タイタニック

Titanic

1997年、アメリカ (195分)

 監督:ジェームズ・キャメロン

 製作総指揮レイ・サンキーニ

 製作:ジェームズ・キャメロン、ジョン・ランドー

 共同製作:アル・ギディングス、グラント・ヒル、シャロン・マ

 脚本:ジェームズ・キャメロン

 撮影監督 : ラッセル・カーペンター

 プロダクション・デザイナー:ピーター・ラモント

 編集:コンラッド・バフ, A.C.E.、ジェームズ・キャメロン、リチャード・A・ハリス

 音楽:ジェームズ・ホーナー

 出演:レオナルド・ディカプリオ  ケイト・ウィンスレット

    ビリー・ゼーン        キャシー・ベイツ

    バーナード・ヒル      デヴィッド・ワーナー

    ビル・パクストン       グロリア・スチュワート

    フランシス・フィッシャー  ジョナサン・ハイド

    ヴィクター・ガーバー    スージー・エイミス

* ストーリー 

 現代の北大西洋。宝探しのプロ、ラヴェットは、海底に沈むタイタニック号の一等船室から金庫を引き揚げる。しかし、中に入っていたのは若い娘のスケッチ画だけだった。テレビはラヴェットの失敗を放送するが、それを見た102歳の老女ローズがヘリコプターで船にやってくる。絵に描かれているのは自分だと言って、彼女は自分の過去を語り始めた。

 1912年4月10日、イギリスのサウザンプトン港、世紀の豪華客船タイタニック号が処女航海に出た。婚約者キャルや母親と一等客室に乗船した17歳のローズは、ふさぎ込むあまり、海に身投げしようとするが、三等船室の青年ジャックに救われる。身分の違いを越えて恋に落ちた二人だったが、周囲は快く思わず、ジャックに泥棒の疑惑をかけて警備室に繋いでしまう。そして、運命の時がやってきた。船は氷山に衝突、激しい浸水によって沈み始めた。

* コメント    *ネタバレ注意!

 ご存知、数え切れない程の人が観たメガヒット作。アカデミー賞を11部門で受賞し、世界的に社会現象を巻き起こしました。実は私もこの映画、何度観ても泣いてしまいます。本作が世界で最初に公開されたのは、実は東京国際映画祭でのプレミア上映でした。撮影の大幅な遅れ、途轍もない予算オーバーと、業界の注目を一手に集めていた映画とあり、東京での反応に世界も興味津々でしたが、製作陣によれば、学校をサボッて観に来ていた日本の女子高生達の目に浮かんだ涙を見て、全ての苦労が報われたような気がしたそうです。

 本作が三時間以上の超大作で、映画館で一日に上映出来る回数が限られる事を考えると、この興行記録は驚異的です。当時分析されたのは、本作が、近年あまりなかった『風と共に去りぬ』や『ドクトル・ジバゴ』のようなスケールの大きな叙事詩の系列に繋がる作品で、往年の映画ファンを劇場に呼び戻したというもの。それも確かにあるのでしょうが、本作には確実に昔の映画と違う新鮮な感覚があり、やはり言いようもなくキャメロン的というか、他の映画に似ているようで実は似ていません。

 本作は歴史上の大事故を、かなりの部分忠実に再現しています。著名な人物が何人も実名で登場するし、事故の経過も正確に再現しようとしています。有名なエピソードも挿入され、画面に映る物は、細部に至るまで徹底して正確に復元されています。さらに、海底に沈んでいる実物のタイタニック号の映像まで取り入れた上、それにも関わらず、物語は完全にフィクションなのです。複数の視点が存在するというか、何だか不思議なスタンスの映画ですね。

 全く弱点がない訳ではありません。特に、ラブ・ストーリーの平凡さはよく指摘されます。私が問題だと感じるのは、婚約者キャル側の描き方で、ジャックをスリに仕立て上げようとしたり、銃を持って追撃してきたり、何かと陳腐で閉口させられます。しかし二人の恋の末路はやはり感動的だし、シェイクスピアの『ロミオとジュリエット』も数日間で燃え上がって引き裂かれる若い男女を描いている事を考えると、まあ古典的で良いのかもしれません。ただ次作『アバター』でもストーリーの凡庸化は進んでいて、凝ったシナリオで世間を驚かせてきた過去のキャメロン作品を思うと、少々気になる傾向ではあります。

 大西洋に沈む実物のタイタニック号に関して、ドキュメンタリックな潜水撮影の場面が冒頭にあり、本編がサンドイッチされているのですが、この映像を挿入する事にキャメロンがこだわった意味は大きいと思います。画面に登場するケルディッシュ号と潜水艇ミールは実際に使用されたもので、海底まで数時間もかかる潜水を命がけで繰り返しました。そのおかげで「この映画には本物のタイタニックが映っていると言えるように」という彼の意図以上の効果、つまり本作がただの映画ではなく、何か特別な精神に基づく、特別な記録なのだという感覚が生まれているように思うのです。

 予算を大幅に超過し、とんでもない製作費を計上した事はよく知られています。海上での撮影は最も困難なために業界で忌み嫌われ、撮影隊を散々苦しめた映画として『ジョーズ』と『ウォーター・ワールド』は今や伝説です。『タイタニック』はそれに続く映画と考えられていたのです。しかしキャメロンは本作を、『トゥルーライズ』と『アバター』の間の充電期間に比較的安上がりで出来る、手軽なつなぎ作品と捉えていたそうです。

 当初の予算では製作費8千万ドル。キャメロンは、上がってきた見積もり価格を元に適正な計算をしたにも関わらず、経費報告書に記載された数字はその二倍だったといいます。問題は、実物大の豪華客船の船体を傾けたり、沈没させたりという作業を過去に経験した者など誰もいなかった事でした。全てが破格のスケールで製作されたため、誰にも正確な費用が分からなかったのです。

 しかし、作り手の尋常ではない苦労の数々は、ちゃんと報われたと思います。徹底したディティールへのこだわりがあればこそ、主人公達の悲劇に涙する事が出来るのです。悲惨な事故は、決してただの背景には終わっていません。沈没場面のおそろしい程の臨場感は、私達観客に、実際に沈みゆくタイタニック号に乗り合わせているような感覚を覚えさせ、そうなるともう「自分だったらどうするだろう」と想像せざるをえない訳です。

 キャメロンは本作がヒットした理由の一つを、これが「“死”についての映画だからだ」と分析しています。船体に容赦なく侵入してくる氷のように冷たい水は、“死”のメタファーだというのです。この見方は、当たっているような気がします。じわじわと着実に迫り来る“死”の圧倒的な存在感があればこそ、全てのドラマに迫真力が生まれ、差し迫った死に対して人々が(そして観客自身が)どう向き合うか、その一挙一動に切迫感が加わる訳です。ラストの大階段の場面が、あんなに懐かしくて、胸を締め付けられるのは、私達も既に、タイタニック号の乗客に同化しているからに違いありません。

* スタッフ

 製作総指揮のレイ・サンキーニは『トゥルーライズ』から続投。別記した通り、ライトストーム社の社長です。製作のジョン・ランドーは、元々20世紀フォックスの製作担当副部長だった人で、キャメロンとの出会いは『トゥルーライズ』。フリーのプロデューサーに転向後、ライトストーム社の一員として本作や『アバター』を製作しています。

 当初雇われた撮影監督は、『ライトスタッフ』『ナチュラル』のベテラン、キャレブ・デシャネルでした。しかし、カナダ、ハリファックス沖でのロケで早くも意見が対立。デシャネルはタイタニックの時代を、色を抑えた従来のカラーパレットで撮影しようとしていました。一方キャメロンは、その時代がいつも地味な色で表現されるのは、単に当時の写真がみんなセピア色だからにすぎない事から、その時代の上流階級に溢れかえっていた、目の覚めるように鮮やかな色彩で描きたいと思っていました。

 根本的なコンセプトの違いですし、事前に分からなかったのかとも思いますが、結局デシャネルは現代の場面のみを撮影して降板、『トゥルーライズ』のラッセル・カーペンターが撮影監督に付き、オスカーを受賞しました。この件に関するキャメロンのコメントは、いかにも彼らしいものです「彼は『キャレブ、君の魔法で私達をびっくりさせてくれ』なんて言ってくれる連中と仕事をするのに慣れているらしい。残念ながら、私は誰かの魔法でびっくりしたいなんて思ってない」。彼の現場では、全てが事前に細かく決められていて、アドリブ的な要素が入る余地がほとんどないそうです。

 本作の製作裏話は数多く紹介されていますが、監督の激しい言動にまつわる話は枚挙に暇がありません。例えば、船上で数百人のエキストラを走らせていた時、カットの声と共にキャメロンが「そこのお前! それから、そこの二人! お前ら何してた! アクションをしなかったぞ!」と激しい剣幕で叱り飛ばしたとか。しかし、この映画ではたった一つのシーンの撮影にも、驚くほど多くの複雑な作業が同時進行していて、生死に関わる事態でない限り、撮影を中断させる勇気のある人などいなかったといいます。

 本作の製作過程については、ポーラ・パリージ著の『タイタニック ジェームズ・キャメロンの世界』が詳細に取材しているのと、小峯隆生著の『豪快!映画学』の中に撮影現場潜入記があり、スタントマン達が本気で水の恐怖に逃げ惑う、凄まじい様子が生々しくレポートされていて一読の価値あり。沈没シーンの撮影は、もはや映画のための再現という域を超えていたそうです(巨大な船を本当に沈める訳ですからね)。

 『エイリアン2』『トゥルーライズ』に続いて参加したプロダクション・デザイナー、ピーター・ラモントは、キャメロンとの初めての会議で「この映画に関しては一切妥協はしない」と言い放ったそうです。灰皿から船体に至るまで詳細な図面が九百枚も描かれ、タイタニック号の建造を請け負ったハーランド・ウルフ社からオリジナルの設計図まで借り受けました。彼は「デザイナーにとって、一度はやってみたい夢のような仕事」と言っていますが、そりゃそうでしょうね。メキシコの海岸に造られた巨大な船は、その規模からいって、到底映画のセットと呼べるようなものではありませんでした。

 編集は、『T2』『トゥルーライズ』に引き続いてコンラッド・バフとリチャード・A・ハリス、そしてキャメロン自身が担当。彼は自分で直接編集したいがために、わざわざ編集者組合の一員となりました。彼らはそれぞれ別々のシークエンスを編集し、最終的にキャメロンが全編をまとめたそうです。

 特殊効果では、『T2』『トゥルーライズ』に続いて、大規模な仕掛けが得意なトーマス・L・フィッシャーが沈没シーンに手腕を発揮している他、スコタック兄弟の4ワード・プロダクションがサウザンプトン港のミニチュア等を製作。どこまでが実写でどこまでがCGか全く分からない、ブルーバックやCG、ペインティングなどを複合的に組み合わせたVFXはキャメロンの真骨頂です。彼は、CGが美や感情表現のために使われたのはこれが初めてではないかと語っています。

 音楽のジェームズ・ホーナーは、あまりの時間の足りなさにキャメロンと激しく対立した『エイリアン2』以来のコラボ。もうキャメロン作品には参加する気がなかったものの、題材に惹かれて連絡を取ってみると、実はキャメロンもホーナーの音楽を求めていました。再会して五分で過去を水に流し、作品について語り合ったという二人。叙情的で美しいメロディは、印象に残るテーマ曲が欲しいキャメロンの要求と一致するもので、ホーナーがピアノで曲を弾いてみせた時、キャメロンは涙を流したといいます(彼だけでなく、世界中が涙しました)。

 セリーヌ・ディオンの主題歌も大ヒットとなりましたが、キャメロンは元々、映画のエンディングに主題歌を流す現代的なスタイルが嫌いでした。口頭の説明だと絶対に却下されると踏んだホーナーは、リスクの高い賭けに出ました。こっそり歌をレコーディングし、出来上がったものを監督に聞かせたのです。既に売れっ子だったセリーヌ・ディオンもこういう事は初めてしたそうですが、歌を聴いたキャメロンは「すごいな」と呟き、映画の世界観にもぴったりだというので無事に主題歌に決定しました。

* キャスト

 当初、キャスティング・ディレクターの強い勧めにも関わらずキャメロンが興味を示さなかったというディカプリオは、製作中に『ロミオ&ジュリエット』が公開された事で一躍トップスターとなりました。ディカプリオの方も作品に興味を示さなかったそうで、彼を口説き落とすのに監督も製作側も相当苦労したとの事。しかし、アーティスティックなのにメジャー感もある彼のユニークな持ち味は、作品にとっても確実にプラスに働いたと思います。

 ケイト・ウィンスレットはとても器用で才能豊かな女優さんで、どの映画でも生き生きと輝いて見えます。実際には合わない役もたくさんあるのでしょうが、作品の選び方が上手いのかもしれません。彼女は、自身の起用が決定しない内からディカプリオを強く推し、監督に「たとえ私に役をくれる気がないとしても、彼には絶対にやらせなくちゃだめよ」とまで言ったそうです。

 スター俳優を避けたキャスティングの中、キャシー・ベイツが『不沈のモリー・ブラウン』というミュージカルにもなった実在の大富豪を演じています。キャルの執事ラヴジョイに『オーメン』のデヴィッド・ワーナー、タイタニックの設計士アンドリュースに『めぐり逢えたら』などロマンティック・コメディでの好演が目立つヴィクター・ガーバーと、手堅い配役も。ローズの婚約者キャルは、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』でデビューしたビリー・ゼーン。彼自身も監督業をしており、キャメロンの仕事ぶりに関しては、どの取材でも熱狂的な賛美を送っています。

 キャメロン作品でずっと情けない役ばかり演じて来たビル・パクストンは、『アポロ13』や『ツイスター』で人気が出たせいか、宝探しの世界的プロ、ラヴェットの役をゲット。キャメロンとは18歳からの旧友で、後のドキュメンタリー『タイタニックの秘密』にも参加し、潜水艇でタイタニック号の側まで接近しています。現代場面のローズは往年のスター、グロリア・スチュワートが演じてその健在ぶりが話題を呼び、アカデミー助演女優賞にノミネートされました。そのローズの孫娘を演じたスージー・エイミスは、この後キャメロンと結婚しています。

 小さな役では、『エイリアン2』『T2』のジェネット・ゴールドスタインが、「アイルランド人の母」という役で出ています。ジャックが船に乗り込んだ直後にすれ違う子連れの女性がそれで、船が沈んでゆく場面では子供達におとぎ話を聞かせています。又、『殺人魚フライングキラー』で主演を務めたトリシア・オニールも、単に「女性」という役にクレジットされています(どこに出ているかは分かりませんでした)。

 キャメロン自身、三等船室のダンス・シーンでカメオ出演。あと、現代場面でラヴェットのシニカルな友人ボディーンを演じているのは俳優ではなく、キャメロンお気に入りのダイビング仲間で作家のルイス・アバーナシー。パソコン画面を見せながら沈没のメカニズムを解説する、メガネの大男が彼ですが、他にも結構多くのシーンで演技しています。タイタニック号の研究家でもあり、キャメロンと共に北大西洋での潜水撮影にも参加。ドキュメンタリー『タイタニックの秘密』にもグループの一員として登場します

* アカデミー賞

 ◎受賞/作品賞、監督賞、撮影賞、美術賞、衣装デザイン賞、作曲賞、主題歌賞

     音響賞、音響効果編集賞、編集賞、視覚効果賞

 ◎ノミネート/主演女優賞(ケイト・ウィンスレット)、助演女優賞(グロリア・スチュワート)

 

Home  Back