小規模撮影、無名の俳優で臨んだ、シャマランお得意の謎めいたスリラー。監督は、短期間集中での撮影(しかも脚本通りの順撮り)や知名度に頼らないキャスティングは自分に向いていたと語っていますが、いわばこれらは、低予算映画の言い訳に使われてきた常套句。とは言っても、シャマランは元々自主映画を撮っていた人でもあり、確かにその楽しさや、映画製作への純粋な情熱を保つには、彼にとって良いスタイルなのかもしれません。 シャマランはその意味において「原点回帰」だと語っている訳ですが、映画会社がそのキーワードを、いかにも確信犯的に『シックス・センス』への原点回帰という意味にすり替えて使っているのは、歯がゆい所。アメリカ本国ではどうなのか知りませんが、日本の宣伝部はさらに大きな過ちを犯していて、本作の梗概を「主人公姉妹に告げられる、奇妙な3つの約束」と説明しています。そんなフレームワークは、映画の中に出てきません。単に祖父が、「夜9時半以降は部屋から出ないようにしよう」と提案するだけです。 何とか映画をヒットさせたい気持ちは分かりますが、それでは観る前のハードルを上げる事にしかなりませんし、観客ががっかりすれば口コミで評判が広まる機会も失われるでしょう。このような虚偽の宣伝行為は結局、映画のためにも観客のためにもならないし、長いスパンでみれば、映画業界のためにもなっていないように思います。さらに指摘すれば、本作には宣伝が示唆している「衝撃的などんでん返し」もありません。シャマランが観客に新たな挑戦状を叩き付けたという宣伝文句には、思わず鼻白みます。 映画を三分の一も観れば分かる通り、本作は超自然ホラーではなく、異常心理スリラーです。ストーリーもむしろ古典的な型で、そこに新味を求めるのは観客や映画会社が『シックス・センス』の呪縛に捉われすぎている証左でしょう。主人公が撮影したビデオという設定のPOV映像は、シャマラン作品初の試みですが、手持ちキャメラ風なのは構図やアングルだけで、映像そのものは他の劇場作品と変わらないクオリティ。照明や色彩の設計も美しく、劇映画として見応えがあります。 古典的なB級ホラーの構成を踏襲しながらも、そこにシャマラン特有の個性を感じさせるのは、通常こういう映画ではごく薄っぺらな造形しかなされない人間ドラマに、むしろ大きな重点を置いている所です。母子家庭に暮らす主人公の姉弟は、父親が家を出た事をそれぞれに自分たちの裁量で受け止め、処理しようとしています。自分を無価値だと感じている姉。自分をタフに見せようと背伸びしながら、離婚の原因が自分にあると感じている弟。長年に渡って、自分の両親と和解はおろか会う事すらできていないママ。 彼らが抱える心の傷や孤独感は、過去のシャマラン作品の登場人物と通底するもの。その心理的欠落を埋めるものとして、本作の場合は「許し」が、サブテーマとして底流しています。怒りの感情を消して、ひたすら「許す」こと。そこから、物語は登場人物の「再生」への道筋に寄り添います。その意味で、映像ソフトの特典映像に収録されている別ヴァージョンのエンディングは素敵で、個人的にはこちらを選択した方が良かったのではと思うくらいです。 もう一点、シャマランの映画には独特のアート的なセンスがあって、本作には、特にそれが良く出ているように思います。作品全体が、主人公が製作している自主映画の素材という設定もありますが、不気味な場面や人物の内奥に迫るインタビュー映像、弟のユーモラスなラップなど、短いエピソードを緩急巧みにテンポ良く繋ぐ構成には、美的感覚に秀でた映像設計と共に、アートへの新鮮で純粋な情熱が溢れていて、正にシャマランの言う、原点回帰的な映画製作。逆に私は、物事をじっくり観察する長回しの手法や、東洋的でミステリアスなムードが後退している点を、寂しく感じてしまうくらいです。 そういったアート感覚の一つのあらわれが、音楽。シャマランは本作で、オリジナルの音楽を全く付けていないのですが、その代わりに控えめに挿入される既成曲の効果が、過去のシャマラン作品にはなかったテイストを醸し出しています。特に、クライマックス(ホラー映画定番の危機的な山場とパトカーの到着)においてスタンダード曲を流す不協和音的手法は、意表を衝いて実に斬新。こういうのは正に、ジャンル映画を踏襲しながらも独自の異化表現を図ってきた、シャマランならではのアーティスティックなアイデアと言えそうです。 シャマランは「偶然撮れたように見せるのは難しい」と語り、とにかく最後までブレず、自分自身が純粋さを保つ事を意識したと言います。「芸術という不確かな分野では、あっという間に堕落に足を取られる。道を見失ってしまうんだ。芸術家としての初心もね。商業主義が芸術の上に立ってしまうのは好ましくない。だが逆の場合は、良いものができる。こういう映画を作ると決め、とにかく突き進むんだ。製作に3年もかかる大作だと、それが難しくなる」 |