コロンブスの新大陸発見500年記念に製作された、スコット作品初の実話物で歴史大作。コスチューム史劇としても、『デュエリスト/決闘者』以来となります。90年代は2時間半を越える長尺の映画が再び隆盛してきた時代でもありますが、本作は内容の重厚さも手伝って、特に大作の印象がありました。しかし、この時期のスコットはなぜか不遇とみなされる事が多く、本作も決して高くは評価されてこなかったように思います。 私は昔からこの映画を観る度に圧倒されていて、世間の低評価がずっと疑問でした。今観ても、まあ『グラディエーター』と同等とは言わないまでも、それに準じる扱いを受けるべき映画だと思います。興行的に振るわなかったせいもあるのでしょうが、本作の認知度が不当に低いのは、主演がハリウッド・スターではないのと、派手なアクション・シーンがないせいでしょうか。 実は本作、『グラディエーター』と共通する要素がたくさんあります。寡黙な中にも激昂する主人公。それに寄り添う音楽。馬の足音や剣の音など、音響的リアリズムのへの徹底したこだわり。雪や植物を中空に舞わせ、光のマジックを駆使した絢爛たる映像美。抑制の効いたほの暗いトーン。戦闘場面、フェンシングのシーン、嵐のシーン。苛烈な暴力描写。失墜、滅びの美学。 映画は、実際にコロンブスの伝記を書いた息子フェルナンドによる回想形式で、コロンブスが4度の航海で自説を証明し、新天地で総督となり、現地の混乱から解任されて帰国するまでを、時系列に沿って描きます。本作はしかし、その枠組みの中で、今までほとんど知られていなかったコロンブスを取り巻くリアルな状況も、残酷なまでに生々しく描き出します。観客は映画を観る内、主人公が歴史上の偉人である事を忘れ、ひたすら厳しく多難な彼の挑戦と失敗を目の当たりにするでしょう。 ここで描かれる人間コロンブスは、世界の常識を転覆させる自説を証明した、因習打破的で情熱溢れる冒険家であり、新大陸総督の地位を女王に要求し、腹心を兄弟で固めた野心家であり、先住民を尊重する人道的な大使であり、その先住民を奴隷のような労役に就かせる侵略者でもあります。 それこそが文明社会の、宗教の、そして何よりも人間の光と闇であり、矛盾であり、主人公を一面的に描かないのと同じく、財務長官サンチェスのキャラクターも一面的には描きません。最後の最後でサンチェスに、「我々の名が後世に残るなら、彼(コロンブス)のおかげだよ」と言わせている点は注目に値します。 コロンブスの業績や革命的な成果よりも、その失敗をドラマティックに描くのはスコットらしい所。アメリカ本土を発見したのがコロンブスではない事は周知の史実ですが、本作は主人公がその事実を知らされるずっと前から、悲劇の気配を濃厚に漂わせています。ほとんど採取されない砂金、先住民の反乱、仲間の裏切り、スペイン政府の無理解、動物や嵐がもたらす被害。彼が夢見たユートピアは廃墟と化し、本国に送還された彼は投獄こそ免れるものの、みすぼらしく哀れな男と民衆の目に映ります。 それでも本作はコロンブスの、ひいては人間の、別の面にフォーカスします。「新世界は失敗でした」というイザベル女王に、「古い世界は成功なので?」と返すコロンブス。彼にとって、新天地が混乱した事は大した失敗ではありませんでした。もっと大きな何かを、彼は見ていたのです。 「夢に生きてろ」と吐き捨てるサンチェスに、彼は詰め寄ります。実際のコロンブスの言葉ではないでしょうが、それだけにこのセリフには、映画の作り手の強い意志が出てはいないでしょうか。「見ろ、何が見える? やぐら、宮殿、尖塔、そして文明。大空に届く教会の塔! 私のような人間が作った。どんなに長生きしても、君と私の間で変わらぬ物がある。私はやり遂げ、君は無だ」 国際的な豪華キャスティングを行いながらも、陳腐なデフォルメ芝居が見られないのはさすがですが、技術面で特に触れておきたいのが撮影と音楽。スコット作品の映像が傑出したクオリティにあるのはいつもの事ですが、エイドリアン・ビドルの才能は、スコットと組んできた撮影監督の中でも頭一つ抜きん出ているように思います。立体的で、詩情と幻想味溢れる光の使い方、色彩と構図のセンスなど、どれをとっても正に圧巻の映像体験。 ヴァンゲリスの音楽も強力なオーラを放っています。15世紀の物語になぜシンセ?と思うかもしれませんが、当時は近代オーケストラも無かったですから、結局は同じ事かもしれません。曲想はいずれも素晴らしく、コーラスによる3拍子のテーマ曲は、『グラディエーター』のテーマに匹敵するインパクトとキャッチーさがあります。極彩色の鳥のショットにハープをデフォルメした奇怪なアルペジオを付けるなど、エキゾチシズムと異様なオブセッションが全編に横溢。 ちなみに、夜の甲板で虫の群れに気付いたコロンブスが陸地に近い事を知る場面は、コロンビアのロケ中、照明機材に突進する巨大な昆虫を見たスコットが思いついたアイデア。そういった細やかなディティールを描き込む辺り、いかにもスコット作品です。本作はしかし、後から製作された同じ題材の映画が先に封切られた事もあり、興行的な成果を残せませんでした。個人的には、ヒットした映画が全て優れているとは全く思いませんが、それも本作の低評価に繋がっている事は確かでしょう。 |