テルマ&ルイーズ

Thelma & Louise

1991年、アメリカ (128分)

 監督:リドリー・スコット

 製作:リドリー・スコット、ミミ・ポーク

 共同製作:ディーン・オブライエン、カーリー・クォーリ

 脚本:カーリー・クォーリ

 撮影監督:エイドリアン・ビドル, B.S.C.

 プロダクション・デザイナー:ノリス・スペンサー

 衣装デザイナー:エリザベス・マクブライド

 編集:トム・ノーブル

 音楽:ハンス・ジマー

 キャメラ・オペレーター:アレクサンダー・ウィット

 出演:スーザン・サランドン  ジーナ・デイヴィス

    ハーヴェイ・カイテル  マイケル・マドセン

    ブラッド・ピット  クリストファー・マクドナルド

    ジェイソン・ベガー  スティーヴン・トボロウスキー

    ティモシー・カーハート  ルシンダ・ジェニー

* ストーリー

 平凡な主婦テルマは、友人のウェイトレス、ルイーズと共にドライブに出かけた。途中のドライブインで、テルマが見知らぬ男にレイプされそうになった時、ルイーズは男を射殺してしまう。二人はそのまま銀行強盗をして逃避行に移るが・・・。

* コメント  *ネタバレ注意!

 公開直後から賛否両論を巻き起こし、カンヌ映画祭のクロージング作品に選ばれた上、主演女優二人がタイム誌の表紙を飾るなど、大きな話題を呼んだ作品。アカデミー賞にも5部門ノミネートされ、脚本賞を受賞しています。90年代初頭の作品なのにちょっと信じ難いですが、それまで女性2人が主人公のバディ・ムービーはなく、彼女達の行動も、映画の中で女性がやった事のない事ばかりだったそうです。

 ハリウッドがいかに男性社会であったかが窺い知れますが、公開20周年の映像ソフトに収録されたドキュメンタリーで、ジーナ・デイヴィスが「ブームも続かなかったみたいね」と語っているように、女性が主役の映画はまだまだ少数派。わが国でも、『ビガイルド/欲望のめざめ』のプロモーションでNHKの情報番組に出演したソフィア・コッポラに、MCが「女性の監督って」を連発するくらいですから、そもそもの根底に「女性の監督は珍しい」「女性ばかりの映画は珍しい」という意識があるのでしょう。

 悲劇的な内容であるにも関わらず、多くの女性が「私達もあんな関係だ」とか「ああいう風になりたい」と感じた事が、ヒットの要因だったと分析されています。批判的な意見には、「男性嫌悪、男性蔑視だ」とか「女性に暴力や犯罪を薦める映画だ」というのが多数あったそうですが、俳優陣が言うように、これらは余りにも的外れですね。警部ハルやルイーズの恋人ジミーのような人も出てきますし、特にジミーとルイーズの朝食の場面は、後の展開を知った上で観ると実に切なく、しみじみとした余情が漂います。

 主演のサランドンは、「主役が女性だという事を除けば、映画ではよくあるストーリー」だと言います。しかし、軽はずみな行動や判断ミスが破滅を招くという展開は、男性が主人公ならもっとドライなタッチになるでしょうし、プロット全体が「人生の破滅」というよりむしろ「自由」「解放」を感じさせる点に、「差別」ではなく「違い」は厳然と存在するように思います。殺人も強盗もタンクローリー爆破も、元は女性蔑視的な言動が発端で、性別を入れ替えて同じ事を描くのは難しいのではないでしょうか。

 脚本がとにかく秀逸で、クレヴァーでウィットに富んでいる上、登場人物は人間味に溢れているし、作劇の構成もデビュー作とは思えないほど巧みです。モーテルの場面で、ルイーズとジミー、テルマとJ・Dのエピソードを、カットバックで対照しながら描くのも効果的な手法。J・Dやタンクローリーの運転手との場面も、いきなり出さずに伏線が張ってあるし、主人公2人のロード・ムーヴィーの合間に、ちゃんとダリル、ジミー、警部達のストーリーも進行させています。

 演出は、スコット自身「本作はコメディだと考えている」と述べているように、俳優のアドリブやポップ・ソングを多用して、かなり軽快な仕上がり。しかし、イギリス人の目で見たアメリカの風景の新鮮さ、美しさは意図的に強調されていて、審美的な映像表現はスコット作品ならではです。モノクロから彩色されるオープニングに始まり、夕闇の工場地帯やパターン模様のような遠景、車内の照明で闇の深さを強調し、峡谷全体をライティングする大胆な夜の描写、天気雨、画面上部をスモーク処理し、濃いカラー・パレットを用いた日中場面など、どれも見事。

 スコットは、「最後の旅だから、鮮烈でなければならない。映像が俳優よりも重要な瞬間がある。ジョン・フォード監督は、風景が重要な登場人物だと理解していた。私は“額縁”の力を信じている。気にしない人が多いがね」と語っています。又、カー・チェイスのアクションはスコット作品では珍しいですが、2人の車を複数の警察車が砂埃を巻き上げながら追いつめてる空撮ショットは、スピルバーグが『ロスト・ワールド』で下敷きにしたという第二次大戦の潜水艦の映像が元でしょうか。スコットは後に、『ワールド・オブ・ライズ』でもこれと似た場面を撮っています。

 ラストは、車が崖を落ちて行くショットが続くヴァージョンも撮影されましたが、ストップモーションによる現行版は「自由と開放感がある」と多くの人に支持され、監督も「試写会でみんなに、ラストだけは絶対に変えないでと言われた」と述懐しています。脚本を書いたクォーリの言葉は、全ての映画人に聞かせたいものです。「作品には作品の生命があり、それを乱すと観客は拒絶する。ピタリと収まる型があって、いじるとおかしくなるの」

 スコット作品はどれもそうですが、脚本、撮影、演技、演出と、映画としてのクオリティがあらゆる面で群を抜いて高い映画なので、ストーリーだけが突出してセンセーショナルに注目されたのは、作品にとって良かったのかどうか、判断が難しい所です。尚、本作の映像ソフトにはゆうに40分にも及ぶ未公開場面が収録されていますが、エクステンデッド版は製作されませんでした(その中には、キャサリン・キーナーがハルの妻として出演している場面まであります)。

* スタッフ

 製作は、スコットの会社パーシー・メインの副社長ミミ・ポークとスコット自身。脚本のカーリー・クォーリも、監督が「とにかくしつこかった」というほどあらゆる点に注文を付けたそうで、共同製作者にクレジットされています。クォーリ本人も「全てを出し尽くした」というほどこだわっただけあって、アカデミー脚本賞を受賞。出演者の一人、マイケル・マドセンも、彼女が探してきた俳優です。

 クォーリは、「それこそ1行1行、全てについて話し合った。映像に関しても、冒頭はシアーズのカタログ風に、最後はM・パリッシュの絵とフォトリアリズムを掛け合わせたもの、といった具合にね。リドリーと昔の映画や西部劇の話をしていると、製作のミミから『脱線しないで、この映画の話をして!』とよく怒られたけど、リドリーは『だからそれをしてる』と応えていた」と述べています。

 クォーリにとって本作は初めての脚本で、映画化の当てもなく、単に最後まで書けるかどうかの訓練でした。当時彼女はデヴィッド・フィンチャーら率いるプロパガンダ・フィルムズに在籍し、アリス・クーパーやロバート・グレイの音楽ビデオ制作に関わっていました。満たされずに苦労ばかりの現場で、一人この脚本を書いて時間を過ごしていたとの事。その後の作品数も極端に少ない人ですが、その中では、ラッセ・ハルストレム監督の『愛に迷った時』が注目されます。

 撮影監督は、『デュエリスト』『エイリアン』でフォーカスを担当していたエイドリアン・ビドル。スコットとは古い付き合いで、この後『1492コロンブス』にも起用されています。スコット作品の撮影監督の中でも図抜けて才能に恵まれた人という印象で、その映像センスから『ウィロー』『プリンセス・ブライド・ストーリー』『101』などファンタジー映画への参加が多かったですが、残念ながら働き盛りに亡くなってしまいました。ちなみに本作は、スコットがキャメラ2台による同時撮影を取り入れた最初の作品で、以来ずっとこのスタイルを続けています。

 プロダクション・デザインは『ブラック・レイン』のノリス・スペンサー。この後、『1492コロンブス』『ハンニバル』も手がけています。本作では一切セットを使わず、全てをロケで撮影。編集のトム・ノーブルは、『刑事ジョン・ブック/目撃者』でオスカーを受賞したベテラン。本作でもノミネートを受けています。古くはトリュフォーの『華氏451』や『モンティ・パイソン・アンド・ナウ』から、『BODY/ボディ』『未来は今』『マスク・オブ・ゾロ』など幅広いジャンルで活躍し続けている人。

 音楽のハンス・ジマーも『ブラック・レイン』に続いて二度目の登板で、スコットとのコラボはこの先も続きますが、既成曲を前に出していてスコアの印象が薄いのは残念。しかし挿入曲は全て監督自身がチョイスしたそうで、スコットらしい音楽へのこだわりを垣間見せます。

* キャスト

 主演二人は当時から知名度の高い女優でした。『ザ・フライ』『ビートルジュース』で注目され、本作と『偶然の旅行者』でアカデミー賞にノミネートされたジーナ・デイヴィスは、撮影の1年前からこの脚本を知り、スコットを追いかけ回したそうです。曰く、「スーザンに会うまでは、ルイーズ役だって出来るつもりだった。でも彼女に会った瞬間、私には出来ない、私はテルマだと思った。彼女の前では自然にそうなってしまう。ルイーズに対するテルマの感情や関係そのままなの。役柄と自分がそこまで一致できるなんて、素晴らしい事だわ」 

 ルイーズを演じるスーザン・サランドンは、本作と『アトランティック・シティ』『依頼人』で3度オスカーにノミネートされ、『デッドマン・ウォーキング』で受賞した名女優。「単に脚本が良くて、監督にヴィジョンがあったから主演した。作品があれほど議論を呼んだ事は不思議」と語っています。監督やジーナ・デイヴィスとも意気投合し、実に楽しい撮影だったと言います(スコットもそう語っています)。

 警部ハルを演じるのは、マーティン・スコセッシ監督作の常連ハーヴェイ・カイテル。『デュエリスト/決闘者』に続くスコット作品への出演で、なんと本作が初めての善人役との事ですが(そこまで悪人顔にも見えませんけど)、ダリオ・アルジェントやテオ・アンゲロプロスのようなヨーロッパの映画作家にも呼ばれる不思議な人です。実際、猛烈な読書家との事。

 青年J・Dを演じたのは、これが本格デビュー作のブラッド・ピット。チョイ役というイメージでしたが、今観るとサブ・キャラクターの中では最も出ている場面が多く、かなり重要な役回りです。「誰もが断る」と監督が嘆いた汚れ役ですが、ピットは脚本を読んで「これだ、ぜひこの役が欲しい」と自ら希望したそうで、凡人とは違うその感覚こそがスターの資質かもしれません。テルマの夫を挑発する場面では、相手役のマクドナルドに「演技じゃなくて、本当に殺してやると思った」と言わせたほど。スコットとは後に、『悪の法則』で再度コラボしています。

 ルイーズの恋人ジミーを演じたマイケル・マドセンは、『ウォー・ゲーム』『ナチュラル』『ドアーズ』など話題作に細かく出演しているバイプレイヤー。その後も、『レザボア・ドッグス』『フリー・ウィリー』『ゲッタウェイ』『ワイアット・アープ』『キル・ビル』シリーズなど、B級アクションを中心に出演作が続いています。ジミーが突然感情的になるのは彼のアイデアで、「弱い立場になる彼に、はけ口が必要だと思った」との事。

 テルマの夫ダリルを演じたクリストファー・マクドナルドも、『あぶない週末』『フラバー』『クイズ・ショウ』『パラサイト』『レクイエム・フォー・ドリーム』『迷い婚』など膨大な出演作あり。ここでは、アドリブを盛り込んだコミカルな芝居で存在感を示します。ちなみに車に乗る前に滑って転ぶのはハプニングで、アドリブで使用人に八つ当たりしたのが本編に採用されています。この場面をきっかけに、スコットはコメディ・タッチを取り入れる方針へ舵を切りました。

 トランクに押し込められる州警を演じたのはジェイソン・ベガー。泣きだす芝居はやはり俳優自身のアイデアで、事前にやってみせて監督を大笑いさせたといいます。彼は、デミ・ムーアの恋人役で『G.I..ジェーン』にも出演。酒場のウェイトレス、レナを演じたのは『ペギー・スーの結婚』『レインマン』のルシンダ・ジェニーで、彼女も『G.I..ジェーン』に出演しています。卑猥な運転手を演じたマルコ・セント・ジョンは、撮影翌月に『ハムレット』の舞台に立ったほどの役者で、「こんな役を演じたら女の子達が相手にしてくれなくなってしまう」と嘆いていたとの事。

* アカデミー賞

◎受賞/脚本賞

◎ノミネート/監督賞、撮影賞、編集賞、主演女優賞(スーザン・サランドン、ジーナ・デイヴィス)

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