ハンニバル

Hannibal

2001年、アメリカ (131分)

 監督:リドリー・スコット

 製作総指揮:ブランコ・ラスティグ

 製作:ディノ・デ・ラウレンティス、マーサ・デ・ラウレンティス

 共同製作:テリー・ニーダム

 脚本:スティーヴン・ザイリアン、デヴィッド・マメット

 (原作:トマス・ハリス)

 撮影監督:ジョン・マシソン, B.S.C.

 プロダクション・デザイナー:ノリス・スペンサー

 衣装デザイナー:ジャンティ・イェーツ

 編集:ピエトロ・スカリア

 音楽:ハンス・ジマー、クラウス・バデルト

 第1助監督:テリー・ニーダム

 第2助監督:アダム・ソムナー

 セカンド・ユニット監督、撮影監督:アレクサンダー・ウィット

 ポスト・プロダクション監修:テレサ・ケリー

 音楽編集:マルク・ストライテンフェルト

 出演:ジュリアン・ムーア  アンソニー・ホプキンス

    ゲイリー・オールドマン  レイ・リオッタ

    ジャンカルロ・ジャンニーニ  フランチェスカ・ネリ

    ヘイゼル・グッドマン  フランキー・R・フェイゾン

    ジェリコ・イヴァネク  デヴィッド・アンドリュース

* ストーリー

 あの惨劇から10年、レクター博士からかつての捜査官クラリスに1通の手紙が届く。そこには“クラリス、いまも羊たちの悲鳴が聞こえるか教えたまえ”と記されていた。その頃イタリア、フィレンツェに潜伏しているとみられるレクターに高額の懸賞金が掛けられ、現地の刑事パッツィも動き出す。

* コメント  *ネタバレ注意!

 ジョナサン・デミ監督『羊たちの沈黙』の続編。デミも主演女優ジョディ・フォスターも降板して、かなり危うい製作ですが、そこは強引な大御所プロデューサー、ディノ・デ・ラウレンティスの事。続編には珍しく、前作以上の監督を捕まえた上、主役に匹敵するサブ・キャラクターにアンソニー・ホプキンスの続投を確保した事で、不思議な映画となりました(さすがに3作目は失敗しています)。

 本作は、スコット自身が『エイリアン』の本質を指して言った、「基本的には出来のいいB級ホラーだ」という言葉を想起させるもの。背景も美術も演技も映像も、表向きにはエレガントで上質ですが、描かれているのは結局、技術的に高度な連続猟奇殺人ですから、映像表現としても悪趣味の域に達する瞬間が少なくありません。アメリカの場面もヨーロッパのごとく撮影する美的センスはさすがで、物語の進行に従って映像は洗練の度合いを増してゆきますが、残虐描写も同時に悪趣味のレヴェルを上げてゆきます。

 舞台がフィレンツェという事もあり、映像そのものはスコット美学が大いに発揮された印象。野外オペラの場面などもあり、幻想的な空間も現出。一方で、レクターをモンスターに見立てたホラー映画的なシーンは多々あるし、クラリスの苦しい立場を示す最初のアクション・シーンには、スコットお得意の裏社会物のテイストもあります。名優をたくさん出演させながら、過剰な演技を徹底的に排除する禁欲的な態度も、スコット作品らしい所。

 レクターの物語が巧みだと思うのは、周囲に下衆な人間をたくさん配置して、彼らが犠牲になる事でどことなくレクターを高潔な人間に見せてしまう事。やっている事は極悪非道なのに、被害者への安易な感情移入を許さないため、観客の潜在的な共感を味方に付けるような所があります。それでも映画のトーンがダークサイドへと傾くのは、フィレンツェの警官など、罪のない人間も犠牲になるせいでしょうか。

 それだけにレクターの最後の行動は、クラリスとの関係性も含め、感情的にもモラルの点でも、奇妙な余韻を残します。スコットは原作について、「なんて凄い小説だろうと感じた。長いので読み終えるのに1ヶ月はかかるかと思ったが、3日で読んでしまって衝撃を受けた。ただ、結末だけは不満で、納得できないものだった」と語り、映画化に際してエンディングを変える許可を原作者にもらっています。しかしその結末が結局、「レクターがあんな事するわけない」と観客や評論家から非難されているのは皮肉な事ですね。

 各シーンの研ぎ澄まされた緻密さは非凡なのですが、印象が散発的で、全体の有機的なまとまりや充実感、高揚感が不足する傾向が、本作以降のスコット作品、とりわけ恐怖やサスペンスを主軸に置いた作品に時々見られるのは、少々気になる所です。

* スタッフ

 製作はイタリアの大御所ディノ・デ・ラウレンティスと、妻のマーサ。スコットによると、「『グラディエーター』のコロッセオでのロケ中、ディノとマーサのラウレンティス夫妻がなぜかボン・ジョビと一緒に現れた。ハンニバルと聞いて、カルタゴの将軍の話ならもう結構だと答えたが、実は違った」。さらに、前作『グラディエーター』でも組んだブランコ・ラスティグ、助監督のテリー・ニーダムも製作を担当。

 脚本は『レナードの朝』『ミッション:インポッシブル』等の売れっ子スティーヴン・ザイリアンと、『郵便配達は二度ベルを鳴らす』『評決』のベテランで、脚本家/劇作家のデヴィッド・マメット。それほど優秀なライター達による脚本という実感があまり湧かない内容ですが、ベストセラーの長編をうまくまとめるのには相当な腕がいるのでしょう。

 スコット曰く、「マメットは良い仕事をしていたが、こちらが期待していたのと違い、クラリスを中心にした梗概になっていた。そこで私達は、『シンドラーのリスト』のスティーヴン・ザイリアンを抜擢した。彼も原作を料理するのにかなり手こずったが、最後には良い脚本が仕上がった」。これがスコットを感心させたのか、ザイリアンとは『アメリカン・ギャングスター』『エクソダス:神と王』でも組んでいます。

 撮影のマシソン、衣装のイェーツ、編集のスカリア、音楽のジマーと、メイン・スタッフは完全にスコット組。プロダクション・デザインのノリス・スペンサーも、『ブラック・レイン』『テルマ&ルイーズ』『1492 コロンブス』に続く4作目の登板です。本作もロケが中心で、ワシントン、ヴァージニア、ノース・カロライナ、そしてフィレンツェでも実際に撮影。ユニオン駅のメリーゴーランドの場面はスコットのアイデアで、元々は存在しないメリーゴーランドがセットとして建設されました。

 ハンス・ジマーとクラウス・バデルトの音楽は印象が薄いですが、オペラの場面に美しいアリアを作曲しています。ちなみにスコット曰く、「ハンスの乗りが悪い時は、こんな曲に付き合うために来たんじゃない。オリジナリティが無いぞ、やり直せ!と活を入れるんだ」。又、バッハのピアノ曲(ゴルドベルク変奏曲)を不気味にアレンジしたり、ヴァージャーのおぞましい場面で敢えてワルツ《美しき青きドナウ》を流すなど、クラシック音楽も効果的に使用。

* キャスト  *ネタバレ注意!

 主役のクラリスは、前作のジョディ・フォスターが「破格のギャラを提示されたが、感情移入できない役は演じられない」と降板。スコットが提案したジュリアン・ムーアにアンソニー・ホプキンスも賛同し、彼女に決まりました。インディペンデント映画から超大作までどんな役でもこなせる彼女ですから、ここでもその居方が見事。アクション演技も出来るし、前作の寡黙でストイックな雰囲気もうまく引き継いでいます。

 ベテランのホプキンスは相変わらずで、監督も主演女優も交替した映画で同じ役を演じるくらいは朝飯前という感じ。1作目と較べると悪趣味な描写の多い映画ですが、力みのない自然な演技で飄々と演じているのが、逆に恐怖を煽ります。司法省のエリート、クレンドラーを憎々しく演じるのは『グッドフェローズ』のレオ・リオッタ。彼も善人や悪人を自然体で演じ分けられる才能豊かな役者さんですが、B級映画が続いてキャリアの下降を意識し、監督に直談判してゲットした役だそうで、俳優というのも大変な職業だと痛感します。

 バッツィ刑事役は、『流されて…』『イノセント』等の名優ジャンカルロ・ジャンニーニ。いかにもイタリアの伊達男という感じで格好良いので、映画の中であんな事になってショッキングです。その妻を演じるフランチェスカ・ネリはスペインで活躍していましたが、本作の後『コラテラル・ダメージ』でシュワルツェネッガーとも共演。『羊たちの沈黙』からの続投キャストは、病院の雑用係バーニー役でフランキー・R・フェイゾンが出ています。

 最初のアクション・シーンでは、麻薬ディーラーのイヴェルダ役で凄絶な演技を見せるのがヘイゼル・グッドマン。ワンマンショーで人気者となり、HBOのスペシャル番組でホストを務めるなどアメリカでは顔の知られた人です。ウディ・アレン監督作『地球は女で回ってる』では心優しい娼婦を演じました。FBIの捜査官ピアソルを演じるデヴィッド・アンドリュースも、『ワイアット・アープ』『アポロ13』『ファイト・クラブ』など話題作によく出ている人。

 ヴァージャーの主治医コーデルを演じたジェリコ・イヴァネクは、トニー賞候補にもなっている実力派で、『白い嵐』『ブラックホーク・ダウン』にも出演。他では『ダンサー・イン・ザ・ダーク』の検事役、『戦火の勇気』『フェイク』『ドッグヴィル』『マンダレイ』『アルゴ』や人気ドラマ多数に出演しています。

 特殊メイクをしてメイソン・ヴァージャー役で出演しているゲイリー・オールドマンは、カメオ出演の予定だったためエンド・クレジットにしか名前がありません。結局メイキングにも出演して普通に喋っていますが、記者会見でラウレンティスがうっかり口を滑らせてしまい、激怒したという話が伝えられました。スコットの彼女だったジャニーナ・ファシオも、指紋印刷のスタッフでチョイ役出演。

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