キングダム・オブ・ヘブン

Kingdom of Heaven

2005年、アメリカ (145分、ディレクターズ・カット版194分)

 監督:リドリー・スコット

 製作総指揮:ブランコ・ラスティグ

       リサ・エルジー、テリー・ニーダム

 製作:リドリー・スコッ

 共同製作:テレサ・ケリー、ティ・ウォーレン

      マーク・アルベラ、デニース・オデル

      ヘニング・モルフェンター、ティエリー・ポトック

 脚本:ウィリアム・モナハン

 撮影監督:ジョン・マシソン, B.S.C.

 プロダクション・デザイナー:アーサー・マックス

 衣装デザイナー:ジャンティ・イェーツ

 編集:ドディ・ドーン

 音楽:ハリー・グレッグソン=ウィリアムズ

 第1助監督:アダム・ソムナー

 セカンド・ユニット監督、撮影監督:ヒュー・ジョンソン

 セット・デコレイター:ソーニャ・クラウス

 追加編集:ビリー・リッチ

 音楽監修:マルク・ストライテンフェルト

 出演:オーランド・ブルーム  エヴァ・グリーン

    リーアム・ニーソン  エドワード・ノートン

    マートン・ソーカス  ブレンダン・グリーソン

    ジェレミー・アイアンズ  デヴィッド・シューリス

    ハッサン・マスード  アレクサンダー・シディグ

    ヴェリボール・トピッチ  ジョン・フィンチ

    ニコライ・コスター=ワルドー  イアン・グレン

    マイケル・シーン  ジャニーナ・ファシオ

* ストーリー

 12世紀のフランス。妻子を失い悲しみに暮れる鍛冶屋バリアンの前に、騎士ゴッドフリーが現われ、自分が実の父だと告白。ゴッドフリーは十字軍の騎士としてエルサレムへと赴く途上にあり、キリスト教徒とイスラム教徒が奇跡的に共存しているエルサレムを守るため、命を捧げる覚悟だった。十字軍への誘いを一度は拒絶するバリアンだったが、やがて自らも参加し、幾多の困難を乗り越えてエルサレム王国へと辿り着く。

 重い病のため常にマスクをしているエルサレム王ボードワン4世と面会したバリアンは、その高い志と平和主義に感銘を受け、忠誠を誓う。しかし美しい王女シビラの夫で好戦的な男ギーは、イスラムの指導者サラディンへの挑発を繰り返し、微妙に保たれていた均衡を崩して緊張状態を高めようと画策。そんな中でついに王が逝去し、ギーが実権を握る。

* ディレクターズ・カット版について

 本作については、まずディレクターズ・カットの話をしなくてはなりません。スコットはよくエクステンデッド・エディションを作っていますが、本作は事情が違って、作り手側が劇場公開版に満足していなかった事と、上映時間が49分も長くなっている事、そしてごく短期間とはいえ劇場公開された事実を、重く受け止めたいです(劇場版と同年12月、1カ所限定で2週間、最小限の宣伝で公開)。

 スコット作品は長尺の大作が多いイメージですが、彼は映画を短くするため常に努力する人で、大金を投じてくれる出資者への責任について度々言及しています。又、必要かもしれないと思って撮ったカットや、良く撮れていてもうまく映画の流れに入らないとか、物語を先に進める必要があるという判断で、泣く泣くカットせざるを得ない事がよくあるともしばしば発言。本作に関しては、編集のドディ・ドーンと話し合って最後まで迷い、2種類のヴァージョンが編集されました。

 大きな争点は、シビラの息子をめぐる哀切なエピソードで、本筋には影響しないため削る意義はあるのですが、ドーンを含め多くのスタッフがこの場面を気に入っていたのです。結局、子供の話あり、なしの2ヴァージョンを作り、スタジオに見せました。結果は大体予想の付く事ですが、スタジオ側は「子供の話は本筋に関係ない」という意見で一致。スコットも同意して短いヴァージョンが上映されましたが、人物描写や歴史背景を省略した戦闘場面中心の編集だったため、西洋史の知識がないと理解しにくい映画だと指摘されました。レビューも散々で、空虚な大騒ぎだと辛辣に批判されます。

 ドーン曰く、「最も好きなシーンの幾つかが劇場版から外され、がっかりしたわ。でもリドリーは必ずディレクターズ・カットのために戦うはずだと期待した。1週間休んだだけで作業に取りかかり、リドリーと4週間で編集したの。期間を置いてやり直すよりずっと効率的だったわ。出来上がったのは、全く別物だった。劇場版は中世が舞台のアドヴェンチャーで、ディレクターズ・カットは洗練された歴史大作。これを観れば、物語の疑問は解けると思う。でもその答えは元々脚本にあったし、シーンも実在していたのよ」

 スタッフの多く、例えば撮影監督のマシソンも「短縮するのは間違いだと思っていた」と主張し、劇場版に批判を浴びせたメディアの論調も、「映画には適切な長さというものがあり、本作ではディレクターズ・カット版がそれだ」と支持しています。製作のリサ・エルジーも言います「映画製作は流動的になり、直前まで変更がきくようになった。リドリーも完成形が一つという感覚はなく、長いヴァージョンを発表できると確信していたわ」。私も、劇場版を観た時はピンと来なかったのですが、ディレクターズ・カットは素晴らしい内容ですので、下記コメントも後者を元に書かせていただきました。

* コメント

 スコットお得意の壮大な歴史劇。十字軍の映画を撮りたいという、長年の希望がやっと実現した映画でもあります。彼が『トリポリ』という映画を準備しているという話題は、私もあちこちで目にしていましたが、いつまでも公開されないので不思議に思っていました。しかし実は製作の8年も前から、スコットは脚本家モナハンと企画を進めていたのです。

 十字軍遠征は長期間に渡る上、エピソードも多く、どの期間を選ぶかが重要ですが、モナハンが惹かれたのは、癩病(ハンセン病)のために仮面を付けていたというエルサレム王。この時代は第2回と第3回の遠征の間で、パワー・バランスが拮抗して一時的に休戦状態にあった事も、彼の興味を惹きました。そこで彼らは、エルサレム王の話から全体を構成し、降伏して城を明け渡したバリアンの人物像を膨らませる事にします。スコット曰く、ポイントは3つ。バリアンの降伏、休戦の時代、癩病のエルサレム王。

 バリアンがエルサレムに向かうまでの前半部は、想像力で膨らませたフィクションですが、後半部は史実で、ほぼ全てが実在の人物。サラディンの怒りを買ってルノーが斬首されるのも、映画的な場面ですが史実です。出来事の時間軸は、作劇のための変更幅を数週間までに制限しており、ほぼ史実と思って観れば良いようです。衣装やセット美術、武器兵器など、視覚面も綿密な時代考証で再現されていますが、火矢だけは当時まだ使用されていなかったとの事。

 既にアイドル的な人気を博していたオーランド・ブルームが主人公バリアンを演じていますが、これが三時間を越える長尺の中、ほとんど笑みをみせないシリアスなキャラクターで、スコット作品らしい精悍な演技が映画を力強く牽引します。『グラディエーター』のマキシマスとは、妻子を失って虚無の内にある事や、望んでいないのに重用されて周囲の恨みを買う点、有力者の妻と通じる点など、相似点が多い所にも注目。資質を欠く人物がトップの座に付いたために起きる悲劇は、『1492コロンブス』『グラディエーター』『ロビン・フッド』等にも見られる、スコット好みの物語です。

 バリアンは有能な人物で、庶民から出発して、敵方からも一目置かれる活躍を見せますが、これが史実とはなんともヒロイックな人物が実在したものです。十字軍の歴史の中にこのキャラクターを発見し、主人公に据えた時点で、脚本は十分魅力的なものになったでしょう。戦闘場面は圧倒的な迫力で描かれますが、戦う兵士達が累々と重なる死体の山にオーヴァーラップする編集は、戦争の悲惨さと虚しさを容赦なく観客に突きつけます。民の命と引き換えに降伏した人物を主人公とした意義は、その点で大きいかもしれません。

 舞台の変遷に合わせ、多彩なカラー・パレットで映像美を追求する一方、凄惨なシーンが多いのはスコットらしい所。戦闘シーンが苛烈なのは言うまでもありませんが、生首指向もここに極まれりで、ほとんど「生首映画」になっていて少々観客を選びます。お得意の手術シーンも早々に出て来て、苦手な私などはいきなりゲンナリ。しかし、映画を観ている事さえ忘れさせるような、この驚くべきリアリティのさなかにあっては、「当時は生首の時代だったんだ」と一蹴されている気にもなります。

 まったくこのスコットという人はイマジネーションに限界がないのか、どのような世界をもスクリーンに現前させてしまうその手腕は、正に映像の魔術師の名にふさわしいもの。容易には想像する事すら難しいような遥か太古、遥か彼方の世界が、まるで手に触れられそうな迫真力を持って眼前に立ち現れる様は圧巻です。地平線を埋め尽くす兵団など、その巨大なスケールと絵画的な構図がスコットの敬愛する黒澤明作品を彷彿させますが、逆に子供のエピソードを、船のオブジェ(『ブレードランナー』の折り紙を想起させます)を使ったミニマムな表現で対比させるという、ダイナミズムの極致もデリカシー満点。

 それ自体で驚くべき強度を持つ各ショットが、さらに鋼のように強靭なワイヤーで連結されている様は見事という他ありません。全編が異様な緊迫感に溢れる彼の映画に接する度、ああ、やっぱりスコット作品だなあと痛感します。特殊効果やアクションをふんだんに盛り込み、超絶技巧を駆使しているにも関わらず、キャラクターの言動や選択が物語を牽引してゆくのは良質な映画である証左。俳優陣が誰一人過剰な演技をしないのも、スコット作品ならではの美質です。

* スタッフ

 製作はスコット自身の他、『グラディエーター』以降スコット作品に関わり続けるブランコ・ラスティグ、スコット・フリーの社長リサ・エルジー、スコット作品の助監督を務めてきたテリー・ニーダム。彼がプロデュースに専念したため、今まで第2助監督だったソムナーが第1助監督に昇格しています(彼はこの後スピルバーグ映画の助監督、製作者として活躍し、しばらくスコット作品を離れますが、『エクソダス:神と王』で製作者として久々に参加)。共同製作者には、ポスト・プロダクションの監修をしているテレサ・ケリーやティ・ウォーレンもクレジットされています。

 脚本のウィリアム・モナハンは短編小説や文学評論で注目された人。スコットとは『ワールド・オブ・ライズ』でも組んでいる他、マーティン・スコセッシ監督の『ディパーテッド』等も手掛けています。十字軍には元々詳しかったそうですが、本作のためにあらゆる資料を読破。スコット・フリーに欲しい本のリストを渡すと、図書館を回って全て集めてくれたとの事です。

 撮影監督のジョン・マシソン、プロダクション・デザインのアーサー・マックス、衣装のジャンティ・イェーツ、セット装飾のソーニャ・クラウスは常連組。監督によればマックスは建築家出身で、巨大セットを扱う映画には打ってつけの人材。今回もモロッコ、ワルサザードの何もない平原に、映画史上最大と言われるエルサレムのオープン・セットを建築。モロッコで何度も撮影をしてきたスコットは国王とも知り合いで、エキストラとして兵隊を100人貸してくれたとの話です。

 港町の場面は、大西洋に面したエッサウイラ。ジミ・ヘンドリックスの本拠地で、彼がかつて街を買おうとしてヒッピーの首都となった所です。スペインでも多くのロケが行われ、ゴッドフリー家の城は北部ウエスカにあるロワーレ城で撮影。ほぼ手を加えずにそのまま使えて、まるで映画のために建てられたようだったといいます。高台からの景色も、遥か下方にある街は遠すぎて映らないので、CGは一切使っていないとの事。この場面でちらつく雪も、本当に降った雪だそうです。

 さらにムーア様式を求めてセビリアへ移動。ピラトの館とアルカサル宮殿をエルサレムの宮殿のシーンに使用しています。奇襲場面は、セゴヴィアにあるヴァルサインの森で撮影。又、コルドバに近い小さな街パルマ・デル・リオのポンカトーレ宮殿が、イベリンの村、バリアンの領地、ゴッドフリーが息を引き取る病院など様々な場面に使われました。

 編集のドディ・ドーンは『マッチスティック・マン』に続く登板で、スコットとは次作『プロヴァンスの贈り物』でも組んでいます。セカンド・ユニットの監督と撮影は、『白い嵐』『G.I.ジェーン』の撮影監督ヒュー・ジョンソン。音楽は、ハンス・ジマーの秘蔵っ子でクラシック畑のハリー・グレッグソン=ウィリアムズ。彼は『オデッセイ』でもスコットと組んでいます。

* キャスト

 主演のオーランド・ブルームは、スペインでもファンに囲まれて大変だったようです(メイキング・ドキュメンタリーでその様子が見られます)。スコット作品は、『ブラックホーク・ダウン』に続いて2作目。『グラディエーター』のマキシマスと共通点の多い、影のある暗い役柄(実際ラッセル・クロウにも打診されました)ですが、セリフが少ないにも関わらず精悍に演じきり、確かな演技力を感じさせます。

 彼は監督について、「撮影に使った火矢の不始末で攻城塔の一つが燃えてしまった時、焦げた塔を見たリドリーが『素晴らしい、次の撮影で使おう』と言ったんだ。彼はいつもそういう姿勢で、それが現場に良い影響を与えていた。リドリーのおかげで、みんな頑張ろうという気になるんだ」と語っています。

 シビラを演じたエヴァ・グリーンは、ベルナルド・ベルトルッチ監督の『ドリーマーズ』で衝撃的なデビューを飾ったフランスの女優。『ハンニバル』でスコットと旧知の仲となった、ジョルジオ・アルマーニからの紹介だそうです(彼女はエンポリオ・アルマーニのモデルをしていました)。本作以降、ティム・バートンの『ダーク・シャドウ』『ミス・ペレグリンと奇妙なこどもたち』などハリウッドでも活躍。ボンド・ガールにもなっています。

 シビラの夫でテンプル騎士団のギー・ド・リュジニャンを憎々しく演じるのは、ニュージーランドの俳優マーカス・ソートン。『ロード・オブ・ザ・リング』『ボーン・スプレマシー』にも出ていますが、スコット作品の錚々たる悪役の中では少々個性に乏しい印象。アイルランドからは、ギーと組んで王国の混乱を招く貴族ルノー役で『ブレイブハート』のブレンダン・グリーソン、騎士ゴッドフリー役で『シンドラーのリスト』『96時間』のリーアム・ニーソンが出演。

 イギリス勢も、司祭ホスピタラー役に『ハリー・ポッター』シリーズのデヴィッド・シューリス、王の顧問ティベリアス卿に『戦慄の絆』『運命の逆転』のジェレミー・アイアンズと豪華キャスティング。アイアンズは、どうしてもスコット作品に出演したくて直談判したとの事です。仮面で素顔を見せないエルサレム王は、エドワード・ノートン。彼は『グラディエーター』のコモドゥス役の第1候補だったそうですが、本作が初のスコット作品となりました。サラディンを演じるのはシリアの映画スターで、『エクソダス:神と王』にも出ているハッサン・マスード。

 バリアンに殺される村の司祭は、『フロスト×ニクソン』のマイケル・シーン。村の保安官は、『ブラックホーク・ダウン』のニコライ・コスター=ワルドー。バリアンの忠臣アマルリックは、『ロビン・フッド』『悪の法則』にも出たヴェリボール・トピッチ。『ロビン・フッド』の時代へ繋がる獅子心王リチャードの役で少しだけ顔を見せるのは、『トゥームレイダー』『スパイ・ゾルゲ』のイアン・グレン。

 バリアンと対立する保守的な司祭を演じたのは『マクベス』『フレンジー』のベテラン、ジョン・フィンチ。『エイリアン』の途中降板でジョン・ハートにバトンタッチして以降、初のスコット作品となりましたが、この7年後に逝去。フィルモグラフィーでは、これが最後の出演作となっています。一瞬の出演ながらサラディンの妹を演じたのは、お馴染みスコットの彼女ジャニーナ・ファシオ。

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