アビス

The Abyss 

1989年、アメリカ (140分)

1992年、完全版公開 (171分)

 監督:ジェームズ・キャメロン

 製作ゲイル・アン・ハード

 脚本:ジェームズ・キャメロン

 撮影監督 : ミカエル・サロモン

 プロダクション・デザイナー:レスリー・ディレイ

 編集:ジョエル・グッドマン, A.C.E.

 共同編集:ハワード・スミス、コンラッド・バフ

 音楽:アラン・シルヴェストリ

 出演:エド・ハリス  メアリー・エリザベス・マストラントニオ

    マイケル・ビーン  レオ・バーメスター

    トッド・グラフ  キムバリー・スコット

    キャプテン・キッド・ブリューワーJr

* ストーリー 

 キューバ沖、アメリカの原子力潜水艦モンタナが、原因不明の事故で沈没する。海底油田採掘基地の母船エクスプローラー号にヘリで降り立った海軍の担当者は、沈没地点の近くにある海底基地ディープ・コアを救助拠点とし、作業員に協力を求める。ディープ・コアの責任者バッドの元に海軍特殊部隊SEALの四人と現れたのは、バッドの別居中の妻で、施設の設計者リンジーだった。

 原潜は発見されるが、生存者はゼロ。リンジーが海中で謎の光を目撃する中、SEALの無断行動が原因で母船とクレーンを結ぶケーブルが切断。海溝に落ちてゆくクレーンに引きずられて基地は大破、浸水してしまう。地上との通信も不能となり、深海でなすすべもなく孤立する一同。SEALの隊長コフィはストレスから異常な行動に出はじめ、海中の謎の光や、基地の中に伸びてくる水の触手など、不可思議な現象も多発。クルー達とコフィの対立は激化し、ついに悲劇的結末を迎えると思われたが…。

* コメント  *ネタバレ注意!

 海洋SFとでもいうべき、ユニークな大作。海洋版『未知との遭遇』と評されたりもして、確かに似たシーンもあるのですが、全体としては斬新で意欲的な映画だと思います。当初は、大々的な水中撮影を展開した稀代のリアリズム演出や、当時最先端のCG技術などが話題となりましたが。そういった映像にもう目が慣れてしまった今、改めてこの作品を観直してみると、いかに人間ドラマが微細に描き込まれた映画であるかがよく分かります。

 本作も又、28分の本編映像と3分のエンド・クレジットを追加した完全版が製作され、劇場公開もされました。私は両方観ましたが、監督自身が後者を決定版としているので、以下も完全版についての言及となります。どの場面が追加されたのかは、DVDプレミアム・エディションの封入ブックレットに詳しく記載されていますが、人間関係の背景やエイリアンの意図、大津波の場面など、完全版を知る人からすると最も重要と思われる場面ばかりなのに驚きます。いかにスタジオが見た目の華やかな場面だけ残し、ドラマを削ってでも映画を短縮しようとしたかという事でしょう。

 私が好きなシーンの多くも、完全版で復元されたものです。例えば、作業員ワン・ナイトが歌うリンダ・ロンシュタットの“Willing”に合わせて皆のコーラスが入ってくる場面、海溝へ降下してゆくバッドに向かって、リンジーが秘めていた心中を語る場面、そしてエイリアンとバッドの重要なやり取り(これがなかった公開版は、終盤の意図が分かりにくい映画になっていました)。細かいセリフややり取りも随所に追加され、各キャラクターのバックボーンがよく見えてきて、全体の流れも良くなりました(冒頭の、ニーチェの引用文も完全版で追加されたものです)。

 緊迫感溢れるアクションの展開や緻密な画面構成、凝ったSFX技術など、いずれも今の目に耐える秀逸な出来映えですが、特筆したいのが俳優陣の素晴らしさ。アンサンブルのチームワークもさる事ながら、主演二人のやり取りのエモーショナルな事といったら! 脚本家キャメロンの卓越したセンスにも舌を巻きます。まったく、ものの見事な作劇です。次から次へ問題が発生して、ついには深淵の底の存在と対峙せざるを得なくなる、そのプロセスの巧妙な積み上げ方。バッドの結婚指輪のくだりも、心憎いシーン構成です。

 勿論、キャメロン作品ですから、潜水具や兵器類、液体酸素を始めとする道具立て、クルーが乗り回す作業艇から果てはディープ・コア全体のデザインまで、マニア心をくすぐるハードウェアへのこだわりは徹底しています。そして、水中で撮影されたとは思えない程、自然で美しい映像の数々。つい当たり前のように鑑賞しがちですが、この撮影がいかに危険で困難なものであったかは想像に難くありません。実際、キャメロンはスタッフ、キャストにスキューバ・ダイビングのライセンスを取らせ、一日数時間も潜水しては、撮影後に長時間の減圧処理を受けるという、常識外れの過酷な撮影を展開。自身も、撮影中に何度か死にかけました。

 本作は、キャメロンの海洋趣味が大々的に展開した最初の映画でもあり、『タイタニック』を彷彿させる場面が随所にみられるのも興味深いですね。又、黒々と広がる神秘的な深海の世界はどこか宇宙空間とも似ていて、閉鎖的な施設の中で緊迫したドラマが展開する所、前作『エイリアン2』と共通する雰囲気もあります。大ヒットにはなりませんでしたが、素晴らしい映画だと思います。

* スタッフ

 製作は、『ターミネーター』『エイリアン2』に続いてゲイル・アン・ハードが担当。ただし、キャメロンとは本作撮影前に離婚しています。過去に前例のないプロダクション・デザインは、『スター・ウォーズ』『レイダース』などルーカス作品で手腕を発揮しているレスリー・ディレイによるもので、廃棄された原子力発電所の溶鉱炉に巨大セットを組んで水に沈めるという、ものすごい事をやっています。美術監督は、次作『ターミネーター2』でプロダクション・デザイナーを務めるジョセフ・ネメック三世が担当。

 撮影監督のミカエル・サロモンは、母国デンマークで数多くの作品を手掛けた人で、キャメロン作品の大ファンであったため自ら志願して渡米、アメリカ・デビュー。本作の水中ライティングは、今まで誰もやった事がないもので、その革新的な仕事は高く評価されました。その後スピルバーグの『オールウェイズ』などを手掛けていますが、ロン・ハワード監督作『バックドラフト』で賞賛された大火災のシーンには、本作の水中撮影で使用したスキューバのマスクが役立ったそうです。

 音楽は、売れっ子アラン・シルヴェストリ。ロバート・ゼメキス作品を始め、様々な大作で派手なオーケストラ・サウンドを展開している、大変に器用な作曲家です。基本的に明るい色彩の音楽を書く人ですが、ここでは緊張感のある、抑制の効いた表現で一貫。コーラスを伴った神秘的で壮大なテーマ曲は、テレビ番組などでもよく使われています。キャメロンとの仕事は、今の所これ一作のみ。

 潜水艇やROV(海中作業用遠隔操作ビークル)などは、『エイリアン2』でも活躍したロン・コブがデザイン。単なる見た目の格好良さだけでなく、実用的な面を考慮したり、常に技術的な裏付けがある所はキャメロン作品ならではです。何しろ、実際に水中で使用している訳ですからね。潜水艇やROVは、後に『タイタニック』やドキュメンタリー作品にも登場する、非常にキャメロン的なハードウェアだといえます。

 “水の精”のCGは、ILMのデニス・ミューレンらが手掛けた画期的な新技術で、この実績が『ターミネーター2』の液体金属、『ジュラシック・パーク』の恐竜へと繋がっています。特撮シーン全体を監修しているジョン・ブルーノは、本作以降のキャメロン作品にとって重要な役割を担ってゆく人材。個人的にも意気投合し、アトラクション『T2 3-D』では共同監督に名を連ねています。スコタック兄弟の4ワード・プロダクションは、海上の嵐の場面でミニチュアを担当。

 ちなみに、水中撮影の機材開発には、キャメロンの弟で航空エンジニアのマイクが関わっており、本作で兄弟が発明した機材の内5つで特許を取得しています。マイクは、『タイタニック』以降も潜水艇などを設計していますが、本作では、口からカニが飛び出てくる水死体の役でカメオ出演もあり(他の作品にも出てます)。

* キャスト

 大スター不在のキャスト陣にあって、エド・ハリスとメアリー・エリザベス・マストラントニオのエモーショナルな演技には胸を打たれます。二人とも、決して派手に活躍している俳優ではありませんが、出演作では何かしら強い印象を残す実力派。しかし、生命の危険をも伴う撮影はおそろしく過酷だったそうで、ハリスは感情をコントロールできなくなって、セットで泣いてしまった事があると発言しています。装備なしで水中を移動している場面も、スタントマンではなく俳優達自ら泳いでいるそうです。

 コフィ大尉を演じるマイケル・ビーンは、『ターミネーター』『エイリアン2』に続く出演ですが、本作以降は登板していません(『ターミネーター2』特別編では回想シーンに登場。劇場公開版ではカット)。ストレスのために精神を病んでゆく鬼気迫るような芝居は見もので、髭も生やして頬がこけた感じは『ターミネーター』の時の印象と大きく異なります。

 ちなみに、本作でもノン・クレジットで脚本に参加しているというキャメロンの親友ウィリアム・ウィッシャーが、TVレポーターの役で出演しています。作業員フィンラーを演じたキャプテン・キッド・ブリューワーJr.は、『殺人魚フライングキラー』にも出演しているプロ・ダイバーですが、本作完成後に急逝したため、エンド・クレジットの最初に追悼文が出ます。

* アカデミー賞

 ◎受賞/視覚効果賞

 ◎ノミネート/撮影賞、美術賞、音響賞

 

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