バットマン

Batman

1989年、アメリカ (126分)

 監督:ティム・バートン

 製作総指揮:ベンジャミン・メルニカー、マイケル・ウスラン

  製作:ジョン・ピーターズ、ピーター・グーバー

 共同製作:クリス・ケニー

 脚本:サム・ハム、ウォーレン・スカーレン

 (原案:サム・ハム、キャラクター創作:ボブ・ケイン

 撮影監督 : ロジャー・プラット, B.S.C.

 プロダクション・デザイナー:アントン・ファースト 

 衣装デザイナー:ボブ・リングウッド

 編集:レイ・ラヴジョイ

 音楽:ダニー・エルフマン

 出演:マイケル・キートン  キム・ベイシンガー

    ジャック・ニコルソン  ロバート・ウール

    パット・ヒングル    ビリー・ディー・ウィリアムズ

    マイケル・ガフ     ジャック・パランス

* ストーリー 

 ギャング団のボス、グリソムが支配するゴッサム・シティ。ジャーナリストのヴィッキー・ヴェイルは、こうもりの扮装をした謎のヒーロー“バットマン”が犯罪者達の脅威となっている噂を聞き、同僚とその真相を追っている。彼らはブルース・ウェインという大富豪の慈善パーティーに出席するが、そこでヴィッキーとウェインは恋に落ちる。

 その夜、グリソムの右腕ネイピアが化学工場を襲撃。そこへ警察が乗り込み、ネイピアは、愛人を寝取られた事に感づいたボスが自分を罠に掛けた事を知る。さらにバットマンも登場し、ネイピアは汚染液体の中へ転落。瀕死の彼は、肌や髪の色が変わり、口元に笑いが張り付いた姿となって蘇生した。ジョーカーを名乗る彼は、ボスのグリソムを殺し、街を支配。さらに、化学薬品やガスを使って大量虐殺を企てるジョーカーに、バットマンが立ち向かう。

* コメント    

 この人気コミックの映画化プロジェクトは、ワーナーで10年間にも渡って様々な監督、脚本家が関わった挙げ句、バートンに打診されました。しかし『ビートルジュース』が公開されると、最初の週の興行成績が分かるまで『バットマン』製作の公式ゴーサインは延期されたそうです(バートンはこの話をあちこちで語っています)。それもその筈、本作はスタジオにとっても前例のない超大作、ワーナー・ブラザーズの社運が掛かっていると言われた程の映画だったのです。

 製作前も製作中も、とにかく紆余曲折のあった作品です。バートン自身、監督として若すぎると見られていましたし、音楽のダニー・エルフマンや撮影監督のロジャー・プラットに対しても、起用を疑問視する声があったといいます。特に物議を醸したのがマイケル・キートンのキャスティングで、原作のファンがデモ行進をおこなうほど激しいリアクションを引き起こしました。挙げ句に、何と経済紙までが一面でこれを取り上げ、「キートンにバットマンは無理」「最悪の馬鹿げた配役」と非難。

 しかし、本作に対する否定的な前評判は、ジャック・ニコルソンの参加が伝えられた事から期待感に変わり、映画館に予告編が掛かるようになると問い合わせが殺到。何と、この予告編だけを見るために、興味のない映画のチケットを買う人まで続出する騒ぎとなりました。結果、映画は大ヒットを記録。グッズ展開も含め、ほとんど社会現象にまでなりました。

 バートンは本作を、自作の中で一番親しみの湧かない映画だと述べ、超大作を監督する仕事の特殊さに言及しています。実際、その雪辱戦として『バットマン・リターンズ』でやりたい放題を実践するわけですが、本作だって相当にバートン色の強い映画です。製作総指揮のマイケル・ウスランは、原作の映画化権をDCコミックスから得た人で、大学で史上初のコミック講座を持った研究家でもありますが、彼がずっと夢見て来た「ダークで本格的」な映画化は、バートンという人材を得たからこそ実現できたと言えるでしょう。画面を黒一色に塗りつぶした、その暗さやヴィジュアル・デザインもさる事ながら、主人公を精神的に分裂した男と解釈した点は、特筆に値します。

 バートンにしてみれば、ブルース・ウェインという男は病んでいる訳です。当初執筆されていた『スーパーマン』の脚本家によるシナリオは、バットマンのコスチュームが最初からそういう体になっているかのように書かれていたそうです。バートンはそれを受入れられなかった。バットマンは、あくまでもコスチュームで扮装する人間なのであり、それは相当におかしな事である、と。主人公がなぜ変装しなければならないのか、その動機付けが大事なのです。だから、ウェインの若き頃のトラウマが、映像として何度もフラッシュバックしてくる。

 クレジットを見ると、原作はボブ・ケインの漫画そのものではなく、あくまで彼のキャラクターに基づいて、脚本家サム・ハムが新たに創作したストーリーとなっています。しかし、バートンは早い段階で脚本の成立に携わり、実際にサム・ハムは、一般人であるヴィッキーを秘密基地バットケイブに入れるシーンや、バットマンの父をジョーカーが殺したという原作にない設定はバートンのアイデアで、自分の責任ではないと強調しています。映像的にも、ハリウッド大作風の雰囲気は確かにありますが、やはりバートンのカラーが濃厚に出た映画だと言わざるをえません。

 唯一、ジョーカーの所業にはテロリズムの匂いを強く感じさせる所があって、たとえユーモアの味付けがなされていても、娯楽と割り切って素直に楽しめるほど、今の観客は無邪気ではいられないかもしれません。美術館を占拠する場面のリズミカルなタッチや、随所で不気味な存在感を放つ怪奇趣味、巨大な毒ガス風船の正にバートン印のデザインなど、ユニークな演出には事欠かないのですが、芸術作品はやはり社会と無縁ではいられない事を痛感します。

* スタッフ

 製作のジョン・ピーターズとピーター・グーバーは、『レインマン』をはじめ数々のヒット作を手掛ける一方、興行的失敗も数知れず、稀代の詐欺師コンビとしても悪名高い二人。ソニー・ピクチャーズに数十億ドルの赤字を残しながら、詐欺まがいの手口で巨額の金をかっさらって退社・独立したその経緯は、『ヒット&ラン ソニーにNOと言わせなかった男達』(キネマ旬報社)に詳しく書かれています。バートンが本作を思い通りに撮れなかった原因も彼らにあり、特にピーターズは脚本の改訂やスタッフの解雇を勝手に繰り返して現場を混乱させたといいます。

 脚本はサム・ハム。原作のキャラを用いたオリジナルのストーリーですが、最終的な脚本には『ビートルジュース』のウォーレン・スカーレンの他、テリー・ギリアム監督作品で知られる脚本家チャールズ・マッキオンもノン・クレジットで執筆に参加。撮影監督のロジャー・プラットも又、ギリアム作品で世に出たイギリス人ですが、その映像美と腕の良さは広く知られ、『ハリー・ポッター』シリーズの第作など大作も数多く手掛ける売れっ子になりました。

 本作は英国のスタジオで撮影されましたので、メイン・スタッフもイギリスの名手が目立ちます。プロダクション・デザイナーのアントン・ファーストは、「自らバットマンを演じられそうなほど影がある」と言われた個性派デザイナーで、世界最大規模となったゴッサム・シティのセット造型に尋常ならざる手腕とセンスを発揮。バットスーツやバットモービルの他、映画のトレードマークとなったバットシンボルをデザインしたのも彼です。バートンは、お気に入りの映画『狼の血族』の仕事を見て彼を抜擢、本作で見事アカデミー美術・装置賞を受賞しましたが、91年にカルバーシティのビルから飛び降り自殺してしまいました。

 編集のレイ・ラヴジョイも、デヴィッド・リーンやスタンリー・キューブリックなど錚々たる名匠の映画に関わった英国のベテランですが、本作やジェームズ・キャメロンの『エイリアン2』など、若い駆け出し監督の作品での起用も目立つ人です。

 音楽のダニー・エルフマンは、バートン作品では既にお馴染みでしたが、まだまだ実績に乏しく、特に製作のジョン・ピーターズがエルフマンの起用にずっと懐疑的だったといいます。しかし、録音スタジオでテーマ曲を聴いたピーターズは席から飛び上がり、オーケストラに携帯電話をかざして部下に曲を聴かせようとするほど熱狂。このサントラは、グラミー賞のベスト・インストゥルメンタル部門を受賞しました。

 製作者の意向でプリンスの楽曲も劇中に挿入されましたが、バートンはやはり戸惑ったそうです。彼はその理由をこう語っています「僕の作品は『トップガン』みたいなものとは違うんだ。プリンスの曲はそれ自体としては好きだったけど、僕は自分が映画の中で歌をうまく使う事が出来たとは思わない。ああいう歌は、映画をあまりにも特殊な時間枠の中へ引き入れちゃうんだ」。プリンス自身、映画の主題歌を手掛けた経験はありませんでしたが、彼はこの仕事に大きな興味を持ち、イメージ・アルバムも製作しました。

* キャスト

 主演のマイケル・キートンは、『ビートルジュース』に続くバートン作品で、先に書いた通り、バットマン役に抜擢されるに当たって激しいバッシングを浴びました。当時の彼は、コメディ作品のイメージが強く、シリアスな演技が出来るとは思われていなかったのです。バートンは、彼の狂気じみて力のある目がこの役に最適だというので、どれほど批難されても変更しませんでした。結果は、ご存知の通りです。

 逆に、撮影直前に急遽参加が決まったのがキム・ベイシンガーです。当初ヴィッキー役に決定していたショーン・ヤングが落馬事故で降板したためですが、彼女の仕事についてはインタビューでもみんなが賛辞を送っています。執事アルフレッドを演じたマイケル・ガフは、続編でも同じ役を受け持った他、『スリーピー・ホロウ』でも不気味な存在感を放っています。

 ジャック・ニコルソンが演じたジョーカーの素晴らしさはご承知の通り。バートン曰く「完璧すぎて怖いくらい。彼のような俳優が参加すると、周囲全体のレヴェルが一段上がるんだ」。彼はキートンとは逆に、シリアスな演技派と見なされていて、当時はやはり、こういった役を演じるイメージはありませんでした。ここでは奇怪で、凶暴で、かつユーモラスでテンションが高いという、バートン作品らしいキャラクターを嬉々として演じていて痛快です。バートンは、彼から「自分が信じた通りに映画を撮れ」と言われた事が精神的支えとなったと語っています。後に『マーズ・アタック!』で再びバートン作品に登場。

* アカデミー賞

 ◎受賞/美術賞

 

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