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2017年、アメリカ (117分)

 監督・脚本:M・ナイト・シャマラン

 製作総指揮:スティーヴン・シュナイダー、アシュウィン・ラジャン

       ケヴィン・フレイクス、バディ・パトリック

 製作:ジェイソン・ブラム、M・ナイト・シャマラン

    マーク・ビエンストック

 共同製作:ドミニク・カタンザリテ

 撮影監督:マイケル・ジオラキス

 プロダクション・デザイナー:マーラ・ルペル=スクロープ

 衣装デザイナー:パコ・デルガド

 編集:ルーク・シアロッキ

 音楽:ウェスト・ディラン・ソードソン

 第1助監督:ジョン・ラスク

 出演: ジェームズ・マカヴォイ  アニヤ・テイラー=ジョイ

    ベティ・バックリー  ヘイリー・ルー・リチャードソン

    ジェシカ・スーラ

* ストーリー   ネタバレ注意!

 ケイシー、クレア、マルシアの女子高生3人は、友だちの誕生パーティの帰り道に見ず知らずの男に拉致監禁される。鍵の掛かった薄暗い密室に閉じ込められ、何とか脱出しようとする3人の前に、誘拐犯が現われるが・・・。

* コメント    ネタバレ注意!

 本作に関しては、ストーリー展開について詳しく触れていますので、ネタバレを気にされる方は映画を鑑賞されてからお読みになられるよう、よろしくお願い致します。

 シャマラン作品としては久しぶりにヒットを記録した、多重人格スリラー。誘拐犯の人格が23+1種類なのは、ダニエル・キイスのベストセラー『24人のビリー・ミリガン』のパロディでしょうか。人格の中には女性や子供もいて、マカヴォイの演技にユーモアが漂うのは演出の狙いだそうですが、映画のトーンはシリアスで、別にホラー・コメディではありません。演技とキャメラ・ワークが表現の主軸で、特殊効果はほぼ使われず、直接的な残虐描写もなし。

 語り口としては、POVやヴィデオ映像を使った『ヴィジット』と違って、かつての落ち着いたムードに戻った印象。ただ、スロー・テンポの長回しは見られず、東洋的な世界感もあまり濃厚ではありません。映像そのものは非常に美しく、構図は周到に計算されているし、色彩センスも絶妙です(地下室のアンバー系と、狩りの場面の紅葉樹の対照!)。

 キャメラの動きでサスペンスを煽ったり、覗き趣味的な映像で恐怖を高める手法は、シャマランらしいヒッチコックへの傾倒も感じさせ、螺旋階段の俯瞰ショットなど『めまい』を彷彿させる表現もあります。出演者のベティ・バックリーも、「フランス映画のように、スタイルがある。撮影や照明が芸術的で美しく、恐怖が題材の映画としては異例の手法が取られているわ」と絶賛しています。

 開巻早々の駐車場の場面からして、描写力の凄さは明らか。車内のケイシーの視点から、外で何か普通でない事が起り、あっという間に異様な事件に巻き込まれてしまうこのオープニングは、独創的で緻密な演出が圧巻。又、美しい中にもどこか不穏な予兆が漂う回想シーンの森や、神秘的な夜の車庫と線路など、シーンの造形も相変わらず卓抜です。

 ただ、尺が117分とシャマラン作品にしては長めなせいか、フレッチャー博士が持論を展開する場面で常に流れが弛緩するのが残念。『レディ・イン・ザ・ウォーター』や『ヴィジット』もそうですが、ある時期からのシャマランは、セリフで何かを説明しようとすると、どうもストーリーを停滞させてしまう傾向があるように思います。

 人間の中にある獣性というモティーフは、悪しき「動物ごっこ」にケイシーを引き込む彼女の叔父と、最後には獣そのもののへ変貌するビーストに反映。ケイシーはその両者に銃を向け、いずれも相手を倒す事に失敗します(パトカーの場面は、実にほろ苦い結末です)。舞台が実は動物園である事も象徴的ですが、こういう対比はシャマランの得意とする作劇。それは又、「敢えて騒ぎを起こしてでも独りになりたい」ケイシーと、「1人の内面に23の人格を持つ」デニスの対比にも、表れています。

 物事には必ず裏と表があり、世界の均衡をプラスマイナス・ゼロで考える世界観は、賛否両論のラストにおけるダン登場を待つまでもなく、『アンブレイカブル』の思想を踏襲したもの(ジェームズ・ニュートン・ハワードの音楽も流用されています)。叔父から受けた虐待の傷跡がケイシーの命を救う展開も、持病の喘息が少年の命を救った『サイン』の展開と呼応します。

 ケイシーのトラウマが明かされる回想シーンは、基本的に監禁脱出サスペンスである本編の合間に少しずつ挿入され、小出しで説明されるがゆえに、最初から漂う不穏な予兆が的中する展開はショッキング。当初は無関係に見えて、実は深い所で本編に絡んでいるこの二重螺旋構造のストーリーは、クライマックスで劇的な収束を迎えます。

 それが見事なだけに、フレッチャー博士のエピソードはストーリーの焦点をぼやけさせる結果になっていて残念。個人的にはこの部分を省いて90分ほどの尺にした方が、純度の高いスリラーになったのではないかと思います。映像的にも、誘拐犯が外の世界へ度々出てゆく上、多重人格の背景が逐一説明されてしまうため、密室の閉塞感や、謎めいたシンボリズムで映画を牽引する魅力も大きく後退してしまっています。

 ちなみにシャマランはニューヨーク大学時代、本作で取り上げられている解離性同一性障害(DID)のクラスを取り、以来この症例のセオリーに興味を抱いてきたそうで、本作の構想も製作の15年前からあったものとの事。当初は別の映画の一部分としてケヴィンを創作したそうですが、その後に独立した物語となった本作、ケイシーのその後も、ケヴィンのその後も映画の中で明かされておらず、これは続編の製作を意図しているのかもしれません。

 シャマラン曰く、「DIDの人はそれぞれの人格を100%信じている。信じる事で体が科学的に反応するんだ。映画は空想だから、科学で実証された事実を入れたかった。砂糖を薬だと信じた人に効き目が出るプラシーボ効果は、科学的に証明されているんだ。では誰も訊かなかった事だが、ある人格が超能力者だと信じているDID患者は、超能力が使えるのか?」。ここが本作のアイデアの基で、確かに凡百のスリラーにはないユニークな発想と言えるでしょう。

* スタッフ

 製作陣は『ヴィジット』そのまま。スタッフ、キャストは皆、「(監督は)完成形が見えている」「ゴールが明確だから予算を超過しない」と述べています。製作のシュナイダー曰く、「ナイトは私が知る限り、ハリウッドで最も熱心に働く男だ」との事。共同製作には、過去作品でシャマランの助手を務めてきたドミニク・カタンザリテがクレジットされている他、前作『ヴィジット』で初めて不参加となった第1助監督のジョン・ラスクが、本作で再び復活しています。

 新しく参加したスタッフは、撮影監督のマイケル・ジオラキス。サンダンス映画祭で話題を呼んだ『クリーチャーズ/異次元からの侵略者』、大ヒットを記録した『イット・フォローズ』とホラー系の作品が幾つかある新進ですが、構図といい色彩センスといい、ベテランに匹敵する才能。タク・フジモトが撮影したと言われても分からないほどです。音楽一家に育ち、インターロッケン・センター・フォー・ジ・アーツ進学という経歴も異色。

 プロダクション・デザイナーは、『グリーン・ランタン』『ターミネーター:新起動/ジェネシス』『ジャンゴ/繋がれざる者』のマーラ・ルペル=スクロープ。衣装はペドロ・アルモドバルやアレックス・デ・ラ・イグレシアと組み、トム・フーパー監督の『レ・ミゼラブル』『リリーのすべて』でオスカーにノミネートされたパコ・デルガド。編集は過去のシャマラン作品で助手を務め、『ヴィジット』で独立したルーク・シロアッキ。

 音楽のウェスト・ディラン・ソードソンは、ア・ウィスパー・イン・ザ・ノイズというバンドを率いるミュージシャン。『レディ・イン・ザ・ウォーター』のラストで、ソードソンによるボブ・ディランの名曲カヴァーが注目されて映画音楽の世界に入ったという、シャマランと縁のある人です。緊張感を持続させる効果音的な音楽はサスペンスを高めますが、どこか環境音楽っぽくもあり、オーケストラ音楽には一歩劣ります。

* キャスト

 ジェームズ・マカヴォイはスコットランド出身ですが、舞台経験が豊富な上、アメリカや英国のアクセントで芝居をこなす実力派。彼は監督について、「頭の中に思い描いた物を追い求める姿を見ていると、刺激を受けて期待に応えたくなる。脚本のアイデアは見事だし、頭の中に確固たる構図がある」と語っています。

 シャマランとはサンディエゴのコミコンで出会い、『X-MEN』のプロフェッサーXを演じるために剃髪していた姿を見て、本作のイメージが湧いたといいます。相変わらず脚本通りのセリフ回しを要求するシャマラン曰く、「セリフを変えずに、表情や体でアドリブを加えて演じ分ける方法は何万通りもある。ジェームズが一つのシーンの撮影を終えるたび、スタッフから称賛の拍手が沸き起こるんだ」

 多様な人格を一人で演じ分けるという、一歩間違えばコメディになってしまう役柄ですが、映画のテイストが馬鹿馬鹿しくならないのは、大袈裟なデフォルメをしない抑制の効いた演技プランゆえでしょうか。特に目の芝居は雄弁で、誘拐シーンでケイシーを見つめる視線は観客の心まで射すくめるほど。ヘドウィグを演じる時の無垢で落ち着きの無い目線も、9歳の子供の内面を見事に表現しえています。

 ケイシーを演じるアニヤ・テイラー=ジョイは、独特の風貌と共に、将来を大きく期待されている大器。「この役を、ジェームスのような舞台経験豊かなメソッド・アクターと演じるのは怖かった」という彼女ですが、マカヴォイのジョークには随分と救われたそう。シャマランに関しては、「私が打ちのめされたり怖がったりして演じると、ナイトは“それが誰なのか分からないけど、ケイシーではないよね”って言うの。そういう時、彼の指摘はいつも正しい」と語っています。

 フレッチャー博士を演じるベティ・バックリーは、『ハプニング』にも出演していたベテラン。彼女の演技自体は知的だし悪くないですが、前述のように役柄自体が物語を一般化してフォーカスを曖昧にする存在なので、映画の構成上、どうしても彼女のパートで停滞してしまうのが残念です。ケイシーと共に誘拐される2人は、TV作品やインディーズ中心に活躍している新進。シャマラン自身も、博士と防犯カメラをチェックするスタッフの役で出演。

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