白い嵐

White Squal

1996年、アメリカ (129分)

 監督:リドリー・スコット

 製作総指揮:リドリー・スコット

 製作:ミミ・ポーク・ギトリン、ロッキー・ラング

 共同製作:テリー・ニーダム、トッド・ロビンソ

      ナイジェル・ウール

 脚本:トッド・ロビンソン

 撮影監督:ヒュー・ジョンソン

 プロダクション・デザイナー:ピーター・J・ハンプトン

               レスリー・トムキンズ

 衣装デザイナー:ジュディアナ・マコウスキー

 編集:ジェリー・ハンブリング

 音楽:ジェフ・ローナ

 第1助監督:テリー・ニーダム

 第2助監督:アダム・ソムナー

 プロダクション・マネージャー:マーク・ハッファム (西インド)

 追加音楽:ハンス・ジマー

 出演:ジェフ・ブリッジス  キャロライン・グッドール

    ジョン・サヴェージ  スコット・ウルフ

    ライアン・フィリップ  ジェレミー・シスト

    エリック・マイケル・コール  デヴィッド・ラッシャー

    バルサザール・ゲティ  ジェイソン・マースデン

    フリオ・メチョソ  ジェリコ・イヴァネク

    デヴィッド・セルビー  ジェームズ・レブホーン

* ストーリー

 1960年、親の反対を押し切って海洋学校の訓練航海に参加した17歳のチャック。11人の少年たちと4人の大人を乗せた帆船アルバトロス号は、大海原へと出帆する。訓練中には様々な事故やトラブルが起きるが、次第に仲間意識を育んだ少年たちは船長の指揮の下、事態に対処していく。しかし、無事目的地にたどり着いて帰還するアルバトロス号を、“白い嵐”と呼ばれる暴風雨が襲う。

* コメント

 実話を元に、海難事故の悲劇、船長と少年たちの絆を描いた人間ドラマ。実話物である点、海洋アドベンチャーである点で、前作『1492コロンブス』を引き継ぐような映画です。その困難さから海での撮影は業界でタブー視される中、スコット作品においては撮影トラブルや、スケジュールの遅れなどのニュースが一切伝えられないのは、ひとえにキャプテン・スコットの舵取りゆえでしょうか。出来上がった映像も、全てが海上ロケではないにせよ、いったいどうやって撮ったのかと思うほど見事なものです。

 あらゆるショットが極度に洗練されているのはいつもの事ですが、ヒュー・ジョンソンによる撮影が素晴らしく、逆光、ローキー、遠近法、スモーク、立体感、光の表現、色彩の陰影など、あらゆる技巧を駆使して、色と光の芸術を見せてくれます。嵐の場面の迫真力も相当なもの。ただし、劇場パンフレットには「延々30分に及ぶ嵐のシーン」とありますが、ラスト30分前くらいから始まるというだけで、嵐のシーン自体は15分くらいしかありません。

 本作で特徴的なのは、スコット作品としては軟派に仕上がった場面が多い事。悲劇のドラマを重厚に描き、嵐の場面の迫力も追求しているので、対比としてコミカルなタッチを主軸にするのは良い事かもしれませんが、平素は格調の高いスコットの作風としては、いささか通俗に堕ちた感もあります。少年のナレーションを用い、彼の目線で物語を描いているせいもあるのか、通過儀礼を描いた青春映画の要素が強く、演出の軽快なタッチもそれに追い打ちをかけます。

 特に陸地の場面は、ハリウッド伝統のB級青春映画っぽいテイストが横溢。ぎこちない友情やパーティーでの初体験、やけ酒、門限時間に遅れるドタバタなど、このジャンルのお決まりパターンを踏襲しています。正義感の強い主人公、金持ちのお坊っちゃんや落ちこぼれの不良、型破りで寡黙な船長に饒舌な部下と、キャラクター造形がスコット作品にしては類型的なのも気になる所。実際のチャック・ギーグ本人に取材した脚本ですから、これらが事実なら描くべき物語の範疇なのかもしれませんが、映画的脚色なら無用なサービス精神だったかもしれません。

 又、親の介入や仲間の脱落、無人島への上陸、キューバ船との遭遇など、次から次へ待っていたかのように出来事が起こる脚本は、羅列的で詰め込み過ぎの印象もあります。フィクションに感じられる表現も多く、後のスコットならもっとストレートな作劇に徹したかもしれません。俳優に大袈裟な芝居をさせないのはスコットらしく、船長役に抑制されたスタイルを貫いてきたジェフ・ブリッジスを起用したのは象徴的。スタッフ・ワークも見事で、クオリティはすこぶる高い映画と言えるでしょう。

* スタッフ

 製作はスコット自身の他、スコット・フリーのミミ・ポーク・ギトリン、第1助監督を兼任するテリー・ニーダムが担当。第2助監督のアダム・ソムナーも前作から続投している他、後のスコット作品を多くプロデュースするマーク・ハッファムが、西インド・ユニットのプロダクション・マネージャーを務めています。脚本と共同製作を兼ねる新人脚本家トッド・ロビンソンは、他にめぼしい執筆作はないようですが、本作でヒューストン国際映画祭の最優秀脚本・審査員特別賞に輝きました。

 撮影監督のヒュー・ジョンソンは、『エイリアン』を撮影したデレク・ヴァンリントのスタジオで働いていた人で、CM時代にスコット兄弟と知り合っています。過去のスコット作品でも助手やセカンド・ユニットの撮影を担当していますが、本作のキャメラワークと映像美は見事なもの。次作『G.I.ジェーン』を担当した後、また裏方に戻ってしまったのは残念です。

 プロダクション・デザイナーは『デュエリスト/決闘者』でも組んだピーター・J・ハンプトンと、『1492コロンブス』の美術を監修したレスリー・トムキンズ。ロケは、まずカリブ海の西インド諸島で開始。セント・ヴィンセント島のヤング・アイランド・ハーバーでは、色を塗り直してハバナの波止場として撮影。スフレール山ではクレーターまでヘリで機材を運び、ガラパゴス島山頂のシーンを撮影。次にセント・ルシア島へ移り、町の広場や波止場、市場、街路を3日間で撮影。さらにグレナダ島で、変化に富む景観とヨーロッパ風の建築を撮影しています。

 さらにマルタ共和国のカルカラにあるメディテレニアン・フィルム・スタジオ(『グラディエーター』でも使用)で、有名な野外タンクを使って嵐のシーンを撮影。過去に『ポパイ』や『タイタンの戦い』も撮影された巨大プールで、とてもセットとは思えない撮影を敢行。その後、アメリカに戻ってファースト・シーンを撮影し、英国での撮影を経て、南アフリカのケープタウンで荒れる海の場面を撮り、約4か月の撮影を終了。編集のジェリー・ハンブリングは、『ミッドナイト・エクスプレス』『ザ・コミットメンツ』『父の祈りを』等でアカデミー賞にノミネートされたベテランです。

 音楽は当初、デヴィッド・リーン作品で有名なモーリス・ジャールに依頼されました。スコットとは元々『ブラック・レイン』で組む話もあり、仮編集のテンプ・トラックにもジャールの『刑事ジョン・ブック/目撃者』や『いまを生きる』の音楽が付いていたそうです。この雰囲気で作曲して欲しいと頼まれたジャールは、合唱入りの壮大な音楽を書き、再編集の際も追加の作曲で協力しますが、2度目の録音セッションで突然、プロデューサーから「リドリーが録音を中止して欲しいと言っている」と伝えられます。

 ジャールは合唱団までブッキングしていたため、せめて録音だけでもさせて欲しいと粘りますが、それも却下。ギャラも支払われなかった事に怒ったジャールは、スコットを訴えました。過去のジェリー・ゴールドスミスとのトラブル同様、途中経過で正直な感想を伝えず、突然キャンセルを伝える点が問題のようです。結局、スコットは今回もハンス・ジマーに相談し、ジェフ・ローナを紹介してもらって曲を全面的に差し替えます。ジマー自身も、追加音楽の作曲で助っ人参加。スティングによるエンディング・テーマ、“ヴァルパラディソ”も評判を呼びました。

 ローナは『トイズ』等にも参加していたジマーの一派で、インパクトの強いテーマ曲こそないものの、センスの良いハイ・クオリティのスコアが耳を惹きます。結果的にはジャールの音楽より良かったのかもしれませんが、全くベクトルの異なる作風ですから、大方の仕上がりは予測できた筈です(スコット作品ではいつも、オーケストラ音楽からシンセ音楽に差し替えられます)。明確なヴィジョンを持つ仕事ぶりで有名なスコットですが、音楽をめぐる態度だけは常に曖昧で、私にもよく理解できません。

* キャスト

 シェルダン船長を演じるジェフ・ブリッジスは、『ラスト・ショー』『サンダーボルト』『スターマン』でアカデミー賞ノミネート経験のある人。『フィッシャー・キング』や『フィアレス』『アメリカン・ハート』など、もともと抑制されたスタティックな表現を得意としており、スコットのスタイルにはマッチしています。嵐の場面については、「セットとは思えない嵐の中で、私は本物に近い叫び声を上げていた。演技をどうしようかなんて考える余裕はなく、生きて帰れるか、それだけが心配だったよ」と述懐。

 妻アリスを演じるキャロライン・グッドールは、スピルバーグの『フック』『シンドラーのリスト』でも主人公の妻を演じ、確かな演技力を見せた人。見せ場の多い映画ではありませんが、嵐の場面ではセリフなしに悲劇性を体現し、その姿は神々しく映ります。乗組員マクレアは、デビュー作『夕陽の群盗』でもブリッジスと共演したジョン・サヴェージ。『ディア・ハンター』で注目を浴びた人ですが、ここでは少年達に文学を教える陽気なクルーという、船長と対照的に饒舌な役を演じています。

 本作の語り部チャックは、人気TVシリーズ『サンフランスシスコの空の下』で脚光を浴びたスコット・ウルフ。ハンサムで正義感の強そうな主役顔で、演技力も確か。容姿や体格が目立ちすぎない所は、群像劇に向いています。心の優しい少年ギルを演じたのは、『クリムゾン・タイド』でデビューしたばかりのライアン・フィリップ。後に『ラストサマー』『クルーエル・インテンションズ』『父親たちの星条旗』と話題作への出演が続き、リース・ウィザースプーンと結婚して2児の父となりました(後に離婚)。

 メガネの少年トッドは、『蠅の王』『ナチュラル・ボーン・キラーズ』『ロスト・ハイウェイ』など、癖の強い映画にばかり出ているバルサザール・ゲティ。又、『ハンニバル』『ブラックホーク・ダウン』にも出演してるジェリコ・イヴァネクが、サンダース役で出ています。裁判の場面には『ゲーム』等の名バイプレイヤー、ジェームズ・レブホーンが出ている他、オランダ女学生の一人で監督の娘ジョーダンが出演。当時のスコットの彼女で、よくカメオ出演しているジャニーナ・ファシオもどこかで一瞬映るらしいのですが、私には見つけられませんでした。

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