デュエリスト/決闘者

The Duellists

1977年、イギリス (101分)

 監督:リドリー・スコット

 製作:デヴィッド・パットナム

 共同製作:アイヴァー・パウエル

 脚本:ジェラルド・ヴォーン・ヒューズ

 (原作:ジョセフ・コンラッド)

 撮影監督:フランク・タイディ

 プロダクション・デザイナー:ピーター・J・ハンプトン

 衣装デザイナー:トム・ランド

 編集:パメラ・パワー

 音楽:ハワード・ブレイク

 フォーカス:エイドリアン・ビドル

 クラッパー・ローダー:ヒュー・ジョンソン

 ダビング編集:テリー・ローリングス

 出演:ハーヴェイ・カイテル  キース・キャラダイン

    アルバート・フィニー  クリスティナ・レインズ

    ダイアナ・クイック  ピーター・ポスルスウェイト

 ナレーション:ステイシー・キーチ

* ストーリー

 1800年、フランス。軽騎兵のデュベール中尉は上官の命令を伝達するため、同じ軽騎兵のフェロー中尉のもとを訪れるが、これといった理由もなく決闘を申し込まれる。デュベールはフェローを打ち負かすが、より執念深くなったフェローは、デュベールの行く先々に現れて決闘を挑んでくる。

* コメント

 スコット念願の劇場長編映画デビュー作。英国のCM業界で既に確固たる地位を築いていた彼にも、どうやったら映画が撮れるか試行錯誤していた時代が実は10年近くあります。本作はカンヌ国際映画祭で新人監督賞を受賞しましたが、製作のパラマウントはこの映画に乗り気でなく、上映用フィルムを7本しか作らなかったので、ほとんど観客の目に触れる事なく終りました。初公開時にロスで上映した劇場はたったの1軒。その後スコットが売れっ子にならなければ、未だに幻の映画だったかもしれません。

 スコットはプロデューサー的に立ち回り、製作費をディスカウントしてくるパラマウント相手に善戦しますが、それでも低予算映画として製作されました。監督本人が認める通り、本作はスタンリー・キューブリック監督の『バリー・リンドン』と画家ジョルジュ・ド・ラトゥールの影響が濃厚ですが、低予算ながらキューブリック作品に負けないクオリティで18世紀のフランスを再現できたのは、優秀なプロダクション・デザイナーとスコットの並外れた美的センス、そしてBBCやCM製作の現場で培った効率的な撮影ノウハウがあってこそでした。

 偏執的な決闘者にしつこく付きまとわれる男の物語は、ストーカー物サスペンスのヴァリエーションと言えるかもしれません。完全な実話ではありませんが、似た経緯で死亡したと思われる実在の人物をモデルにしています。デビュー作がコスチューム物とは珍しいですが、歴史劇はスコットのフィルモグラフィーにおいて、SF、裏社会物と共に大きな柱となってゆきます。

 スコット自身は『エイリアン』のドキュメンタリー映像で、「予算的にもアイデア的にも自分の思い通りに作れた。自分で探し当てた作品だったし、デビュー作だから慎重に選んだ」と語る一方、「初めての映画で、あれこれ詰め込みすぎた」と反省もしています。しかし既にこの作品で、全ショットのストーリーボードを書くというスタイルを徹底していて、新人監督とはいえ、映画を思い通りの形に作り上げる才覚を持っていたようです。最後に出て来る古城も、たまたま道に迷った時に発見し、その場でストーリーボードを書いたとの事。

 絵画を下敷きにした映像には、既にスコットの美意識が出ていますが、ベテランの撮影監督にはわざわざ本作の映像を例に出して、「最初は素晴らしいと感じるが、すぐに吐き気がしてくる」と悪い見本のように言う人もいます。私はそこまでとは思いませんが、それでも例えば、画面上部にフィルターをかけた場面が幾つかありますが、これはどうでしょう。監督本人は「良いアイデアだ」と満足げですが、かなり人工的に見えて、「アメリカの夜」方式(日中撮影したものを夜に見せる映像処理)と同様、私はあまり好きではありません。

 逆に、馬上の決闘シーンは見事な演出。場面全体を覆う霧は本物だそうで、震えている横顔のズームや、登場人物の心象風景を描いたフラッシュバック、手持ちキャメラの主観映像など、編集も素晴らしいです。スコットは「映画の手法ではない、観客が混乱する、と色々な人に反対されたが、それでも残した。効果はあった」と語っています。自然現象の偶然はスコット作品では起りがちですが、彼自身に予定外のハプニングを取り込む気概があるせいかもしれません。雨や雪のシーンもあるし、最後の場面で太陽の光が射すのも偶然の産物だったといいます。

 技術的には多彩な手法を盛り込んでいますし、俳優の演技にも目配りが行き届いていて非凡な仕上がり。編集や撮影のスタッフにも、後のスコット作品で活躍する人材が多数参加していて、ファンには重要な作品といえますが、何度も鑑賞したくなるほど面白い映画かと言われると、ちょっと疑問かも。脚本のせいか、音楽のせいか、映画全体の緩急が一本調子の感も無きにしもあらず。

* スタッフ

 スコットは、英国随一の脚本家と評価するジェラルド・ヴォーン・ヒューズと別の作品を企画していましたが、製作には至りませんでした。映画化権を買う余裕はないので、著作権切れの作品を探していた所に出会ったのがコンラッドの小説。当初は『闇の奥』も希望しますが、フランシス・コッポラが既に権利を買っていて断念し(後に『地獄の黙示録』として映画化)、同じく彼が入れ込んでいた短篇『決闘』に注力。スコットは又、短編小説の方が構成もシンプルで、長編小説より映画化に向いている事に気付きます。

 製作は、『小さな恋のメロディ』『ダウンタウン物語』からケン・ラッセル作品まで、幅広くイギリス映画を牽引するデヴィッド・パットナム。ニコラス・ローグやマイケル・アプテッド、アラン・パーカーなど、CMやMVで活躍してきた監督をよく起用する人です。共同製作のアイヴァー・パウエルは、この後『エイリアン』『ブレードランナー』も担当。

 撮影監督のフランク・タイディは、スコットによると「数百本のCMを一緒に作った仲。照明の加減についても私の好みを知っている」。キューブリックが『バリー・リンドン』で敢行したロウソクの炎だけによる撮影や、スモークや間接照明で立体的に構成された映像美は、CMならともかく劇映画においては過剰に感じられるのか、業界人の間でも賛否両論があります。

 タイディは、後のスコット作品には関わっていませんが、他の担当作は『夢の降る街』『刑事ジョー/ママにお手あげ』『沈黙の艦隊』『チェーン・リアクション』など多彩な作品が並びます。又、本作でフォーカスを担当したエイドリアン・ビドルや、ローダーのヒュー・ジョンソンは、後に撮影監督としてスコットと組んでいます。スコット自身がキャメラを操作するスタイルは、本作から敢行。

 衣装デザインのトム・ランドも、CMを通じて気心の知れた仲間。ダビング編集で参加しているテリー・ローリングスは、この後『エイリアン』『ブレードランナー』『レジェンド/光と闇の伝説』で編集を手掛けています。ちなみに彼と製作のパウエル、フォーカス担当のエイドリアン・ビドルらにとっては、これが初めての劇映画だったとの事。

 音楽のハワード・ブレイクはフル・オーケストラを使った重厚な作風で、フルートによるテーマ曲も哀愁がありますが、どこか単調な印象。その後もあまり活躍している様子がないですが、他では物悲しいボーイ・ソプラノのテーマで有名なアニメ『スノーマン』があります。交流のある名ピアニスト、ウラディーミル・アシュケナージによる彼の作品集は我が国でも発売されました。ちなみに彼は『エイリアン』の音楽を当初依頼されていたため、セットに何度となく足を運んだそうですが、結局ジェリー・ゴールドスミスが作曲を担当しました。

 撮影は南フランスのペリゴール地方やスコットランドで行われ、ロケ地の一つフランスの田舎町サルラは、偶然にも本作のモデルとなった実在の軍人フルニエ・サルロヴェーズの生まれ故郷との事。ちなみに、決闘シーンで火花が飛び散るのは、剣にバッテリーが仕掛けてあるせいです。

* キャスト

 主演の2人は、スタジオが監督に提示した4人の候補の内の2人でしたが、カイテルは「俺が軽騎兵役?」と難色を示し、スコット自身が「フランス・ロケで食べ物はうまいし、休暇気分でやれる」と説得。ロバート・アルトマン作品に出演してきたキース・キャラダインと、マーティン・スコセッシ作品で名を挙げたハーヴェイ・カイテルがコスチューム劇で対決するというのは、面白いキャスティングです。カイテルは剣術を学んでまだ日が浅かったため、撮影初日に行われた最初の決闘シーンでは、剣の代わりに車のアンテナを使用。

 一方キャラダインは剣術経験者で本物の剣を使用していますが、即興的に振る舞うカイテルを懸念し、監督に「ハーヴェイに振付を守らせてくれ」と忠告したそうです。室内の決闘シーンで二人がへとへとになっているのは演技ではなく、途中から始まるシーンなので、敢えて彼らが疲弊してからキャメラを回したそうです。そんなキャラダインも、フランス・ロケの9週間で全く怪我がなかったのに、最終日に馬に振り落とされ、そのまま入院する不運に見舞われたのは残念。

 デュベールと結婚する令嬢アデルを演じるのは、『ヘックス』『ナッシュビル』でもキャラダインと共演しているクリスティナ・レインズ。彼女は同年、マイケル・ウィナー監督のオカルト映画『センチネル』で、豪華キャスト陣を従えて主演に抜擢されています。RSCに在籍していたというダイアナ・クイックは慰安婦ローラを力強く演じていますが、『オリエント急行殺人事件』で探偵ポワロを演じたアルバート・フィニーと友達で、彼女の仲介によってフィニーも出演が決まりました(権謀術数の権化フーシェ役)。

 ちなみに冒頭の決闘場面でカイテルの相手役を務めているのは、名優アレック・ギネスの息子。ナレーションを担当しているのは『センチュリアン』など男っぽい70年代作品で知られるステイシー・キーチ。彼は後に『ロング・ライダース』でキャラダインと共演もしています。監督の息子ジェイクとルークの他、スピルバーグ作品などで見かける名バイプレイヤー、ピート・ポスルスウェイトも小さな役で出演。

 カンヌ国際映画祭

◎受賞/新人監督賞

◎ノミネート/パルムドール

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