アラビアンナイト/三千年の願い

Three Thousand Years of Longing

2022年、オーストラリア/アメリカ (108分)

 監督:ジョージ・ミラー

 製作総指揮:ディーン・フッド、クレイグ・マクマホン

       ケヴィン・サン

 製作:ダグ・ミッチェル、ジョージ・ミラー

 共同製作:レイチェル・ジル

 脚本:ジョージ・ミラー、オーガスタ・ゴア

(原作:A・S・バイアット)

 撮影監督:ジョン・シール, A.S.C.,A.C.S.

 プロダクション・デザイナー:ロジャー・フォード

 衣装デザイナー:キム・バーレット

 編集:マーガレット・シクセル

 音楽:トム・ホルケンボルフ

 プロダクション・マネージャー:メリリン・クック

 第1助監督:P・J・ヴォーテン

 第2助監督:ジェーン・グリフィン

 ストーリーボード・アーティスト:マーク・セクストン

 セカンド・ユニット監督:ガイ・ノリス

 ドラマツルグ:ニコ・ラソウリス

 音響編集監修&リ・レコーディング・ミキサー:ロバート・マッケンジー

 第1編集助手:エリオット・ナップマン

 出演:イドリス・エルバ  ティルダ・スウィントン

    アーミト・ラグム  ニコラス・ムアワッド

    エチュ・ユクセル  マッテオ・ボチェッリ

    オグルカン・アルマン・ウスル  ジャック・ブラッディ

    ブルク・ゴルゲダール  ヴィンス・ギル

    メリッサ・ジャファー  アン・チャールストン

    ラッキー・ヒューム  アリーラ・ブラウン

    メーガン・ゲイル

* ストーリー

 古今の物語や神話を研究する物語論の専門家アリシア。イスタンブールのバザールで買ったガラス瓶をホテルで洗っていると、中から巨大な魔人(ジン)が飛び出す。ジンはお礼に3つの願いを叶えようと申し出るが、願い事の物語はみな危険で、救いがないと知っているアリシアは疑念を抱く。ジンは彼女の考えを変えさせようと、三千年に及ぶ自らの物語を語り出す。

* コメント

 「千夜一夜物語(アラビアンナイト)」の「アラジンと魔法のランプ」のエピソードを現代と交錯させたユニークな恋愛ドラマで、原作は英国の短編小説。

 満ち足りた生活を送る、物語論の研究者アリシア。物語のパターン上、3つの願いは不幸をもたらすと知る彼女は、3つの願い事を拒否する。ジンは瓶の呪縛から解放されたいがゆえ、自分の境遇を語って彼女を説得する。非常に優れたプロットである。

 しかしハリウッドにおいては、およそどんな優れた脚本でも映画化の過程で通俗的になってゆくものだが、本作はセリフもナレーションも文学的で難解。老若男女誰でも楽しめるエンタメなど目指さず、知的な大人の映画に仕上がっている。

 登場人物の行動原理も観念的な要因に根ざしていて、単純明快とはいかない。ジンの話を聞き終わったアリシアが口にする願い事は、誰もが共感できるものとは言えないだろう。また、それがなぜジンの力を損なう事になるのかも、観念的に解釈を掘り下げてゆかねばならず、説明もなされない。全てにおいて、一度観ただけで誰もが即座に理解できる映画ではない。

 千夜一夜物語を題材にしているだけあって、本作は徹底して「語る事」についての映画である。主人公は物語の研究者だし、ジンはひたすら自分の身の上を語る。その中のエピソードにもまた、毎日面白い話を語る事で処刑を免れ続ける人物が登場する(シャリアール王とシェエラザードの物語の変形だ)。

 そもそも本作は「昔々ある所に〜」とアリシアのナレーションで語られる枠構造で、ジンの回想の主要人物がみな女性。ゼフィールなどは学者である上に、貧乏ゆすりの癖がアリシアと同じである事を考えると、映画全体が彼女の作り話か妄想である可能性も高い。ジンが飛び出した小瓶(それも電動歯ブラシでこすったため)も、バザールの店主から近年の模造品だと説明されている。

 イスタンブールでの幻想めいた描写、例えば空港で接触してくる小男や講演会の客席にいる老人は、後の展開とどう関連しているのか今一つよく分からない。ミラー作品の事だから、映像化されない膨大なバックストーリーが設定されているのかもしれないし、それこそ映画全体が現実ではない事を示唆するものとも考えられる。

 憎悪と愛について言及し、「私は愛を語りたい」と言うアリシアの人物造型は、『マッドマックス』シリーズの監督には意外でもある。ジンの回想はどれも死や暴力が日常であった時代のものだが、ジン自身の行動の動機は愛であり、むしろそれゆえに瓶の呪縛から解放されない。

 彼女によればこれは、「人間が金属の翼で大空を駆けめぐり、水かきのある足で海の中を歩き、手に持ったガラスの板で恋の歌を聴いていた」頃の話で、語り手が未来にいるとすれば時制は『マッドマックス』シリーズと近いかもしれない。ただし彼女は「本当の話だが、おとぎ話のように語ろう」と言っているので、敢えて現代を昔話のように語っているだけという可能性もある。

 ジンの遍歴は、めくるめく映像美と奔放なイマジネーションで描かれる。そのパワフルで多彩な語り口はミラー監督の面目躍如。現代のホテルと古代のエピソードをスピーディに繋いでゆく語り口は流麗そのものだし、冒頭のシーン、着陸する飛行機の車輪をキャリーカートの車輪のカットに繋げるようなアイデアは、映画表現とはすなわちこういった発見の事なのだと素直に納得される。

 ジンの回想場面の豪華絢爛たる美しさと、現代ロンドンの場面の詩的で日常的な美しさは一見対照的だが、「絵本のような幻想性」という点で根っこが繋がっている。撮影監督ジョン・シールの美学と、脚本が希求するものと、監督の内的イメージが有機的に結ばれているのだろう。概してミラーは、人跡未踏の大自然だろうと、都会の街角であろうと、常に絵本のような画を撮る。公園の芝生と空のショットでさえ、リアリズムでは表現しない。

 監督によれば、3つの願い事だけでなく、映像にもあちこちに「3」の文字が散りばめられている。彼は自作は映画館で観て欲しいとしながらも、映像ソフトや配信を否定せず、近年は1コマ単位で細かく観る人のためにディティールにこだわっているという。この「3」のモティーフも、そういった発見の楽しみを意識したものだそうだ。

* スタッフ

 製作は長年のパートナー、ダグ・ミッチェルとミラー自身。製作総指揮のディーン・フッドも『マッドマックス/怒りのデス・ロード』でユニット・プロダクション・マネージャーを務めた人物で、次作『マッドマックス:フュリオサ』もプロデュースしている。

 脚本もミラー自身が書いているが、共同執筆のオーガスタ・ゴアは監督の娘で、これが初脚本。『ロレンツォのオイル/命の詩』をミラーと共同執筆したニック・エンライトの勧めで、本作に参加したそうである。主題歌の“ザ・タイトル・オブ・ザ・ソング”の歌詞も父娘2人で作詞。

 撮影のジョン・シールは前述のように素晴らしい仕事ぶりだが、本作で正式に引退を表明。彼が得意とする幻想的な詩情が目一杯堪能できる映画で、最後の仕事が彼の最高傑作の一つになって本当に良かったと思う。

 ミラー曰く、「彼は会話をしなくてもイメージを理解し、汲み取ってくれる。『マッドマックス/怒りのデス・ロード』の時も既に引退していたが、70歳で参加してもらった。本作も撮影して欲しくて必死に頼み込んだが、もう80歳になるから孫との時間を優先したいと言われたので、次の映画には参加していない」。

 プロダクション・デザイナーは『ベイブ』シリーズで組んだロジャー・フォード。編集のマーガレット・シクセル、第1助監督のP・J・ヴォーテン、ストーリーボード・アーティストのマーク・セクストン、セカンド・ユニット監督のガイ・ノリスと、ミラー組も多数参加。

 前作で脚本を共同執筆し、「マッドマックス関連プログラム」の作家として活躍しているニコ・ラソウリスが、ドラマツルグという役割で参加。パンフレットでは「文芸顧問」と訳しているが、主に台本に関わる様々な相談役で、演劇やオペラではもっと広く劇場のプロデューサー的な役割も担う。

 音楽のトム・ホルケンボルフも前作から続投だが、ジャンキーXLという別名義の併記はやめている。本作はクラシカルなスタイルで、哀愁を帯びた叙情的なメロディが主体。ちなみにメイキング映像を観ると、セリフが無く、俳優の表情とキャメラワークで感情表現を行うような場面では、現場にサントラの音楽を流している。

* キャスト

 主演はイギリスの名優ティルダ・スウィントン。サム・ライミやポン・ジュノ、デヴィッド・フィンチャーなど、人気監督の映画に引っ張りだこだが、実はロイヤル・シェイクスピア・カンパニー出身で、デレク・ジャーマン監督作の常連だった正当派である。髪型や容姿も含め、本作での個性的なキャラクター造型と、よく練られた知的な演技は圧巻。

 本人曰く、「私はジョージの大ファンだから、彼の映画には子供のように反応してしまう。彼の仕事ぶりは魔法のようだった。私たちの世代の俳優の大半は、ヒッチコックと仕事をする事が叶わなかった。でも私たちにはジョージがいる。彼を同僚と呼べるのは大きな事よ」。

 ジンを演じるのは、『マイティ・ソー』シリーズや『アメリカン・ギャングスター』『プロメテウス』『パシフィック・リム』のイドリス・エルバ。尖った耳を付けて風貌こそアニメチックだが、演技は抑制が効いて深みがある。いわゆるファミリー向けファンタジーのキャラクターとは全然違う所がミラー作品らしい。

 本作はシバの女王やグルタン、ゼフィールなど、女性を中心にジンの回想シーンの俳優たちが殊の外強い印象を残すが、本稿執筆時点では彼らの活躍情報がほとんど無く、みな新進のようである。そんな中、ムスタファ皇子を演じたマッテオ・ボチェッリは、盲目の名テノール歌手アンドレア・ボチェッリの息子で、エンド・クレジットに流れる“ザ・タイトル・オブ・ザ・ソング”も歌っている。

 また、『マッドマックス/怒りのデス・ロード』でバイカーおばあちゃんを演じたメリッサ・ジャファーが、アリシアの隣人クレメンタイン役で出演。80歳で自分を律しながらナミビア砂漠の苛酷な撮影に参加する姿勢に感銘したミラーは、本作でまた声をかけずにいられなかったという。同じく「鉄馬の女たち」の1人(ワルキューレ)だったメーガン・ゲイルも、「ジンの忘却」のエピソードでヒュッレムを演じている。

 同じエピソードでスレイマン皇帝を演じているラッキー・ヒュームは、『マッドマックス:フュリオサ』にイモータン・ジョーとリズデール・ペルの2役で参加。アリシアの少女時代を演じるアリーラ・ブラウンも、『マッドマックス:フュリオサ』で少女時代のフュリオサ役にキャスティングされている。

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