旧約聖書にあるモーゼの出エジプト記を元にした歴史大作。『十戒』のリメイクではなく、新たに解釈したオリジナル作品です。私は正直な所、『ベン・ハー』も『十戒』もそれほどの映画とは思いませんが、スコットも「過去の監督は尊敬しているが、今までにこのテーマの最高傑作があるとは思わない」と発言しています。イスラムもユダヤ教もキリスト教もモーゼを最も重要な預言者と見做しており、ラムセスは誰よりも多く自分の像を建てた虚栄心の強いファラオ。キャラクターとしては、映画を作る上で興味の尽きない人物達だと言えるでしょう。 とはいえ、映画は見事に視覚的なスペクタルとなっていて、見た事のないような景色が次から次に眼前に現れて、映画における新たな地平が広がる思いです。こんな世界を動いている映像として観られる時代が来たなんて、ちょっと信じられません。しかし幾らCGで何でも作れる時代とはいえ、CGを使うのは結局人間であって、並外れたイマジネーションと経験値、リアリズムへの飽くなき挑戦がなければ、こんな画はとても作れないはず。迫り来る水の壁を前に白馬が走り抜けるという、スコットらしい耽美的な映像などはその一端でしょう。 一方、戦闘シーンは切れ味が鋭く、70歳の監督による演出とは思えないほどダイナミックでスピーディー。馬車が人の上を吹っ飛んでゆくような、大胆なアイデアも盛り込んでいます。紅海へ向かう軍隊が、崖の上を這う細い山道を疾走する場面など、まるで『インディ・ジョーンズ』のようにスリリングなアクション・シーンもあって、若い世代の観客にもアピールする仕上がりです。 本作の作り手は、エジプトを襲った十の厄災を科学的な解釈で捉え直していて、宗教に関係なく普通の映画ファンが見て納得できる動機付けを行っているのが特色。紅海が二つに割れる有名なエピソードも、引き潮による津波という現実的な描写に帰着させています。スコット自身が言うように、映画の中で真に超自然的な出来事として描かれているのは、過ぎ越し祭の起源となった、エジプト中の長子が全滅するという悲惨な出来事のみです。 モーゼもラムセスも人間的な弱さを持った人物として描かれるのはスコット作品らしく、そこから生まれる葛藤は、長尺の映画を牽引してゆくにふさわしい強度を備えます。楽観的なめでたしめでたしで終らず、これからどうなる?という問題提起を残すのも、現代の映画らしいセンス。結局の所、これはおとぎ話ではなく、現代の色々な問題に繋がっている話なのです。自分の長男も失ったラムセスがモーゼに言う、「お前達の神は、子供を殺す神なのか!」という切実な言葉は、現代においてもなおアクティヴに響きます。 尚、本作にはエクステンデッド版がありませんが、編集のビリー・リッチは「監督と話し合って、本作にエクステンデッド版は必要ないと判断した。シーンの削除には全て理由がある。公開版がベストのヴァージョンという結論だ」と語っています。映像ソフトで見られる未公開シーンは、モーゼの息子が母に「父が神を信じていない」という所や、首席顧問を依頼されるシーン、ラムセスとトゥーヤのやり取りなどがめぼしい所。個人的に、後者2つはストーリーに必要な感じがしますし、シガーニー・ウィーヴァーが演じるトゥーヤの重要性が消失してしまったのは残念です。 |