海洋SFとでもいうべき、ユニークな大作。海洋版『未知との遭遇』と評されたりもして、確かに似たシーンもあるのですが、全体としては斬新で意欲的な映画だと思います。当初は、大々的な水中撮影を展開した稀代のリアリズム演出や、当時最先端のCG技術などが話題となりましたが。そういった映像にもう目が慣れてしまった今、改めてこの作品を観直してみると、いかに人間ドラマが微細に描き込まれた映画であるかがよく分かります。 本作も又、28分の本編映像と3分のエンド・クレジットを追加した完全版が製作され、劇場公開もされました。私は両方観ましたが、監督自身が後者を決定版としているので、以下も完全版についての言及となります。どの場面が追加されたのかは、DVDプレミアム・エディションの封入ブックレットに詳しく記載されていますが、人間関係の背景やエイリアンの意図、大津波の場面など、完全版を知る人からすると最も重要と思われる場面ばかりなのに驚きます。いかにスタジオが見た目の華やかな場面だけ残し、ドラマを削ってでも映画を短縮しようとしたかという事でしょう。 私が好きなシーンの多くも、完全版で復元されたものです。例えば、作業員ワン・ナイトが歌うリンダ・ロンシュタットの“Willing”に合わせて皆のコーラスが入ってくる場面、海溝へ降下してゆくバッドに向かって、リンジーが秘めていた心中を語る場面、そしてエイリアンとバッドの重要なやり取り(これがなかった公開版は、終盤の意図が分かりにくい映画になっていました)。細かいセリフややり取りも随所に追加され、各キャラクターのバックボーンがよく見えてきて、全体の流れも良くなりました(冒頭の、ニーチェの引用文も完全版で追加されたものです)。 緊迫感溢れるアクションの展開や緻密な画面構成、凝ったSFX技術など、いずれも今の目に耐える秀逸な出来映えですが、特筆したいのが俳優陣の素晴らしさ。アンサンブルのチームワークもさる事ながら、主演二人のやり取りのエモーショナルな事といったら! 脚本家キャメロンの卓越したセンスにも舌を巻きます。まったく、ものの見事な作劇です。次から次へ問題が発生して、ついには深淵の底の存在と対峙せざるを得なくなる、そのプロセスの巧妙な積み上げ方。バッドの結婚指輪のくだりも、心憎いシーン構成です。 勿論、キャメロン作品ですから、潜水具や兵器類、液体酸素を始めとする道具立て、クルーが乗り回す作業艇から果てはディープ・コア全体のデザインまで、マニア心をくすぐるハードウェアへのこだわりは徹底しています。そして、水中で撮影されたとは思えない程、自然で美しい映像の数々。つい当たり前のように鑑賞しがちですが、この撮影がいかに危険で困難なものであったかは想像に難くありません。実際、キャメロンはスタッフ、キャストにスキューバ・ダイビングのライセンスを取らせ、一日数時間も潜水しては、撮影後に長時間の減圧処理を受けるという、常識外れの過酷な撮影を展開。自身も、撮影中に何度か死にかけました。 本作は、キャメロンの海洋趣味が大々的に展開した最初の映画でもあり、『タイタニック』を彷彿させる場面が随所にみられるのも興味深いですね。又、黒々と広がる神秘的な深海の世界はどこか宇宙空間とも似ていて、閉鎖的な施設の中で緊迫したドラマが展開する所、前作『エイリアン2』と共通する雰囲気もあります。大ヒットにはなりませんでしたが、素晴らしい映画だと思います。 |