ハプニング

The Happening

2008年、アメリカ (91分)

 監督・脚本: M・ナイト・シャマラン

 製作総指揮: ロジャー・バーンバウム、ゲイリー・バーバー

        ロニー・スクリューワーラー、ザリーナ・スクリューワーラー

 製作:バリー・メンデル、サム・マーサー、M・ナイト・シャマラン

 共同製作:ホセ・L・ロドリゲス、デヴェン・コーテ、ジョン・ラスク

 撮影監督:タク・フジモト , A.S.C.

 プロダクション・デザイナー:ジェニーン・オプウォール

 衣装デザイナー:ベッツィ・ハイマン

 編集:コンラッド・バフ

 音楽:ジェイムズ・ニュートン・ハワード

 第1助監督:ジョン・ラスク

 編集プロダクション助手:ルーク・フランコ・シロアッキ

 出演:マーク・ウォールバーグ  ズーイー・デシャネル

    ジョン・レグイザモ  アシュリン・サンチェス

     ベティ・バックリー  ジェレミー・ストロング

    アラン・ラック

* ストーリー

 ニューヨーク、セントラルパーク。道行く人々が突然路上に立ちつくし、不可解な言動を示した後、自殺をしはじめる。原因が分からぬまま自ら命を絶ち始める人達。テロなのか、事故なのか。犠牲者に現れる第一の兆候は、言語の混乱。第二の兆候は、方向感覚の喪失。そして第三の兆候は、死。フィラデルフィアの科学教師エリオットは、妻アルマ、同僚ジュリアンとその娘のジェスと、まだ被害の出ていない安全な地域に逃避しようとするが、見えざる脅威の拡大は早く、危険エリアのど真ん中に閉じ込められてしまう。

* コメント   ネタバレ注意!

 閉鎖的な空間を基調にしてきたシャマラン作品が、ここでオープンエアの野外空間を舞台に物語を展開。しかし物事をじっくりと丹念に描く彼の手法に変わりはなく、ヒッチコックの『鳥』を踏襲したようなプロットも、いかにもシャマランらしいです。徹底して“恐怖”を追求した、この恐ろしい映画は、その意味ではやや緊張感を欠いた前作『レディ・イン・ザ・ウォーター』よりも、私はずっと素直に受入れる事が出来ました。

 彼の作品では初のR指定という事ですが、普通に生活していた人々が様々な方法で自殺をし始める場面は、どれもすこぶるショッキングで、淡々としてドキュメンタリックなタッチには、一種の凄みすら漂います。マーク・ウォールバーグの言にはシャマラン流創作術の一端が垣間見えます。「僕は大勢の監督と組んでいるが、誰もナイトのような撮り方をする人はいない。彼は何でもない事のように撮るけれど、実は事前に入念な準備を整えているんだ」

 それにしても、これらの場面の独創的な事といったら! 一つとして同じようなアイデアを使わない場面構成も凄いですが、その斬新なアイデアを映像化してゆく手腕も並大抵ではありません。ある場面は地面スレスレのロー・アングルで長回しのワンカット、ある場面は客観的なロング・ショット、ある場面は望遠レンズを使用した主観ショット、ある場面は携帯電話の動画、またある場面では遠く銃声だけが聴こえてくる状況で惨事を暗示。

 路上に落ちたピストルが次々と犠牲者の手に渡ってゆく演出にしても、車が木に激突する描写にしても、異変の伝播を伝える駅の場面にしても、同じ脚本を渡されたとして、他にこんな風に撮る事が出来る監督はいません。それら凄惨な自殺シーンは、それぞれ独特のルックを保ちながら、それでもどこか美しい詩情を漂わせ、観る者を不穏な世界へといざないます。

 もう一つ素晴らしいのは、主人公夫婦のキャラクター描写。ウォールバーグ演じる夫の、妻や子供を思いやるさりげない優しさには、劇中何度も心を打たれますし、この夫にしてこの妻ありという、不思議な愛嬌があってマイペースな奥さん。職場の男性とデートしてしまった事をずっと気に病み、別に浮気したわけでもないのにやたらビクついたり落ち込んだりしている彼女は、何とも健気です。アメリカ映画定番のタフで押しの強い女性像とは全く違う、正にシャマランならではの人物造形。

 異変の原因は直接明かされませんが、シャマランは環境破壊に対する自然淘汰として植物の毒素排出が始まったという筋書きを仄めかしていて、朝日新聞のインタビューでは、ダーウィンの進化論に言及した上で、「傲慢な人間に対する警告」が込められていると認めています。しかしこれは、人間にとっては見えざる世界からの攻撃と見えても、あくまで世界が均衡を保とうとするために起った現象に過ぎないという、シャマラン作品に通底する東洋的な世界観でもあります。

* スタッフ

 製作はバリー・メンデル、サム・マーサー、シャマラン自身にブラインディング・エッジのホセ・L・ロドリゲスと常連メンバーで固めた上、第1助監督を務め続けているジョン・ラスクも共同製作者にクレジットされています。衣装のベッツィ・ハイマンは『レディ・イン・ザ・ウォーター』から続投、音楽はいつも通りジェームズ・ニュートン・ハワードです、

 上映時間91分と、過去のシャマラン作品よりさらに短いこの映画、監督自身もスピードにこだわったと述べていますが、それは編集にジェームズ・キャメロン作品などアクション映画で知られるコンラッド・バフを起用している所にも現れています。もっとも、映像は本質的にスタティックで、一般の映画と較べるとやはりスローな映画という印象は拭えません。『シックス・センス』『サイン』の撮影監督タク・フジモトを再び起用しているのもその一因でしょう。

 今回も凄い効果を上げているのが音響部門。冒頭の、セントラルパークで遠くからかすかに女性の悲鳴が聞こえてくる所、さりげなく日常に忍び込んでくる、この不気味な違和感を伴った音から、早くもこの映画は、私たちを不安に満ちた世界へと誘い込む。サウンド・ミキサーのトッド・マイトランド曰く、「シャマランは絶え間なく音を意識する稀な映画作家だ。脚本の中にさえ、音の細かい指示が大量に書かれている」

* キャスト

 メイン・キャストはシャマラン作品初出演の人ばかりで、『ブギーナイツ』『ディパーテッド』のマーク・ウォールバーグが予想外の名演。その妻を演じるズーイー・デシャネルの魅力も、作品に花を添えています。彼女は、『ライトスタッフ』などの撮影監督カレブ・デシャネル(『タイタニック』をセピア調で撮影しようとして、早々に降板させられた人)の娘。

 バズ・ラーマン作品でいつもハイテンションな演技を炸裂させているジョン・レグイザモは、そんなイメージを覆すように、陰のあるキャラクターを抑制のきいた芝居で好演。シャマラン作品では俳優の演技に共通したトーンがありますが、彼がその秘密に触れています「ナイトの作品はシェイクスピア劇みたいなんだ。ある決まった量のセリフがあって、アドリブや即興はできない。俳優って、セリフにちょっとした装飾を付けるものだけど、ナイトは“ええ”とか“いやあ”とかも一切つけなくていいというんだ」

 他では、ベテラン女優ベティ・バックリーがとんでもない怪演で要注目。又、『スピード』などヤン・デ・ボン作品の常連で、独特のユーモラスな存在感を放つアラン・ラックが出ていて、監督が「彼は『フェリスはある朝突然に』の人だ」と笑いながら語っていたのが映画ファンらしくて微笑ましいです。アジア系や黒人など、群衆やちょっとした役柄に様々な人種の俳優が登場するのもシャマラン作品ならではですが、自身は今回、声だけの出演。ズーイー・デシャネルのデート相手、ジョーイの声を担当しています。

 

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