スウィーニー・トッド/フリート街の悪魔の理髪師

Sweeney Todd The Demon Barber Of Fleet Street

2007年、アメリカ (117分)

         

 監督:ティム・バートン

 製作総指揮:パトリック・マコーミック

 製作:リチャード・D・ザナック、ウォルター・パークス

    ローリー・マクドナルド、ジョン・ローガン

 共同製作:カッターリ・フラウエンフェルダー

 脚本:ジョン・ローガン

 (ミュージカル原案:スティーヴン・ソンドハイム&ヒュー・ホウィーラー

  原作戯曲:クリストファー・ボンド)

 撮影監督 : ダリウス・ウォルスキー, A.S.C.

 プロダクション・デザイナー:ダンテ・フェレッティ

 衣装デザイナー:コリーン・アトウッド

 編集:クリス・リーベンゾン

 作詞/作曲:スティーヴン・ソンドハイム

 出演:ジョニー・デップ     ヘレナ・ボナム・カーター

     アラン・リックマン    ティモシー・スポール

    ジェーン・ワイズナー  サシャ・バロン・コーエン

    エド・サンダース     ローラ・ミシェル・ケリー

    ジェイミー・キャンベル・バウアー

* ストーリー 

 ターピン判事の陰謀によって美しい妻を奪われ、無実の罪で放浪していた理容師ベンジャミン・バーカー。15年の歳月を経てロンドンへ戻って来た彼は、理容室の下でミートパイ屋を経営していたラベット夫人と再会し、妻の死を知らされる。スウィーニー・トッドと名前を変え、判事への復讐を誓った彼は、再び理容室を開業するが、素性を見抜かれてピレリを殺害したのを皮切りに、次々と客をカミソリの犠牲にしてゆく。そして、閑古鳥が鳴いていたラベット夫人の店は、犠牲者の肉のおかげで盛り返し始めるのだった。

* コメント    

 ミュージカル界の巨匠スティーヴン・ソンドハイムの代表作をバートンが映像化。彼は学生の時にロンドンで舞台を観たそうですが、グラン・ギニョール(フランスの残酷劇)ばりに大量の血が流れるのを観て、「この場面、本当に必要なの?」と顔をしかめる周囲と反対に「絶対に必要だ!」と思ったといいます。実際にバートンは、映画化にあたってスタジオに「殺人シーンはリアリティではなく感情の爆発だから、大袈裟に演出する必要がある」と要望しています。

 バートンに対しては色々な見方があって、これだけダークな作品を数多く撮っていても、どこかキュートなファンタジー映画のイメージを持っている人が多いようですが、彼は基本的に「ホラーの人」だと私は思います。残酷なシーンはバートンの映画では別に珍しくはないし、むしろ彼のルーツとして脈々と作品の中に流れている。私は残酷な場面は苦手ですが、作り手が嬉々として演出している点は認めない訳にはいきません。

 トッドが歌いながら次々に殺人を犯してゆく場面は何ともシュールで、凄みがあります。ミュージカルのホラーとは不思議なもので、登場人物が歌っている時点で全然リアリズムではないのですが、カミソリで喉を切り裂くというのはやはり相当に凄惨な行為だから、加害者が歌っている事は度外視して、普通のホラーと同じリアルな恐怖を感じてしまいます。大体、喉とカミソリというのは最悪の組合せの一つで、ホラーには比較的慣れている私でも正視できません(『カラー・パープル』のひげ剃りシーンでさえ無理です)。映像の色調が暗く、彩度が低いのがせめてもの救いでしょうか。

 それと、ソンドハイムの歌の数々が、どうも私にはしっくり来ません。和声的にも旋律的にもこの複雑さはクルト・ヴァイルに通じるものだと思うのですが、ヴァイルのメロディのような甘い蜜と毒を併せ持つ魅力はなく、もっと即物的でドライな音楽に聴こえます。そして、覚えにくい。やはり、バートン作品にダニー・エルフマンの音楽は不可欠、という事でしょうか。

 ラストもなかなか後味の悪いものですが、彼らの所業が所業だけに、こうなって当然と言えなくもないでしょうか。まあ、ホラーと言えばホラーらしい、凄みのある映画です。現実世界を舞台にしていて、ファンタジーやスーパーナチュラルの要素が一切ない所は、バートンの新境地とも言えます。ただ、批判を恐れずやり切った点は偉大だと思いますが、個人的にあまり好きな作品ではありません。

* スタッフ

 プロデューサーはリチャード・D・ザナックの他、これはスピルバーグ率いるドリームワークスの作品でもあるので、同社のウォルター・パークス&ローリー・マクドナルド夫妻も製作に参加。脚色を担当したジョン・ローガンもプロデューサーに名を連ねています。彼も又『グラディエーター』『ラスト・サムライ』『アビエイター』を始め、リアリズムに徹した作品が得意な印象で、こういうタイプの脚本家が関わると途端にバートン映画らしさがなくなります。

 撮影監督は、ダリウス・ウォルスキー。この映画の特徴は、何と言っても映像の驚くべき暗さです。暗い、暗いと言われてきたバートン作品ですが、物理的にここまで暗い映像は初めてかも。ほとんど何も映ってないんじゃないかという場面もありますが、『ゴッドファーザー』を撮影した名手ゴードン・ウィリスとは違い、本作の場合はどこかスタイリッシュで、MTV的なセンスを感じるのは私の思い込みでしょうか。ドリームワークスの秘蔵っ子ゴア・ヴァービンスキー監督とのコンビで、米国版『リング』や『パイレーツ・オブ・カリビアン』シリーズなどを担当した人ですが、そういえば『リング』のあの暗さは本作と共通する感じですね。

 プロダクション・デザイナーは、遂にバートン作品に登場したダンテ・フェレッティ。フェリーニやパゾリーニ、スコセッシの映画の他、ミラノ・スカラ座でオペラの舞台も手掛ける芸術家ですが、テリー・ギリアム作品なども担当しており、バートンとの相性も悪くないのではと思っていました。彼の発言は注目に値します「バートンは創造性に溢れ、いつもスケッチを書いている。正にフェリーニもそうだった。二人はとても似ているよ」。ロンドンのパインウッド・スタジオに12以上のフル・セットを建てた彼は、本作でオスカーを受賞しました。

 古典的な怪奇映画を彷彿させる衣装デザインは、バートン作品ではお馴染みのコリーン・アトウッド。編集のクリス・リーベンゾンも常連スタッフですね。作詞作曲のソンドハイムについては説明も不要でしょうか。『リトル・ナイト・ミュージック』『森の中へ』『太平洋序曲』など数々のブロードウェイ・ミュージカルの他、作詞を担当した『ウェスト・サイド・ストーリー』は余りにも有名です。

* キャスト

 本作はジョニー・デップとヘレナ・ボナム=カーターの本格的共演作と言えるもので、二人ともソンドハイムの複雑なソングナンバーを歌いながら演技をしていて、ひたすら感心します。デップはオスカーにノミネート。ラベット夫人の空想シーンは、珍しく明るいトーン(それでもほの暗いですが)で撮影されている事もあり、重苦しい本作の中では珍しくユーモアの感じられる場面となっています。

 同様に比較的コミカルなキャラクターとして場を和らげているのが、インチキ理容師ピレリを演じるサシャ・バロン・コーエン。といっても、それほどコメディの方へ振れる訳ではありませんが、彼自身はエミー賞に何度もノミネートされたテレビ番組で有名なコメディアンです。ジェイミー・キャンベル・バウワーが演じる船乗りアンソニーは、舞台ではもっと出演場面が多いそうですが、映画版では、スウィーニーを救った人物としては少々頼りない感じがしないでもありません。

 ターピン判事のアラン・リックマンは、『ダイ・ハード』でテロリストのリーダーを演じて高く評価された演技派。その子分格の役人バムフォードも、英国を代表する役者の一人で『ハリー・ポッター』シリーズにも数作出ているティモシー・スポールが好演。この二人は、『アリス・イン・ワンダーランド』にも声優として参加しています。ちなみに本作は、歌手経験のない俳優達がこぞって歌を披露しているのも見どころですが、主人公の妻と物乞いの女の二役を演じているローラ・ミシェル・ケリーだけはプロの歌手です。

* アカデミー賞

 ◎受賞/美術賞    ◎ノミネート/主演男優賞(ジョニー・デップ)、衣装デザイン賞

 

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