グラディエーター

Gladiator

2000年、アメリカ (155分、エクステンデッド版170分)

 監督:リドリー・スコット

 製作総指揮:ウォルター・パークス、ローリー・マクドナルド

 製作:ダグラス・ウィック、デヴィッド・フランゾーニ

    ブランコ・ラスティグ

 共同製作:テリー・ニーダム

 脚本:デヴィッド・フランゾーニ

    ジョン・ローガン、ウィリアム・ニコルソン

 (原案:デヴィッド・フランゾーニ)

 撮影監督:ジョン・マシソン

 プロダクション・デザイナー:アーサー・マックス

 衣装デザイナー:ジャンティ・イェーツ

 編集:ピエトロ・スカリア

 音楽:ハンス・ジマー、リサ・ジェラ

 第1助監督:テリー・ニーダム

 第2助監督:アダム・ソムナー

 セカンド・ユニット監督、撮影監督:アレクサンダー・ウィット

 セット・デコレイター:ソーニャ・クラウス (マルタ)

 ポスト・プロダクション監修:マーティン・コーエン

 スコア共同製作、追加音楽:クラウス・バデルト

 テクニカル・スコア・アドヴァイザー:マルク・ストライテンフェルト

 出演:ラッセル・クロウ  ホアキン・フェニックス

    コニー・ニールセン  オリヴァー・リード

    ジャイモン・ハンスウ  リチャード・ハリス

    スペンサー・トリート・クラーク  デレク・ジャコビ

    デヴィッド・スコフィールド  トミー・フラナガン

    デヴィッド・ヘミングス  ジョン・シュラプネル

    トーマス・アラナ  ラルフ・モーラー

* ストーリー

 西暦180年、皇帝アウレリウスに絶大な信頼を置かれていた歴戦の勇者マキシマスは、次期皇帝の座を依頼される。しかしその晩、皇帝を息子コモドゥスが暗殺。新皇帝となったコモドゥスへの忠誠を拒否したマキシマスは、家族を殺され、自身も命を狙われる。

* コメント

 かつてはハリウッドの伝統でもあった壮大な古代ローマ史劇を復活させ、興行的にも賞レースでも成功を収めた大作。ただしスコット作品ですから、アメリカ映画的な陳腐な描写はほとんどなく、迫真のリアリズムで描いた硬派な映画となっています。ここ数作キャリアが低迷していると見做されていたスコットとしても、起死回生となったターニングポイントの映画と言われがちですが、彼の映画作りの姿勢はずっと変わっていないと私は思います。

 本作が大きく観客にアピールしたとすれば、脚本に熱っぽく、エモーショナルな要素があったからと言えるかもしれません。メイキング映像を見ると、製作段階から多くのスタッフが「アクション史劇だが、女性にも見てもらいたい」と考えていて、二転三転した脚本家交替の間にラストシーンが大きく変わった事が分かります。これによって悲劇的な物語に救いが生まれ、作品全体が心揺さぶるようなドラマとなりました。

 スコットの語り口も叙情性を増していて、草原をなでる手のショット(彼自身のアイデア。ラストまで継続的に現れるイメージ)、枝から飛び立つ鳥のショットと、すこぶる詩的な映像でスタート。コロシアムに舞う花びら、軍の隊列と並走して走る犬など、普通の監督はまず描かないような繊細なディティールを書き加えてゆくスコットのスタイルは、苛烈な描写が連続する本作にリリカルな情緒を付与しています。最初の戦闘シーンで雪が降っているのも、スコットのファンなら嬉しくなる演出ですが、実は1テイク目の10分前に降り出した本物の雪だそうです。

 スコットの持ち味であるクールなタッチを補うハンス・ジマーの情感豊かな音楽が、映画をぐっと感動的にしているのも傑出している点。一度聴いたら耳から離れない、凛々しくて勇壮なテーマ曲だけでなく、コモドゥスが父を暗殺する場面のあまりに哀切な弦楽器の慟哭、戦闘シーンにおけるシンフォニックな和声とオーケストレーション、リサ・ジェラルドの歌声をフィーチャーした心に沁み入るサブテーマなど、霊感に満ちた音楽が全編に展開。

 ストーリーも力強く明快ですが、貴族から奴隷に至るまで含蓄に富んだダイアローグが素晴らしく、劇作家ジョン・ローガンの持ち味が生きています。脚本が良いと刺激されるのか、俳優陣も見事。そんな中、本作の成功はコモドゥス役にホアキン・フェニックスを起用した事も大きいです。コンプレックスを抱えて傷ついた若者のような権力者像は斬新で、アクの強い風貌からしてホアキンはぴったり。あまりにハマっているので調べるとリヴァー・フェニックスの弟で、『バックマン家の人々』や『誘う女』で観たあの気弱そうな少年だと知って、当時は二度三度驚いた記憶があります。

 ちなみにコモドゥスは実在の王で、本当の実力だったかはともかく何と315人と闘って全勝、自分をヘラクレスの生まれ変わりと思い込んでいた誇大妄想狂的な人物だったそうです。望んでいないのにその資質ゆえ王の地位を希望される者、資質がないために念願の王座を約束されない者。偉大な王から愚かな後継者へ権力が移譲され、持つ者と持たざる者の苦悩を対比して描きながら悲劇へと向かう作劇は、スコット作品の定番でもあります。美術や衣装、撮影、アクションなど、技術面も驚異的な水準なのもいつも通り。

 尚、スコット作品においてエクステンデッド版とは削除したシーンを復活させただけのもので、いわゆるディレクターズ・カットではないという見解ですから、本作の場合も監督の意図は短い方のヴァージョンという事になります。コモドゥスが皇帝の像に斬りつける場面や、ルッシラとマキシマスが密会する場面はストーリーの上でも(情感の点でも)重要だと思うのですが、そこは映画全体の流れが大切という事でしょうか。

* スタッフ

 製作は、ドリームワークスの重役夫妻ウォルター・パークスとローリー・マクドナルド。パークスは脚本家出身でうるさく口を出す事で有名なので、本作のコンセプトをめぐる紆余曲折にも大きく関わっています。『シンドラーのリスト』のブランコ・ラスティグも製作を担当していますが、よほど監督と気が合ったのか、後のスコット作品もしばらくプロデュースし続けています。

 メイキング・ドキュメンタリーによれば、脚本はまず『アミスタッド』のデヴィッド・フランゾーニが大きな枠組みを作りましたが、セリフが複雑で分かりにくく、キャラクターも深める必要があったとの事。そこでスコットが知り合いの劇作家ジョン・ローガンを引き入れ、人間関係を重視して映画を3幕物に構成し直します。完成版に採用された名ゼリフのほとんどがローガンのものとの事。

 しかし撮影2週間前になってもまとまらなかったため、脚本は『永遠の愛を生きて』のウィリアム・ニコルソンに引き継がれます。彼によれば、「暗い復讐の話だったし、第3幕も混乱していたが、あの世で家族に会う話にして大きく印象が変わった。大ヒットへの鍵を握る女性客の心を掴んだのは、恐らくここだ。大事なのは、誰かを殺したい男ではなく、誰かを愛する男の話にする事だった。どうすれば主人公の死が報われるかを考えた。彼の死が勝利に変わる方法を」。変更されたラストシーンは関係者の胸を打ち、映画全体のテイストが大きく変わりました。

 撮影監督のジョン・マシソンはこれがスコット作品初参加ですが、息子ジェイク・スコットの監督デビュー作『プランケット&マクレーン』のカットがあらゆる面で素晴らしい出来だったのに感心し、息子の許可を得て勧誘。スコット曰く「典型的な手法で戦闘場面を撮るのはやめて、大掛かりで荘厳な映像を構成するため、ジョンと2人で適切なレンズを選んでいった。闘技場の場面はビデオ撮影技法を応用し、今風に作り込んだ。特定の強調したい場面で映像にスピード感や暴力的な雰囲気を加味するため、多彩な技術を駆使して手持ちキャメラで撮ったんだ」

 プロダクション・デザインのアーサー・マックス、衣装のジャンティ・イェーツ、編集のピエトロ・スカリアと、前作『G.I.ジェーン』から固まりつつあった鉄壁の布陣は、本作で見事に出来上がった印象です。以降このチームはプロフェッショナルな仕事ぶりで、スコット作品を支え続けます。助監督のテリー・ニーダムやアダム・ソムナー、セカンド・ユニットを担当したアレクサンダー・ウィット、セット装飾のソーニャ・クラウスなど、裏方のチームも完全に固まってきた印象。

 当初はローマで数週間のロケハンが行われましたが、遺跡では撮影の許可が下りないと分かり、あちこちで撮影して継ぎ合わせる手法に切り替えられました。冒頭の戦闘シーンは、イングランド南部サリーの森林。伐採される予定だったため、火事を起こす許可も得られました。第2幕はモロッコの古い城塞都市ワルサザードで、残っていたローマ風の闘技場を改修して使用。ローマの場面は、『白い嵐』で滞在したマルタ島のミフィサルファイにある前フェニキア時代の廃墟や、ナポレオンの軍隊が使った17世紀スペインの砦、コロシアムが再現できる広い観兵広場を使い、これらをを組み合わせています。

 音楽のハンス・ジマーは、歌を担当したリサ・ジェラルドと共作。元々彼女の曲が仮トラックに付いていたそうですが、3、4日の録音予定が数か月続き、気が合って、監督と3人で試行錯誤したそうです。ジマーの仕事の素晴らしさは先に書いた通りですが、彼はこう述べています。「女性にも最後まで観て欲しいから、感情豊かな音楽にした。こういう映画では冒険や挑戦をしなくては意味がない。リドリーは大きなキャンバスを与えてくれた。もう何十作もやっているが、オーケストラのプレイヤーが映画について知りたがったのは初めての事だ。彼らが映像や物語に興味を示したんだよ」

* キャスト

 ラッセル・クロウは本作がスコットとの初仕事でしたが、意気投合して以後何度もコラボする事になりました。寡黙な役柄に雄弁な表情を与える事ができるクロウは、抑制された芝居を常とするスコット作品にうってつけの俳優だったのかもしれません。しかもスポーツ選手並みに身体能力が高いそうで、アクション場面でも見事に映えます。バリトンというよりバスに近いような低い声も迫力があり、大作の主演俳優らしい威厳を漂わせます。

 コモドゥス役はホアキン・フェニックス。屈折した若者の役が多かった彼を残忍な皇帝役に起用したのは、英断という他ありません。スコットはエドワード・ノートンを希望していましたが、スケジュールの都合がつかず、スコット・フリー製作の『ムーンライト・ドライブ』に出ていたフェニックスに白羽の矢が立ちました。彼は本作でアカデミー賞の他、各映画賞に多数ノミネートされます。スコット作品ではマイケル・ウィンコットや松田優作、マーク・ストロング、ジョエル・エドガートンなど、強烈な悪役が次々に生まれるのが凄いですね。

 コモドゥスの姉ルッシラを演じるのは、コニー・ニールセン。デンマーク出身で母国の俊英スザンネ・ビア監督作にも出ていますが、ハリウッドでも『ディアボロス/悪魔の扉』『ソルジャー』『ミッション・トゥ・マーズ』など多彩な作品に出演。マキシマスの相棒ジュバは、ドリームワークス繋がりか『アミスタッド』のジャイモン・ハンスウが演じ、ラストシーンでも大きな役割を与えられています。ルッシラの息子ルシアスは、『アンブレイカブル』で迫真の演技を見せた少年スペンサー・トリート・クラーク。

 脇役には英国の名優を多数配し、剣闘の興行師プロキシモを演じるのは『オリバー!』『三銃士』やケン・ラッセル作品のオリヴァー・リード。本作の撮影中に急死したため、ワンシーンに難しいCG処理がされましたが、眼光鋭い迫力の演技に弱々しさは微塵もありません。先王アウレリウスは、『孤独の報酬』『ナバロンの要塞』などハリウッドでも活躍するリチャード・ハリス。元老院議員グラックスは、シェイクスピア物を中心に数々の作品でトーガを着てきたデレク・ジャコビ。

 闘技場主任カシウスを演じたデヴィッド・ヘミングスも、古くは『キャメロット』『バーバレラ』から『小さな恋のメロディ』『サスペリアPART2』『ジャガーノート』、こちらもケン・ラッセル作品等に出ている名優。マッチョな闘剣士ハーゲンを演じたラルフ・モーラーはドイツの肉体派で、出演者達のトレーナーも務めました。マキシマスの妻役でセリフなしの出演をしているのはスコットの彼女、ジャニーナ・ファシオ。他のスコット作品でもチョイ役出演を続けています。

* アカデミー賞

◎受賞/作品賞、衣装デザイン賞、視覚効果賞、音響賞、主演男優賞(ラッセル・クロウ)

◎ノミネート/監督賞、脚本賞、撮影賞、美術賞、作曲賞、編集賞

       助演男優賞(ホアキン・フェニックス)

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