マッドマックス

Mad Max

1979年、オーストラリア (94分)

 監督:ジョージ・ミラー

 製作:バイロン・ケネディ

 共同製作:ビル・ミラー

 脚本:ジェームズ・マッコースランド、ジョージ・ミラー

 撮影監督:デヴィッド・エグビー

 美術監督:ジョン・ダウディング

 衣装デザイナー:クレア・グリフィン

 編集:トニー・パターソン、クリフ・ハイエス

 音楽:ブライアン・メイ

 美術監督助手:スティーヴ・アメズドロス

 出演:メル・ギブソン  ヒュー・キース=バーン

    ジョアンンヌ・サミュエル  スティーヴン・ビズレー

    ティム・バーンズ  ロジャー・ウォード

    ヴィンス・ギル  ジェフ・バリー

    スティーヴ・ミリチャンプ  ジョン・リー

* ストーリー

 近未来、警官殺しもいとわない凶暴な暴走族と戦いを繰り広げる、マックスら警官たち。友人、そして妻と息子を殺されたマックスは、暴走族への復讐に出る。

* コメント  *ネタバレ注意!

 ミラーとメル・ギブソンのデビュー作にして、その後の名声を決定付けたヴァイオレンス・アクション。世界中で大ヒットしましたが、アメリカでは積極的に宣伝されず、シリーズの認知が遅れました。ミラーは朋友バイロン・ケネディ、弟のビルと、医師の経験を元にこの長編を作り上げましたが、完成版は最初のヴァージョンから40分も短縮されているといい、アクションにフォーカスする意図は強かったようです。デビュー作がシネマスコープ・サイズというのも凄い所。

 暴力性とカー・アクションばかりが云々される映画ですが、キャラクター設定の細かさや豊富なバック・ストーリーなど、後のミラー作品に共通する緻密さは既に見られます。脚本も意外に文学的で、マックスやトーカッターのダイアローグには演劇的な思索性も盛り込まれ、通常のアクション映画とは一線を画す、意欲的な創作。

 まだ文明社会がある時代の話なので、映像のルックも核戦争後の未来を描く2作目以降とは全く違います。土地柄、砂漠や平原が多いとはいえ、植物も青々と茂っているし、街も店もある。マックスが住む家は内装もインテリアも素敵だし、ナイトクラブや警察署の周辺など、街の風景やデザインも独特です。それが、ハリウッド映画の舞台とオーストラリアの違いなのか、ミラーや美術監督のセンスなのかは分かりませんが。

 ただこのシリーズは、第2作が草一本生えない平原、第3作はハリウッド風のセット、第4作が平原、砂漠、山地、セットの混合と、1作ごとにルックを変えていて、第1作の雰囲気が他と違うのもこの流れの一環と言えます。ストーリーも、本作は復讐と果し合いの映画で、物資の争奪戦がメインとなる2作目以降とは大きく異なる印象。サイレント風の2作目以降と違い、セリフも多いです。

 映画の内容こそ荒々しいですが、映像は周到に計算され、アクションも演技も多彩。カーチェイスにおける地面スレスレのキャメラ・ワークや、逆光、ソフト・フォーカスなど、変化に富んだ撮影スタイルです。暴走族の死の直前に、いつも血走った眼球のクローズアップが入るのは、漫画の影響でしょうか。暗がりの中、マックスにズームしながら両目の周囲に赤いライトを当てるという、完全に非リアリズムの心理描写もあります。

 そもそも映画語法がハリウッドのそれとはかなり違っていて、キャメラ・ワークも編集も癖が強く感じられるのは、ミラー作品に共通の特徴。特にこのシリーズは最初の2作でブライアン・メイ、3作目でモーリス・ジャールが、何ともシュールで異様なオーケストラ音楽を付けていて、ともすればそれがB級映画や日本の古い特撮ドラマを想起させたりもします。

 ミラーは安全面に徹底して配慮する監督だとは聞きますが、生身のスタントだけで構成されたアクションは、あまりにも危険で、無謀にも見えます。当時流布していたスタントマンの死亡説はデマだったようですが、けが人は出ているし、映像を見る限り、無事な方が奇跡ではないかと思える場面も幾つかあります。ただ、動きがサイレント風にカクカクする箇所もあり、フィルムの早回しも使っている様子。

 ミラーはとにかくアクションの演出が細かく、イメージが出来上がっていたと出演者のバーンズが語っていますが、棒高飛びで車輛に乗り移る場面もあり、第4作の棒飛び隊の原型が見られます。私はバイクに乗らないし、車にも興味がないので分かりませんが、メカ好きにはたまらない要素がたくさんあるようで、スタントライダーで出演者のデイル・デンチによるホイルスピン発車や、余興的に披露されたマックスターン(海外ではドーナッツと呼ばれる)はファンの間で伝説。

 当時は極悪非道の限りに見えた暴走族の描写も、今の目にさほど衝撃を受けないのは、もっと強烈なキャラクター達が映画に溢れすぎたせいでしょうか。極端に人工的な悪役も多数排出したハリウッドの基準からすれば、トーカッターやババの抑制を効かせたシャープな人物造形は、演技として好ましくも感じられます。ボスが手下より先に倒されるのも、定石を覆すユニークな作劇。

* スタッフ

 製作はケネディと監督の実弟ビル。脚本はミラー自身の他、劇中の会話に雰囲気を出すため、映画好きの友人ジェームズ・マッコースランド(ダイナーのコック役で出演も)に協力を求めて共同執筆となっています。

 本作の脚本は当初214ページもあり、映画に使われなかったエピソードや設定の他、会話や場面の指示、人物やセットの詳細な描写、キャメラのアングル、音楽のイメージまで全てが書かれていたそうです。俳優達はこの脚本をグラフィック・ノベルみたいだったと語り、ティム・バーンズによると撮影の時点で60%が削られ、編集で短くなったので元の脚本は50%くらいしか映画になっていないとの事。

 撮影のデヴィッド・エグビーは、私は他の作品を観た事がないのですが、フィルモグラフィーにはB級映画を中心に2013年まで継続して参加作があります。特にロブ・コーエン監督とは、『ドラゴン/ブルース・リー物語』『ドラゴンハート』『デイライト』と連続コラボ。

 衣装に関しては予算の多くが警官に使われたため、ギャングの衣装は俳優達が色々なアイデアを出し、私物も使用しているそうです。バーンズは、「未来の空想的なストーリーだけどリアルな面を出したかった」と語っているので、元々そのコンセプトは貫かれていた訳ですね。 

 音楽のブライアン・メイもよく知らない人ですが、続編も担当している他、ピーター・ウィアー監督作『誓い』にも参加しています。一応書いておきますが、クイーンのメンバーは同姓同名の別人。低予算の映画にしては大編成オーケストラのダイナミックな音楽が付いていて、指揮も自身で行っています。執拗にリズムを叩き付けてきたり、異様なオブセッションに満ちた音楽が映画に奇妙な色合いを与えていてシュール。

* キャスト

 後にスターとなったメル・ギブソンもこれが初主演作。当時の劇場パンフレットを見ても俳優のプロフィールは一切載っていません。彼は演劇学校の生徒で、オーディションの前夜に酒場で乱闘騒ぎを起こして服はボロボロ、顔中あざだらけで現れ、監督に「こいつこそマックスだ」と確信させたという逸話が残っています。

 トーカッターを演じたヒュー・キース=バーンは、王立シェイクスピア・アカデミーに所属していてその巡業中にオーストラリアに移住したという、正統派の俳優。英国の軍人家庭の出で、オーストラリア人からするとものすごく上品な英語に聴こえるそうです。俳優達が彼の家でイメージ固めのミーティングをした時も、彼はレモングラスのハーブティーや抹茶を振る舞ったとの事。

 撮影の序盤で色々な問題が起き、ミラーは「自分が映画も演技も何も知らないからだ」と自分を責めて現場を離れようとした時期があったそうですが、そこで「もっと俳優に自由にさせてくれればいいんだよ」と背中を押したのがキース=バーン。その後は、俳優達の裁量に多くを任されるようになったそうです。

 ジョニー・ザ・ボーイを演じるティム・バーンズは、シドニーで中国革命の劇に出演している所を、ミラーとキース=バーンにスカウトされた人。監督は、「何度も落ち込む事があったけど、その度にティムに励まされて撮影を終える事ができた」と語っています。彼をはじめ、皆が「これは映画の枠を越えるエネルギーを持った、今までにない特別な作品だ」と直感していて、それを監督に言い続けたとの事。整備士グリース・ラットを演じたニコ・ラソウリスはミラーの学生時代の友人で、第4作の脚本に参加しています。

 トッカーター・ギャングの面々は全員がプロの俳優という訳ではなく、スタントマンを兼任している人も数名いるし、バイクの改造とメンテナンスを担当した人もいます。車に上ってフロントガラスを割るスターバックを演じたニコラ・ガザナは、ジェシーが吹くサックスやクラブ歌手の歌を作曲。ただ、カンダリーニを演じたポール・ジョンストーンによると、彼をはじめオーディションに参加した人間はみんなマックス役を狙っていたそうです(笑)。

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