スコット念願の劇場長編映画デビュー作。英国のCM業界で既に確固たる地位を築いていた彼にも、どうやったら映画が撮れるか試行錯誤していた時代が実は10年近くあります。本作はカンヌ国際映画祭で新人監督賞を受賞しましたが、製作のパラマウントはこの映画に乗り気でなく、上映用フィルムを7本しか作らなかったので、ほとんど観客の目に触れる事なく終りました。初公開時にロスで上映した劇場はたったの1軒。その後スコットが売れっ子にならなければ、未だに幻の映画だったかもしれません。 スコットはプロデューサー的に立ち回り、製作費をディスカウントしてくるパラマウント相手に善戦しますが、それでも低予算映画として製作されました。監督本人が認める通り、本作はスタンリー・キューブリック監督の『バリー・リンドン』と画家ジョルジュ・ド・ラトゥールの影響が濃厚ですが、低予算ながらキューブリック作品に負けないクオリティで18世紀のフランスを再現できたのは、優秀なプロダクション・デザイナーとスコットの並外れた美的センス、そしてBBCやCM製作の現場で培った効率的な撮影ノウハウがあってこそでした。 偏執的な決闘者にしつこく付きまとわれる男の物語は、ストーカー物サスペンスのヴァリエーションと言えるかもしれません。完全な実話ではありませんが、似た経緯で死亡したと思われる実在の人物をモデルにしています。デビュー作がコスチューム物とは珍しいですが、歴史劇はスコットのフィルモグラフィーにおいて、SF、裏社会物と共に大きな柱となってゆきます。 スコット自身は『エイリアン』のドキュメンタリー映像で、「予算的にもアイデア的にも自分の思い通りに作れた。自分で探し当てた作品だったし、デビュー作だから慎重に選んだ」と語る一方、「初めての映画で、あれこれ詰め込みすぎた」と反省もしています。しかし既にこの作品で、全ショットのストーリーボードを書くというスタイルを徹底していて、新人監督とはいえ、映画を思い通りの形に作り上げる才覚を持っていたようです。最後に出て来る古城も、たまたま道に迷った時に発見し、その場でストーリーボードを書いたとの事。 絵画を下敷きにした映像には、既にスコットの美意識が出ていますが、ベテランの撮影監督にはわざわざ本作の映像を例に出して、「最初は素晴らしいと感じるが、すぐに吐き気がしてくる」と悪い見本のように言う人もいます。私はそこまでとは思いませんが、それでも例えば、画面上部にフィルターをかけた場面が幾つかありますが、これはどうでしょう。監督本人は「良いアイデアだ」と満足げですが、かなり人工的に見えて、「アメリカの夜」方式(日中撮影したものを夜に見せる映像処理)と同様、私はあまり好きではありません。 逆に、馬上の決闘シーンは見事な演出。場面全体を覆う霧は本物だそうで、震えている横顔のズームや、登場人物の心象風景を描いたフラッシュバック、手持ちキャメラの主観映像など、編集も素晴らしいです。スコットは「映画の手法ではない、観客が混乱する、と色々な人に反対されたが、それでも残した。効果はあった」と語っています。自然現象の偶然はスコット作品では起りがちですが、彼自身に予定外のハプニングを取り込む気概があるせいかもしれません。雨や雪のシーンもあるし、最後の場面で太陽の光が射すのも偶然の産物だったといいます。 技術的には多彩な手法を盛り込んでいますし、俳優の演技にも目配りが行き届いていて非凡な仕上がり。編集や撮影のスタッフにも、後のスコット作品で活躍する人材が多数参加していて、ファンには重要な作品といえますが、何度も鑑賞したくなるほど面白い映画かと言われると、ちょっと疑問かも。脚本のせいか、音楽のせいか、映画全体の緩急が一本調子の感も無きにしもあらず。 |