ワールド・オブ・ライズ

Body of Lies

2008年、アメリカ (128分)

 監督:リドリー・スコット

 製作総指揮:チャールズ・J・D・シュリッセル、マイケル・コスティガン

 製作:ドナルド・デ・ライン、リドリー・スコット

 脚本:ウィリアム・モナハン

 (原作:デヴィッド・イグネイティアス)

 撮影監督:アレクサンダー・ウィット

 プロダクション・デザイナー:アーサー・マックス

 衣装デザイナー:ジャンティ・イェーツ

 編集:ピエトロ・スカリア

 音楽:マルク・ストライテンフェルト

 セット・デコレイター:ソーニャ・クラウス

 ポスト・プロダクション監修:テレサ・ケリー

 第1編集助手、VFX編集:ビリー・リッチ

 出演:レオナルド・ディカプリオ  ラッセル・クロウ

    マーク・ストロング  オスカー・アイザック

    ゴルシフテ・ファラハニ  サイモン・マクバーニー

    アロン・アブトゥブール  アリ・スリマン

    ヴィンス・コロシモ  マイケル・ガストン

    メーディ・ネブー  ジャニーナ・ファシオ

* ストーリー

 世界中を飛び回り、死と隣り合わせの危険な任務に身を削るCIAの工作員フェリス。一方、彼の上司はもっぱらアメリカの本部や自宅など安全な場所から指示を送る局員ホフマン。生き方も考え方も全く異なる彼らは、ある国際的テロ組織のリーダーを捕獲するという重要任務にあたっていた。しかし、フェリスがイラクで接触した情報提供者をめぐる意見で2人は対立。命懸けで組織の極秘資料を手に入れ重傷を負ったフェリスに、ホフマンは淡々と次の指令を出す。フェリスは不満を募らせながら、次なる目的地ヨルダンへ向かうが・・・。

* コメント

 欧州各地で無差別テロを行うイスラム過激派組織とCIAの戦いを描く、ポリティカル・アクション。実話ではありませんが、ジャーナリスト出身の原作者、脚本家が関わっているだけあって、ディティールのリアリズムが徹底して追求されています。原題の“Body of Lies”は、「偽の死体」という意味。主人公フェリスが現場で暗躍するCIAの工作員であるため、映画はアメリカ側の視点から描かれますが、テロリスト側も恐らくそうであるのと同様、フェリスの周囲も一枚岩ではありません。

 彼の上司である主任ホフマンにも、協力関係にあるヨルダン情報局(GID)のハラームにも、目的達成のためなら誰であろうと利用する狡猾さがあり、味方であろうとも腹の探り合いがある上に、手持ちの情報もそれぞれ違っていたりします。現場にいないホフマンは、遠くアメリカで子供の送り迎えをしながら指示を出したりして、常に命を危険にさらしているフェリスとは切迫感が違いますが、冷静な判断を下せるメリットもあります。

 利害関係が複雑で、立場も目的も違う人物や集団を、力学的に拮抗させて緊張感を維持するのはスコットのお家芸。2つないし3つの視点を鮮やかに切り替え、間断無く拍動を刻み続ける音楽がそれらのショットを連結。物理的にも感情的にも音楽がアイドリングの役割を果たし、いつでもフル・スロットルへ転じられる準備を整えているのが、テンションの高さを保つ秘訣と言えるでしょう。

 息を付ける箇所が全くない訳ではなく、狂犬病の注射のために立ち寄った病院で看護師とのロマンスが生まれますが、これは映画的すぎる展開で好悪の分かれる所。現実の工作員にこういう心の動きがあるものなのかどうか知りませんが、常に危険と隣り合わせのエージェントが、現地の一般人とデートをするというのはあまりに無防備で、私にはちょっと真実味が感じられません。案の定、彼女は人質に取られますが、それがまた映画的な設定という印象を与えてしまいます。

 緊密な描写力でハードなアクションを展開する手腕は冴え渡り、全編に有機的な迫力を感じさせます。暴力的なシーンも容赦なく盛り込みますが、残虐な描写は控えめで、心理的なサスペンスを重視しているように見受けられます。カッティングが速いので映画全体がスピード感に溢れ、複数のキャメラを同時に回すスペクタクルの手法も効果的。ただ、こういう映画にはアクションの興奮を求める人も多いと思うので、エンタメ的な演出や派手な盛り上がりを優先しないスコットの姿勢は、観客を選ぶかもしれません。

 衛星を使った画像解析は『ブレードランナー』が描いた未来を想起させますが、『テルマ&ルイーズ』のクライマックスを連想させる車の砂ぼこり(砂漠の嵐作戦の辛辣な比喩?)にあえなく撹乱されるハイテク技術の脆弱さも描きます。本作はフィクションですが、ベトコンや民兵に振り回されたベトナム、ソマリアと、懲りずに同じ事を繰り返すアメリカへの眼差しも透けて見えます。一般人をおとりに仕立て上げるCIAの卑劣な手法は、テロリスト達がやっている事とそう変わらないのでは、と思わせる展開も。

 映像は、洗練よりは迫真力を優先させますが、雑然とした路上を荒々しく描く一方で、塵一つないスタイリッシュなオフィスの描写も巧みなのは、CMの経験が生かされた引き出しの多さゆえ。CGに頼らないアナログ傾向も相変わらずで、メイキング映像を見ていると、車に向かって飛んで行くロケット砲もピアノ線を吊って模型を飛ばし、着弾のタイミングで実際に車を爆破しています。

* スタッフ

 製作はスコット自身の他、『マッチスティック・メン』でも組んだチャールズ・J・D・シュリッセルと、スコット作品を多数手掛けるマイケル・コスティガン。ドナルド・デ・ラインはディズニー出身で、パラマウント、タッチストーンとメジャー・スタジオの社長を渡り歩きインディペンデントのプロデューサーとなった強者。原作者のデヴィッド・イグネイティアスは記者出身で、本作が初めて映画化される著作との事。

 脚本のウィリアム・モナハンは、『キングダム・オブ・ヘブン』で長期に渡ってスコットと仕事をしたライターで、徹底した取材力に定評があります。撮影監督のアレクサンダー・ウィットは、過去のスコット作品でセカンド・ユニットの監督や撮影を務めてきた人。チリのサンティアゴ出身で、ヨーロッパに渡ってスヴェン・ニクヴィストなど名撮影監督の下で修行をしてきた経歴の持ち主です。

 プロダクション・デザイナーは常連アーサー・マックス。曰く、「リドリーはワイド・ショットを好むので、短いシーンでも気が抜けない。誰かが通りを渡るシーンがあると、3、4ブロック先まで看板を直した」。セット・デコレイターのソーニャ・クラウスによれば、現地や英国で文字のデザイナーを雇い、看板を正確なアラビア文字に直したとの事です。

 モロッコはスコットお気に入りのロケ地で、同じ場所も使っています。「首都のラバトは街の表情も熟知しているし、街全体で協力してくれた。2000年の時点では我々だけだった。当時は危険な国だと恐れられていたんだ。今年は8本も大作が撮影されるよ。スタッフの技術も向上した」。『ブラックホーク・ダウン』で18か月も滞在したので、現地ではスコットも有名人。アンマンのアメリカ大使館の外観は、ラバトのオリンピック競技場が実物に似ていたとの事で、全面改装して使っています。

 拷問が行われる「恐怖の部屋」は、海岸線を歩いていた美術スタッフが偶然見つけた住居で、住民の許可を得てレンガでふさがれた部屋を開けると、正にあの空間があったそうです。国境の砂漠は、モロッコのロケで毎回使っているワルサザードで撮影。カサブランカでもロケを行っています。アムステルダムなどヨーロッパのシーンはワシントン、マンチェスターの爆破場面はボルティモアの建物で撮影。

 衣装デザイナーも常連ジャンティ・イェーツ。本作は現代のヨルダンのファッション(つまり80年代のアメリカ)で、米国で大量の古着を購入したそうです。編集のピエトロ・スカリア、音楽のマルク・ストライテンフェルトも続投組で、前述の通り、緊張感を維持したサスペンスフルなリズムを刻む音楽が出色。

* キャスト

 フェリス役のレオナルド・ディカプリオは、スコット作品初出演。アクション系の映画も珍しいように思います。曰く、「ずっと組みたかった監督なので、出演が決まってからワクワクしていた。驚いたのは、何台ものキャメラを使って同時撮影していた事。80メートルも離れた木の上にもキャメラがあって、どこから撮られているか分からないんだ。リドリーは8つもモニターを使って、その場で構成を決めていた。彼自身が編集マシンだよ」

 衣装のイェーツによれば、ディカプリオは新しい衣装を用意するたびそれについて知りたがる俳優で、その衣装を着る背景や前後のシーンの繋がりまで考えているとの事。拷問のシーンは観客に恐怖を伝えるため、2日間全身全霊で取り組み、それでも撮影終了後はしばらく体調を崩したそうです。

 対するホフマンを演じるラッセル・クロウは、スコットと4作目のコラボ。スコットがイメージを伝える際に、「ホフマンはマイホーム・パパで、多分少し不眠症で、ちょっと重いかも。20キロくらい太るのはどうかな?」と提案したので、実際に増量。歩き方も何だかヨタヨタして独特の演技ですが、それでいて仕事が優秀な所にリアリティがあります。

 クロウは、「ホフマンは服装に興味がなく、世界を救う事しか考えていないためディスカウント・ストアの服を着ている」という役作りをし、衣装のイェーツは実際にディスカウント・ショップで全て揃えました。しかも全部で7着くらいだそうです。ちなみにホフマンの妻役は、お馴染みスコットの彼女ジャニーナ・ファシオ。彼女は、『グラディエーター』でもマキシマスの妻を演じた他、『プロヴァンスの贈り物』では主人公を席へ誘導するパーティの案内役、『ロビン・フッド』では侍女の役でクロウと共演しています。

 ハラームを演じたマーク・ストロングは、実はイギリス人。TVシリーズでダニエル・クレイグと共にブレイクし、英国ではお馴染みの顔です。高級スーツを着こなし、常に知的で穏やかな物腰を崩さない彼の演技は、ディカプリオをはじめ共演者からも「格好良い」と絶賛されました。スコットも、「彼は本質をしっかり掴み、役になりきっていた。アクセントも完璧で、苦労の跡も見せずにあの優雅さを演じ切っていた」と語り、『ロビン・フッド』にも起用。

 その『ロビン・フッド』へは、ディカプリオの相棒を演じたオスカー・アイザックと、一匹狼のCIA局員を演じた劇作家/演出家のサイモン・マクバーニーも出演しています。標的のアル・サリームを演じたアロン・アブトゥブールは、イスラエル最大のスターの一人。ハリウッドでは『ランボー3/怒りのアフガン』『ミュンヘン』等に出演。

 フェリスと恋に落ちる看護師を演じたゴルシフテ・ファラハニはテヘラン出身、イランで最も有名な女優の一人ですが、イランの俳優がアメリカ映画に出るのは恐らくこれが初。米国はイランとの通商を禁止している上、撮影地のモロッコもイランとの関係が良くないので、それぞれに特別な労働許可を取らなければならなかったそうです。そういった障害を乗り越え、彼女は『エクソダス:神と王』にも出演。

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