世界中を愛のマジックで包み、大ヒットしたラブ・ロマンス。アカデミー賞脚本賞にもノミネートされました。私は個人的に、好きな映画を10本挙げろと言われたら、まず最初に指を折るであろう映画です。往年の名作『めぐり逢い』を下敷きにしながら、リメイクではなく、映画好きの主人公達がこの映画に運命を感じるという設定にしているのがエフロンらしい所。 加えて、音楽を準主役に据え、セリフの代わりに心理描写を担わせる秀逸な手法。音楽監督のマーク・シャイマンはエフロンの意図通り、アメリカ人なら誰もがそらで歌えるようなスタンダードな歌を使って、登場人物の心情を見事に表現しました。サントラ盤のライナーにエフロン自身がコメントを寄稿しているので、引用します。 「“言葉”は時を越えて存在します。私達は、何年間も時を越えて人々が繰り返し見たくなるようなラブ・ストーリーを作りたかったのです。言葉が映像と同じ位重要であるような映画を。そして、言葉が音と同じ位重要であるような曲が欲しかったのです。“これは愛についての映画ではない” 私は俳優達に言い続けていました。“これは映画の中の愛についての映画なのです” 『カサブランカ』のドーリー・ウィルソンの後に、映画の中で“アズ・タイム・ゴーズ・バイ”を使うなんて、馬鹿げているとお思いになるかもしれません。でも、ここに収録されているのは偉大なジミー・デュランテのものですから…」 本作には、登場人物が何も喋らず、音楽だけが流れるシーンがたくさんあります。例えば、ソファに座ったサムがラジオ番組のやりとりを終えて受話器を置くと、ジョナ少年がサムの膝に頭を預けて眠っている。そこへ“Over The Rainbow”が静かに流れ、画面は夜の入江に滑り込んでくるクリスマスの電飾で輝くヨットに切り替わる。 こういう、ちょっとした場面の、どこか寂しげで、わずかに哀調を帯びたロマンティックな情感、その積み重ねが作品の雰囲気を作り上げます。アニーがラジオを聞くところ、カーリー・サイモンの“In The Wee Small Hours Of The Morning”が静かに流れる場面や、真夜中にボルティモアの埠頭でベンチに座り、シアトルに思いを馳せるアニーの表情の雄弁さ。その映像の、清冽な美しさ。 この映画のシックで静謐なトーンは、冒頭の墓地の場面からラストまで一貫しています。ピアノ・ソロによる“Stardust”の切ないメロディが流れ、サムのナレーションが入ってくる。「ママは病気だった/ある日突然だった/打つ手もなかった/あんまりだ/だが理由を考えるのはよそう/気が変になる」 名匠ベルイマンとのコンビで知られる撮影監督、スヴェン・ニクヴィストが捉えた風景は、坂道と雨で有名な港街シアトルだけでなく、アニーが住むボルティモアやクライマックスのニューヨークでさえ、どこか北欧を思わせるヨーロッパ風のルックに切り取られていて、本作の叙情に彩りを加えています。 エフロンが「まるでこの作品の為に生まれてきたような2人」だと語るトム・ハンクスとメグ・ライアン、健気なジョイ少年を演じたロス・マリンジャー以下、自然な演技で作品の世界観を構成する周辺人物の描写も観どころではありますが、結局は物語はやはり、エフロン作品にテーマとして通底する「縁」「関係性」「相対的価値観」を展開したヴァリエーションとなっています。 セリフの中でも「運命」についてあちこちで言及されますし、全体の構成からしても「縁」を描いた作品である事は自明ですが、他のエフロン作品と同様、主人公2人とジョナ少年それぞれの友人がストーリーを動かすきっかけとなっている点で、「関係性」を軸にした作劇と言えます(サムのデート相手に対する、ジョナ少年との価値観の相違と、3人の微妙な関係性にも注目)。又、サムの存在によって婚約者との相性に疑いを持ち始めるアニーの心の移ろいは、正に「相対的価値観」の本質を衝く展開。 本作と『ユー・ガット・メール』が姉妹作である点は、エフロン姉妹自身が指摘している事ですが、主演俳優とジャンルが同じというだけでなく、縁や運命を描いている点でも共通しています。『ユー・ガット・メール』のクライマックスに本作と同じ曲(“Over the Raibow”)を使っているのは、意図的な演出でしょう。ジョナ少年がエンパイア・ステート・ビルの屋上にリュックを置き忘れるのは、別にどんでん返しでも何でもなく、これが縁と運命を描いた物語だからです。 恋愛映画では、主人公に感情移入できず、スクリーンの中の男女がなぜ恋に落ちるのか理解できない、という事がよく起こります。エフロンは、人物の性格とその周辺人物を丁寧に描く事で、主人公に共感させる事ができる数少ない映画作家の一人。ニューヨークで息子を見つけ出したサムのセリフには、この人物の性格と物の考え方が、実によく表現されています。「何て馬鹿な事を? 心配したぞ! パパは何か取り返しのつかないヘマをした? 父親失格か? パパにはもうお前しかいないんだぞ」 |