ブラック・レイン

Black Rain

1989年、アメリカ (125分)

 監督:リドリー・スコット

 製作総指揮:クレイグ・ボロティン、ジュリー・カークハム

 製作:スタンリー・R・ジャッフェ、シェリー・ランシング

 共同製作:アラン・ポール、ミミ・ポーク

 脚本:クレイグ・ボロティン、ウォーレン・ルイス

 撮影監督:ヤン・デ・ボン

 プロダクション・デザイナー:ノリス・スペンサー

 衣装デザイナー:エレン・ミロジェニック

 編集:トム・ロルフ

 音楽:ハンス・ジマー

 第1助監督:オルドリック・ラウリ・ポーター

 キャメラ・オペレーター:アレクサンダー・ウィット

 追加撮影:ハワード・アサートン

 出演:マイケル・ダグラス  アンディ・ガルシア

    松田優作  高倉健

    ケイト・キャプショー  若山富三郎

    内田裕也  小野みゆき

    安岡力也  ガッツ石松

    神山繁  國村隼

    島木譲二  ルイス・ガスマン

* ストーリー

 レストランでヤクザの抗争に出くわした刑事ニックとチャーリー。犯人の佐藤を日本に護送する二人だが、大阪空港で逃げられてしまう。大阪府警の松本による監視下、警官としての権限が無いまま捜査を見守る彼らの前に、佐藤が自ら刺客となって現れる。

* コメント  *ネタバレ注意!

 松田優作の遺作としてわが国では有名な、裏社会アクション。関西人にとっては、大阪でロケされた珍しいハリウッド映画として感慨深い作品です。日本で刑事物を撮る事に憧れていたというスコット曰く、「長いキャリアの中で、監督は自分で企画を持ってくるべきだと痛感している。良い企画は、待っていても来ない。例外は二度だけ。『エイリアン』と『ブラック・レイン』だ。自作はあまり観ないが、たまに放送されているのを見かけると、5分だけ観ようと思う。最後まで観たら、それは良い映画だ。本作は今観ても良い映画だよ」

 スコットはかねがね日本経済の台頭を予測していて、『エイリアン』にはウェイランド・ユタニ社という日系企業のバックグラウンドがあるし、『ブレードランナー』にも日本企業の広告などが出てきます。本作において異文化を見つめる彼の視点にも、『ブレードランナー』と地続きの発展的で混沌としたイメージがあり、それにはバブル経済崩壊寸前の日本がぴったりだったのかもしれません。主演のダグラスは、「80年代で一番思い出すのは、日本経済が急激に力を付けた事。アメリカを押しつぶすかのように、信念と哲学を持って成長を続けていた」と述懐しています。

 悪役の魅力が肝要なクライム・アクションとしては、松田優作の凄味を帯びた存在感が申し分ないですが、勿論スコットの事ですから、それだけの映画では終らせません。脇役に至るまで目配りが行き届き、独自の世界観が設計されてこその松田優作であり、高倉健である訳です。例によって俳優のアンサンブルは抑制されたトーンで構築されていますが、硬質なタッチの中にも直截な真情を込めて表出される演技の陰影は、カラフルな油絵というより、水墨画の濃淡を想起させます。

 殺気が極限まで昂揚する緊張度の高い場面は言うまでもなく、もっと普通の、単なる会話場面の描写力に関して、試みに映画の前半部分だけをとってみても、その間にどれだけの映像的、感情的ニュアンスの微細な移ろいがあることでしょうか。スコットは、精妙を極めたダイナミクスの変転を駆使して、ドラマの諸要素を自在にコントロールしています。殊に印象的なのは、ニックと松本が食事をしながら話す、夜の食堂のシーン。この場面における、深々とした叙情の奥行きや、人情の機微の表出には忘れ難い味わいがあります。

 苛烈な暴力表現は正にスコット印。通常のアクション映画では、ここまでヴィヴィッドな描写もなかなか挿入されないものですが、不思議なもので、その事自体が本作を特別にしてもいます。特にチャーリーの殉職は、映画の流れを一旦断絶させるほどにショッキングな効果をもたらしますが、この場面が観客に大きな衝撃を与えるとしたら、それは本作がこのキャラクターを、人間としていかに感情移入しやすく描いてきたかという証拠でもあります。

 スコット自身はこう述べています。「こういう死を描きたかった。人生は突然終わる。事前の通告も何もない。演じるアンディ(・ガルシア)も、途中で死ぬのはかっこいいと納得していた。本作は私の作品の中でも最も暴力描写にこだわった映画だと知られているが、それは脚本に書かれていた暴力性をきっちり映像化したせいだ。こっちが暴力にこだわったわけじゃない」

 ちなみに本作が大阪で撮影された理由を、監督はこう説明します。「(製作者)ジャッフェの車でプロダクション・デザイナーのノリスと東京中を走り回り、驚くような景色を探したが、古いものが少ない事に気付いた。合成素材の建物ばかりで途方に暮れていた所、大阪が候補に挙がった。東京はアメリカ映画のロケを嫌がっていて、どのみち大したサポートは受けられなかった。大阪府知事は話の分かる人物で、東京への対抗心もあった。社交的な人で、言葉通り何でも協力してくれた」

 関西人にとっては、道頓堀の有名なグリコ看板だけでなく、梅田・阪急百貨店前のコンコースにあった、洋風建築の巨大な天井アーチが撮影されているのは嬉しい所(今はもうありませんし)。しかし日本側のスタッフとは文化が違い、撮影は難航したようです。それでもスコットは、「製作を兼任する立場を離れ、雇われ監督として楽しく働いた」といいますから、『ブレードランナー』の経験も無駄ではなかったですね。

 監督曰く、「どの国でもそうだが、現地のスタッフは自分達のやり方で撮影を進めたがり、対立となる。大袈裟でも何でもなく、現場は本当に混乱した。最大の問題は、アメリカ側のスタッフが日本の映画製作の段取りや労働条件を理解していなかった事にある。ほとんどの局面でどうにもならなくなり、撮影監督のヤン・デ・ボンを除く全てのスタッフを日本人に任せる事になった。おまけに、日本での撮影がどれだけ高くつくかも分かっていなかった」

 パラマウント社は両国プロダクションの対立による行き詰まり状況を打破する為、88年12月に日本での撮影を中断。以降の場面は全てニューヨークのスタジオと、ロスとカリフォルニア周辺で撮影されました。明らかに日本の風景には見えない農村の場面は、ナパ・バレーで撮影されています。これは日本の社会や企業の融通の利かなさを象徴する出来事で、そうと知るとこの映画を、日本の俳優が出演し、日本でロケされた作品として誇らしげに語るのもどこかためらわれます。

 尚、クライマックスで佐藤が串刺しになるエンディングも撮影されましたが、主人公の人間的成長を重視するプロデューサーの意見に納得し、スコットは現行の結末を追加撮影しました。面白いのはスコット作品において、慈悲の行為は繰り返し描かれている事です。思えば『デュエリスト/決闘者』も『ブレードランナー』もこのタイプの結末でしたし、後のスコット作品でも、相手を許すという行為は様々なヴァリエーションで描かれています。この観点を掘り下げると、また別のスコット論が展開できるのかもしれません。

* スタッフ

 前述の通り本作はスコット自身の企画ではなく、プロデューサーでもあるマイケル・ダグラスの元に持ち込まれた脚本が映画化されたもの。製作者の一人シェリー・ランシングはフォックスの社長も2年間務めた女性で、『クレイマー・クレイマー』で組んだスタンリー・R・ジャッフェと独立プロダクションを設立。そこで製作した『危険な情事』のヒットもあって、再度ダグラスと組む事になりました。

 ランシングは監督について、「卓越した映像センスでリドリーを選んだ。なぜそう撮るのか分からずあれこれ反論すると、いつも絵を描いて説明してくれる。彼は常に正しかったわ。絵まで描いてくれるなんて、本当に優しい監督だった」と述べています。共同製作のミミ・ポークはパーシー・メインの副社長で、この次期のスコット作品を何作かプロデュース。第1助監督のオルドリック・ラウリ・ポーターはこの後、ロン・ハワード監督作品に助監督、プロデューサーとして長く関わる人です。

 脚本の二人は過去に執筆作品がないようで、その後もウォーレン・ルイスが『13ウォーリアーズ』を共同執筆しているくらい。製作総指揮も兼任するクレイグ・ボロティンは、本作のアイデアを「日本人と結婚して神戸に住んでいた友人を訪ねた際、何台ものヤクザのアメリカ車を見たのがきっかけ」と語っていますから、本作が関西で撮影されたのはイメージに適っているのかもしれません。

 撮影監督は、オランダ時代からポール・ヴァーホーヴェン監督と組んできたヤン・デ・ボン。『氷の微笑』『ダイ・ハード』『レッド・オクトーバーを追え!』『リーサル・ウェポン3』などの大作に関わりましたが、後に監督デビューして『スピード』シリーズや『ツイスター』などを発表。当初のヒットが続かず、監督としての評価はあまり高くない人です。本作について、「リドリーが日本を選んだのは、活気があって光に溢れているから。全ての物を利用したが、光や音声を極端に強調し、ライトは3倍に増やした。彼には普通の事だ」とコメント。

 プロダクション・デザイナーのノリス・スペンサーはスコット・フリー・プロに深く関わっていて、『テルマ&ルイーズ』『1492コロンブス』『ハンニバル』でスコットと組んでいる他、弟トニーや息子ジェイク・スコットの監督作も担当しています。衣装のエレン・ミロジェニックは『危険な関係』『ウォール街』でもダグラスと組んでいて、カーリー・ヘアは彼女の提案。汚いのか格好いいのか分からない、どこか不快に感じさせる髪型を目指したそうです。編集のトム・ロルフは、『ライトスタッフ』のオスカー受賞者。他にも『タクシードライバー』『天国の門』『ナインハーフ』『ペリカン文書』など話題作に多数参加している売れっ子です。

 音楽のハンス・ジマーは今ほどの売れっ子ではありませんでしたが、スコットは『レインマン』を観て音楽に注目し、その夜にジマーに電話したといいます。日本風のフレーズではなく、日本の楽器を使用する事がコンセプトになっているそうで、それらの音色やシンセ・ドラムの派手な効果は、後のジマー・サウンドの基調を成すものでもあります。本作が初コラボですが、作曲家としては最も多くの作品でスコットと組んでいる人。

* キャスト

 主演のマイケル・ダグラスは、当時『危険な情事』などで汚れ役の方向性も模索していた時期でした。自身も語っています「脚本の前半は観客に好かれない役柄だが、当時は新しいタイプの役を求めていたので、そのまま演じた。今でも好きな出演作の筆頭に来る」。しかし本作はアンディ・ガルシアや日本の役者陣など、脇役のキャラクターが濃いので、特に日本の観客が観ると、主人公の存在感は薄く感じられるかもしれません。

 バディ物の刑事ドラマとして見れば、アンディ・ガルシアが演じる相棒が良いアクセントになっています。ここでも監督は俳優自身のアイデアを多く採用していて、例えばバーで歌う場面でスローな曲からレイ・チャールズに移行して松本と一緒に歌う所や、ジャケットの袖の中で銃を滑らせるアクション、冒頭と殉職前のシーンで闘牛士を気取るのは、全てガルシア自身のアイデアとの事。スコットはこれを受けて、コートを盗られる所から遡り、改めて場面を組み立て直しました。

 アメリカ側唯一の女性キャストは、スピルバーグ夫人のケイト・キャプショー。あまり出番は多くありませんが、彼女が役作りのために、日本のクラブで一日ホステスとして働いたエピソードは有名です。又、フランキーという小さな役で、『カリートの道』やポール・トーマス・アンダーソン作品、スティーヴン・ソダーバーグ作品に多く出演しているルイス・ガスマンが出演。

 高倉健は今見ると風貌も若いですが、寡黙なキャラクターにぴったりの役柄。末期の病状を隠して出演した松田優作の天才的な演技センスと、全く対照的な存在感でコントラストが効いています。その、狂気の中に自由な創造力の飛翔も感じさせる松田優作の凄さは言うまでもありませんが、日本のバイプレイヤー達の好演も特筆したい所です。

 大物や強面の役者陣が多数出演する中、『太陽の帝国』でスピルバーグ作品も経験済みのガッツ石松や、吉本新喜劇の島木譲二が出ているのはユニークな配役。そんな中、同じく関西人で今や重鎮の國村隼は、これがほとんど映画初出演だったそうで、「顔のすぐ横に銃を構える箇所など、現実には不自然だがキャメラに写ると格好良いショットになるとか、映画撮影に関してはほぼ全てリドリーから教わったようなものだ」と回想しています。

* アカデミー賞

◎ノミネート/音響賞、音響効果編集賞

Home  Top