ロレンツォのオイル/命の詩

Lorenzo's Oil

1992年、アメリカ (136分)

 監督:ジョージ・ミラー

 製作総指揮:アーノルド・バーク

 製作:ダグ・ミッチェル、ジョージ・ミラー

 共同製作:ジョニー・フリードキン、ダフネ・パリス、リン・オヘア

 脚本:ジョージ・ミラー、ニック・エンライト

 撮影監督:ジョン・シール, A.C.S.

 プロダクション・デザイナー:クリスティ・ジア

 衣装デザイナー:コリーン・アトウッド

 編集:リチャード・フランシス・ブルース、マーカス・ダーシー

 音楽 : クラシック音楽

 ファイナンシャル・コントローラー:キャサリン・バーバー

 スクリプト監修:ダフネ・パリス

 ポスト・プロダクション監修:マーカス・ダーシー

 ダイアローグ編集:ウェイン・パシュリー

 エンド・クレジット・シークエンス:マーガレット・シクセル

 出演:ニック・ノルティ  スーザン・サランドン

    ピーター・ユスティノフ  キャサリン・ウィルホイト

    ザック・オマリー・グリーンバーグ  E・G・デイリー

    ジェリー・バマン  ジェームズ・レブホーン

    マーゴ・マーティンデイル  アン・ハーン

    マドゥーカ・ステディ  ローラ・リニー

* ストーリー

 平凡な銀行員オーグストの息子ロレンツォが、不治の病に侵される。病院の治療もむなしく、息子の容体は悪化していくが、オーグストと妻ミケーラは、自分たちの手で治療法を発見するべく様々な文献を読みあさる。

* コメント

 実話を元にした、重厚な医学ドラマ。ミラー作品の中で実話物は今の所これ1作だけで、演出もリアリズムを用いたものは本作が唯一。しかしミラーの題材選びは外部プロダクションの作品を除き、基本的に自身の問題意識と直結しています。その意味では、どの作品も製作に必然性あり。

 特に「不屈の精神」は常に描かれるテーマで、その意味では、本作も非常にミラーらしい作品だと言えます。「我々の無知であの子を苦しめたくない。責任を持とう」というオーグスト。彼もそうだし、ミラー作品の主人公はみなそうですが、戦う相手が自分より大きな存在であるにも関わらず、それでも諦めない不屈の精神を発揮します。

 子供が難病になる話だし、観るのが辛い場面もあります。観客にもある種の覚悟が必要な映画だとは言えるでしょう。しかしミラーほどの監督になると、ドキュメンタリーではなく劇映画を撮っているという自覚と責任をしっかりとわきまえてあり、そこがTV映画や三流の監督と違う所です。ここには芸術性の豊かさがあるし、映画としての面白さ、精神の気高さもある。映画として楽しめるという事が、劇場作品としてまず大事なのです。

 本作も語り口が非常に個性的で、ハリウッドの定石に則らないのがミラーらしい所。ドラマ映画というより、音楽と映像によるコラージュとみた方がしっくりくるかもしれません。シーンの切り方は細かく、時間の省略は自由。しかしこれほど過程が省略されていながら、作品世界は何と豊かな事でしょう。展開が速いというより、単に無駄がないのだと思います。

 ストーリーやプロットがシンプルであるという意味ではなく、必要なものしか提示されないという点において、無駄がないのです。キャメラはずっと回っていて、その中からストーリーに必要な箇所だけを選んでコラージュしたような作り方で、それは『マッドマックス』シリーズにおいて、本編には使用しない膨大なバックストーリーを設定するのと、基本的に同じ態度です。

 だけど、それでいて、大聖堂の俯瞰映像からミケーラが天を見上げる顔をアップにするという、荘厳な合唱音楽だけで描かれた心理描写もあります。俳優の演技をメインにした長回しなど、必要な場面にはたっぷりと時間を裂くというスタンス。

 例えば、夫婦が病状を告げられる長い会話シーンですが、ここは医師と夫婦の切り返しだけでじっくりと描いています。なので、オーグストのちょっとした仕草や表情、ミケーラの冷静なのか現実を受け止め切れていないのか判別しかねる態度など、心理描写が際立ってくる。このシーンを通じてずっと続いている唸りのような低い音は、夫婦が病室を出て子供の元に戻ると消えてゆき、物悲しい合唱曲に取って代わります。

 ミケーラが図書館でポーランドの小論文を発見するくだり、ここもセリフはなく、オペラのアリアだけで描かれていますが、木陰の間を縫って駆けてゆく彼女を俯瞰で撮影した、この絵画的な構図の美しさはどうでしょう。音楽と映像だけで心の高揚を見事に表現した、正に映画的なシーンと言えないでしょうか? 音楽にクラシックのみを使っているのも、各場面に崇高な印象を与えています。凝った選曲がミラーらしいと思っていたら、全てロレンツォが好きで聴いていた曲だそうです。

 ニック・ノルティとスーザン・サランドンが適役なのかどうか、私には明言できませんが、そういう事よりも、ここでは彼らが何をどう表現しているかに注目すべきでしょう。我々映画ファンはついミス・キャストの指摘に走りがちですが、彼らはその役としてただそこにいるのであり、勿論の事、現実の人生においてはミス・キャストも何もありません。その俳優の子供が、実際に難病にかかる事だってありえる訳です。

 事態に冷静に対処するニック・ノルティと、慟哭しながら階段をずり落ちてゆくニック・ノルティ、こういう演技のダイナミズムは、テクニックだけで作り出せるものでは到底ないのでしょう。ここに、俳優の心の真実があります。

 変わり果てたロレンツォの姿を見たオウモリが歌を口ずさむ場面には、虚を衝かれて体の奥から熱いものが込み上げてきました。『フラガール』みたいな話で泣けるのは当たり前ですから、それが良い映画である証左にも何もなりませんが、この場面のような、なぜ感動するのか説明できないのにただただ胸が震えるようなシーンは、たくさん映画を観ていても滅多にぶつからないものです。

 尚、私はDVDで試聴しましたが、劇場パンフレットには上映時間136分とあり、DVDのランニング・タイムは129分。ネットでVHSビデオのパッケージを調べてみると、約135分とした上で「オリジナル全長版」と表記されてます。という事は、DVDは短縮ヴァージョンという事になりそうですね。

* スタッフ

 製作は、『マッドマックス/サンダードーム』に続いてダグ・ミッチェルとミラー自身。脚本は、これがデビューとなるオーストラリアの俳優・作家のニック・エンライトとミラーが共同で執筆しています。

 撮影監督は、ピーター・ウィアー監督とのコンビで知られるオーストラリアの名手ジョン・シールで、後に『マッドマックス/怒りのデス・ロード』でも組んでいます。ここでは、詩的で崇高な映像美が素晴らしく、ミラーの特異なタッチにも違和感なくマッチングしていて絶妙。ウィアー作品『刑事ジョン・ブック/目撃者』と『レインマン』でアカデミー賞にノミネート。

 プロダクション・デザイナーは、アラン・パーカー作品の衣装や美術で注目されたニューヨーク生まれの元スタイリスト、クリスティ・ジア。他にジョナサン・デミ監督『羊たちの沈黙』『愛されちゃってマフィア』や、マーティン・スコセッシ監督『グッド・フェローズ』などを手掛けています。衣装は、ティム・バートン監督とのコラボが続くコリーン・アトウッド。

 編集は、『マッドマックス/サンダードーム』『イーストウィックの魔女たち』に続いてリチャード・フランシス=ブルースと、ポスト・プロダクションを監修しているマーカス・ダーシー。エンド・クレジットを、監督の妻であり、後のミラー作品で編集を手掛けるマーガレット・シクセルが担当しています。

 前述の通り音楽には劇伴を用いず、ロレンツォが愛聴していたクラシック音楽のみを使っています。ヴェルディの歌劇《椿姫》、レクイエム、マーラーの交響曲第5番、バーバーの《弦楽のためのアダージョ》、ベッリーニの歌劇《ノルマ》、マルチェロのオーボエ協奏曲、エルガーのチェロ協奏曲、モーツァルトの《アヴェ・ヴェルム・コルプス》、ドニゼッティの歌劇《愛の妙薬》など。

* キャスト

 主演のニック・ノルティとスーザン・サランドンは、大スターというより演技派の名優。後者は『イーストウィックの魔女たち』に続くミラー作品ですが、全く違うテイストの役柄で熱演しています。イタリア系の夫婦という設定のせいか、2人とも情熱をもってひたむきに突き進んでゆく性格を巧みに表現していますが、抑制の効いた芝居を基調にして、感情の爆発を効果的に際立たせる手法が見事。

 ロレンツォは年齢に合わせて複数の子役を起用。発作の場面など、鬼気迫る演技で圧倒されます。ただ、その一人に『ベイブ』や『ハッピーフィート』の声優・歌手、E・G・デイリーの名前がありますが、どういう事情なのかは不明。

 探偵ポワロ役で有名なピーター・ユスティノフがニコライス教授を演じていて、落ち着いたシックな演技が素晴らしいです。又、名バイプレイヤーのジェームズ・レブホーンとアン・ハーンによるマスカティン夫妻、『ツイン・ピークス』のキャサリン・ウィルホイトが演じたミケーラの妹ディードレ、アフリカの青年オウモリ役のマドゥーカ・ステディなど、脇役がこぞって好演しているのもミラー作品らしい所。

 『ミリオンダラー・ベイビー』『めぐりあう時間たち』『パリ、ジュテーム』のマーゴ・マーティンデイルが夫妻に共感する母親役で良い味を出している他、後に売れっ子となるローラ・リニーが学校の先生役で出ています。ロンドンの製薬会社の場面に出て来るサダビー老博士は、なんと本人の出演。重みが違いますね。

* アカデミー賞

◎ノミネート/脚本賞、主演女優賞(スーザン・サランドン)

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