悪の法則

The Counselor

2013年、アメリカ (118分)

 監督:リドリー・スコット

 製作総指揮:コーマック・マッカーシー、マーク・ハッファム

       マイケル・シェイファー、マイケル・コスティガン

 製作:リドリー・スコット、ニック・ウェクスラー

    スティーヴ・シュワルツ、ポーラ・メイ・シュワルツ

 共同製作:テレサ・ケリー

 脚本:コーマック・マッカーシー

 撮影監督:ダリウス・ウォルスキー, A.S.C.

 プロダクション・デザイナー: アーサー・マックス

 衣装デザイナー:ジャンティ・イェーツ

 編集:ピエトロ・スカリア

 音楽:ダニエル・ペンバートン

 セット・デコレイター:ソーニャ・クラウス

 出演:マイケル・ファスベンダー  ペネロペ・クルス

    キャメロン・ディアス  ハヴィエル・バルデム

    ブラッド・ピット  ブルーノ・ガンツ

    ロージー・ペレス  ナタリー・ドーマー

    トビー・ケベル  リチャード・キャブラル

    ゴラン・ヴィシュニック  ルーベン・ブラデス

    ヴェリボール・トピッチ  エドガー・ラミレス

    サム・スプルエル  ジャニーナ・ファシオ

* ストーリー  

 若くハンサムな敏腕弁護士、カウンセラー。美しい恋人ローラとの結婚を決意した彼は、出来心で闇のビジネスに手を出してしまう。派手な暮らしぶりの実業家ライナーから仲買人ウェストリーを紹介され、メキシコの麻薬カルテルとの大きな取引に臨む彼は、自分は大丈夫と他人事のように構えていたが、弁護を担当した女囚の息子がトラブルを起こし、事態が一変する。

* コメント  *ネタバレ注意!

 スコットお得意の裏社会物で、人気作家コーマック・マッカーシーのオリジナル脚本。一般人が巻き込まれるお話で、罪のない周辺人物まで犠牲になる恐ろしさも描いています。アメリカ社会の病巣やモラルの問題を描くというよりは、日常生活のすぐ裏側にある危険を指し示し、弱肉強食の社会(チーターと野うさぎで暗喩されています)におけるタフネスと自己責任の確認を促す映画という感じ。本作の場合は別に黒幕がいて、必ずしも巨大組織のみを悪としている訳ではないのが映画らしい仕掛けです。

 特にダイアローグが優れている訳ではなく、作劇もさほど斬新ではないので、個人的には小説家が参入したメリットを感じませんが、オランダでのダイヤをめぐる会話辺りは、作家らしい奥行きと言えるでしょうか。むしろ演出面が優れていて、スピーディーな展開ながら何が起きているかを明快に見せる点に、スコットの手腕が発揮されています。『エイリアン』以来、『グラディエーター』の闘技も含めて生存闘争をしばしば描いて来たスコットですが、ただただ恐怖から逃げるという意味では、久しぶりに純度の高い作品と言えます。ただ、それにしては脅威の対象が散発的。

 例えば、負傷しても黙々と任務を遂行するカルテルの殺し屋はアンドロイドのようで不気味ですが(またセルフ手術の場面があります)、誘拐犯などはチンピラみたいな風采で、こういう相手ならむしろ姿を見せない方が、得体の知れない組織の恐ろしさが出たのではないでしょうか。ちょうど、『誰かに見られてる』の殺人犯が粗野で愚鈍なためにサスペンスの度合いを下げてしまっているのと、似た理屈です。

 それでも、道路に淡々とワイヤーを仕掛けるビジネスライクな殺し屋や、息子の死の瞬間を身体で感じ取る女囚、バキュームカーの奪い合いと流れ作業の行程、フェラーリのエピソードなど、論理では説明しきれない何かしら「普通ではない」描写の数々が、人間という生き物の底知れなさをひしひしと感じさせて、背筋をぞっとさせます。虚無的なまでに淡々と死を見つめるスコットの透徹した眼差し、その死生観は他の作品と共通するもの。

 俳優に過剰な演技を禁じているのはスコット作品らしく、裏社会のリスクを把握しているウェストリーと、自分が足を突っ込んだ世界に実感が持てないカウンセラーの対比を、二人芝居で巧みに表した場面がとりわけ見事。ここでのブラッド・ピットの演技は恐ろしくリアルで、思わず画面に引き込まれます。残酷な暴力描写は、巷で言われるほど多くはないのですが、インパクトが大きいので強い印象を残してしまうのもスコット作品の特徴。

 それにしても、血と汗と汚物にまみれたファレスの町も、空撮で見ると何と美しいことでしょう。スコット作品にはありがちですが、全ての場面がまるでCMのように美麗なのは相変わらずです。ライナーとマルキナがチーターを眺める場面なんて、もうそのままCMという感じですが、その一方で、俳優の顔があまり美しく撮られていないように見えるのは、クローズアップが多いせいでしょうか。それとも土地柄、みんな陽焼けで肌が荒れている設定なのでしょうか。

 21分長いエクステンデッド版は、ソフトのパッケージからは物語の謎が明らかになるような印象を受けますが、そうではなく、ダイヤを買う場面など会話の分量が増えただけのケースがほとんど。よく見ると「『悪の法則』の全貌が明らかに」と書かれているので、まあ嘘ではないですが・・・。全く新しいシーンとしては、プールにチーターが現れて子供達が騒ぐユーモラスな場面、深夜に胸騒ぎを覚えたローラがマルキナに電話する場面、ウェストリーの最期に悪趣味な描写を追加した所くらい。

 そもそも、ローラとマルキナは顔見知りとして描かれていますが、どういう関係なのか公開版でもエクステンデッド版でも全く説明されません。又、ロンドンでウェストリーにナンパされる女性は、ソフトの特典映像(削除シーン)の中で下着ショップの店員としてカウンセラーと会っており、彼女がどこまでどういう役割を担っているのかも、具体的には説明されていません。未公開映像には、ライナーがマルキナと出会ってナンパする場面もあります。

* スタッフ

 製作はスコット自身の他、マイケル・コスティガンやマーク・ハッファムと気心の知れた面々が担当。マイケル・シェイファーも、本作以降スコット作品に携わっています。脚本のコーマック・マッカーシーも製作に参加。現代アメリカを代表する作家の一人と言われ、コーエン兄弟が『ノーカントリー』として映画化した『血と暴力の国』、『ブラッド・メリディアン』『すべての美しい馬』『ザ・ロード』など代表作多数。スコットも、「根底にいつも道徳の問題があり、雰囲気が暗いので好みの作家だった」と語っています。

 撮影監督は前作に続いてダリウス・ウォルスキー。プロダクション・デザインのアーサー・マックス、衣装のジャンティ・イェーツ、編集のピエトロ・スカリアと常連スタッフも続投しています。マックス曰く、「大作としては異例の少人数で撮影され、美術部など全部で6人しかいなかった。低予算でも、リドリーはこうと決めたら決して妥協せず、みんなで工夫する。国境のセットも、軍事基地沿いのフェンスにセットを追加すれば、大部分は無料の借り物で済む。リドリーの映画では、こういう事が常なんだ」

 彼は又、スコットについてこう語っています。「撮影前は知識を入れてしっかり予習しておくが、作品を理解したつもりでいると、監督が現場で正反対の解釈を示す。自分の解釈は凡庸だったと思い知らされるよ。役柄の捉え方も全然違うんだ。そこが彼の天才的な所だね。どんなジャンルの作品にも新鮮な解釈を加え、彼なりの視点で組み立て直す。リドリーは古き良き南西部ではなく、モダンな南西部を描いた。テキサスにセレブを組み合わせて、イメージを彼流に変えているんだ」

 スタジオは使わず全てロケーション。道路や国境はスペイン、テキサスのクラブやコンドミニアムはイギリス、ヒースロー空港でもロケを敢行しています。スペインは出演者バルデムの母国ですが、『ノーカントリー』で行ったアメリカ南部とほぼ同じ風景で驚いたと語っています。脚本のマッカーシーも、「アメリカじゃないと気付くのは地質学者だけだろう」と太鼓判。ファレス市の空撮と国境地帯を走るベントレーの映像は現地のものです。

 衣装は豪華。スコット自身の交友関係もありますが、カウンセラーとローラの衣装はアルマーニ、ライナーの服はヴェルサーチ、マルキナの服はトーマス・ワイルドと、それぞれ本人から協力を得ているのが凄いです。音楽のダニエル・ペンバートンは業界経験が浅く、スコット作品にも初参加。ヴィヴィアン・ウェストウッド等のファッション・ショーや数多くのゲーム音楽を作曲してきた人で、ロンドンのクライマックスなどパーカッシヴなリズム表現が際立っていてユニークです。

* キャスト  *ネタバレ注意!

 名前のない主人公、カウンセラーを演じるのは『プロメテウス』に続いてマイケル・ファスベンダー。アンドロイドだった前作とは対照的に、人間味や弱さのある人物を演じています。スコットは、「私は本当に口数の少ない人間だが、マイケルとは良い関係を築けた。よく喋る監督もいるが、私は要点だけ、時には判断基準のみを示すんだ」と語っています。彼は、『エイリアン:コヴェナント』にも出演。

 ローラ役のペネロペ・クルスとマルキナ役のキャメロン・ディアスは、『バニラ・スカイ』でも共演しましたが、いずれもスコット作品初出演。クルスはラテン気質の激しい演技も巧いですが、ここでは清楚なセレブを演じています。ディアスは氷のように冷たい美貌や、『バニラ・スカイ』の時のイメージもあって、何やら出て来ただけで裏がある感じがして怖いです。いずれも表面的には感情を抑えたスタティックな演技ながら、内面が全く対照的な役柄になっているのは面白い所。

 ライナーを演じたハヴィエル・バルデムは、同じ原作者の『ノーカントリー』でも特異な髪型が印象的でしたが、本作でも太った体躯に派手な衣服とサングラス、ツンツンに立てた髪型と、強烈な役作りを実施。テキサスのいかがわしい成金を彷彿させますが、彼の軽薄な存在感があるからこそ、一見スマートで有能な常識人に見えるカウンセラーの巻き込まれ方が恐ろしく見える仕掛けです。

 ウェストリーを演じるブラッド・ピットは、デビュー当時に出た『テルマ&ルイーズ』以来のスコット作品。スコットは、「避けていた訳じゃないが機会がなくて、またブラッドと一緒にやれて良かった。彼は昔から独創的で、アドリブが得意なんだ。だから細かい指示は出さず、自由に演じてもらう」と語っています。視線をあちこちに向けて緊迫感を醸す辺りや、カウンセラーと喋る時の相手を値踏みするような目つきは、ものすごいリアリティ。抑揚のない喋り方なのに、登場した瞬間からシーンの主導権を握ってしまうなんて、凄い役者になったものです。

 脇役も素晴らしく、アムステルダムの宝石商に『ベルリン/天使の詩』の名優ブルーノ・ガンツ、カウンセラーに絡む若者に『戦火の馬』『猿の惑星』新シリーズのトビー・ケベル、怪しげなイケメン銀行マンに『ピースメーカー』『ドラゴン・タトゥーの女』のゴラン・ヴィシュニックと、強い印象を残します。司祭を演じるのは『ボーン・アルティメイタム』『チェ/28歳の革命』『ゼロ・ダーク・サーティ』のエドガー・ラミレス。ワイヤーの殺し屋は『スノーホワイト』『96時間/レクイエム』のサム・スプルエル。

 ウェストリーを罠にかけるブロンド女性には『カサノバ』『キャプテン・アメリカ/ザ・ファースト・アベンジャー』『ラッシュ/プライドと友情』のナタリー・ドーマー。彼女は、削除された場面も含めるとファスベンダー、ピット、ディアスの3人と対等に共演しており、これは女優として貴重な経験になったのではないでしょうか。セダンの男役で出ているヴェリボール・トピッチは、『キングダム・オブ・ヘブン』『ロビン・フッド』にも出演。スコットの彼女ジャニーナ・ファシオも、スマートフォンの女性役で出演。

 トラブルの元となる女囚を演じたロージー・ペレスは、ボビー・ブラウンやダイアナ・ロスの振付けも担当したダンサー/振付師で、女優としても『ドゥ・ザ・ライト・シング』『ナイト・オン・ザ・プラネット』『忘れられない人』『あなたに降る夢』『ヒューマンネイチュア』など、錚々たる個性派監督達の作品に出演。『フィアレス』でオスカーにノミネートされていますが、本作でも短い出演ながら、迫真の演技で観客を圧倒します。ちなみに、メキシコの運び屋を演じているのはジョン・レグイザモと指摘されていますが、ノン・クレジットなので本人かどうか確証が持てませんでした。

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