ベンジャミン・バトン / 数奇な人生

The Curious Case Of Benjamin Button 

2008年、アメリカ (167分)

 監督:デヴィッド・フィンチャー

 製作:フランク・マーシャル、キャスリン・ケネディ、シーアン・チャフィン

 脚本:エリック・ロス

 (原作:スコット・フィッツジェラルド)

 撮影監督 : クラウディオ・ミランダ

 プロダクション・デザイナー :ドナルド・グレイアム・バート

 衣装デザイナー:ジャクリーン・ウェスト

 編集 :カーク・バクスター、アンガス・ウォール

 音楽:アレクサンドル・デスプラ

 出演:ブラッド・ピット  ケイト・ブランシェット

    タラジ・P・ヘンソン  ジュリア・オーモンド

    ジェイソン・フレミング  ティルダ・スウィントン

    エリアス・コーティアス  ジャレッド・ハリス

    エル・ファニング  フォーン・A・チェンバーズ

* ストーリー

 第一次大戦後のニューオーリンズ、老人施設を営む女性クイニーは、ある日玄関に置き去りにされた赤ん坊を拾う。しかし、ベンジャミンと名付けられたこの子供は、80歳の肉体で生まれ、成長と共に逆に若返ってゆくという不思議な宿命を背負っていた。成人した彼は、施設を出て社会で働くうち、様々な人々と出会って数奇な人生を歩んでゆく。

* コメント  

 文豪フィッツジェラルドの短編小説を、独自の視点で長編大作に発展させたこの作品は、2008年度のアカデミー賞に最多13部門でノミネートされながら、結局受賞は美術、メイク、視覚効果の3部門だけで、作品賞も監督賞もダニー・ボイルの『スラムドッグ$ミリオネア』が圧勝で持っていきました。この作品がなければ、およそ賞レースのイメージの薄かったデヴィッド・フィンチャーが初オスカーに輝いていたかもしれませんね。

 本作は、これまでのフィンチャー作品の硬質なタッチとは少し違っていて、私などは、彼がこんな言葉で世界を語り出す日が来るなんて、かつては思ってもみませんでした。しかし、勿論フィンチャーのことだから、ハリウッド風のウェルメイドな作劇とは一線を画し、過剰な演技や感情に訴えかけるウェットな演出は慎重に抑制し、暖かさや優しさはあるけれどもどこか奇妙なテイストの映画になりました。各場面が優美といえるほど繊細に作り込まれ、作品全体が緻密に磨き上げられた工芸品のような趣を感じさせるのもフィンチャーらしい所です。

摑みにされてしまって、銃弾に倒れた兵士達が起き上がってゆく、逆回しの戦場シーンのイメージが頭にこびりついて離れませんでしたが、これは意図的に狙ったものでしょう。ベンジャミンの死後、この時計がデジタル時計に付け替えられる事によって、物語が象徴的にサンドイッチされているからです。

 この映画にどこか寓話的な雰囲気があるのは、外見は老人で中身は子供という主人公の存在の特異性を、周囲の人々がごく自然に受入れてゆくからでしょうか。映画自体も、キャラクターの特殊性にはあまり拘泥せず、それによって普通の(つまり子供から老人になってゆく)人生というのがどういうものか見えてくるという図式に軸足を置いているようです。

 デイジーが事故に遭うまでの様々な偶然の重なりを克明に描写する場面、漁船で潜水艦に立ち向かうアクション・シークエンス、雪の舞い落ちるロシアの街角、夜の東屋でデイジーが踊るバレエをシルエットで捉えた映像など、忘れ難い場面は多々ありますが、そのどれもが過去のフィンチャー作品とイメージ的に大きな隔たりがあるのは興味深い所です。

 圧巻はやはり、赤ん坊(奇しくも老人として最初に産まれた時とほぼ同じ姿になっています)の姿になったベンジャミンが老婆となったデイジーの腕の中で息を引き取る場面でしょうか。実際の年齢はほぼ同じである二人の姿を対比させた事で、人生というのは結局どちらも同じなのだということを、この美しく、物悲しい映像は象徴しています。

 初期のフィンチャーは、世の中を斜に構えて見ているような印象があって、『セブン』の絶望と厭世はその最たる物でしたが、『ゲーム』には乱暴ながらも生の実感を掴もうという気配があり、『ファイト・クラブ』では、これも過激ながらより積極的に社会の解体・再構築の運動を描き、『パニック・ルーム』で犯罪者の心に潜む善良な性向のひとかけをフィーチャーしていったん小休止。

 そこだけ時が止まったかのように、過去と現在を不思議な手法で繋いだ『ゾディアック』を経て、彼がこのような方向に進んだとしても驚くには当たらないのかもしれません。面白い事に、ひところの彼が強迫観念に憑かれたかのように強調していた宗教的な視覚モティーフも、前作辺りから目立たなくなっています。

* スタッフ

 製作はフィンチャー組のシーアン・チャフィンの他、フランク・マーシャルとキャスリン・ケネディ夫婦が共同で担当。本作は90年代初頭にスピルバーグ監督作として準備が進んでいた時期があり、彼らはその時から製作者として関わっています。文字通りスピルバーグの片腕として辣腕を振るってきた人達ですが、フィンチャーもかつて『インディ・ジョーンズ/魔宮の伝説』等にILMのスタッフとして参加していた時期があるので、どこか人脈が繋がっているようにも思います。

 脚本のエリック・ロスは何と言っても『フォレスト・ガンプ/一期一会』がよく知られている人で、歴史上の出来事と主人公の一代記をクロスさせた本作の構成も、どことなしに『フォレスト・ガンプ』を想起させます。撮影のクラウディオ・ミランダや編集のカーク・バクスターなど、過去のフィンチャー作品に参加していたスタッフが今回は各部門のトップとして繊細な仕事をしていて、早くもアカデミー賞にノミネートされているのは頼もしい限りです。

 『真珠の首飾りの少女』などを手掛けた音楽のアレクサンドル・デスプラは、フィンチャーとは初仕事。過剰な起伏を排してリリカルに徹した音楽が印象に残ります。常連組では編集のアンガス・ウォール、プロダクション・デザイナーのドナルド・グレイアム・バートが参加。

* キャスト

 主演のブラッド・ピットは『セブン』『ファイト・クラブ』に続いて、フィンチャーとは三度目のコラボレーション。ほぼ全編特殊メイクによる出演で、素顔で出ている場面はほんの少ししかないそうです。本作での彼は終始穏やかに抑制の効いた演技を貫いていて、この非現実的な物語にリアリティと説得力を与えているのは注目したい所。彼が幅広い年齢を表現した事は世間でも話題となりましたが、それは同様にケイト・ブランシェットにも当てはまります。彼女も又、特殊メイクも辞さず若年から老年に至るデイジーの生き様を、持ち前の素晴らしい感受性で表現していて感動的ですね。

 他の俳優さんでは、とりわけ瞠目すべき演技力を披露しているのがティルダ・スウィントン。主人公が初めて恋に落ちた女性の役という事で、出演シーンはあまり多くないのですが、静まり返った夜のホテルの片隅、テーブルに着く主人公の前で訥々と言葉を紡ぎ出す彼女の芝居には、思わず引き込まれるような迫真力があります。

 又、『レジェンド・オブ・フォール/果てしなき想い』や『シベリアの理髪師』のジュリア・オーモンド、前作『ゾディアック』にも出ていたエリアス・コーティアスが出演している他、デイジーの幼少期を『SUPER 8/スーパーエイト』のヒロインで注目を浴びたエル・ファニングが演じています。

* アカデミー賞

 ◎受賞/美術賞、メイクアップ賞、視覚効果賞

 ◎ノミネート/作品賞、監督賞、脚色賞、撮影賞、編集賞、作曲賞、衣装デザイン賞、音響賞

        主演男優賞(ブラッド・ピット)、助演女優賞(タラジ・P・ヘンソン)

 

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