賞

◎ノミネート/メイクアップ&ヘアスタイリング賞

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