オデッセイ

The Martian

2015年、アメリカ (142分)

 監督:リドリー・スコット

 製作総指揮:ドリュー・ゴダード

 製作:サイモン・キンバーグ、リドリー・スコット、アディティア・スード

    マイケル・シェーファー、マーク・ハッファム

 共同製作:テレサ・ケリー

 脚本:ドリュー・ゴダード

 (原作:アンディ・ウィアー)

 撮影監督:ダリウス・ウォルスキー, A.S.C.

 プロダクション・デザイナー:アーサー・マックス

 衣装デザイナー:ジャンティ・イェーツ

 編集:ピエトロ・スカリア

 音楽:ハリー・グレッグソン=ウィリアムズ

 出演:マット・デイモン  ジェシカ・チャステ

    ジェフ・ダニエルズ  キウェテル・イジェフォー

    ショーン・ビーン  ケイト・マーラ

    マイケル・ペーニャ  クリステン・ウィグ

    マッケンジー・デイヴィス  ベネディクト・ウォン

    セバスチャン・スタン  アクセル・ヘニー

    ドナルド・グローヴァー  ナオミ・スコット

* ストーリー

 火星の有人探査計画アレス3はミッション中、猛烈な砂嵐に見舞われる。撤収作業中、クルーの植物学者マーク・ワトニーが吹き飛ばされて行方不明に。生存が絶望視される中、ルイス船長は他のクルーを守るため、捜索を断念して火星から脱出する。NASAはワトニーの死を世界に発表するが、彼は奇跡的に命を取り留めていた。しかし通信手段が断たれた上、次のミッションが火星にやってくるのは4年後。食料も絶望的に足りない中、ワトニーは希望を失うことなく、問題を一つひとつクリアしていく。

* コメント  *ネタバレ注意!

 『プロメテウス』で久々にSF回帰したスコットが間を置かずに放った、ユニークな作品。『ロビン・フッド』以降、歴史劇、裏社会物、SFと、得意の3ジャンルしか撮っていない彼ですが、本作は誰も死なない話だし、コメディ・タッチの味付け。カット数が多くて切り替えも速く、自慢の研ぎ澄まされた映像美をじっくり見せない編集も、全編にディスコ・ミュージックが流れるサウンドトラックも、恐らくは意図的にスコット作品らしいイディオムから外れています。

 そうは言っても、始まって30分もしない内に又もや自己手術の場面で目を覆いますが、逆に言えば、凄惨な描写はそこくらいしかありません。いわばロビンソン・クルーソー的なサヴァイヴァル物をSFにアレンジした体裁で、『キャスト・アウェイ』『127時間』のような一人芝居の要素もあります。映画全体としては実話ベースの『アポロ13』と共通する描写も多く、その衣鉢を継いだフィクションと見る事もできるでしょう。

 物語は、火星に取り残された主人公ワトニー、帰還中の宇宙船エルメス、NASAの3箇所だけで進行し、一般の人々のリアクションはラスト30分まで描かれません。『アポロ13』は乗組員の家族をはじめ、周辺人物の人間ドラマを掘り下げるのがロン・ハワード監督らしい一方、実話物だけあってシリアスなアプローチでした。対照的に、フィクションである本作は、乗組員やNASA上層部の葛藤に硬質なドラマを構築する一方、主人公の性格にシニカルなユーモアを与えているのが特色といえます。

 フィクションであるにも関わらず、まるで実話物を観ているかのような緊張感があるのは見事。実話物の映画でいつも不思議に思うのは、既に周知の出来事をなぞっているにも関わらず、まるで先が読めないようなスリルを感じさせる事ですが、フィクションである本作が当然そのメリットを享受しながら、逆に実話物のごときリアリティを獲得しているのは逆説的で面白いです。

 製作にはNASAが協力を行っていますが、詳しい人からすればつっこみ所は色々あるようです。そもそも原作も、理系の人達から「しょせん文系」と批判されたそうですが、私にはそこまでの科学的知識がないので、本作のディティールは十分リアルに感じられます。

 本作には、この映画を誰が撮っていて、誰が演じているかを観客の念頭から払拭させる迫真力がありますが、それも良い映画の条件。自然の中のサヴァイヴァルだと、音楽や会話が使えないので演出も寡黙になりがちですが、本作ではダンス・ミュージックがリズミカルな躍動感を補っている上、早回しのカットや、地上の様子とのカットバックを多用した編集によって、全体をアクティヴに見せる事に成功しています。

 又、一人芝居のマット・デイモンに、ビデオへの記録という形でセリフを与えるアイデアも秀逸で、ヘルメス号とNASAの陣営に優秀な俳優達を配置し、アンサンブルの味わいで見せる工夫も生きています。

 日本びいきだったスコットが、中国とアメリカの友好関係を取り上げているのは、恐らくは脚本通りといえ、日本人には少々複雑な心境。現実の政治経済状況を予見的に反映させるのは、スコットの得意とする所ですが、現在のわが国が置かれている状況を直視させられる描写でもあります。実際にこういう事態が起こった場合、必要とされるのはもう日本の技術力ではないのかもしれません。

* スタッフ

 脚本を書いたドリューゴダードが製作総指揮を務める他、プロデューサーにスコット自身とハッファム、シェーファー、テレサ・ケリーといつもの布陣。メイン・スタッフも撮影監督のダリウス・ウォルスキー、プロダクション・デザイナーのアーサー・マックス、衣装のジャンティ・イェーツ、編集のピエトロ・スカリアとスコット組集結です。

 原作はウェブ・サイトで連載され、読者からの要請で発売されたキンドル版がわずか3か月で3万5千ダウンロードされたという、新進作家アンディ・ウィアーの小説。これを『エンジェル』『エイリアス』『LOST』など、数々の人気TVシリーズを手掛けたドリュー・ゴダードが脚色しています。話の面白さとアイデアの豊富さでTVドラマのクオリティを飛躍的に向上させたライターで、本作の作劇や構成の巧みさも頷けます。

 撮影は世界最大と言われるハンガリー、ブダペストのコルダ・スタジオで行われ、火星のシーンやハブの内部、ヘルメス号の巨大セットが建設されました。NASAの場面にはドナウ川の近くにあるザ・ホエールという建造物が提供され、マックスはここを「巨大なジオデシックの建物で、世界的レベルの洗練された最新ビル」と絶賛。

 火星の遠景には、又もやスコットお気に入りのヨルダン、ワディ・ラムの風景が合成されています。ブダペストのセットには、ハンガリーの3種類の土を混ぜてヨルダンの土の色に合わせる凝りよう。実物大セットの建設も相変わらずで、砂嵐まで本当に起こしてスタッフ、キャストを限界に追い込みました。

 音楽のハリー・グレッグソン=ウィリアムズは、『キングダム・オブ・ヘブン』に続く参加。和声感に特色があり、微細な色彩感覚を聴かせる所に才覚を感じさせます。ピアノ演奏とオーケストラの指揮も彼自身が担当。前述の通り、主人公が聴くソース・ミュージックとして楽しい味付けになっているのが、ドナ・サマーの“Hot Stuff”やデヴィッド・ボウイの“Starman”、アバの“Waterloo(恋のウォータールー)”など70年代のディスコ・ヒッツ。ちなみにエンド・クレジットは、グロリア・ゲイナーの“I Will Survive(恋のサバイバル)”です(ジョーク?)。

* キャスト

 主演のマット・デイモンは、これがスコット作品初参加。スピルバーグやコッポラ、スコセッシ、イーストウッドなど、アメリカ映画史を彩る名匠達と組んできた彼ですが、特定のコラボ関係は少なく、複数の作品で組んでいるのはガス・ヴァン・サントとテリー・ギリアムくらい。本作の役柄は、彼のキャラクターに多くを負っていて、その持ち味や人間性がよく発揮された作品と言えるでしょう。

 ヘルメス号の船長は、『ゼロ・ダーク・サーティ』でオスカーにノミネートされたジェシカ・チャステイン。本作でもチーム・リーダーを演じていますが、無闇にマッチョな芝居へ向かわず、自分を責める内省的な表現に繊細なセンスを発揮していてさすがです。アンサンブルの映画なので出演シーンは多くありませんが、理路整然とクルー達に多数決を迫る場面など、彼女の演技に思わず引き込まれます。

 クルーでは、『クラッシュ』『ミリオンダラー・ベイビー』で好演したマイケル・ペーニャや、デヴィッド・フィンチャー監督のTVシリーズ『ハウス・オブ・カード/野望の階段』で鮮烈な印象を残したケイト・マーラが出演。彼女は、スコットの次男ルークの監督作『モーガン プロトタイプL−9』で主演もしています。

 NASAのスタッフでは、サンダース長官に『カイロの紫のバラ』『スピード』のジェフ・ダニエルズ、ミッションの責任者カプーア博士に『アメリカン・ギャングスター』『それでも夜は明ける』のキウェテル・イジェフォー、長官と対立する元クルーのヘンダーソンに『ロード・オブ・ザ・リング』のショーン・ビーン、宇宙船製作チームのリーダーに『プロメテウス』のベネディクト・ウォン。

 広報担当のアニー役は、TV『サタデー・ナイト・ライヴ』の出演者だったコメディ女優クリステン・ウィグ。スコット曰く、「彼女は面白い女性で、この役をやりたがるとは思わなかった。きっと女優としての資質を試したかったんだろう」

* アカデミー賞

◎ノミネート/作品賞、脚色賞、美術賞、視覚効果賞、音響編集賞、音響調整賞主演男優賞(マット・デイモン)

Home  Top