プロヴァンスの贈りもの

A Good Year

2006年、アメリカ (118分)

 監督:リドリー・スコット

 製作総指揮:ブランコ・ラスティグ

       ジュリー・ペイン、リサ・エルジー

 製作:リドリー・スコット

 共同製作:エリン・アップソン

 脚本:マーク・クライン

 (原作:ピーター・メイル)

 撮影監督:フィリップ・ル・スール

 プロダクション・デザイナー: ソーニャ・クラウス

 衣装デザイナー:カトリーヌ・レテリエール

 編集:ドディ・ドーン

 音楽:マルク・ストライテンフェルト

 ポスト・プロダクション監修:テレサ・ケリー

 出演:ラッセル・クロウ  マリオン・コティヤール

    アルバート・フィニー  フレディハイモア

    アビー・コーニッシュ  トム・ホランダー

    ディディエ・ブルドン  イザベル・カンディリエ

    アーチー・パンジャビ  レイフ・スポール

    ヴァレリア・ブルーニ=テデスキ  リチャード・コイル

    ケネス・クランハム  ジャニーナ・ファシオ

* ストーリー

 少年マックスは毎年夏になると、南仏プロヴァンスでワイン造りにいそしむヘンリーおじさんのもとを訪れ、シャトーとぶどう園でバカンスを過ごしていた。時は経ち、ロンドンの金融界で豪腕トレーダーとして多忙な日々を送っていた彼に、10年も疎遠にしていたおじさんが亡くなったとの報せが届く。遺産相続者となっていたマックスは、ワイナリーを売却するつもりでプロヴァンスへ向かう。

* コメント  *ネタバレ注意!

 スコットは相当に入れ込んでいたと言われる『キングダム・オブ・ヘブン』の前後に、珍しくコメディ・タッチの現代劇を撮っていて、それが『マッチスティック・メン』と本作です。ここでは、ため息が出るほど美しいプロヴァンスの風景の中で、軽妙洒脱なコメディが展開しますが、いわゆるハリウッド流ラブコメとは一線を画し、表向きは軽くても内に人生への省察が含まれているのはスコットらしい所。

 本作は、世界的ベストセラー『南仏プロヴァンスの12ヶ月』の著者、ピーター・メイルの小説初の映画化でもあります。メイルとスコットはロンドンの広告業界で仕事をしてきた30年来の友人で、この話もスコットが見せたブティック・ワインに関する新聞記事がアイデアの元。その時点でスコットが映画化権を買い取る事になっていて、これは最初から映画化を想定して書かれた原作だとも言えます。ちなみにスコット自身も、プロヴァンスに別荘とワイナリーを所有しています。

 私はメイルの本を全く読んだ事がないのですが、本作には著者の自伝的要素が入っているのかもしれません。ロンドンの多忙なビジネスマンが、プロヴァンスで幼い頃の記憶とかつての人生観、つまり失った物を取り戻してゆく経緯は、原作者のプロフィールを想起させます。プロットはよくあるお話に感じられますが、魅力的な人物描写や恋愛模様、シャトーとワインを巡るドラマなど、確かな作劇センスによって豊かな内容が器に盛られています。

 印象的なダイアローグも多く、「ここ(プロヴァンス)は僕の人生に向かない」というマックスに、「違うわ。あなたの人生がここに向かないのよ」と返すファニーのセリフは素敵。マックスが幼少時からおじさんのサインを代筆していた事や、実は子供時代に会っていたファニーが耳元で囁いた言葉、伝説の稀少ワイン“コワン・ペルデュ”の話題など、後の展開に繋がる伏線が幾つもありますが、そこはスコットの演出ですから、説明的な描写や分かりやすい芝居の強調を行わないため、観る側の洞察力も必要になります。

 自分の生き方を見直し始めたマックス。ゴッホの絵画を所有しながら本物は金庫に入れ、部屋にレプリカを飾っているボスに、「本物はいつ見るんです?」と返す所は、テーマの核心を衝いています。ゴッホが南仏に住んだ画家である所を考えると、このやり取りは映画全体のメタファーとも取れるでしょう(その後マックスが、本物のゴッホを買い取ったと解釈できるショットもあります)。

 マックスが幼少の頃に聞いていたおじさんの言葉は、曲解されて競争社会を生き抜くための教訓となりますが、プロヴァンスに戻って記憶が甦った彼に、その真意が少しずつ見えてきます。彼も無駄に生きてきた訳ではないのです。物語のキーとなるのは、「テロワールには、太陽や雨よりも必要なものがある。ハーモニーとバランスだ」という言葉。これはワイナリーの人々や、ファニー、クリスティとの関係にも当てはまります。人生と人間関係、そのハーモニーとバランスを調性しはじめたマックスの目に、新たな可能性と展望が見えてきます。

 驚いた事に、某映画情報サイトの投稿レビューで「激マズのワインが美味しくなる過程が描かれていない」とか、「主人公が最後までここのワインを好きにならない」とか、「主人公がプロヴァンスに魅せられてゆく描写がない」と、思わず目を疑うような事を書いている人が何人もいますが、ストーリーや設定の理解は大丈夫なのでしょうか? わざわざストーリーを解説するのは当コーナーの本意ではありませんが、マックスは幼少時からプロヴァンスを知っていますし、なぜマズいワインが出されたのか、コワン・ペルデュの畑は一体どこだったのか、映画をもう一度よく観て欲しいと思います。

 あらゆる場面がすこぶる美しいのはスコット作品の長所ですが、ジャンプ・カットや早回しなど多彩な編集テクニックで軽快なテンポを叩き出しているのも(そして少々空回り感があるのも)『マッチスティック・メン』との共通点。恋愛の場面もロマンティックに演出されていて、スコットの新たな一面を見る思いです。尺が2時間以内に収まっているスコット作品も少ないし、ハッピー・エンドやそれに類するエンディングもスコット作品では珍しいですから、それだけでも貴重な一作。

 本作では、女性の感性を全面に生かしたかったのか、女性スタッフを責任者にしている部署が目立ちます。ポス・プロ監修のテレサ・ケリーや、製作のリサ・エルジー、編集のドディ・ドーンなど続投組の他、衣装のカトリーヌ・レテリエール、そしていつもセット装飾を担当しているソーニャ・クラウスをプロダクション・デザイナーに起用しているのも意図的と思われます(もっとも、こういう点を敢えて指摘する事自体おかしいのでしょうが)。又、撮影担当にフランス人のシネマトグラファーを起用しているのも一興です。

 ちなみに、セリフには意味の分かりにくい部分が多々ありますが、これらは劇場用パンフレットで詳しく解説されていて助かります。例えば、マックスやクリスティがサソリに驚いて大騒ぎしている時にデュフロ婦人が繰り返す「ラベンダーよ」というセリフ。これは、窓辺に置いてあった害虫駆除用のラベンダーを知らずに捨ててしまったせいだという意味。又、マックスが自転車の集団に向かって叫ぶ「ランス・アームストロング!」というのは、偉大なロードレース選手の名前です(他にも幾つかあります)。

* スタッフ

 製作はスコット自身の他、『グラディエーター』以降スコット作品に関わり続けるブランコ・ラスティグと、『キングダム・オブ・ヘブン』で大規模な映画製作を見事に統括したスコット・フリーの社長リサ・エルジー。脚本のマーク・クラインは、ロマンティックな恋愛映画『セレンディピティ』で高く評価された人で、後に監督デビューもしています。

 撮影監督のフィリップ・ル・スールはCMやMVで頭角を表し、『ロスト・チルドレン』『魅せられて』などダリウス・コンジ撮影の作品で研鑽を積んできたフランスの新鋭。この後、ウォン・カーウァイ監督の『グランドマスター』などを手掛けています。

 ソーニャ・クラウスは、セット・デコレイターとしてスコット作品に関わってきた人で、本作のみプロダクション・デザイナーとして抜擢されたのは、彼女のセンスを全面に生かす狙いがあったものと思われます。編集のドディ・ドーンは、これで三作続いての起用。音楽のマルク・ストライテンフェルトは、スコット作品で音楽の編集やプロデュースに関わってきた若手で、本作以降続けてスコット作品を担当しています。

* キャスト

 ラッセル・クロウは、本作がスコットと二度目のコラボでしたが、その後も起用が続き、スコット作品には珍しく何度も登板する俳優となりました。毎回、全く違う役柄で出演しているのも面白い所で、常に俳優の新しい可能性を引き出すスコットらしい戦略が垣間見えます。もっとも、コメディ映画として観るとルックスや語り口など、彼だと少し重厚にすぎる印象もなくはないですね。

 相手役ファニーを演じるマリオン・コティヤールは。スコット作品初参加。『TAXi』三部作と『ロング・エンゲージメント』で注目され、ハリウッドでも『ビッグ・フィッシュ』等に出演していた頃ですが、演技派としての後の大活躍を予見させるほどに、本作での闊達な表現力は素晴らしいです。出演シーンはさほど多くないにも関わらず、助演級の存在感があるのは実力の証しと言えるでしょう。

 同じく強い印象を残すのが、ヘンリーおじさんの娘クリスティを颯爽と演じたアビー・コーニッシュ。主演のクロウと同様オーストラリア出身の新鋭で、スコット好みの抑制された演技の中にも感情の機微をデリケートに表現するセンスは見事です。マックスの友人で不動産屋のチャーリーをコミカルに演じるのは、『パイレーツ・オブ・カリビアン』シリーズで脚光を浴びたトム・ホランダー。

 デュフロ夫妻を演じたディディエ・ブルドンとイザベル・カンディリエは、リュック・ベッソン製作作品などフランスのTV、映画で活躍する俳優。又、遺産の管理人オーゼ役で、『明日へのチケット』『ミュンヘン』など国際的に活動しているヴァレリア・ブルーニ=テデスキが出演。回想シーンでは、マックスおじさんを『デュエリスト/決闘者』以来のスコット作品となる名優アルバート・フィニー、少年時代のマックスを『ネバーランド』『チャーリーとチョコレート工場』のフレディ・ハイモアが演じているのも豪華。

 ロンドンの場面も、キャストが生き生きとしていて楽しいです。マックスの証券会社では、ユーモラスな秘書ジェマを『ベッカムに恋して』のアーチー・パンジャビ、野心家の部下ケンを『B.F.G.』『プロメテウス』のレイフ・スポールが演じています。パーティの場面でマックスを席に案内する女性は、お馴染みスコットの彼女ジャニーナ・ファシオ。何とクロウとは『グラディエーター』『ワールド・オブ・ライズ』『ロビン・フッド』でも共演して、その妻を2度も演じています。

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