1492コロンブス

1492:Conquest of Paradise

1992年、アメリカ/フランス/スペイン (162分)

 監督:リドリー・スコット

 製作総指揮:ミミ・ポーク・ソテラ、イエイン・スミス

 製作:リドリー・スコット、アラン・ゴールドマン

 共同製作:ロザリン・ボッシュ、ギャレス・トーマス

 脚本:ロザリン・ボッシュ

 撮影監督:エイドリアン・ビドル, B.S.C.

 プロダクション・デザイナー:ノリス・スペンサー

 衣装デザイナー:チャールズ・ノード、バーバラ・ルッター

 編集:ウィリアム・アンダーソン、フランソワーズ・ボノ

 音楽:ヴァンゲリス

 第1助監督:テリー・ニーダム

 助監督(の一人):アダム・ソムナー

 セカンド・ユニット監督:ヒュー・ジョンソン

 セカンド・ユニット助監督:ケヴィン・デ・ラ・ノイ

 美術総監督:レスリー・トムキンズ

 出演:ジェラール・ドパルデュー  シガニー・ウィーヴァー

    アーマンド・アサンテ  マイケル・ウィンコット

    アンヘラ・モリーナ  フェルナンド・レイ

    フランク・ランジェラ  ケヴィン・ダン

    チェッキー・カリョ  ローレン・ディーン

    アーノルド・ヴォスルー

* ストーリー

 まだ地球が平面だと信じられた時代。冒険家コロンブスは、“地球は球体である”と言う説を証明するため、数々の非難が降りそそぐ中、航海に出る。ついに新大陸を発見したコロンブスはそこで約束された総督の地位を手に入れるが、期待された黄金は見つからず、原住民とも衝突。スペイン政府も懸念を示しはじめる。

* コメント

 コロンブスの新大陸発見500年記念に製作された、スコット作品初の実話物で歴史大作。コスチューム史劇としても、『デュエリスト/決闘者』以来となります。90年代は2時間半を越える長尺の映画が再び隆盛してきた時代でもありますが、本作は内容の重厚さも手伝って、特に大作の印象がありました。しかし、この時期のスコットはなぜか不遇とみなされる事が多く、本作も決して高くは評価されてこなかったように思います。

 私は昔からこの映画を観る度に圧倒されていて、世間の低評価がずっと疑問でした。今観ても、まあ『グラディエーター』と同等とは言わないまでも、それに準じる扱いを受けるべき映画だと思います。興行的に振るわなかったせいもあるのでしょうが、本作の認知度が不当に低いのは、主演がハリウッド・スターではないのと、派手なアクション・シーンがないせいでしょうか。

 実は本作、『グラディエーター』と共通する要素がたくさんあります。寡黙な中にも激昂する主人公。それに寄り添う音楽。馬の足音や剣の音など、音響的リアリズムのへの徹底したこだわり。雪や植物を中空に舞わせ、光のマジックを駆使した絢爛たる映像美。抑制の効いたほの暗いトーン。戦闘場面、フェンシングのシーン、嵐のシーン。苛烈な暴力描写。失墜、滅びの美学。

 映画は、実際にコロンブスの伝記を書いた息子フェルナンドによる回想形式で、コロンブスが4度の航海で自説を証明し、新天地で総督となり、現地の混乱から解任されて帰国するまでを、時系列に沿って描きます。本作はしかし、その枠組みの中で、今までほとんど知られていなかったコロンブスを取り巻くリアルな状況も、残酷なまでに生々しく描き出します。観客は映画を観る内、主人公が歴史上の偉人である事を忘れ、ひたすら厳しく多難な彼の挑戦と失敗を目の当たりにするでしょう。

 ここで描かれる人間コロンブスは、世界の常識を転覆させる自説を証明した、因習打破的で情熱溢れる冒険家であり、新大陸総督の地位を女王に要求し、腹心を兄弟で固めた野心家であり、先住民を尊重する人道的な大使であり、その先住民を奴隷のような労役に就かせる侵略者でもあります。

 それこそが文明社会の、宗教の、そして何よりも人間の光と闇であり、矛盾であり、主人公を一面的に描かないのと同じく、財務長官サンチェスのキャラクターも一面的には描きません。最後の最後でサンチェスに、「我々の名が後世に残るなら、彼(コロンブス)のおかげだよ」と言わせている点は注目に値します。

 コロンブスの業績や革命的な成果よりも、その失敗をドラマティックに描くのはスコットらしい所。アメリカ本土を発見したのがコロンブスではない事は周知の史実ですが、本作は主人公がその事実を知らされるずっと前から、悲劇の気配を濃厚に漂わせています。ほとんど採取されない砂金、先住民の反乱、仲間の裏切り、スペイン政府の無理解、動物や嵐がもたらす被害。彼が夢見たユートピアは廃墟と化し、本国に送還された彼は投獄こそ免れるものの、みすぼらしく哀れな男と民衆の目に映ります。

 それでも本作はコロンブスの、ひいては人間の、別の面にフォーカスします。「新世界は失敗でした」というイザベル女王に、「古い世界は成功なので?」と返すコロンブス。彼にとって、新天地が混乱した事は大した失敗ではありませんでした。もっと大きな何かを、彼は見ていたのです。

 「夢に生きてろ」と吐き捨てるサンチェスに、彼は詰め寄ります。実際のコロンブスの言葉ではないでしょうが、それだけにこのセリフには、映画の作り手の強い意志が出てはいないでしょうか。「見ろ、何が見える? やぐら、宮殿、尖塔、そして文明。大空に届く教会の塔! 私のような人間が作った。どんなに長生きしても、君と私の間で変わらぬ物がある。私はやり遂げ、君は無だ」

 国際的な豪華キャスティングを行いながらも、陳腐なデフォルメ芝居が見られないのはさすがですが、技術面で特に触れておきたいのが撮影と音楽。スコット作品の映像が傑出したクオリティにあるのはいつもの事ですが、エイドリアン・ビドルの才能は、スコットと組んできた撮影監督の中でも頭一つ抜きん出ているように思います。立体的で、詩情と幻想味溢れる光の使い方、色彩と構図のセンスなど、どれをとっても正に圧巻の映像体験。

 ヴァンゲリスの音楽も強力なオーラを放っています。15世紀の物語になぜシンセ?と思うかもしれませんが、当時は近代オーケストラも無かったですから、結局は同じ事かもしれません。曲想はいずれも素晴らしく、コーラスによる3拍子のテーマ曲は、『グラディエーター』のテーマに匹敵するインパクトとキャッチーさがあります。極彩色の鳥のショットにハープをデフォルメした奇怪なアルペジオを付けるなど、エキゾチシズムと異様なオブセッションが全編に横溢。

 ちなみに、夜の甲板で虫の群れに気付いたコロンブスが陸地に近い事を知る場面は、コロンビアのロケ中、照明機材に突進する巨大な昆虫を見たスコットが思いついたアイデア。そういった細やかなディティールを描き込む辺り、いかにもスコット作品です。本作はしかし、後から製作された同じ題材の映画が先に封切られた事もあり、興行的な成果を残せませんでした。個人的には、ヒットした映画が全て優れているとは全く思いませんが、それも本作の低評価に繋がっている事は確かでしょう。

* スタッフ

 製作は、パーシー・メインのミミ・ポーク・ソテラとスコット自身、英国の重鎮デヴィッド・パットナムと組んできたイエイン・スミス、フランス国内の製作・配給会社MK2の社長で、脚本のボッシュと製作会社を設立したばかりのアラン・ゴールドマンが担当。アメリカ/フランス/スペインの合作となりました。又、後のスコット作品を担ってゆく事になる助監督、テリー・ニーダムとアダム・ソムナーの名前が本作から見られるのも嬉しい所。セカンド・ユニットの助監督は、後に『プライベート・ライアン』のプロデュースに参加するケヴィン・デ・ラ・ノイです。

 脚本は、フランスの週刊誌ル・ポワンの記者として世界中を飛び回っていたロザリン・ボッシュ。本作は、コロンブス500年祭の記事を書くため古文書の調査を進めるうちに発案されたもので、これが彼女の脚本家デビューとなりました。又、彼女は本作のため、アラン・ゴールドマンと製作会社レジェンド・プロダクションを設立。ジャーナリスティックなセンスが生かされた本作の脚本は、資料を元にした史実を盛り込みつつも、コロンブスの光と影、人間的な側面に生々しくスポットを当てていて秀逸な仕上がり。

 撮影監督は、『テルマ&ルイーズ』で組んだエイドリアン・ビドル。彼の映像美の素晴らしさは上記の通りで、その後『ハムナプトラ/』など大作も手がけて売れっ子となりましたが、スコットとのコラボはたった2作で終了し、壮年期に早世してしまったのが悔やまれます。さらに、次作『白い嵐』と『G.I.ジェーン』の撮影を手がけたヒュー・ジョンソンが、セカンド・ユニットの撮影監督を担当。

 プロダクション・デザインは、『ブラック・レイン』『テルマ&ルイーズ』『ハンニバル』でも組んでいるノリス・スペンサー。ロケーション撮影はスペイン政府の支援を受け、カセルス、トルーリロ、セビリア、サマランカで敢行。新天地のロケは、ドミニカ共和国、コロンビア、コスタリカで行なわれ、エキストラとして実際のインディオ170人が参加しました。暑さや危険な動物の数々に悩まされ、過酷な撮影だったと伝えられます。美術は次作『白い嵐』のプロダクション・デザインを手掛けているレスリー・トムキンズ。彼はデヴィッド・リーン監督の『インドへの道』、キューブリックの遺作『アイズ・ワイド・シャット』も担当しています。

 又、当時の船舶に関する最新、最高のリサーチに基づいて、帆船サンタマリア号、ピンタ号、小帆船ニーニャ号を再現。撮影時は、現存するレプリカの内で最も正確で信用のおけるものだと言われました。衣装デザインは、『ブレード・ランナー』『レジェンド/光と闇の伝説』のチャールズ・ノード。本作のために特別に誂えられた衣装は、ルネサンス期の聖人像や絵画、文献を元に綿密な時代考証が行われました。編集は『Z』『ミッシング』などコスタ・ガブラス、『フリーダ』等でジュリー・テイモアと組んでいるフランソワーズ・ボノ。

 音楽は、『ブレードランナー』でスコットと組んだギリシャのミュージシャン、ヴァンゲリス。シンセサイザーの映画音楽では第一人者で、本作のスコアの素晴らしさも前述の通り。しかし本作でも実は音楽の交代劇があり、スコットはフランスの作曲家ジャン=クロード・プティに全曲を書かせた後、これを破棄。ハンス・ジマーに相談を持ちかけ、最後の最後にヴァンゲリスに依頼しています。映画を観た上で結果は文句なしですが、人としては暴挙という他ありませんね。

* キャスト

 タイトルロールを演じるのは、フランスを代表する俳優ジェラール・ドパルデュー。本作は、『グリーン・カード』に続く、2作目のアメリカ映画出演でしたが、彼がフランス人である事や、英語でセリフを言う事の是非を越えて、コロンブスという一人の人間の、驚くほどに多面的な側面を表現しえている所は賞賛に値します。特に後半、コロンブスの人生に敗北と悲劇の色が影を落としてくる辺りは、神話的存在感を放つ体躯と佇まいが圧倒的。ただ、英語のネイティヴ・スピーカーが見ると、彼の発音はフランス訛りが強く、それも本作がアメリカの観客に受け入れられなかった一因と指摘されています。

 イザベ女王を演じるのは、『エイリアン』でスコットと共にハリウッドの寵児となったシガニー・ウィーヴァー。堂々たる威容でコロンブスと対峙しますが、その一方で母性も感じさせる所は、役者としての成熟と言えるでしょうか。彼女は『エクソダス:神と王』でもスコットと組み、そこではずばり母親を演じましたが、出演シーンが編集で減ってしまったのが残念。本作における特注の豪華衣装は圧巻で、彼女が衣装を着てセットに現れると、人々は自然に頭を下げたと言われています。

 財務長官サンチェスを演じるのは、アーマンド・アサンテ。『探偵マイク・ハマー/俺が掟だ!』の主演俳優です。デビュー作『ブルックリンの青春』で無名時代のシルヴェスター・スタローンと共演し、彼の推薦で『パラダイス・アレイ』でも共演。『ジャッジ・ドレッド』でも同じ遺伝子を持つ役を演じるなど、スタローンと縁が深い人です。タフ・ガイの役が多く、本作も何となくその系譜に連なりますが、単なる敵役に終っていない所が見事。スコット作品では、『アメリカン・ギャングスター』にも出演しています。

 反乱を起こす貴族モクシカを演じたカナダ人俳優マイケル・ウィンコットは、『トーク・レディオ』『7月4日に生まれて』『ドアーズ』『ロビン・フッド』と、話題作が続いた後に本作へ出演。悪魔のようなダミ声と強烈な風貌ゆえ異常者役や悪役が多く、『クロウ/飛翔伝説』『ストレンジ・デイズ』『バスキア』『エイリアン4』など、何かと癖のある演技で引っ張りだこ。極めつけは『ヒッチコック』で、『サイコ』のモデルになった連続殺人鬼エド・ゲインの幻影としてヒッチコックに語りかける役どころでした。本作も、観客の心にトラウマを残すこと必至です。

 コロンブスの妻を演じるのは、スペインの女優アンヘラ・モリーナ。個人的には、ルイス・ブニュエル監督『欲望のあいまいな対象』のぶっとんだ演技で強烈な印象がありますが、他にめぼしい出演作がないのは残念。その映画でモリーナと共演したブニュエル作品の常連フェルナンド・レイも、修道僧マルチェイナ役で出演。本作の後は長い闘病生活に入り、最後の出演作となりました。

 金貸しサンタンヘルを演じるのは、『ドラキュラ』のフランク・ランジェラ。本作の後は『BODY/ボディ』『スモール・ソルジャーズ』『ナインスゲート』等に出演、『フロスト×ニクソン』でニクソン大統領を演じてアカデミー主演男優賞に初ノミネートされました。船主ビンソンを演じるのは、『満月の夜』『ニキータ』のチェッキー・カリョ。イスタンブール生まれパリ育ちという異色の俳優で、『バッドボーイズ』『007/ゴールデン・アイ』『ジャンヌ・ダルク』『ロング・エンゲージメント』と国際的に活躍。『ドーベルマン』の凄まじい悪役は話題を呼びました。

 探検隊のキャプテン、メンデスを演じるケヴィン・ダンは、『虚栄のかがり火』『スネーク・アイズ』『ブラック・ダリア』などブライアン・デ・パルマ作品の他、ウディ・アレンの『それでも恋するバルセロナ』等にも出演。成人したフェルナンドを演じるローレン・ディーンも、『セイ・エニシング』『ビリー・バスゲイト』『アポロ13』『キルトに綴る愛』『ガタカ』など、細かく話題作に顔を出している人。後に『ハムナプトラ/失われた砂漠の都』(エイドリアン・ビドル撮影)でミイラのイムホテップを演じる、アーノルド・ヴォスルーも出ています。

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