オールド

Old

2021年、アメリカ (109分)

 監督・脚本:M・ナイト・シャマラン

 製作総指揮:スティーヴン・シュナイダー

 製作:M・ナイト・シャマラン

    マーク・ビエンストック、アシュウィン・ラジャン

 共同製作:ジェフ・ロビンソン、キャサリン・ウルフ・マクグラス

(原作:ピエール=オスカル・レヴィ、フレデリック・ペータース)

 撮影監督:マイケル・ジオラキス

 プロダクション・デザイナー:ネイマン・マーシャル

 衣装デザイナー:キャロライン・ダンカン

 編集:ブレット・M・リード

 音楽:トレヴァー・ガレキス

 ユニット・プロダクション・マネージャー:マーク・ビエンストック

 第1助監督:テュードア・ジョーンズ

 第2助監督:ダリン・ブラウン

 出演:ガエル・ガルシア・ベルナル  ヴィッキー・クリープス

    アレックス・ウルフ  トーマシン・マッケンジー

    ルーファス・シーウェル  アビー・リー

    ニキ・アムカ=バード  ケン・レオン

    アーロン・ピエール  エリザ・スカンレン

    イーモン・エリオット  エンベス・デイヴィッツ

    グスタフ・ハマーステン  フランチェスカ・イーストウッド

* ストーリー  ネタバレ注意!

 ネットで検索したリゾート・ホテルにやってきた4人家族。他の宿泊客数名と共に、スタッフに勧められたプライベート・ビーチで楽しい時間を過ごす内、一人、二人と急死者が出始める。異常な状況を飲み込む余裕もないまま、幼い子供達はいつの間にか異常なスピードで成長していた。

* コメント  ネタバレ注意!

 シャマランが初めてフィラデルフィア以外でロケーション撮影をした、ユニークなタイム・スリラー。原作物である点でも『エアベンダー』と並んで稀少な作品ですが、そのためか、舞台のビーチに到着するまでのリゾート感は、あまりシャマラン作品らしくない雰囲気です。

 ビーチの場面以降も、広々としたオープン・エアのシチュエーションは不慣れだったのか、最初はやや緊張度が不足しがちですが、ハプニングの同時進行でエントロピーが増大しはじめると、正に彼の本領発揮。壮大な浜辺の風景がまるで密室のように息苦しく感じられてくる辺り、シャマラン節が見事に功を奏しています。

 彼は、黒澤明の映画にヒントを得て、広大な野外の風景にキャメラワークによる構造と様式を導入したと語っていますが、その手法は、ビーチを舞台のように見立てるのにひと役買っています。そのため、奇妙なカットや移動撮影、何でこんな場面が、このカットはどういう意味?という映像が頻出しますが、そこはシャマラン、伏線はきっちり回収していきます。ただ、どんでん返しというのではなく、真相は早い段階で分かってきますので、過度な期待は禁物。

 私が素晴らしいと思うのは主人公家族、特に父親ガイがたどり着く精神的な境地です。このストーリーで大切なことは、この場所で起こっている現象は、スピードこそ極端であれ、基本的には誰の人生にも起こるもので、結局は受け取り方次第なのだという事。不幸な終わりを迎える登場人物が多い中、ガイが夫婦の不和を乗り越えた上である種の満足と達観に至るこの物語は、人生の滋味をしみじみと感じさせて秀逸です。私は泣いてしまいました。

 主題歌を提供している監督の娘サレカは、「これは誇張された現実であって、SFではない」と指摘していますが、私も同感です。これは正に人生のメタファー。メイキング・ドキュメンタリーを観ていると、シャマランもこの作品(に限らず過去の作品も)のテーマを、自分の人生や家族との関係性の中で捉えている事がよく分かります。

 彼は、自身が言うように、人間の闇や負の面からも目を背けないので、恐ろしい場面もたくさんある。それは正に東洋的な考え方だし、シャマラン作品の本質が誤解されやすい理由がそこにもあります。彼は観念的な、とりわけ東洋的な思想を仕掛けに用いる事も多いし、多面的な感受性の在り方を前提に、五感と想像力が必要な描写をよく盛り込むので、それもロジック一辺倒の人々(映画マニアや批評家には結構多い)に理解されない一因と言えるでしょう。

 本作においても、シャマランは非常に大事なメッセージを発していると思うのですが、彼はあまりインタビューでそういう側面に言及しないし、それは仕掛けとその整合性(辻褄が合うか合わないか)しか見ない頭でっかちの理論武装派には、なかなか理解されないだろうと思います。もっと言えば、ダイアローグや人物描写にしばしば示される彼の心優しさ、繊細なリリシズムやヒューマンな暖かみも、ほとんど伝わっていないと思います。

 もちろん、例えば前半での伏線の散りばめ方や、各シーンの振付とデザイン、緻密を極めた音の演出、終盤近くの海面の空撮ショットに見られるおびただしい魚影など、論理的な側面に関してもシャマランは周到な配慮を見せますが、それが逆に、理屈組への挑戦状になってしまう現状は残念という他ありません。試みに、本作とジャウム・コレット=セラ監督の『ロスト・バケーション』を比較してみれば、シャマランが一体何を、どこまで見つめているかは歴然でしょう。

* スタッフ

 製作陣は《ヴィジット》以降定着している、スティーヴン・シュナイダー、マーク・ビエンストック、アシュウィン・ラジャンらにシャマラン自身が加わる座組。原作はピエール=オスカル・レヴィ、フレデリック・ペータースによるグラフィック・ノベル『SANDCASTLE』で、監督が3人の娘たちから贈られたもの。終盤の展開以外は基本的にオリジナルに忠実なものの、原作はもっと緩やかで雰囲気中心の作品だそうです。

 フィラデルフィア以外で行うのは初めてというロケーションは、ドミニカ共和国のエル・バジェ。その後にリゾート・ホテルの撮影で施設を貸し切っていて、浜辺は時間帯によって潮の満ち引きで水没するため、一切ミスができない過密スケジュールだったとの事。背後の岸壁はセットで建てられたもので(CGも併用)、これは建設まもなくハリケーンで破壊されて再度作り直しています。

 そんな厳しい撮影条件の中でも、胸を打つ熱いエピソードが聞こえてくるのがシャマランの人柄。メイキング映像を見ると、ウミガメの産卵エリアを守るため各所に目印を立てたり、無事にスケジュール通り撮影できた事を海に感謝するため、全員で波間に花を投げ入れている情景は美しく、素敵です。家族を演じた俳優たちの絆が深まり、最後の撮影後、感極まった4人が浜辺で抱き合っている光景も感動的。

 メイン・スタッフは『スプリット』『ミスター・ガラス』の撮影監督マイケル・ジオラキス、『ヴィジット』でもプロダクション・デザイナーを務めたネイマン・マーシャル以外は一新。編集を『ジョン・デロリアン』『ドリームランド』ブレット・M・リード、音楽を『グッド・シリアルキラー』『ザ・ゴールドフィンチ』『ヴォイジャー』のトレヴァー・ガレキスが手掛けています。

 音楽がユニークで、特にビーチに到着した場面でのチクタクという秒針のような音と、不規則に打ち鳴らされる太鼓は異様。オーケストラのスコアは、ハンガリーで収録されています。主人公一家の思い出となる劇中歌を作り、エンド・クレジットで主題歌バージョンを歌っているのは、シャマランの娘で歌手デビューもしているサレカ。

 また、本作のセカンド・ユニットは、これもシャマランの娘であるイシャナが監督しています。彼女は、シャマランが製作総指揮とエピソード監督を担当した配信シリーズ『サーヴァント/ターナー家の子守り』にも、第2シーズンからエピソード監督と脚本で参加。

* キャスト

 シャマランは、移民としての自らの誇りを表明するため多民族キャストにしたと語りますが、彼の映画は『シックス・センス』から既にインド系の俳優があちこちに登場するし、『レディ・イン・ザ・ウォーター』の集合住宅も多民族で構成されていました。本作も、アメリカ人キャストはむしろ少数派と言えるくらい国籍や出自が多彩。

 父親ガイは『アモーレス・ペレス』『バベル』『天国の口、終わりの楽園』のガエル・ガルシア・ベルナル(メキシコ)、母親プリスカは『ファントム・スレッド』のヴィッキー・クリープス(ルクセンブルグ)、10代のマドックスとトレントは『ジョシュ・ラビット』のトーマシン・マッケンジー(ニュージーランド)、『ジュマンジ』シリーズのアレックス・ウルフ。

 子役は成長に伴って3世代がキャスティングされているし、各自の見た目がバラバラなため、血の繋がった家族に見えない感じもありますが、俳優達の結束で素晴らしい家族が表現されています。プリスカを演じるクリープスは不思議な俳優さんで、『ファントム・スレッド』ではそのオーラに圧倒されましたが、彼女の神秘性は本作でも感じ取れます。一方で人間味豊かなベルナルとマッケンジーが、家族らしいニュアンスを画面に付与しているのが微笑ましい所。

 浜辺に閉じ込められる他の滞在客は、ストレスから精神を病んでゆくチャールズに『ファーザー』のルーファス・シーウェル(英国)、容姿に過剰な執心を持つその妻クリスタルに『マッドマックス/怒りのデス・ロード』のアビー・リー(オーストラリア)、その娘カーラ(15歳)に『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』のエリザ・スカンレン(オーストラリア)。

 アジア系の看護師ジャリンに『ソウ』のケン・レオン、その連れ合いパトリシアに『ジュピター』のニキ・アムカ=バード(ナイジェリア)、人気ラッパーのミッドサイズ・セダンに英国のシェイクスピア役者アーロン・ピエール(劇中曲でも参加)。大人に成長したマドックスとトレントに『キャプテン・スーパーマーケット』『シンドラーのリスト』『依頼人』のエンベス・デイヴィッツと、『プロメテウス』のイーモン・エリオット。

 ホテル側は、マネージャーに『ブルーノ』『ドラゴン・タトゥーの女』のグスタフ・ハマーステン(スウェーデン) 、ウェルカム・ドリンクを提供するマドリッドにクリント・イーストウッドの娘フランチェスカ、滞在客を浜辺に案内するドライバーにシャマラン監督自身。

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