ブラックホーク・ダウン

Black Hawk Down

2001年、アメリカ (145分、エクステンデッド版152分)

 監督:リドリー・スコット

 製作総指揮:サイモン・ウェスト、マイク・ステンソン

       チャド・オーマン、ブランコ・ラスティグ

 製作:ジェリー・ブラッカイマー、リドリー・スコット

 共同製作:サミー・ハワース=シェルドン、デヴィッド・マーフィ

      テリー・ニーダム、ハリー・ハンフリーズ

      パット・サンドストン

 脚本:ケン・ノーラン

 (原作:マーク・ボウデン)

 撮影監督:スワヴォミール・イジャク

 プロダクション・デザイナー:アーサー・マックス

 衣装デザイナー:ジャンティ・イェーツ

 編集:ピエトロ・スカリア

 音楽:ハンス・ジマー

 第1助監督:テリー・ニーダム

 セカンド・ユニット監督:アレクサンダー・ウィット

 セカンド・ユニット第1助監督:アダム・ソムナー

 ポスト・プロダクション監修:テレサ・ケリー

 音楽編集:マルク・ストライテンフェルト

 BHDバンドのメンバー:ヘイター・ペレイラ、ジェフ・ローナ

 編集見習い:ビリー・リッチ

 出演:ジョシュ・ハートネット  ユアン・マクレガー

    エリック・バナ  トム・サイズモア

    ウィリアム・フィシュナー  サム・シェパード

    オーランド・ブルーム  ロン・エルダード

    ジェイソン・アイザックス  ジェレミー・ピヴェン

    ユエン・ブレンナー  トーマス・ハーディ

    ブライアン・ヴァン・ホルト  ジョニー・ストロング

    ニコライ・コスター=ワルドー  ヒュー・ダンシー

    ジェリコ・イヴァネク

* ストーリー

 1993年、泥沼化する内戦を鎮圧するためソマリアに兵士を派遣したアメリカ。なかなか収束しない内戦に焦り始めたクリントン政権は、ついに敵対するアイディード政権の本拠地への奇襲作戦を決行するため、特殊部隊を投入。作戦は1時間足らずで終了するはずだったが、敵の思わぬ逆襲に遭い、ヘリコプターが撃墜されてしまう。最前線で孤立する兵士たち。やがて、救助に向かった2機目も撃墜され、必死に応戦する達も、一人また一人と倒れていく・・・。

* コメント

 スコット初の本格的な戦争映画。『G.I.ジェーン』にも戦闘場面はありましたが、本作では全編に渡って戦闘場面が繰り広げられ、ニューズウィーク誌に「100分続く地獄絵図」と評されました。その描写の苛烈さと厳しい緊迫感は『プライベート・ライアン』の衣鉢を継ぐものですが、史実を描いた映画としても近現代物はスコット作品初。当時のニュース映像で、二人の米軍兵士の遺体がソマリアの民兵に引きずり回される映像を見た人は多いですが、そこで何があったのかは、アメリカ人でさえほとんど誰も知りませんでした。

 わずか30分で負傷者も出さずに完了する筈だった作戦が、なぜ15時間もかかった上に多数の死傷者を出したのか。その凄惨な現実が、ここに生々しく再現されています。映画の中には出てきませんが、背景にあるのはやはり米軍の慢心で、その図式はベトコンの戦闘能力や地の利を低く見積もったベトナム戦争の時と変わっていないようにも思えます。装備や人員配置を考えても、米軍は明らかにソマリアの民兵を甘く見ていたし、それが兵士達にとって命取りとなりました。

 本作ではそういった事情や、そもそも軍事介入が適切だったかどうかを問うのではなく、兵士達の自己犠牲的な行為が壮絶に描かれます。フートの「俺たちは仲間のために戦ってるんだ」というセリフは、彼らの本質を衝いているのでしょう。生還できる可能性が低いにも関わらず、一人残された仲間のためにヘリから投降させてくれと願い出るシュガートとゴードンの姿には、誰もが胸を打たれるに違いありません。それは、戦争が正しいか間違っているかの議論や、ソマリ族の死傷者1000人に対しアメリカ兵19人という議論(本編字幕でも説明されます)とは、全く別の位相にある話です。

 事実に取材した原作には実際に100人もの登場人物が出てきますが、映画では観客が混乱するため、キャラクターを40人に統合して構成し直されています。しかし、出来事などは全て事実。スティール大尉が100人中75人負傷した事実を見て涙する場面も、グライムズがRPGに好かれたのも本当で、彼は実際に2度も倒壊した建物の下敷きになったそうです。レンジャーがデルタを誤射する場面もありますが、スコット曰く「味方への誤射は戦場ではよくある事だ。『なぜそんな事が』と思うかもしれないが、その理由は戦場に行ってみれば分かる」

 戦闘場面のリアリズムは、背筋が寒くなるほどです。これがスタッフの手で再現されたオープン・セットで、有名なスターが演じていて、特殊効果を使って爆破された爆弾や銃器が安全に使用されていると頭で分かってはいても、この凄まじい映像のただ中に放り込まれると、そのリアリティから逃れるのは困難でしょう。何せ、事前に軍事訓練を受けた俳優達自身でさえ、「あまりの迫力に演技どころではなかった」と語っているのです。

 昔の戦争映画によくある、ほっとひと息付ける日常会話の場面も、戦闘が始まってしまうとほぼありません。本作に映画的な視点があるとしたら、それはアイディード将軍側にもセリフを喋らせている事でしょう。アメリカ側の価値観一辺倒にならないためのご都合主義と言ってしまえばそれまでですが、ここに相手側の考え方も観客の耳に入れる事は、観客が自らの視座を意識する上で重要です。

 レビューを見ていると、本作をアメリカ万歳映画と観ている人が多いですが、それは映画芸術の面でも、社会的な面でも、大変危険な事だと感じます。映画というものは必ず一つの「視点」から描かれるものだし、あらゆる「視点」は特定の状況や文化、思想に必ず「偏って」います。本作を「再現フィルムに過ぎない」という人がいますが、ドキュメンタリーや再現フィルムでさえ、特定の「視点」から対象を「解釈」しない限り作る事など不可能です。映画とは、物語とは、その「偏り」との対峙であって、それを完全否定する事はすなわち、排除から迫害、攻撃へと進む一歩手前の行為ではないのでしょうか。

 本作のような現代史物では私達観客もつい混乱しがちですが、スコットは恐らく、出来事からまだ数年しか経っていないソマリアの戦闘も、12世紀イングランドの戦闘も(『ロビンフッド』)、紀元前のモーゼの物語も(『エクソダス:神と王』)、人間の本質にまで立ち返って同じパースペクティヴで捉えているのではないかと感じます。史実と視点の相対化とも言えるでしょうか。実際、レビュアーも何百年も前の物語となると、どちらの陣営が何人死傷者を出したのだからこれは偏った映画だ、というようなコメントはしません。

 スコット作品としては、ヘリの隊列をスタイリッシュに捉えた映像美や、撮影監督スワヴォミール・イジャクによる独特の色彩設計、同時撮影の手法を用いたスペクタクルなキャメラ・アイなどの他、凄惨な人体破壊描写や手術のシーンに特質を発揮しています。又、民族音楽とロックのリズムを融合させたハンス・ジマーの音楽も、単純にアグレッシヴな高揚感やヒロイズムの強調とは違う、戦争映画としては斬新なリズムを生み出していて秀逸。

 スコットは例のごとくあまりCGに頼らず、戦場のセットを作って実物大の兵器や、火薬や爆薬を使用しています。俳優達は口々に「演技じゃない。本当に恐くて逃げてる。後で特殊効果を追加する必要がないほどだった」「監督は100人の民兵に一斉に発砲させるので、音の凄さにびっくりした」と語っています。彼の仕事ぶりはいつも通りで、複雑に混乱した戦闘場面も皆に絵コンテで説明しています。ジェイソン・アイザックス曰く、「リドリーはイメージが浮かぶとすぐに描く。車の中で書いたからあまり良くないという絵だって、素晴らしくて一枚欲しいくらいだったよ」

 尚、ソフト化の際には7分半の削除シーンを加えたエクステンデッド版が製作されていますが、スコットのいつもの見解に従えば、ディレクターズ・カットはあくまで145分の劇場版という事になります。監督曰く、「観客を退屈させる事は一番してはならない罪だ。俳優達は『気に入っていたのになぜカットを?』と言うが、全部入れればきりがない。力強い物語を作るため、心を鬼にしてカットする場面は出て来るんだ」

* スタッフ

 製作総指揮の一人は、『コン・エアー』『トゥームレイダー』のサイモン・ウェスト監督。彼がジェリー・ブラッカイマーにマーク・ボウデンの原作を薦めたのが企画の始まりでした。ブラッカイマーは『トップガン』『デイズ・オブ・サンダー』などトニー・スコット監督と多く組んでいますが、リドリーとの仕事は本作が初。スコット自身も製作に参加し、『グラディエーター』から組んでいるブランコ・ラスティグや、助監督のテリー・ニーダムも共同製作に名を連ねています。フィラデルフィア・インクワイラー紙の記者だったボウデンの原作を脚本にしたのは、製作畑出身で、本作が脚本家デビューとなるケン・ノーラン。

 撮影監督はポーランド人で、クシシュトフ・キェシロフスキ監督の『ふたりのベロニカ』『トリコロール/青の愛』などを手掛けたスワヴォミール・イジャク。ハリウッドでも『ガタカ』『アイン・ウォント・ユー』『プルーフ・オブ・ライフ』等、フィルターを多用した個性的な色彩感覚で異彩を放つシネマトグラファーです。意外な人選とも思われましたが、例によってアンバーやブルーなどの濃いカラー・パレットを用い、得意のドキュメンタリックなキャメラ・ワークも駆使しています。

 スコットはイジャクの起用について、こうコメントしています。「職業柄、メジャーな映画はほとんど観ている。業界の情報も入ってくるから、意識的に低予算の映画にも目を向けるように心掛けている。スワヴォミールは新人という訳じゃないが、多分ドキュメンタリーの出身だろうね。『ふたりのベロニカ』をはじめ彼の作品を全て観た上で、本人に会って伝えた。“キャメラを何台も使ってドキュメンタリーを撮る”。“経験がない”という彼に、“モロッコで初体験だ”(笑)。結果はご覧の通り、見事な出来映えだ」

 プロダクション・デザイナーは、『G.I.ジェーン』以降コンビが続いているアーサー・マックス。『グラディエーター』で馴染みとなったモロッコに巨大なオープン・セットを作り上げた他、リアルさにこだわるスコットの要請に応えて、墜落するブラックホークの実物大モデルも制作。ワイヤーを使って迫力の墜落シーンを撮影した後、CGも混ぜて編集で大迫力の場面に仕上げています。

 衣装のジャンティ・イェーツ、編集のピエトロ・スカリア、音楽のジマーも続投組。膨大な映像素材から臨場感溢れる戦闘シーンを作り上げた、編集の明快な論理性は賞賛されるべきですが、ジマーの音楽も出色。民族音楽を取り入れて異国情緒を醸成する一方で、高揚感と恐怖を表裏一体に織り交ぜたハードロック調のリフが、戦闘の心理的側面を煽ります。この“ブラックホーク・ダウン・バンド”には、ジマー一派のサントラによく参加しているヘイター・ペレイラや、『白い嵐』の音楽を担当したジェフ・ローナもメンバーとして加わっていて一興。

* キャスト

 群像劇ですが、主演は一応ジョシュ・ハートネット。初めての任務でレンジャー部隊の指揮を任されたエヴァーズマン軍曹を骨っぽく演じていて好印象です。『パラサイト』や『パール・ハーバー』でアイドル的な人気を博した人ですが、その後の活躍があまり見られないのは残念。同じくレンジャーで、デスクワーク専門から代役で戦場へ向かう事になるグライムズを演じるのは、ユアン・マクレガー。戦争映画のイメージがあまり無い人だけに、過酷な環境に戸惑う彼の姿は、一般観客の感情移入を担う受け皿となっています。

 車輛隊を率いるマクナイト中佐を演じるのは、『プライベート・ライアン』で軍事訓練に参加して兵士を演じたばかりのトム・サイズモア。『パール・ハーバー』でもタフな軍人を演じていて、彼が出て来るとむしろ観客に安心感すら与えるという、頼れる俳優さん。班長のスティール大尉は、恋愛映画からゲイの役、イギリス軍の大佐まで演じてきたジェイソン・アイザックス。ここではスキンヘッドで、クールに役柄をこなしています。司令部で指揮を取るガリソン少尉役は、『天国の日々』『ライトスタッフ』等の名優サム・シェパード。

 銃声で片耳が聞こえなくなるネルソン下士官を演じるのは、マクレガーと共演した『トレイン・スポッティング』のスポッティ役で人気を博したユエン・ブレンナー。彼も『パール・ハーバー』でアメリカ兵を演じていますが、スコット作品では『エクソダス:神と王』でも理屈ばかり並べる専門家を演じていて、とぼけた役柄には引っ張りだこです。そのネルソンと行動を共にするトゥオンブリーを演じるのは、これが映画デビューで、後に『マッドマックス/怒りのデス・ロード』の主役を演じるトーマス(トム)・ハーディ。

 又、出番は少ないながら、降下に失敗して搬送されるブラックバーン役で、『ロード・オブ・ザ・リング』で人気上昇中だったオーランド・ブルームが出演しています。彼は後に、『キングダム・オブ・ヘブン』の主演俳優として再度スコットとコラボ。多勢に無勢で命を落とす“エルヴィス”ウォルコット操縦士を演じるのは、『シングルス』のジェレミー・ピヴェン。アイディード将軍の意思で命を救われ、捕虜となるデュラント准尉は『スリーパーズ』『ディープ・インパクト』のロン・エルダードが演じています。

 デルタの方は、孤高の存在感を放つフートを後に『ハルク』『ミュンヘン』で主演を務めるエリック・バナが好演。実戦経験のないグライムズと戦友同士の絆で結ばれるサンダーソン軍曹は、『アルマゲドン』『パール・ハーバー』や、『コンタクト』で盲目の科学者を演じたウィリアム・フィシュナー。クルーの救出を志願するゴードン曹長を演じたニコライ・コスター=ワルドーは、『キングダム・オブ・ヘブン』にも出ています。『白い嵐』『ハンニバル』にも出演したジェリコ・イヴァネクも、ハレルという役で出演。

* アカデミー賞

◎受賞/音響賞、編集賞

◎ノミネート/監督賞、撮影賞

Home  Top