アメリカン・ギャングスター

American Gangster

2007年、アメリカ (157分、エクステンデッド版175分)

 監督:リドリー・スコット

 製作総指揮:ニコラス・ピレッジ、スティーヴン・ザイリアン

       ジム・ウィテイカー、ブランコ・ラスティグ

       マイケル・コスティガン

 製作:ブライアン・グレイザー、リドリー・スコット

 共同製作:ジョナサン・フィリー、サラ・ボウエン

 脚本:スティーヴン・ザイリアン

 撮影監督:ハリス・サヴィデス, A.S.C.

 プロダクション・デザイナー:アーサー・マックス

 衣装デザイナー:ジャンティ・イェーツ

 編集:ピエトロ・スカリア

 音楽:マルク・ストライテンフェルト

 セカンド・ユニット監督:アレクサンダー・ウィット

 セット・デコレイター:ソーニャ・クラウス (タイ・ユニット

 ポスト・プロダクション監修:テレサ・ケリー

 第1編集助手:ビリー・リッチ

 追加ソース・ミュージック作曲、製作:ハンク・ショックリー

 出演:デンゼル・ワシントン  ラッセル・クロウ

    キウェテル・イジョフォー  ジョシュ・ブローリン

    キューバ・グッディングJr  テッド・レヴィン

    アーマンド・アサンテ  ジョン・オーティス

    ジョン・ホークス  RZA  コモン

    ルビー・ディー  ライマリ・ナダル

    イドリス・エルバ  カーラ・グギーノ

    ジョー・モートン  ジョン・ポリート

* ストーリー

 1968年、ニューヨーク。ギャングのボス、バンピーの右腕として仕えてきたフランク・ルーカスは、バンピー亡き後に自らの帝国を築き上げようと決意。東南アジアから純度100パーセントのヘロインを直接仕入れるルートを開拓し、“ブルー・マジック”のブランド名で市場へ売りさばくことに成功。瞬く間に麻薬王として君臨する。

 一方、ニュージャージー警察の刑事リッチー・ロバーツは、警官の汚職がまかり通っていた時代に潔癖な仕事を貫き、周囲から疎まれていた。私生活では元妻と養育権で係争する傍ら、司法の道を目指している。そんな彼が、エセックス郡麻薬捜査班のチーフに抜擢される。彼はブルー・マジックの捜査を進めるうち、フランクの存在に辿り着く。

* コメント

 実話を元にした、スコットお得意の裏社会物。産地ベトナムから直接麻薬を買い付け、質の良い商品を安価で供給して市場を独占した麻薬王フランク・ルーカス。麻薬の元締めにターゲットを絞り、本格捜査を行うリッチー・ロバーツ。二人の活動を交互に描き、ルーカス逮捕のカタルシスを劇的に演出した後、第3幕でルーカスの協力を得て警官の汚職が一掃されてゆく経緯が描かれます。

 注目したいポイントが2点。まず、ルーカスが自身では全く麻薬に手を出さず、あくまでビジネスとして麻薬を扱っている所。供給者が画期的なシステムを導入して成功を収める一方で、その商品が社会を崩壊させてゆく図式は、麻薬に限らず資本主義社会で往々にしてみられるものです。つまりルーカスの成功物語は、現代社会の病巣を明晰に照射していて、その風刺と見る事もできます。

 もう1点、面白いと思うのは、ルーカスもロバーツも彼らが招く同業者への不利益によって、仲間内で疎まれている所。やっている事は真逆であるにも関わらず、二人の行動や立場には多くの共通点があって、それゆえか、ついに二人が顔を合わせるシーンに何ともドラマティックなスパークが炸裂します。こういうのを、化学反応というのかもしれません。現実にそうであったように、二人がお互いの人格を認め、その後の人生を奇妙な友情で取り結んでゆく伏線が、この二重らせん構造のシナリオに潜んでいると思うのです。

 ルーカスが善き家庭人である事実は、仕事とのギャップを思うと恐ろしくもあり、倫理観に関して常識というものはどこにも存在しないのではという気にさせられます。これは、家庭が崩壊しているロバーツの私生活と明瞭に対比され、そこへ俯瞰の視点から注がれるスコットの透徹した眼差しが、人間性のダイナミズムをまざまざと描き出します。ただ、本作にはそのバランスが崩れる瞬間もあります。それはルーカスの母が彼を責め立てる所で、ここは感情面でもモラルの面でも、スコット作品としては珍しいスタンスを見せる場面と言えるでしょう。

 映画は実録タッチで淡々と描かれ、美しくもざらついたドキュメンタリックな映像が、全てを生々しく描き出します。それが映画的な語り口に還元されるのは、短いカットをスピーディーに切り替える編集と、時代を演出するソウル系ミュージックが作り出すリズムゆえでしょうか。ずっとヨーロッパの撮影監督を起用してきたスコットが、ここでアメリカ人のハリス・サヴィデスと組んでいるのも、作品のスタイルを意識した結果と思われます。テンポの速い展開が、長丁場を一気に見せてしまう緊張感と勢いを生んでいるのも、スコット作品らしい所。 

 ものすごくカット数の多い映画なので、ロケ撮影は絶望的に時間が足りなかったそうですが、「あれこれ考えず、とにかく撮るのがコツだ」というスコット流の早撮りスタイルで、なんと176カ所377シーンをスケジュール内に撮ってしまいました。これはロケ数の最高記録だそうです。ちなみにタイトル、ギャングスターの「スター」は、映画スターなどの「スター」とは意味も綴りも別。「ギャングステル」と日本語表記した方が誤解を招かないのでは、という意見もあります。

* スタッフ

 本作は、ロン・ハワード作品のイメージが強いブライアン・グレイザーの製作で、スコットとのコラボは意外性がありますが、これには経緯があります。実は本作、アントワン・フークワ監督で準備が進んでいましたが、スタジオが手を引いて企画が一旦ポシャりました。普通はそこで諦めるものですが、グレイザーはこの企画に惚れ込んでいて、その後にももう一度失敗した後、三度目に実現したのが本作。スティーヴン・ザイリアン経由で脚本を読んだスコットは、すぐさまグレイザーへ電話したといいます。

 製作者は他にスコット自身、スコット・フリー代表マイケル・コスティガン、『グッドフェローズ』『カジノ』の脚本家ニコラス・ピレッジ、『ブラックホーク・ダウン』『ハンニバル』でも組んだ脚本家スティーヴン・ザイリアン、『グラディエーター』以降スコット作品に関わり続けているブランコ・ラスティグが名を連ねます。ブライアン・グレイザーは、ロン・ハワードとイマジン・エンターティメントを立ち上げたパートナーで、イマジンからは映画製作部門の代表者ジム・ウィテイカーも参加、

 グレイザーはロン・ハワード作品のほとんどをプロデュースしていますが、本作ではスコットと初のコラボ。後に『ロビン・フッド』の製作で再びスコットと組んでいます。彼はスコットについて、「リドリーは全てを自分の元に引き込む。他の監督を悪く言うつもりはないが、あんな人は初めてだ」と絶賛しています。

 撮影監督は、デヴィッド・フィンチャー監督の『ゲーム』『ゾディアック』で注目され、ガス・ヴァン・サント監督と数多くの作品で組んだハリス・サヴィデス。プロダクション・デザインのアーサー・マックス、セット装飾のソーニャ・クラウス、編集のピエトロ・スカリアは常連スタッフ。衣装のジャンティ・イェーツも、常に俳優から賞讃されるアーティストです。キウェテル・イジョフォー曰く、「彼女の衣装が素晴らしい。着た瞬間に自分がどんな役を演じればいいか分かる」

 音楽は、スコアをマルク・ストライテンフェルトが作曲していますが、ソース・ミュージックに関しては、この時代の曲は何度も使い回されてマンネリになっているという事で、ハンク・ショックリーが70年代風の曲を新たに作っています。

* キャスト

 フランクを演じるのは、スコット作品初出演のデンゼル・ワシントン。抑えの効いたクールな演技の中に、突然感情を爆発させる怖さは、ピカレスク物にふさわしいです。人間としてのごく普通の面も、優れた演技力できっちり表現していてさすが。目つきに独特の鋭さがあるので、目の演技だけで多大な情報量を観客に伝える力があります。映画監督の経験もある彼は、スコットの仕事ぶりに興味津々だったそうで、現場は正に映画学校だったとの事。

 リッチーを演じるラッセル・クロウは、スコットと3度目のコラボ。毎回髪型もキャラクターもがらりと変えてくる所が面白いですが、掠れたようなバリトン(バス?)・ヴォイスは相変わらず。あくまで抑えた演技で緻密にアプローチしているのが、スコット作品らしいです。彼の妻を演じるのは、『カリートの道』など裏社会物続きのカーラ・グギーノ。汚職にまみれた麻薬捜査官を憎々しく演じるジョシュ・ブローリンも、『ノーカントリー』『ミルク』などあくどい役が多い印象です。

 リッチーの上司を演じるテッド・レヴィンは、ここではまともな役柄ですが、『羊たちの沈黙』で連続殺人鬼バッファロー・ビルを演じた人。フランクの弟ヒューイには、『アミスタッド』の通訳役でデビューしたキウェテル・イジョフォー。彼は『オデッセイ』にも出演しています。ヘロイン取引のライバルに、『ザ・エージェント』でアカデミー賞を受賞したキューバ・グッディングJr。フランクに射殺されるタンゴに、『プロメテウス』で乗組員の一人を演じたイドリス・エルバ。

 イタリア系マフィアのドンには、『1492コロンブス』にも出ていたマッチョ俳優アーマンド・アサンテ。フランクの弟ターナーはラップ界の人気アーティスト、コモン。麻薬捜査チームのジョーンズを演じたRZAもカリスマ的ヒップ・ホップ・グループ、ウータン・クランのメンバーです。フランクを影で支えるチャーリー・ウィリアムズを演じたのは、『ターミネーター2』『スピード』『ブルース・ブラザース2000』のジョー・モートン(役柄とのマッチングや白髪のヘアスタイルに賛否あるようですが・・・)。

* アカデミー賞

◎ノミネート/美術賞、助演女優賞(ルビー・ディー)

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